Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/19(火)B→C/菊池洋子ピアノ/リゲティ、エトヴェシュ、クルターグ等ハンガリーの現代曲に新境地

2013年03月21日 00時40分20秒 | クラシックコンサート
B→C150 菊池洋子ピアノ・リサイタル

2013年3月19日(火)19:00~ 東京オペラシティ・リサイタルホール 自由席 3列 11番 3,000円
ピアノ: 菊池洋子
【曲目】
リゲティ: ムジカ・リチェルカータ(1951~53)
バルトーク: ルーマニア民俗舞曲
エトヴェシュ: 地のピアノ-天のピアノ(第1ヴァージョン、2003)
クルターグ:『遊び』(1975~)から
      第3集「12の新しいミクロリュード - 第11番 J.S.B.をたたえて」
      第3集「ファルカシュ・フェレンツをたたえて(2) - コリンダ・メロディーの断片」
J.S.バッハ/ヘス編: 主よ、人の望みの喜びよ
クルターグ:『遊び』(1975~)から
      第1集「C音のプレリュードとワルツ」
      第8集「花、人は…(音を抱きしめて)」
      第2集「ワルツ ─ ショスタコーヴィチをたたえて」
      第1集「無窮動 ─ 見つけたもの」
      第1集「…そしてもう一度 ─ 花、人は…」
      第3集「ころがりっこ」
      第1集「…星もまた花…」
      第3集「ペトローヴィチをたたえて」
      第2集「結び目(2)」
      第3集「泣き歌(2)」
      第3集「クリスティアン・ウォルフをたたえて ─ うつら うつらと」
J.S.バッハ: パルティータ第1番 変ロ長調 BWV825
リスト: ドン・ジョヴァンニの回想 S.418
《アンコール》
 モーツァルト/リスト編: アヴェ・ヴェルム・コルプス
 アルベニス:『スペイン』作品165より「タンゴ」
 ブラームス:『ワルツ集』作品39より 第15番

 東京オペラシティ文化財団主催のB→Cシリーズ、第150回はピアノの菊池洋子さん。モーツァルトの演奏に関しては定評があり、引く手数多で、あちこちのオーケストラに呼ばれて協奏曲を弾いている。2002年、第8回モーツァルト国際コンクールで日本人として初めて優勝して注目を集めて以来、モーツァルトの演奏に関しては、協奏曲であってもリサイタルであっても室内楽であっても、圧倒的な存在感を示している。
 逆にモーツァルト以外のプログラムでは、あまりお目にかからないようである。私はモーツァルトもそれほど積極的に聴きに行く方ではないので、菊池さんを聴く機会はあまりなかった。直近でも、2010年の1月にフランツ・リスト室内管弦楽団との共演を少し聴いているだけ。その時ももちろんモーツァルトであった

 さて、そんな菊池さんがB→Cシリーズに登場した。ご承知のように、このシリーズは「バッハからコンテンポラリーへ」がテーマである。モーツァルト弾きとして定評のある菊池さんが、バッハと現代曲をどのようにアレンジしてくるのか、非常に興味深いところであった。
 そして、上記のプログラムを見れば分かるように、今日のリサイタルではモーツァルトが、ない。全然ない。かろうじて、最後のリストの「ドン・ジョヴァンニの回想」のモチーフがあるくらいだ。
 そして、プログラムを見ていくと、バッハ以外は、リスト(1811~1886)、バルトーク(1881~1945)、リゲティ(1923~2006)、クルターグ(1926~)、エトヴェシュ(1944~)と、すべてがハンガリー系の作曲家で、ロマン派から現代までを幅広くつないでいる。どうしてハンガリーだったのかは今ひとつハッキリしないが、プログラムとしてはかなり意欲的で面白い。正直に言うと、プログラム・ノートもよく読まないで、曲は面白いけどヘンなプログラムだなァ、などと思いながら何となく聴いているうちに「全部ハンガリーじゃないか!」と気づいた。面目ない次第である。

