001:呼
亡き今は枯葉の風も追うように
われ呼ぶ母の声に聴こえて
002:急
いつか来る死とは思えど急だった
そんな気がする風になる母
003:要
人生の要の時はいつだって
母がいたはず微風の中に
004:栄
栄え失せ焼夷の風を逃げまどい
平和に飢えた母の青春
005:中心
あの日々の風よみがえるアルバムは
子を中心に母が寄り添い
006:婦
老いてなお風の水面の夫婦鳥
水中の苦労子は知らぬまま
007:度
窓の風温度ばかりを高めゆく
母の生命は冷えゆくままに
008:ジャム
このジャムは母の手作りあと少し
思い出ひとつまた風に消え
009:異
いつもとは異なる朝の風さわぐ
母亡き庭の草木は枯れて
010:玉
息吐けば風に舞うよにシャボン玉
母の面影浮かんで消えて
011:怪
妖怪の母でいいからあの世まで
会いに行こうか丑三つの風
012:おろか
風吹けば門扉はおろかドアノブも
音も凍てつく亡き母の家
013:刊
取りに行く母亡き日々の朝刊は
読まれぬままに風雨に染まる
014:込
風流に書き込められた一行に
苦しいとあり断末魔の母
015:衛
僕はただ守衛のように仮眠する
死に行く母と無風の闇で
016:荒
細々とやつれて荒れた手で招く
病の母に風が応える
017:画面
遺影とは異なる画面若き日の
ママに駆け寄るサルビアの風
018:救
風の中母と最後のドライブは
救急車で向かう病院
019:靴
秋風に季節はずれの靴二足
母が遺した動かぬ物質
020:亜
亜鉛華に固まる母の死顔は
遺族の風になびかぬままに
021:小
また少し小さくなった母がいる
棺に花と最後の風を
022:砕
砕かれた枯葉が風にあしらわれ
母を求めて追われるように
023:柱
線香が母の残り香変えていく
柱時計の音も秋風
024:真
若き日の写真の中の母が母
老けた姿は風に燃やそう
025:さらさら
さらさらと汗も涙も風の中
母が好んだソーメンタイム
026:湿
風は止み湿地の闇は静まりて
白木位牌の母と二人で
027:ダウン
死ぬ母の風に乱れた心電図
旅が始まるカウントダウン
028:改
改めて母を偲べばまた風が
あの日この日の思い出乗せて
029:尺
尺貫の時代に母が買ってきた
五文の靴で風を駆け抜け
030:物
通夜一人ふとよみがえる物語
母の匂いと団扇の風と
031:認
認印ひとつ押すごと母の死が
戸籍の底で風化していく
032:昏
呼びかけど母は応えず微笑まず
昏睡のまま黄昏の風
033:逸
時を止め母を殺して逸脱の
風はおさまりまた熱帯夜
034:前
「もういいよ行きな母さん」のろのろと
風車が止まる死の前夜祭
035:液
手を清め消毒液を風で拭く
死にゆく母に懺悔できずに
036:バス
ソプラノがバスへと変わる呻き声
熱風は凍て母は無言に
037:療
治療法途絶えて母は死出を待つ
風に微笑む最後の寝顔
038:読
病床の母の想いを読み取れず
カップ酒干す風下の闇
039:せっかく
せっかくの介護保険も使わずに
風雪に耐え生きて死ぬ母
040:清
病床のベタつく白髪清潔を
好んだ母にせめて清風
041:扇
子供らが眠りつくまで団扇風
おくりつづけた母があの世に
042:特
特にない母の遺品を漁る秋
古びたヤカン騒ぐ風鈴
043:旧
旧道を押す車椅子母を乗せ
これが最後の追い風の坂
044:らくだ
黎明にらくだのシャツで行く父を
風と見送るアカギレの母
045:売
声もなく母の位牌に隙間風
やがては売りに出される家で
046:貨
野辺の風母の遺骨に生命なく
貨物列車で運ぶみたいに
047:四国
四国さえ遠いからと行かぬ母
黄泉へ旅立つ風立つ朝に
048:負
風洗う焼野原立ち負けたのは
自分じゃないと母は生き抜く
049:尼
春風の尼僧のように微笑みて
息子を許す母の死顔
050:答
