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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

11/10(日)ウィーン・フィル来日公演/ティーレマンのベートーヴェン・ツィクルス(2)第4番・第5番「運命」

2013年11月12日 01時25分40秒 | クラシックコンサート
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 日本公演2013
ベートーヴェン 交響曲ツィクルス《第2日》


2013年11月10日(日)16:00~ サントリーホール C席 2階 LA2列 16番 19,000円
指 揮: クリスティアン・ティーレマン
管弦楽: ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
【曲目】
ベートーヴェン: 交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
ベートーヴェン: 交響曲 第5番 ハ短調 作品67「運命」

 一昨日に引き続いて、クリスティアン・ティーレマンさんとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるベートーヴェン・ツィクルスの2日目。今日は交響曲第4番と第5番「運命」である。プログラムのボリュームとしては、一昨日の半分とまではいかないものの、やや小さめ。だからアンコールでもまとまった曲、例えば今回のツアー・プログラムに持ってきている「エグモント序曲」などを期待していた。

 さて今日は2日目なので、前置きなしにコンサート・レビューに入ることにしよう。
 まず、オーケストラの配置は一昨日と同じである。弦楽5部は前半の交響曲第4番が14型、後半の「運命」が16型に拡大していた。管楽器は、「運命」では、雛段の1列目左側にピッコロが、2列目の右端にコントラ・ファゴットが、3列目は金管が横並びで、ホルンとトランペットの間(つまりセンター)にトロンボーン3名が追加になっている。ティンパニは右奥である。今日の座席は、一昨日とほぼ同じ、LAブロックの2列目である。

 前半は交響曲第4番。かつてカルロス・クライバーが得意にしていた名曲である(ベートーヴェンの交響曲はすべて名曲ではあるが・・・)。登場したティーレマンさんは、昨日はコンサートがなかったので休養できたのだろうか、一昨日よりも元気が漲っている雰囲気である。
 曲が静かに始まる。弦の重々しいピチカートなどもピタリと合ったアンサンブルが見事な序奏が過ぎると、軽快な第1主題に入ってからは、比較的イン・テンポで、スムーズな流れを重視した推進力のある演奏だ。木管群に現れる第2主題で急に少しテンポを落とすのは、主題に対するアンチ・テーゼである第2主題を浮き上がらせる対比効果があって、面白い。その後の経過部で徐々にテンポを上げていき、元のテンポに戻していくのである。提示部はもちろんリピートされて、第1主題を中心とした展開部を経て(後半の弦楽の美しさが素晴らしい)、再現部はコンパクトにまとめられて、一気にコーダへ。この辺りの流れの勢いと強弱のダイナミズムもティーレマンさんらしい自信たっぷりの演奏であった。
 第2楽章の緩徐楽章は、イメージよりは早めでメリハリの効いた演奏。もちろん美しいウィーン・フィルのアンサンブルにはまったく乱れがなく、ティーレマンさんの意図を鮮やかに表現していく。これは聴いているというよりは、指揮している様子とオーケストラの動きを見ていると分かる。双方が対等に見えるLAブロックならではのことだ。緩徐楽章なのでイメージしにくいが、この楽章もソナタ形式である。
 第3楽章はスケルツォ楽章に当たるが、スコアに「スケルツォ」との記載がないのは、通常の三部形式ではなく、A-B-A-B-Aの複合三部形式を採用したためだろうか。曲想としてはスケルツォに違いなく、長調で躍動感が漲っている。ティーレマンさんの演奏も、活力に満ちたイケイケといった雰囲気であった。
 第4楽章もそのまま勢いに乗って突っ走っていくイメージ。ここでもティーレマンさんはテンポをあまりいじらずに、それでいて主題や展開部のこまやかなニュアンスにメリハリを効かせて、曲を立体的な構築物のように創り上げていく。
 ちょっと以前までのティーレマン節とは、全体の印象が少し違って来ている。クセの強さ、アクの強さはやや薄れたものの、完成度は高まっている。つまりドイツの保守本流であり、ロマン派を得意とする指揮者の古典派の音楽作りをウィーンのサウンドで、という方向性だ。ウィーン・フィルとの関係もかなり良好なようで、呼吸もピッタリ、繊細な表現も要求通りの演奏が自然に生まれてきているようだ。素晴らしい第4番であった。

