Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

6/16(木)メトロポリタン歌劇場/「ランメルモールのルチア」ディアナ・ダムラウの「眩しい声」にBrava!!

2011年06月19日 04時22分12秒 | 劇場でオペラ鑑賞
メトロポリタン歌劇場 来日公演2011 『ランメルモールのルチア』
The Metropolitan Opera Japan Tour 2100 "Lucia di Lammermoor"


2011年6月16日(木) 18:30~ 東京文化会館・大ホール
指 揮: ジャナンドレア・ノセダ
フルートソロ: ステファン・ラーグナー・ヒェスクルドソン
ハープ: 安楽真理子
グラス・ハーモニカ: チェチーリア・ブラウアー
管弦楽: メトロポリタン歌劇場管弦楽団
合 唱: メトロポリタン歌劇場合唱団
演 出: メアリー・ジマーマン
美 術: ダニエル・オストリング
衣 装: マーラ・ブルーメンフェルト
照 明: T.J.ジャーケンズ
振 付: ダニエル・ベルツィク
【出演】
ルチア: ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
エドガルド: ピョートル・ベチャワ(テノール)
エンリーコ: ジェリコ・ルチッチ(バリトン)
ライモンド: イルダール・アブドラザコフ(バス)
アルトゥーロ: マシュー・プレンク(テノール)
アリーサ: テオドラ・ハンスローヴェ(メゾ・ソプラノ)
ノルマンノ: エドゥアルド・ヴァルデス(テノール)

 メトロポリタン歌劇場の来日公演2011、私にとっての最後の演目はドニゼッティのベル・カントの傑作『ランメルモールのルチア』である。タイトルロールのディアナ・ダムラウさんは当初からの予定通りに来日してくれたし、エドガルド役はダブル・キャストだったが、もともとピョートル・ベチャワさんの出る日を選んでいたので、『ルチア』に関しては、まったく出演者の変更もなく、初めて予定通りの完全な態勢で上演されるMETのオペラとなった。
 『ルチア』をナマで観賞するのはかなり久しぶりのような気がする。というのも、『ルチア』はどうしても出演者を選んでしまう演目だからだ。演目が『ルチア』だから観に行くということはほとんどなく、この人がルチアを歌うから観に行く、というタイプのオペラである。


 今日の『ルチア』のプロダクションは、2009/2010シーズンにライブビューイングで放映された時と同じものだ。その時はルチアがアンナ・ネトレプコさん、エドガルドが今日も出演するピョートル・ベチャワさん、エンリーコが今回もツアーに同行しているマリウシュ・クヴィエチェンさんだった。ご承知のように、その時本来はエドガルドはロランド・ヴィラゾンさんが務めることになっていたが体調不良で降板したため急遽ベチャワさんが抜擢され、大成功を収めてスター歌手の仲間入りしたという経緯がある。今回の日本ツアーではベチャワさんとジュセフ・カレーヤさんのダブル・キャストだったが、カレーヤさんが降板したため、助っ人で来日したヴィラゾンさんが1日だけ『ラ・ボエーム』のロドルフォを歌っている。キャンセルすることもあれば助っ人になることもある。お互い様ということだろう。METを巡る人材は層が厚いからできることかもしれない。

 今日のMETも、意外に空席が目立った。今日の『ルチア』には変更が一切なかったのだから、始めから完売にはならないレベルだったようだ。震災は別としても、もともと景気はあまり良くなかったわけだし、外来オペラはやはり価格が高すぎるのかもしれない。今日はゲルブ総裁の挨拶もなく、やや遅れ気味に、普通に始まった。
 指揮のジャナンドレア・ノセダさんは、昨年のトリノ王立歌劇場の来日公演で素晴らしいパフォーマンスを披露してくれたのが記憶に新しい。音楽監督のファビオ・ルイジさんともほぼ同世代、オペラ指揮の傾向も似ていると思う。
 ところが第1幕のスタートから、ちょっとおかしい。一昨日聴いた時まであれほど雄弁だったオーケストラがなぜかバタついているし、音量も小さく、とくに金管が湿りがち。合唱も精彩がない。ノセダさんも指揮棒を持っていない…。

 第2場に入って、ルチア役のダムラウさんが登場するあたりから、オーケストラはだんだんと引き締まってきた。「あたりは沈黙に閉ざされ」のアリアでは、ダムラウさんも声が小さく抑え気味。第3幕の「狂乱の場」に備えるためか、ここではエンジン全開にはならなかった。第1幕の見せ場(聴かせ所)だけにちょっと残念。むしろ、アリーサ役のテオドラ・ハンスローヴェさんのメゾの声がよく通っていた。演出として、ここではかつて不幸にして死んだ娘の幽霊が登場するが(もちろん黙役)、これが最終シーンの伏線となっている。
 エドガルド役のピョートル・ベチャワさんが登場し、輝かしい声で歌い始める。先日聴いた『ラ・ボエーム』「特別コンサート」のヴェルディと比べると、やはりベル・カントは歌手の技量がものをいう。ベチャワさんの甘く気品があるのによく通る歌唱ば抜群に素晴らしい。押し出しが強くないだけに、悩める心情を切々と歌うシチュエーションは、彼の独壇場で、絶品である。

