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Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

9/4(金)日本フィル東京定期/ミヨー、イベール、別宮貞雄の交響曲など珍しい曲満載の定期

2015年09月04日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
日本フィルハーモニー交響楽団 第673回 東京定期演奏会《第1夜》

2015年9月4日(金)19:00~ サントリホール・大ホール A席 1階 2列 18盤 3,500円
指 揮: 山田和樹
サクソフォン: 上野耕平
管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
ミヨー: バレエ音楽『世界の創造』作品81
ベートーヴェン: 交響曲 第1番 ハ長調 作品21
イベール: アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲
     (日本フィル・シリーズ再演企画第9弾)
別宮貞雄: 交響曲 第1番(日本フィル・シリーズ再演企画第9弾)

 日本フィルハーモニー交響楽団の「第673回 東京定期演奏会」を聴く。日本フィルは9月からが新しいシーズン(2015/2016シーズン)の始まりとなるので、今回がシーズン開幕のコンサートとなる。指揮は、日本フィル正指揮者の山田和樹さん。日本を代表する若手の指揮者だが、彼が振る日はいつも素晴らしい演奏を聴かせてくれるので、期待も膨らんでくる。ところが、シーズン開幕にしては、上記の通り、かなりマニアックなプログラムである。すべてが初めて聴く曲なのだ。ベートーヴェンの交響曲第1番はもちろんよく知っているが、今日の演奏はちょっと変わっていて、やはり初めて聴く部類に入る。山田さんのユニークなとろが遺憾なく発揮されているのである。

 開演前のプレ・トークでも山田さんは話し出したら止まらない、といういつものパターン。係の人に止められるまで時間を忘れて熱弁を振るう。要約すれば、チラシのキャッチコピーにあるように「フランスでミヨーに学び、ベートーヴェンを理想像とする別宮貞雄のルーツ」というわけで、本日のメイン曲である別宮さんの交響曲第1番は1961年に日本フィルの委嘱により作曲されたもの。その別宮さんの音楽的なルーツがパリ留学時代に影響を受けたミヨーとベートーヴェンということである。イベールはミヨーとパリ音楽院の同窓であった。
 ドイツの音楽では、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、マーラーと、時代が進むにつれてオーケストラも拡大していったが、20世紀に入ってから、フランスで起こった古典への回帰の運動(新古典主義など)の結果、つまりドイツ音楽に対するアンチテーゼのようなカタチで生まれてきたのが、本日演奏されるミヨーやイベールの曲である。それらに共通するのは極限までに圧縮された小編成のオーケストラで構成される。つまり既存のオーケストラのために曲が書かれたのではなくて、必要な音のみで音楽を構築していったらこうした特殊な小編成になったということなのだろう。

 ミヨーのバレエ音楽『世界の創造』は1923年の作で、室内小管弦楽(19名の独奏者)による1幕もののバレエ音楽ということだ。編成は、フルート2(ピッコロ持替1)、オーボエ1、クラリネット2、アルト・サクソフォン1、ファゴット1、ホルン1、トランペット2、トロンボーン1、ティンパニ、タンブリン、プロヴァンス太鼓、ウッドブロック、メタルブロック、シンバル、小太鼓、中太鼓、シンバル付大太鼓、ピアノ1、ヴァイオリン2、チェロ1、コントラバス1。ステージの中心部分にこぢんまりと集まったオーケストラのメンバーから、それでも深みのある厚いアンサンブルが飛び出してくると、なるほど、必要な音が揃っているように聞こえてくるのである。金管も木管もひとりひとりが技術的にも上手く、濃厚な音色で質感の高い演奏をするので、なかなか聴き応えがある。さすがに構成上ヴィオラを欠いた弦楽の4名は時折パワー不足になることもあったが、これは仕方のないところだろう。楽曲は6つの部分からなり、天地創造の物語が描かれ、いかにも物語風の写実性とバレエ音楽の持つリズム感と躍動感が多彩に展開していく。ミヨーがジャズの影響を受けたということは随所に現れる。山田さんの指揮は、弾力性がありしなやかで、瑞々しい生命力に溢れた音楽を日本フィルのメンバーから引き出していた。素敵な音楽に素敵な演奏である。

