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目を醒ましたのは六時半のことだった――壁にもたれかかる様にしてベッドに座って眠っていたアルカードは、小さく欠伸をしてから軽く首を廻した。
座って眠るのは何十年かぶりのことなので、少し姿勢がおかしくなっていたらしい。
脇に置いてあった携帯電話を見遣ると、メールの着信通知が二件あった――メールの内容は二件、一件は発信者はローマ法王庁大使館の神田になっている。
ライル・エルウッ . . . 本文を読む
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「しかし――」 歩きながら、ベルルスコーニが口を開いた。
「ここまでまったく抵抗が無いというのも、妙な感じだな」
確かにな、と――やたらと急な階段を降りながら、ブラックモアが小さくうなずく。
確かに彼の言う通り、あの施設の建物に入った直後の大規模な戦闘以降、ここにくるまでまったく抵抗を受けていない。リーラたちが歩いているのは、研究施設の最下層中央部からさらに地下に通じる階段だ . . . 本文を読む
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森は暗く、ところどころが泥沼のごとくぬかるんでいるうえに木の根が張り出して歩きづらい――長靴の縫い目から水が染み込んで靴の中が冷たく湿り、ひどく不快だった。
魔術師に作らせた仮想制御装置《エミュレーティングデバイス》が作り出した鬼火が周囲を照らし出してはいるものの、降り落ちる大粒の雨のせいであまり視程は確保出来ていない。雨粒がそこかしこで枝葉に当たって砕け散り、ばたばたと音を . . . 本文を読む
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ぎいんと音を立てて、撃剣聖典の物撃ちとカブトムシの脚の一本が衝突する――人間に似た四肢を持つカブトムシだがそれとは別に四本の脚を持っており、これらがばらばらに動いて襲いかかってくるので、間合いこそ狭いものの思ったより手数が多くて邪魔臭い。
カマキリがリーラのほうに行ってしまったので楽にはなったが、逆に言えば同僚の負担が増えているということだ。
さっさとこのカブトムシと、周囲 . . . 本文を読む
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足を踏み出したのと同時に、船体が大きく揺れた――ふらついて壁に手を突いたところで、
「――おい、アマリア」
食事係の手伝いで船艙から運び出した籠いっぱいの芋を食堂に運んでいたアマリアは、メインハッチの蓋を持ち上げてその隙間から顔を出した船員の言葉にそちらに視線を向けた。
二度目の縮帆作業が終わったところなのだろう、二十代半ばの乗組員は濡れ鼠になっている――半時ほど前に支索の . . . 本文を読む
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ドドドドドという地響きとともに、サイが巨体に見合わぬ俊敏さで突っ込んでくる。どうやらあれは、純粋に筋力を増幅したタイプのクリーチャーらしい。一トンぶんの錘をつけたバーベルを片手で持ち上げる腕力を持つアルカードがこの場にいれば彼に任せるのが一番手っ取り早いのだろうが、まあいない吸血鬼のことをどうこう言っても仕方が無い。
リーラは小さな舌打ちとともに法衣のスカートを翻して軽やかに . . . 本文を読む
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ぴちゃり――手にした漆黒の曲刀の輪郭を伝い落ちた血の滴が、甲板の上に落下して砕け散る。海賊たちの最後のひとりが、足元で断末魔の痙攣を繰り返している――アルカードはその屍を左手で持ち上げて、そのまま舷側から海に投げ棄てた。
「さて――」 そのころには商船の大三角帆《ラティーンセイル》と支索の補助帆もはずし終わっている――あの様子では、回収しに来てもらえるのはもう少し先になりそうだ . . . 本文を読む
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「それにしても意外だな――アルマゲストの様ながちがちの魔術師集団が、現代文明を取り入れるとは」
玄関ホールの中央にまとめる様にして設置された数台のパソコンに視線を向けて、ベルルスコーニはそんな感想を漏らした。
手近なデスク前で足を止め、デスクの上に設置されたデスクトップパソコンの液晶モニタに視線を落とす――無味乾燥な事務用のデスクの下に設置されたアメリカ製のタワーパソコンの接 . . . 本文を読む
ハッチは彼らの行動で完全に破壊され、その下にあるであろう階段は白みがかった毒気の煙に覆われている――その煙の中から、細長い影が飛び出してきた。
それがおそらく先ほどの銃撃でだろう、木製の銃把部分が無くなった火縄銃《マッチロックガン》なのだと気づくよりも早く、わずかに体を開いてそれを遣り過ごす。
木製の銃把部分が失われて金属の機関部だけになった火縄銃《マスケット》が背後にあった主檣の縄梯子にぶ . . . 本文を読む