 第2幕はルチアと兄エンリーコの対決シーンが見ものだ。エンリーコは物語の中では徹底的に悪役に描かれているから、これを歌う歌手にもそれなりの演技力と、見た目のに憎たらしさが必要だ。ジェリコ・ルチッチさんがその役でなかなか良い味を出していたが、ここはもっとワルに徹して嫌らしい男を強く打ち出した方が良かったようにも思える。どちらの味方なのかよくわからないライモンド役のイルダール・アブドラザコフも、よく響くバスを聴かせてくれた。
 第2幕になると、結婚式の当日、ルチアがいやいや結婚証明書にサインした直後に、帰ってきたエドガルドが加わって混乱状態になる。この第2幕の山場は、後のヴェルディの『椿姫』の第2幕第2場の原型になったのではないかと思われるほど、よく似た構造になっていて、私の好きなシーンでもある。ここでは物語の主要名登場人物6名が集まり、ルチア、エドガルド、エンリーコ、ライモンド、アルトゥーロ、アリーサのそれぞれが、それぞれの思いを同時に歌う六重唱に合唱も加わる。オペラならではの表現形式だ。時折、ダムラウさんとベチャワさんの声が突き抜けてたていたのが印象的だった。
 ダムラウさんもだんだん調子を上げてきて、最後の「狂乱の場」への期待感を高めていく。この幕ではむしろ演技の要素に重きが置かれていて、偽の手紙でだまされた挙げ句、むりやり説得されて、結婚証明書にサインされられるまでの激しく揺れる心の動きを、歌いながらの細やかな演技で見事に演じきっていた。ルチアず悲劇的になればなるほど、エンリーコの悪辣さとライモンディの狡猾さが浮き彫りになり、その対比が劇的に盛り上がっていく。

 また、第2幕に入ると、オーケストラが完全復活、今までと同じ見事なアンサンブルのアメリカン・サウンドが鳴り響いた。とくにホルンを中心とした金管群が巧いと、オペラ全体がグッと引き締まる。ノセダさんのキレが良く、推進力のある音楽作りが生きてきた。

 第3幕は、『ルチア』を上演する際にはしばしば省略されることがある第1場、嵐の中のエドガルドの荒れた城の中のシーンも省略されずにキチンと上演された。冒頭の稲妻が光る仕掛けが少々安っぽい。エドガルドとエンリーコの対決は迫力満点で、とくにベチャワさんのノーブルなテノールとルチッチさんの野太いバリトンの対比が、善悪の対比にもなっていて、聴かせてくれる。
 第2場はほとんどすべてがいわゆる「狂乱の場」である。ライブビューイングの時よりも簡略化された舞台装置、階段の上の二階から、ライモンドが事件を告げると場面は一気に緊張に包まれる。純白の花嫁衣装を返り血に染めたルチアが二階に現れ、狂乱のアリア「あの方の優しい声が聞こえる」が始まった。混乱して支離滅裂となったルチアの心情を、ダムラウさんは卓越した演技とともに見事に歌い分けている。その表情には鬼気迫るものがある。階段から転げ落ちそうになったり、くるくると送り回ったりしながら、その中で、歌唱には1本芯が通っていて、かなり力強いものがあった。ダムラウさんの声はあくまで透明なクセのないもので、輝くような高音域を持っている。もちろん華麗なコロラトゥーラの技巧もいうことなし。正確な音程、強弱の対比、爆発的な超高音など、凄まじいばかりの技巧である。イタリア人歌手のベル・カント唱法とはやや趣が異なるが、そこはMET、イタリアっぽさなど超越した、インターナショナル級の歌唱と音楽であった。やはりこのクラスの人が本気を出すと、とほうもない『ルチア』が生まれるものだ。「特別コンサート」の記事に書いたように、「眩しい声」が光り輝いていた。ダムラウさんは最大級のBraaaaaVa!! 一方、見事なサポートのノセダさんとMET管にもBravo!!を送ろう。また、ルチアと掛け合いのあるグラス・ハーモニカがスコア通りに採用されていたのも嬉しい。フルート・ソロとルチアの掛け合いは、同じ旋律を繰り返しながら、対話しているようで、緊張感があって素晴らしかった。