墓参りあの世はどうか母に問う
答え聴こえずヒュと北風
051:緯
つらい風北緯何度に舵とれば
あの世の母にたどりつけるか
052:サイト
母に似た人を求めて彷徨える
サイトの闇に生ぬるい風
053:腐
寒風の一人の部屋で冷奴
昨年までは母と湯豆腐
054:踵
母偲び涙なみだの葬儀終え
踵返してそれぞれの風
055:夫
夫婦とはなんなのだろう母の死を
認知の父は知らぬ風情で
056:リボン
リボン付け袴の母が風に立つ
子を産む前の古きアルバム
057:析
涙から析出されぬ悲しみは
風に消えたか母の納骨
058:士
友同士語り広がる風聞は
母とは別の女の葬儀
059:税
形見分け清貧風に色あせた
税がかからぬ母の通帳
060:孔雀
母の死後母に似てきて猿よりも
孔雀の前の風を楽しむ
061:宗
葬儀社に宗派伝えて慌ただし
母臨終の朝風乱れ
062:万年
生前の母が育てた万年青らも
秋風のなか雑草となる
063:丁
母の死後知る本籍は二丁目で
僕が知らない風が吹く街
064:裕
裕然と死を待つ母を茫然と
ただ眺めては風も忘れて
065:スロー
死に至るスローな時を繰り返す
母と二人で風圧の部屋
066:缶
薫風を味わいながら缶ビール
母が死に行く病室なのに
067:府
冥府から母の誘いが来るを待つ
午前三時の窓打つ風雨
068:煌
棺には風は届かず煌めきを
増すは花だけ母は死顔
069:銅
母偲ぶ涙が銅を腐蝕させ
あの風色が版画のように
070:本
母看取る僕の本音は涙ほど
哀しくなくてただ風穴が
071:粉
粉々に火葬の骨は崩れ散り
熱風に母は揉まれて消えた
072:諸
生前の母を騙した諸々を
詫ぶ独り言こがらし吹けば
073:会場
「ママはどこ?風が寒い!」と探す父
母の葬儀の会場なのに
074:唾
唾棄すべき男を母は息子ゆえ
風の香りで守って死んだ
075:短
風薫る母病床の短期間
あれやこれやと思い出話
076:舎
病舎には快適な風ながれても
横たう母に死の臭いして
077:等
死も風も平等なのに母の死は
自分ひとりが損した気分
078:ソース
母偲び名店のカツ買い求め
ソースたっぷりかけても哀し
079:筆
達筆な母の最後のメモ帳は
風に乱れたようで読めない
080:標
反戦は母が遺した道標
逆風のなか孫やひ孫は
081:付
付きまとう死神の風臭気増し
母微笑めどまた苦しげに
082:佳
佳麗なる母の面影いまはなく
風にかわいた涙やつれて
083:憎
母憎む思いは確かあったけど
風よ帰ろう幼き日々へ
084:錦
母望む錦飾れず風なびく
喪服姿で母の遺影を
085:化石
積年の汚れを風に飛ばし掘る
母が遺した教えの化石
086:珠
風誘う珠数玉ひろい手づくりの
母の思い出今日は葬式
087:当
訳もなく当たり散らした反抗期
風にも涙母なき今は
088:炭
樫焼けば備長炭に母焼けば
風に舞う骨もろく崩れて
089:マーク
病床の風が付けたかデスマーク
窶れた母の腕にポツリと
090:山
山場越え嵐いままた静まりて
まだ生きている母に寄り添う
091:略
侵略の焼土の風に涙した
母に病魔がまた攻略を
092:徴
風雲よ漸く母は徴兵で
惨殺された伯父のもとへと
093:わざわざ
わざわざとニヤリ顔出しまた消える
母の枕辺死神の風
094:腹
母の死期僕を宿した腹だけが
風船みたく膨らんでいた
095:申
最後まで介護保険の申請を
拒み死ぬ母まるで風刺画
096:賢
死ぬ母は良妻賢母だったのか
風に聞いても笑われただけ
097:騙
臨終の母を優しく包む風
騙されたのか騙したがわか
098:独
死ぬときは母も一人で風哀し
慕われながら孤独みたいに
099:聴
風に聴く死後の世界の母は今
何を想いて何を哀しむ
100:願
風の墓母の快気を願掛けた
なんて嘘です知っていたから