Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

12/15(火)B→C上村文乃/現代寄りにシフトしたプログラムで、チェロの多様性を見事に表現

2015年12月15日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
B→C 177 上村文乃 チェロ・リサイタル

2015年12月15日(火)19:00~ 東京オペラシティリサイタルホール 自由席 2列 9番 2,700円(会員割引)
チェロ:上村文乃
ピアノ:須関裕子*
【曲目】
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 
ペンデレツキ:ディヴェルティメント(1994) 
T.PM.シュナイト:無伴奏チェロ組曲(2014)
武満 徹:オリオン(1984)* 
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 作品40 *
《アンコール》
 ヴェラチーニ:ラルゴ *

 東京オペラシティ文化財団が主催する」「B→C」シリーズの第177回は、チェロの上村文乃さんのリサイタル。「B→C」は「ビー・トゥ・シー」と読み、バッハからコンテンポラリーというこのシリーズの主旨を表している。すなわち、プログラムには必ずバッハの曲と現代曲をを入れるというルールがある。今日のプログラムは、バッハ以外はかなり現代寄りの作品を選んでいる。メインのショスタコーヴィチにしても1934年の作で、必ずしも現代音楽とは言えないが、少なくともロマン派の音楽ではなく「現代的」と言うことができる。このようなプログラム選定は、ある意味では冒険心に富んでいると言えるが、文乃さんの意気込みが窺えるところだ。
 文乃さんは、一昨日に小林美樹さんとのデュオ・リサイタルを行ったばかり。現在留学中のスイスからは今日のコンサートのために一時帰国したとのことで、非常にタイトなスケジュールの中で2つのまったく主旨も形式も異なるフルサイズの演奏会を行えるというだけでもたいしたものである。


 ブログラムの前半は、ソロの曲を集めた。最初にバッハを持ってきたわけだが、「無伴奏チェロ組曲 第6番」は全曲では30分に及ぶ大曲である。第1曲の「プレリュード」から、文乃さんのチェロは豊かな音量で鳴り出す。基本的に明るく、輪郭のクッキリとした音で、フレージングも流れるように、主旋律と分散和音が組み上げられていくといったイメージだ。第2曲の「アルマンド」では高音域の主旋律と通奏低音がバランス良く配置されている。第3曲の「クーラント」では、主旋律の部分と経過的な速いパッセージも正確な音程で、音楽が淀みなく進んでいく。第4曲の「サラバンド」はバロック時代の音楽とは思えないほどのしっとりとした濃厚なロマンティシズムに彩られていた。第5曲・第6曲の「ガヴォット」では古典的な佇まいの中に優雅さを持ち込み、また違った味わいを見せる。終曲の「ジーグ」はとくに明るい音色が戻って来て、高音域が多用される主旋律は明るく光彩を放ち、多声的に組み合わされる通奏低音は深みはあるがその音は柔らかくて優しい。文乃さんのバッハは、各曲ともに音楽の流れにリズム感があって、旋律が豊かに歌っている。技巧が安定しているために表現を豊かに彩る余裕が感じられる演奏であった。

 2曲目からいきなり現代に飛び、ペンデレツキの「ディヴェルティメント」。1994年の作と言うことは、文乃さんがチェロを習い始めた頃書かれた作品ということだろうか。現代音楽の面白いところのひとつに、作曲家が存命ということがある。従って、作品も一度は完成して初演されても、その後に改訂される可能性を常に含んでいる。作品が生きているのだ。この「ディヴェルティメント」も1994年に初演されたときは全3楽章であったが、後に追加されて全8楽章の組曲にまで発展しているという。今日演奏されたのは1994年版の3楽章である。第1楽章は「ノットゥルノ:ラルゲット」。出だしから不協和な半音階で、何やら不運な雰囲気を醸し出す。この夜想曲は、悪夢にうなされているような重苦しさを、チェロ特有の深みのある音色が表現していた。第2楽章の「セレナード:アレグレット」は、ピツィカートとコル・レーニョが多用され、雰囲気的にはスケルツォのような感じ。文乃さんの技巧が冴える。第3楽章は「スケルツォ:ヴィヴァーチェ」コチラの方は本当にスケルツォとなっているが、何とも形容しがたい一種のエネルギーに満ちた曲想で、エッジを効かせた固い音色とピツィカートが入り乱れ、技巧的にもかなりの難度と思われるが、文乃さんの表現の幅は実に広く、このような現代曲を雄弁に語るだけの技量を持っている。