 1曲目、リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」にはちょっとした思い出(?)がある。昨年2012年10月に「朝日カルチャーセンター」で開かれた「東京フィルハーモニー交響楽団/レクチャー&コンサート」でリゲティの講習会を聴講した際、東京フィルのコンサートマスターの荒井英治さんが、この曲のサワリの部分を《ピアノ》で弾いてくれたのである。妙なつながりで・・・全然関係ないが・・・今日は全曲を聴くことができただけで嬉しかった。11曲からなるピアノ組曲の形式に鳴っているのだが、第1曲は「ラ」の音だけで構成されていて最後に2番目の音階が出てくる。第2曲はその2音だけで構成されていて・・・11曲目で12音階が出揃うという構成だ。論理的な構成だが、強烈にリズミカルであったり、キラキラと煌めくような楽想が合ったり、ヴァリエーションは豊かで、非常に面白い曲だ。菊池さんのピアノは、モーツァルトのイメージを完全に払拭したもので、濃厚な音色で力感に溢れ、古典的な趣きはまったく感じられない目の覚めるような演奏であった。
 2曲目はバルトークの「ルーマニア民族舞曲」。6曲からなる小品の組曲。ハンガリーとルーマニアは国境を接しており、時代によって国境線も異なるので、民族的にも文化的にも近いものがあるのだろう。たまに聴くことがある曲なので、あァ、あの曲か、といった印象だ。
 3曲目はエトヴェシュの「地のピアノ-天のピアノ」。エトヴェシュは、リゲティと同様に旧ハンガリー領のトランシルヴァニアの出身で、現代の作曲家である。演奏については…初めて聴く現代曲では、感想は語りにくい…。
 4曲目はクルターグの『遊び』から、短い2曲を。クルターグはルーマニアの出身で共産主義政権下のハンガリーで作曲活動を続けた人。あまり聴く機会はないと思うが、昨年2012年11月、ヴァイオリンのパトリツィア・コパチンスカヤさんが無伴奏リサイタルでクルターグの曲を演奏している。コパチンスカヤさんはルーマニアの東側に隣接するモルドバの出身で、おそらく近い文化圏なのだろう。
 菊池さんご自身によるプログラム・ノートによると、ここで選曲された2曲はバッハとフェレンツへのオマージュであり、「ファルカシュ・フェレンツをたたえて(2) - コリンダ・メロディーの断片」という曲がとても美しく、「次のバッハへ移る相性が絶妙と感じています。このクルターグからバッハへの流れはひとつに考えているので、この間は拍手は無しになると、素敵だと思っています」とのこと。実際に短い2曲はあっというまに終わり、間をおかずにバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」が演奏された。
 そしてその演奏は、ねっとりした色彩感で陰影と抒情性に富んだかなり濃厚なものだった。まるでロマン派後期のような演奏に、またまた菊池さんの新しい側面が感じられて、新鮮である。

 後半は、再びクルターグの『遊び』から、ごく短い小品を11曲。1曲目の「C音のプレリュードとワルツ」は、C音=「ド」の音階のみで創られている曲であり、リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」が「ラ」の音階のみで始まることとの関連性で選曲されたという。現代音楽の論理性の面白さ、といったところだ。この11曲の中では「無窮動 ─ 見つけたもの」が傑作だ。両手で交互に行う上昇と下降のグリッサンドだけで曲が構成されている。高低の音域の幅の変化で、面白い音楽になっているのだ。基本的には白鍵だけを使っているのでハ長調の音階が繰り返されるのだが、時折黒鍵だけのグリッサンドが入ることで、半音階のズレが微妙な陰影を生み出している。
 後半2曲目は、バッハの「パルティータ第1番」。鍵盤楽器のための7つの組曲。バッハの時代のクラヴィーアに対して、現代のピアノはあまりにも表現力の幅が進化している。古楽を当時の演奏スタイルをできるだけ再現しようとする考え方もあるが、菊池さんの演奏は、現代的そのもの。広いダイナミックレンジを活かし、ペダリングも含めて、ロマン主義的な自由で豊かな演奏であった。バッハが現代に存在したら、ピアノをこんな風に弾いただろう、というイメージだ。
 最後は、リストの「ドン・ジョヴァンニの回想」。この曲は、ハンガリー音楽には分類されないだろう…。また、菊池さんの得意とするモーツァルトともまったく違った世界である。しかしこの曲を選んだのは、やはりモーツァルトが好きだからだろう。オペラ『ドン・ジュヴァンニ』から「騎士長のテーマ」「お手をどうぞ」「シャンパンの歌」をモチーフに編曲された、演奏会用の超絶技巧曲である。菊池さんの演奏は、ここでもロマンティックなもので、急-緩-急の中間部に相当する「お手をどうぞ」の変奏曲は、はじめはバリトンとソプラノの対話を音色で描き分けていて、変奏が進むにつれてリストらしい煌びやかな音の奔流となって行き、派手な超絶技巧の聴かせどころも劇的で、素晴らしい演奏であった。ただ、ミスタッチも多少あったような…。

 アンコールは3曲。モーツァルト/リスト編の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。アンコールでやっとモーツァルトが登場したかと思えば、リスト編曲。やはりモーツァルトというよりはリストの色彩が強い。アルベニスの「タンゴ」は、どこかで聴いたなァと思ったら、つい4日前の3月15日、松山冴花さんのヴァイオリンと津田裕也さんのピアノでクライスラーの編曲版を聴いたばかりであった。突然出てきたロマンティックな曲にうっとり。最後の最後は、ブラームスの「ワルツ第15番」であった。アンコールは意外な曲ばかり。

 今日の菊池さんの演奏は、モーツァルト弾きというイメージを一新させるもので、大いに驚かされた。「B→C」の企画の妙がうまく働いたということだろう。菊池さんにとっても、普段演奏する機会のない曲ばかりを敢えて選曲したようであり、新鮮な気分だったのではないだろうか。ピアニスト菊池洋子さんの、新しい側面を見せられたようで、驚きのリサイタルでもあった。終演後は恒例のサイン会もあったが、今日は遠慮させていただいた。今日の演奏内容と、販売しているモーツァルトのCDとの間にギャップがありすぎて…。

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