 そして第3場、墓場で決闘相手のエンリーコを待っているエドガルドのアリア「わが祖先の墓よ」は、ベチャワさんの魅力爆発。苦悩を秘めた正直者の役柄にピッタリのノーブルな歌声と、熱い情熱を歌う力強さが程良く混ざった歌唱は、彼のキャラクタによく合っているだけに、素晴らしいものになった。ベチャワさんにも最大級のBraaaaavo!!を送ろう。
 やがてエドガルドにルチアの悲劇と死が伝えられると、自らの命を絶って「神に向かって羽ばたいた君よ」を歌いながら、幕となる。ここで第1幕で伏線を張っていた白いウェディングドレスの幽霊(もちろんここではルチア=ダムラウさん=黙役)が現れ、命が消えつつあるエドガルドをそっと抱きしめる。ラストは会場がシーンとしてベチャワさんの声に聴き入っていた。

 『ランメルモールのルチア』はやはり上演が難しいオペラだ。超絶技巧に加えて強靱な喉と体力を必要とするコロラトゥーラ・ソプラノの名手と高音域の強いテノール歌手が揃わないと、カタチにならない。人気はあるのになかなか名演には巡り会えないオペラである。もちろん、今日のMETの公演は、数少ない名演にあたるものだ。考えてみれば、イタリアのベル・カント・オペラの代表的な作品なのに、指揮のノセダさんを除けばイタリア人は見あたらない。だから今日の『ルチア』は極めてインターナショナルな仕上がり、イタリア・オペラっぽさはあまりないものの、高度に洗練され凝縮された《純粋な》オペラとして、見事な上演だったと思う(キャストの変更がなかったから?)。

 オマケに。今日は文化会館の1階の中央、最高のポジションで観ていたのだが…。すぐ後ろの席で、『ドン・カルロ』に出演しているヨンフン・リーさんが観賞されていた。休憩時間に図々しくも声をかけ、プログラムにサインをいただいた。今回のMETの日本公演では、来場者全員に出演者変更前の公演プログラムが配られたのだが、代役の方々はモノクロ印刷の挟み込みで紹介されていた。そのリーさんのページにサインをいただいたものである(嬉しかったので、画像を大きめに掲載します)。リーさんはまだ日本では無名の存在だったし、広報用の写真も少なく、プログラムのポートレートもイマイチ。アメリカ人が見たアジア人という視点で撮られた写真のように思える。しかし間近で見たリーさんは、もっと素敵な青年で、オペラ歌手らしい厚い胸板とスラリとした肢体で、身のこなしもしなやか。指揮者の金聖響さんにちょっと似ている印象だった。オペラ界の《ヨン様》は、これからスター街道まっしぐらの人。サインをいただいたら急にファンになってしまったというわけでもないが、今後、目を離せないテノールさんだ(新国立あたりで呼んでくれないかな)。


 会場では、他にも『ラ・ボエーム』に出ているマリウシュ・クヴィエチェンさんも見かけた。彼は2009/2010シーズンのライブビューイングの『ルチア』でエンリーコを歌っていたのである。やはりMETの常連さんクラスになると、ツアー中も観光気分でなく、出番のない日もちゃんと他のステージを観て勉強している。たいしたものである。

人気ブログランキングへ ← 読み終わりましたら、クリックお願いします。

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 6/14(火)MET管弦楽団特別コン... | トップ | 6/17(金)新日本フィル第478回... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
夢にまで見たサイン (ぺいとん)
2011-06-20 09:18:18
コメントをありがとうございました。 

気魄に満ちた素晴らしい舞台だったのですね。先日ライブビューイングでダムラウさんを見て、ルチアもやはり購入しておけば良かったと思いましたが記事を読ませていただき、余計に後悔いたしました。 

ヨン様のサインを拝見できてとても良かったです。ありがとうございます!!!ハングルや漢字でもサインをいただこうと欲張っていたのが悪かったのでしょうか…
返信する
Braaaaaavo!! (アリエッタ)
2011-06-20 18:58:25
こんにちは♪
感動感激感涙のMET公演でしたね。幸せ!!
ベチャワさんのソロコンサートはあるのでしょうか?オペラのみでしょうか?歌曲も聴いてみたいです。
返信する
ラッキーなサインでした (ぶらあぼ)
2011-06-20 23:54:51
ぺいとん様
コメントありがとうございます。
オペラは終わるのが遅いので、なかなかサイン会まで残っていられないのが、いつも残念で仕方ありませんでした。
でも今回、ヨン様にサインをいただいたのは本当にラッキーでした。ポイントはいつも必ずサインペンを持ち歩いていることでしょうか。>^_^<
返信する
Bravissimo!! (ぶらあぼ)
2011-06-21 00:06:50
アリエッタ様
こんばんは。
一番嬉しかったのは、やっばりMETが来てくれたことです!!
ルーマニアのブカレスト国立歌劇場も、スロヴェニア国立のマリボール歌劇場も来日中止ですものね(比較対象が変?)。
ベチャワさんは、とりあえずCD買います。リサイタルを開いてくれたら、絶対にかぶりつきで聴きに行きます。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

劇場でオペラ鑑賞」カテゴリの最新記事