 3曲目は、トビアス.PM.シュナイトの「無伴奏チェロ組曲」。シュナイトはチェコ共和国との国境に近いドイツ・レーナウに生まれた、現代のドイツの作曲家だ。2014の作というからには、ごく最近の作品である。6つの楽章から成っている。各楽章が非常に活き活きとした表情を持ち、チェロの持つ機能性を縦横に発揮するような技巧的な面も持っている。スル・ポンティチェロ(駒の近くで弓を擦る)によるガリガリッとした音や、多彩なピツィカート、フラジォレット、ポルタメントなど、様々な奏法が現れる。文乃さんはこのような超絶技巧的な曲であっても、いやこういう曲の方がかえって活き活きとした演奏をする。基本的には明るいといっても、その音色は多彩に変化するし、ダイナミックレンジも広く、力感にも溢れている。その上で、このような現代曲を、情感豊かに鮮やかに描いていくのだ。

 休憩を挟んで後半は、ピアノの須関裕子さんを迎えて、武満 徹の「オリオン」から。須関さんは堤剛先生をはじめ数々のチェリストと共演していて、チェロ音楽の伴奏ピアニストとしては若手の第一人者といえる。文乃さんと須関さんの共演は、音楽祭などでは何度もあるようだが、私は初めてだったので楽しみにしていた。
 「オリオン」は1984年の作となる。自然界の様々な事象を楽器の生み出す音によって描写していくような武満の音楽は、須関さんのピアノは音がとてもキレイなので、武満特有の不協和音が、あたかも自然界の空気のように美しく響き、ゆるりと流れていく。その上に乗るチェロは一陣の風。時折効かせる深いヴィブラートが絵画的な色彩感を増していくようである。武満の音楽は、聴く者の集中力を高めるような吸引力があり、その音の流れの中に身を委ねるようにして聴くと、風が感じられて心地よい。

 最後はプログラムのメイン曲で、ショスタコーヴィチ:の「チェロ・ソナタ」。1934年作で、まとまった長さを持つ室内楽作品としては最初の曲なのだそうだ。曲は古典的な急-舞-緩-急の4楽章の形式で、非常に抒情的な要素を持っている。第1楽章はソナタ形式。推進力と抒情性が合わさったような第1主題とロマンティックな第2主題の対比が鮮やかで、展開部はショスタコーヴィチらしいリズム感が押し出して来る。須関さんのピアノの美しい音色と、そこに乗る文乃さんのチェロの柔らかく包み込むような音色が素晴らしく、とくに再現部の第2主題は美しかった。第2楽章はスケルツォ。先ほどとは打って変わって、文乃さんのチェロはエッジを効かせた鋭い立ち上がりを見せる。中間部の技巧的なパッセージも豊かな表情を持っていて見事だ。第3楽章は緩徐楽章。重苦しい序奏に続く主題は、やはり哀しみや葛藤、憎しみや諦めなど、人生における負の要素が凝縮しているようにも思える。文乃さんのチェロも湿り気を含み、重々しくなっていく。こういった表現の幅も広くなっていて、留学前の2012年に聴いたリサイタルの時からみれば成長著しい。第4楽章はアレグロのフィナーレ。躍動的な主題は一方で屈託を含み、哀しみを堪えて陽気に振る舞っているような曲想である。文乃さんのチェロはよく歌っていて、艶やかな色彩を見せるかと思えば、エッジを尖らせて鋭く押し出したり、コケティッシュ、あるいは諧謔的な要素を見せたりする。実に多彩な表現である。須関さんのピアノも抜群のリズム感でピッタリと寄り添っていた。

アンコールは、ヴェラチーニの「ラルゴ」。最後にまたバロック音楽のしっとりとした佇まいの中で、ロマンティックな旋律を情感たっぷりに聴かせてくれた。

 何しろ久し振りの東京でのリサイタルということもあって、終演後は大勢の面会希望者が列をなしていた。皆さん久し振りに逢うといった状況なのでついつい話が長くなってしまい、なかなか順番が回ってこない。その内、ホールの係の人がそろそろ閉館になります・・・といった感じだったので、慌ただしくご挨拶と記念写真だけに留めた。
 それにしても文乃さんのチェロは、かなりの進化を遂げているように感じた。一昨日はヴァイオリンとのデュオだったために、どうしても受け身になってしまうところが多かったようだが、今日はチェロ・リサイタル。本来の持ち味である明るく伸びやかで、スケールの大きな演奏が、一段とクオリティを上げていたように思う。現代曲が多かったとはいえ、聴き応えのある素晴らしいリサイタルであった。

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