 2曲目はベートーヴェンの交響曲第1番。一般的には、ベートーヴェンの交響曲のうち初期の1番・2番は小編成のオーケストラが採用されるのが最近の傾向である。もともと2管編成で金管はホルンとトランペットしかないし、弦楽5部もせいぜい12型止まり。場合によっては室内オーケストラレベルの編成でもよく演奏されている。そこに山田さんのひねくれた性格(?)がアンチテーゼをぶつけてきた。20世紀前半のミヨーの小編成に対して、1800年作の交響曲第1番を大編成で演奏するという試みである。具体的には弦楽5部は16型。管楽器は倍管して4管編成。実際にこのような大編成で聴くのは初めての体験であった。
 第1楽章の序奏から、ピツィカートが厚く思い。重厚な序奏に続いてソナタ形式主部に入りると、分厚い弦楽のアンサンブルと、特に重低音が地響きをたて、日頃聴いていたイメージとは全然違う、迫力と力感のある音楽に変わっている。テンポもあえてやや遅めにして、重厚感を出してくる。しかし全体が剛直・無骨にならないのは山田さんのしなやかな音楽作りによるところだ。
 第2楽章の緩徐楽章もいきなり山田流が飛び出す。第2ヴァイオリン→ヴィオラ・リサイタルと続くフーガ風の冒頭の部分を各パート首席のソロで始め、徐々に人数を増やしていくのである。これにより、16型の弦楽の分厚さを強調することになつた。遅めのテンポで重厚かつ劇的な仕上がりとなっている。日本フィルの弦の澄んだアンサンブルが清涼感があって素敵だ。
 第3楽章はメヌエットと表記されているが事実上はスケルツォ。大編成のオーケストラを振り回しているイメージで、やはりやや遅めのテンポ設定で、ティンパニの重めの響きも重厚な仕上がりに貢献している。ダイナミックレンジが大きくなり、やはり従来のイメージをぶちこわす堂々たるスケルツォだ。
 第4楽章はソナタ形式のフィナーレ。序奏に続き、主部に入ると、今度はやや速めのテンポにして緊張感を一気に高めていく。疾走感とダイナミックスが一体となって、怒濤の迫力だ。80名以上のフル・スケールのオーケストラによる大音量と音圧を感じながら、聞こえているのは古典的な造型美。この聴き慣れないアンバランスな造型が、意外なくらいにピッタリ合っている感じで面白い。山田さんに1本取られた感じである。

 後半はまず、イベールの「アルト・サクソフォンと11の楽器のための室内小協奏曲」。ステージ上はまた小編成に逆戻りである。今度は、フルート1、オーボエ1、クラリネット1、ファゴット1、ホルン1、トランペット1、弦楽5部。弦楽は室内オーケストラなみの人数だ。それらに独奏アルト・サクソフォンが協奏曲の定位置、指揮者の横、下手側に立つ。
 3楽章の構成になっているが、演奏時間もコンパクトにまとまっていて13分程度。こちらの曲も、クラシック音楽のカテゴリに入るものの、ジャズの影響が強く感じられる。第1楽章は軽快なフォービートに乗って、さらに軽快で洒落たアルト・サクソフォンが縦横に駆け巡る。この楽器(アルト・サックスと呼ぶ方が曲に合っているかも)がメインになるので、それだけでもジャズっぽい雰囲気になるのだろう。楽器の音量に合わせてオーケストラが編成されたものと思われる。上野耕平さんのソロは流れるようなリズム感で、非常にノリの良い演奏だ。音色も明るく、色彩感も豊かで、そういう意味ではフランスっぽい洒落た雰囲気がある。第2楽章は緩徐楽章に相当し、やや頽廃的で爛熟した香織が漂う。サクソフォンの音色は、コンサートホールよりは夜の酒場の方が似合っているのかもしれない。第3楽章は再び軽快で洒脱なフランス風ジャズの雰囲気か。軽快で伸びやか、陽性で色彩的に豊かな演奏が続く。途中カデンツァの入り、技巧的な部分もたっぷりと聴かせてくれた。一瞬も、1箇所に留まることのない軽やかなサクソフォンにBravo!