 休憩20分を挟んで後半はいよいよ「運命」。少なくとも東京公演のベートーヴェン・ツィクルスで、交響曲第1番から始まって第5番に至って、ここでついにエンジン全開となった。結論から先に言ってしまえば、途方もないエネルギーに満ちた爆発するような演奏であった。Bravo!だとか、名演だったとか、そういう次元を超えた、日本のクラシック音楽史上に燦然と輝く1歩を残した・・・などと言ったら大袈裟であろうか。
 ティーレマンさんが気力・体力ともに充実していて、しかも前半の第4番でかなり調子が上がり、休憩中にオーケストラのメンバーを集めて「本気で行くぞ!!」とハッパをかけたかどうかは知らないが、とにかく、曲のアタマからティーレマンさんもウィーン・フィルも本気モードだったことは確か。冒頭の「運命の動機」から力感が漲る演奏だった。
 第1楽章は、基本的には早めのテンポで、鋭く張りつめた緊張感で主題を提示していく。弱音でも弦の音にはチカラがあったし、強弱のダイナミズムも極端で瞬発力がある。ある意味では、典雅なウィーン・フィルがよそ行きの仮面を脱ぎ捨てた、生々しい本当の姿を見せてくれたのかもしれない。大急ぎで煉瓦を積み上げていくように音楽が構築されていき、目を覚ましたようなホルンに導かれる第2主題はフッとテンポを落として典雅な音色に戻す。その対比が鮮やかである。再現部の前の「運命の動機」は遅く強くなり、コーダのフィニッシュ前の「運命の動機」はさらに遅く強く。この辺はティーレマン節炸裂であった。
 第2楽章は緩徐楽章であるにもかかわらず、けっこう早めのテンポでグイグイと追い進めていく。よく聴いていくと、主旋律をはじめ和声のバランスや強弱の指示にもかなり細かなところまで入念に作り込まれていて、繊細な音楽作りが窺える。ウィーン・フィルも微妙なニュアンスを丁寧に演奏しつつ、全体の大きな流れもキチンと造形していて、見事である。
 第3楽章のスケルツォは派手にホルンを鳴らし(といっても全体のバランスは保たれている)、弦楽のアンサンブルの分厚く感じさせる。16型の効果が現れている。トリオ部分のチェロとコントラバスから始まるフガートは、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンへと、右回りで主題が追いかけられていくのが、2階のLAブロックで聴いているとよく「見える」。第1ヴァイオリンの対向にチェロを置くような20世紀的な配置だと左回りになるのだから面白い。演奏はかなり早めのテンポで勢いがあり、コントラバスの弓が跳ねるような強奏をしていても、音色もアンサンブルも乱れることはなかった。
 沈静化したスケルツォからアタッカで続く第4楽章は、爆発的に金管群が咆哮するハ長調の主題は遅めにたっぷりと鳴らし、その後急速にテンポを上げていくのがティーレマン節。ミュンヘン・フィルで聴いた2010年頃(CDや映像素材も同じ時期)と比べれば、極端さがなくなってきている。その分だけ、ティーレマンさんがしたかったこと(言いたかったこと)が分かるような気がした。テンポが上がってからは、怒濤の推進力で突っ走る。そして当然のごとく、主体提示部をリピートする。2度目の方がテンポの揺れ幅が小さく、突っ走りながら展開部へと入っていく。第2主題の展開の後はひたすら快速かつダイナミックにクライマックスへ向かっていった。スケルツォ主題が弱音で帰って来て、急速なクレシェンドから再現部。ここからはほとんどイン・テンポでコーダまで一気に突き進み、これでもかとばかりに押しまくって、堂々のフィニッシュであった。
 全4楽章を通じて、極めて緊張感が高く、聴いている方も疲れるような音楽だ。ティーレマンさんの揺るぎない自信と確信に満ちた指揮で、「どうだ!!」と言わんばかりの堂々たる押し出しの音楽であった(ご本人の態度に表れているわけではない)。また、それを細部にわたるまで見事に音に変えていくウィーン・フィルの演奏も見事として言いようがない。今日は本当に素晴らしい音楽を共有することができた。これほど幸せなことはないだろう。
 あまりにも熱のこもった演奏で、おそらくはティーレマンさんも満足のいくものだったのであろう。アンコールもなく、コンサートはあっさりと終了した。しかしながら聴いていた私たちのアタマの中は、いつまでも興奮でカッカしていたのは言うまでもない。

 ベートーヴェンの永遠のテーマである「苦悩を通じての歓喜」が最もはっきりと体現されていると言われる「運命」ではあるが、私はやはりこの曲は究極の純音楽だと思う。4つの音による単純な「運命の動機」を繰り返して組み合わせて堅牢で揺るぎない構造物を創り上げた第1楽章。豊かな抒情性を持つ主題を変奏曲という形式で自由な展開をさせる第2楽章。「運命の動機」をスケルツォ主題に置き換え、トリオにはフガート、再現されるスケルツォは弱音という不均衡な第3楽章からアタッカで演奏され華々しいハ長調のファンファーレから駆け抜けるような第4楽章。いずれも古典的な構造が美しい造形を生み出しているのと同時に、それを破壊していく要素も含まれていて、まさに古典派とロマン派の分岐点になっている。これは、ベートーヴェンが純粋に、積み上げてきた音楽を完成させることと、次代への発展に向けて可能性を追求した結果であって、ベートーヴェン自身は、「苦悩」や「歓喜」をあまり意識してはいなかったのではないかと、思うのである。というのは、この曲を何百回聴いても、「苦悩」や「歓喜」を感覚的に感じることはできても、実体を伴った概念が見えてくるわけではないからだ。それよりもむしろ、聴いている内に動機や和声が生み出す音楽的なチカラに精神が引き寄せられてしまう。その音楽そのものを共有して、身体が共振する感覚。心臓の鼓動が高まり、呼吸が速くなり、精神が高揚していく。しかしそこにあるのは楽器の音の集合体でしかなく、ベートーヴェンが「言いたかったこと」が聞こえてくるわけではない。だから究極の純音楽だと思うのである。

 ところで、ティーレマンさんは日本ではサイン会などはやらないようだが、今日は終演後、サントリーホール1階駐車場の楽屋口で出待ちを試みた。そこに並んで待っていた人は40~50名くらいだろうか。ウィーン・フィルのメンバーは続々と楽屋口から出てきて三々五々と散っていく。メンバーにサインをねだる人もいた。しばらく待っていたら、係の人が現れて、ティーレマンさんが急遽その場でサイン会をしていただけるという。もちろん一人1点のみ、写真はNG。今日は2曲だけで演奏も短かったし、とくに「運命」の熱演でティーレマンさんも大満足であったのだろう。シャワーを浴びて、どこかで見たことのあるグリーンのポロシャツ姿で、さっぱりしたご様子。機嫌よくニコニコとサインに応じてくれた。



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