コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

京都支部学習会 1月

2010-01-24 23:31:08 | 「聞き方・伝え方」学習会
土曜日は京都支部の学習会でした。

広島から、石川から、愛知から…参加したいという気持ちを持ってきてくださいます。
とてもうれしいことです。
あと、京都大阪の方々を加えて総勢14名。
ちょっと一人で気を配るには多い人数ですが、何人かの任せて安心できる方々も参加してくださっていたので、無理に気負うことなく。

最初に2分間の黙想。
この黙想が終わって分かち合いをしているときに一人、また一人と少し遅れてこられる方がおられます。
まったく気にならないといえば嘘になりますが、そういう方が居られてもゆったりとお迎えして、今の状況を説明しどうして欲しいかをお話できる自分を感じていました。

まったく初めてカウンセリング的な集まりに参加する方も居られましたので、この学習会の趣旨を少し話させていただきます。
これが私にとって新鮮で、初めて半年たったところでもう一度初心を振り返るいい時間になりました。
これがまた、私をすぅーっと静かに収める効果がありましたね。

こうして初顔の方と、常連の方が居られると「双方に喜んで欲しい」という欲がむくむくと湧き出すのですが、「事情で途中で帰らなくてはなりません」という方が居られたので気持ちはすっきりと、最初に「実践」しましょう、と落ち着きました。

人数組みが難しかったのですが、3人組が三つとペアが二つ。
私は外れて全体を見せてもらうことにしました。
まったくミニカンが初めてというお二人を3人組に入れることにして、あとは座った順に番号を振ってもらって同じ番号の人と組むという方法。
これがまた図ったように各組に任せておける経験者が。

「どういう役割があるか・時間は・聞き手の注意すること」をお話して、あと場面設定のルール「10分間は○○さんの時間・自由にお話ください・秘密は守ります」という宣言とその意味を説明します。


で、各組で「聞き手」「話し手」「傍観者(観察者)」の役を決めてもらいスタート。
私はちょっと足の怪我もあったので壁際のいすに座ってあちこちを見せてもらいます。
すると、最初に「聞き手」になっている方がどの組も安心して任せられる方々。
その聞きぶりも、対する話し手の楽な感じも、チェックすることなんか何もない感じ。
そんな状況にひとりホッとしてる私でした。

その間にちょっと自分の気持ちを見つめていました。
いつもは役割を「観察者」としているのですが、なぜか今日は「傍観者」という言葉が出てきました。
参加者から指摘があり「観察者では?」とも言われたのですが、なぜか「今日はこの言葉が使いたい気持ちがあります」と答えています。
それがなぜなのか?
ちょっと考えてみたときに浮かんできたのが「傍観」というのを、一般的に使われている「一歩ひいて当事者から離れている」という消極的な感じではなく、その字が表す「傍らで観ている」という感じで「そばで寄り添っている」というイメージを私が抱いていたんだなと。

まぁこれは余談ですが。

ひととおり役割を交代して終えた後、分かち合いです。
今回はちょっとテーマを提示しました。
ひとつは「うなづけていたと思うか」
もうひとつは「話し手の時聞いてもらってるという感じがあったか」
これは毎回参加している経験者向けの課題かなとも思ったんですが、尋ねてみたい気持ちに任せて。
その奥には、全体を見せてもらってるときに、ずいぶんみなさん上手にうなづいて聴いておられるなと感じたことがあります。

まだ前半ですが、一度この辺でアップして、続きは次の機会に。

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