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瑪嘉烈醫院《マーガレットイーイェン》の病院の名称の英訳はPrincess Margaret Hospital、マーガレット姫記念病院を意味し、PMHと略されることもある。
イギリスによる香港統治下の一九七五年に設立され、名前の由来はエリザベス二世の姉妹であるマーガレット王女にちなんだものだ。比較的安くて、香港の病院の中では設備も整っているほうだと言える――父が言うには、斗龍《 . . . 本文を読む
4
「――ここです」 ハザードランプを出して年代物のライトバンを道端に停車させ、黄《ホァン》がそう言ってくる――サスペンションの寿命が終わっているのか乗り心地の酷く悪いライトバンの後部座席で、いい加減振動のせいでお尻の痛くなり始めていた美玲《メイリン》は安堵の息をついた。
アルカードが止まった車のドアを開けて歩道に出ていく。車に乗ったまま襲われることを脅威だと見做しているのか、アル . . . 本文を読む
「わかりました。警部の推論が正しいと思います。警部の部下の方の失踪場所を教えてください――標的も気になりますが、まずは部下の方の安否から確認しましょう。装備を整えてきますので、少し時間をください」
黄《ホァン》警部からすでに判明している情報を聞くだけ聞いて、アルカードは十五分で戻ると言い残して控室を出ていった――それを見送って、その場に残ったふたりの男性たちのためにお茶を用意する。
茶器に普洱 . . . 本文を読む
3
香港警務処――警察からの電話を受けた斗龍《ツォウロン》がアルカードを呼んでくる様にと美玲《メイリン》に頼んできたのは、約五時間後のことだった――そろそろ南の空に高く昇り始めた太陽を横目に、宿舎の二階に用意したアルカードの部屋へと足を運ぶ。
廊下は暖房が入っていないので、やや肌寒い――少し歩調を早めたとき、ぱんぱん、という拍手の音とともに犬の鳴き声が聞こえて、美玲《メイリン》は . . . 本文を読む
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「――それで、さっきから美玲《メイリン》が妙に不機嫌なわけですか」
食後のお茶を飲みながら――斗龍《ツォウロン》は溜め息をついた。食堂からは美玲《メイリン》が食器を洗うかちゃかちゃという音が聞こえてきている――普段より音が微妙に乱雑なのは、美玲《メイリン》の手つきが乱暴だからだろう。
アルカードは少々批判的なもののこもった彼の視線に肩をすくめ、
「そうなんだ。少々からかいすぎ . . . 本文を読む
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先に歩いていたのは美玲《メイリン》だったが、金髪の吸血鬼はすぐに追いついてきた。
この吸血鬼は身長百五十七センチの美玲《メイリン》よりも、二十センチ近く背が高い――身長差は歩幅に如実に表れて、最終的に吸血鬼は美玲《メイリン》と並んだところで彼女に合わせて歩調を落とした。
「アルカードさんは、またこのあとお出掛けですか?」
美玲《メイリン》の問いかけに、アルカードがこちらに視 . . . 本文を読む
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聖堂騎士団という組織がある。
香港は清の鴉片《あへん》戦争に対する敗北が原因で、長い間イギリスに支配されていた――その結果中国国内ではもっとも早くキリスト教が流入することとなったのだが、そのために香港諸島にはいくつものキリスト教の教会が存在する。イギリスの国教であるプロテスタントのほか、カトリックなどの他教派もだ。
当然、九龍《カオルン》半島にもいくつかの教会が存在している . . . 本文を読む
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同日現地時間で十四時、ヴァチカン市国――
ヴァチカンはローマ教皇庁によって統治されるカトリック教会と東方典礼カトリック教会の中心地、いわば『総本山』である。
ヴァチカン市国はローマの北西部に位置するヴァチカンの丘の上、テベレ川の右岸にある。その国境はすべてイタリアと接しており、かつて教皇を外部の攻撃から守るために築かれたヴァチカンの城壁に沿って布かれている。
面積は約〇・ . . . 本文を読む
2
真祖と呼ばれる吸血鬼がいる。
ノスフェラトゥもしくはロイヤルクラシックと呼ばれ、数千年にわたる人間の歴史上七人しか確認されていない。彼らは誰かの吸血によらずみずからの資質だけで吸血鬼となった『真なる吸血鬼』であり、地上に存在する吸血鬼の大半の祖にあたる存在であるとされている――その力は下位個体たる噛まれ者《ダンパイア》とは桁がひとつふたつ違い、太陽の光を忌むことはなく、滅ぼさ . . . 本文を読む
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ギャァァァァァッ!
イヤァァァァァァッ!
ヒィィィィィィッ!
男の手のした霊体武装が隠匿を解かれて徐々にその姿を現していくにつれ、頭の中にじかに響く老若男女の絶叫がさらに激しくなった。
彼が手にしているのは、刃渡り百四十センチほどの曲刀だった。刺突に使える様にか、反りはさほど深くない。金属で出来ているわけではないからだろう、漆黒の刀身は光を吸い込んでいるかの様にいささか . . . 本文を読む
そのまま再び男に正対する――男は動きを見せていない。信じられない相手だ――針の様に研ぎ澄まされた明確な殺意と、まるで凪いだ湖面の様に静かな呼吸。相反する戦闘者として不可欠な要素をこれ以上無いくらいの高水準でその身の内に孕みながら、その男は静かな表情でこちらを見据えていた。
この殺気と冷静さは、五年や十年の戦歴が生み出す様なものではない――それこそ数百年もの間戦い続けてきたものだけが身に纏いうる . . . 本文を読む
概要……
噛まれ者《ダンパイア》とは、吸血鬼に噛まれることによって吸血鬼化した吸血鬼の総称です。
言葉の本義は『劣る者』。すなわち上位個体の形質を完全に継承出来なかった、劣化コピーに対する蔑称です。
彼らは吸血を続けるかぎり不老性と高い身体能力を維持し続けますが、半面吸血を行わずに一定期間を置くと急激に老化し、日光を浴びると代謝機能が暴走して発火し、そのまま灰になるまで燃えて塵になって死んで . . . 本文を読む
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最後の寄せ肉《フレッシュ》ゴーレムを撃破した金髪の青年が、なにも持っていない《・・・・・・・・・》手を斜めに振り抜く。ヴンという重い風斬り音とともに、目に見えない得物の刃から振り払われた血が床と壁にこびりついた。
「さてと――待たせて悪かったな、クロウリーよ」 肩越しに振り返った金髪の魔人の、暗闇の中でおのずから輝く血の様に紅い瞳がレーザーの様にクロウリーを捉える。男は完全に振 . . . 本文を読む
前がつっかえていたために足が止まっている寄せ肉《フレッシュ》ゴーレムたちに向かって間合いを詰め、横薙ぎに剣を振るう――迎撃態勢の整っていなかった寄せ肉《フレッシュ》ゴーレムたちがその一撃で斬り斃され、三体ぶんの腕や頭、内臓が床に向かって撒き散らされた。だが、それらは床に落ちるより早く消失し――残る寄せ肉《フレッシュ》ゴーレムはこれで十体。
「Aaaaaalieeeeeeeeee――《アァァァァァ . . . 本文を読む