 最後は本日のメイン曲、別宮貞雄の交響曲第1番である。ステージはまたまた大編成に装いを変える。3管編成に16型の弦楽5部。多彩な打楽器群に、シロフォン、ヴィブラフォン、ハープ、ピアノ、チェレスタまで加わる。日本フィルの委嘱で1961年に作曲され、翌年1月、渡邉暁雄の指揮で初演されたということだ。急-舞-緩-急の4楽章構成から分かるように、伝統的・古典的な構造形式である。
 第1楽章は濃厚なロマンティシズムを漂わせる曲想で、ソナタ形式。幻想的な第1主題を提示する弦楽のアンサンブルが透明感がありつつも厚みがあり、重厚な雰囲気を押し出して来る。第2主題は日本的な旋律。展開部でき第1主題を中心にかなり劇的な展開を見せ、混沌とした不協和音の世界へと変貌するが、その中から第2主題が回帰してくると霧が晴れるように抒情性が戻ってくる。
 第2楽章はスケルツォに相当する。変拍子の土俗的なリズムが強烈に押し出され、シロフォンなどが神経質に走り回る。打楽器系が活躍し、爆発的なエネルギーに満ちている。大太鼓が炸裂すると音圧が身体を揺さぶるようである。演奏も迫力満点。第1楽章ら比べるとはるかに現代的な音楽だ。
 第3楽章は緩徐楽章。暗く陰鬱で、行き場のない魂が彷徨うような雰囲気である。ファゴットが気が滅入るような主題を吹くと、オーボエが悲しげに応える。調性音楽ではあるが、不協和音が効果的に使われていて、不気味で不安感に満ちた音楽を描き出している。日本フィルの演奏は、各パートの音が濃厚で美しいため、極めて質感の高い演奏で、重苦しい雰囲気を見事に描き出していた。
 第4楽章は一転して行進曲風の曲想となり、躍動感と推進力が漲るが、第2楽章辺りから続いてくる短調系の重苦しい雰囲気が解決されないまま残されている感じ。エネルギーはいっぱいあるが、満たされず、苛立ち、もがき苦しむ。そう、ショスタコーヴィチのような感じである。クライマックスを迎えた後のコーダは、第1楽章の第1主題が回帰してきくるが、第1楽章とは違って、短調のまま静かに曲が終わる。
 どうも何の下準備もなくまったく初めて聴く曲なので、どうしても楽曲の説明になってしまう。この曲は、いわゆる「現代音楽」ではなくロマン派後期から近代にかけての試行錯誤といった印象の曲で、実際にはとても聴きやすく、エネルギーに満ちた劇的な部分とそれを内省的に内側に押し込める抑制が働く。素敵な曲だと思う。そんなレベルで聴いていたので、演奏の良し悪しなどは語るべくもないが、日本フィルの演奏は、木管群の濃厚な音色と金管群の正確さ、弦楽の透明に音色と見事なアンサンブル、打楽器系のリズム感と迫力・・・・どちらの方から見ても隙のない演奏のように思えた。山田さんのしなやかな指揮が、オーケストラ全体から剛直さを抜き取り、引き締まっているのに柔らかい見事な演奏を引き出していたように思う。

 今日の定期演奏会は、とにかく聴いたことのない曲(と演奏スタイル)ばかりなのに、とても面白かった。フランス近代のミヨーとイベール。ベートーヴェンの拡大解釈。そして別宮さんの交響曲。山田さんが組んだ実に個性的で、しかもテーマ性もはっきりしているので、聴き終わって納得させられた感じである。たまにはこういうコンサートも良いものだ。それにしても、山田和樹という人、タダモンじゃない・・・・。

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