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ざく、と音を立てて、蹴り飛ばした長剣がバイェーズィートの背後の地面に突き刺さる。
足元で跪いたバイェーズィートに視線を向けて、ヴィルトールは口元をゆがめて笑い――左足を軸にして半回転転身して、背後から突き込まれてきた騎兵の槍の穂先を手の甲で払いのけた。
死角からの攻撃をあっさりいなされて、槍を突き出してきた騎兵が表情を驚愕にゆがめる。ヴィルトールはそれを無視し、近接距離から . . . 本文を読む
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「そう、ですね――仲良く出来ればいいんですけど」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん可愛いし、にこにこ笑ってればいいと思う」
凛がこちらの背中に回した手を肌の上でそっと滑らせる。少しくすぐったく感じて、フィオレンティーナは凛の両肩に手をかけて彼女の体を引き離そうとした。
凛が離れようとする気配が無いので、フィオレンティーナは彼女の名前を呼んだ。
「凛ちゃん?」 名前を呼ばれても返事はし . . . 本文を読む
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少し離れたところに背中合わせに設置された筺体の前で、ふたりの少年が画面を眺めている――筺体の前に置かれた椅子に腰かけた少年のプレイを、後ろで眺めているのだろう。勝負の相手はコンピューターではなく反対側にいる対戦相手らしく、ふたりの少年たちはしきりにアドバイスや歓声を飛ばしている。
おそらく照明を考え無しにつけると、ビデオゲームの画面に映り込んでプレイの障害になるからだろう―― . . . 本文を読む
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「――はい、お湯をかけますよ」
レバー式の蛇口を動かして、シャワーヘッドから噴き出してきた液体に手を翳す――大体ちょうどいい温度になったところで、フィオレンティーナは浴用椅子に腰を下ろした凛の頭にお湯をかけ始めた。
それにしても変わった造りではある――アルカードによるとニセタイジュウタクというらしいが、ひとつの住宅の中に浴室やキッチンがふたつあるのだ。
ニセタイジュウタクと . . . 本文を読む
ヴィルトール・ドラゴスが実際に戦争してた頃の時代背景、きっとわかりにくいだろうなと思ったので、ちょっとまとめてみました。
といっても、これ自サイトに載せたものを再編集したものですが。先日の『現在公開可能な情報』、挿入箇所が多すぎてネタが尽きて断念しました。
のちにワラキア公となるヴラド三世は1431年(1430年説も)11月10日、トランシルヴァニア地方のシギショアラでヴラドレシュティ家の . . . 本文を読む
鋼の砕片が飛び散り、こめかみをかすめて小さな痛みが走る――飛散した破片が眼に入らずに済んだのは僥倖だった。
上体をのけぞらせていたために、大戦斧の斬撃を受けずにはすんだ――が、その点に関しては果たして僥倖だったのか否か疑問をいだかざるを得ない。
この一年半の間ともに戦場を駆けてきた牝馬の体が、ぐらりと傾いだ――馬の首から上が無くなり、折れた枝の様な荒い切断面から大量の血があふれ出している。
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「お祖父さんは、どちらに?」 興味本位で尋ねてみるとアルカードは肩をすくめ、
「静岡だ。イノブタの繁殖から飼育まで手掛ける農場と、あと猪や鹿をターゲットにした狩猟もやる。恭介君は仕事で名古屋のほうに行ってたから、途中で拾って帰ってきたんだろう」 ということは、まだ仕事は終わってないんだな――アルカードがそんな言葉を口にする。
どういう意味なのかと尋ねるより早くあらためて玄関のチャイムが鳴らされ、 . . . 本文を読む
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兄姉ふたりを殺した――アルカードが口にした言葉を聞いて、リディアが息を飲む。アルカードは気にせずに、足元にじゃれついてきたソバを抱き上げた。
「十五世紀に現ルーマニア南部のワラキア公国と、オスマン帝国の戦争があったことは知ってるだろう?」
「ええ。歴史の知識としてなら、ですけど」
リディアがうなずいたので、アルカードは続けた。
「まあ、聖堂騎士団関係者なら当然知ってるだろう。 . . . 本文を読む
俺が殺した――アルカードが口にしたその言葉に、リディアは息を飲んだ。アルカードはこちらに視線を向けないまま、
「喰屍鬼《グール》になった妹と、噛まれ者《ヴェドゴニヤ》になった父親を、な――彼女の生家が八年前に襲撃されたとき、俺もその場にいたんだ」
そう言ってから、アルカードは自分の様子がおかしいのに気づいてか心配そうに鳴き声をあげるテンプラの体を抱き寄せ、
「あの子もそれを知ってる。彼女が俺を . . . 本文を読む
「落ちつけ、敵は一騎だぞ! さっさと仕留めて――」 隊列の端のほうにいたために被害を免れたものらしい口髭を蓄えた兵士が、混乱に陥った仲間に向かって檄を飛ばす。言っていることは正しいのだが、自分が実際に発砲出来ていない状況では説得力が無い。
なにより――自分たちがなにをされたのかは理解出来なくても、あの攻撃に対して自分たちがあまりにも無防備であることは理解出来ているだろう。
彼らの装備している火 . . . 本文を読む
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ごう、と音を立てて吹き抜けていった突風で土埃が舞い上がり、それが目に入りそうになって彼は顔を顰めた――身を預けた精悍な黒馬が同じ様に目に埃でも入ったのか、頭を振って低いいななきを漏らす。
手を伸ばして牝馬の首を撫でてやり、ヴィルトール・ドラゴスは再び視線を前方に戻した。
雲ひとつ無い空から降り注ぐ夏の真昼の太陽が、視線の先で雲霞のごとくに群れた騎士どもの甲冑に反射してきらき . . . 本文を読む
窓硝子に前肢をかけて尻尾を振っている三頭の仔犬を見下ろして、リディアは少しだけ笑った――蘭が窓に近づいてロックをはずし、
「お帰り。どこ行ってたの?」
「ちょっとお買い物だよ――アルカードはいないの?」 かがみこんで蘭と目線を合わせ、リディアがそう尋ねる――蘭はその質問にかぶりを振って、
「お部屋でなにかしてる。お姉ちゃんも一緒にゲームしようよ」
その言葉にリディアは蘭の頭を軽く撫でてから、
. . . 本文を読む
「おじいさんです――ごめんなさい、リビングに置きっぱなしになってたのを、凛ちゃんが勝手に出ちゃって」
「ああ」 フィオレンティーナの言葉に、アルカードは手を伸ばして差し出された携帯電話を受け取った。フィオレンティーナが保留にする操作方法がわからなかったからだろう、携帯電話のマイク部分だけ手でふさいで差し出してきたので、そのまま受け取って耳に当てる。
「はい、代わりました――」 彼は何度かうなずいて . . . 本文を読む
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もう数時間にわたって石臼を挽き続けて背中が痛くなってきたので、彼はいったんそれまで座り込んでいた地面から立ち上がって大きく伸びをした。
いくつかの姿勢で筋を伸ばしてから、再び地面に敷いた板の上に座り込む――頭上を見上げると、天井の梁から大蒜が吊るしてあるのが視界に入ってきた。
首を左右に倒して筋を伸ばしてから、作業を再開する――彼は挽き臼の上部の穴から麦の粒を落とし、再び取 . . . 本文を読む
「確かに苦いですね」
「普通だと思うけどな」 そう答えて、アルカードは肩をすくめた。まあ、ブラックコーヒーが日常のアルカードと少女たちでは、苦みに対する耐性が違うのかもしれないが。
「体にいいんだぞ」 そう付け加えておく――緑茶の渋み成分であるカテキンには生理活性作用があり、一時期問題になった病原性大腸菌O-157を少量のお茶で殺菌出来ると話題になったこともあるので、別にこれは嘘ではない。カテキン . . . 本文を読む