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くすりの裏側

2007-01-20 10:49:23 | BOOKS
堀越 勇 「くすりの裏側 これを飲んで大丈夫?」 集英社文庫 2006.09.25. 

薬の効果について、行政が関与したのは明治以降のことです。始まりは明治6年(1873)、文部省に医務局が設置され、その後、明治10年に「売薬規則」が公布されました。当時、日本には製薬企業はなく、もっぱら薬は洋薬が輸入されていました。明らかに有害なものだけを販売禁止に、無害無効のものはしばらく許可して、漸次淘汰していくことになりました。これを「無効無害主義」と言います。 驚くことに、医薬品の薬効と毒性について審査されるようになったのは戦後のこと。しかも、毒性試験は1種類の動物の急性毒性(半数の動物の致死量)のみと、海外では許可にならないものが、日本においては医薬品として認められ、有識者の間に「日本人はモルモットになっている」との噂が聴かれたものです。その後、サリドマイド、キノホルム、アンプル入り風邪薬事件などを契機として、医薬品の毒性試験が細かく厳密に行われるようになりました。一方、当時の臨床試験も簡単で、1つの効能に付き、2か所以上の医療機関で、計60症例以上の治験、それも効く効かないだけのオープン試験を行えば許可が下りたのです。 ですから、ごく最近まで、日本で認められた医薬品の薬効は信頼性に欠けるとして、海外で販売する場合には、改めてその国で治験をやり直さなければならなかったのです。1996年、国際的に通用する評価システムがようやく完成しました。 しかし、それ以前に認められた医療用医薬品と一般用医薬品の中には、相変わらず無効無害主義の範疇に入ると思われる医薬品が見られます。 医療用医薬品について言えば、最大のものが「脳循環代謝改善剤」でした。これが1年間に8,500億円も使われていたのです。数年前の再評価の結果、ほとんどが許可を取り消されました。後で効かないと評価されても、犯罪を構成しないのが医薬品の不思議なところです。 もう1つ摩河不思議な薬物に、2-アミノエタンスルホン酸というアミノ酸(タウリン)があります。ドリンク剤の中には必ずといってよい程含まれています。 タウリン(アミノエチルスルホン酸)は、1827年ティーデマンによって仔牛の胆汁中から発見された硫黄を含んだアミノ酸の一種です。タウリンはコール酸類と結合してタウロコール酸となり、脂肪の吸収を助ける胆汁として消化管内に分泌されます。生理学的に言えば、血液の白血球の中には血漿中のなんと500倍もの高濃度でタウリンが含まれ、病気や栄養障害、ストレス、薬物の服用で含量が変動するそうです。 また、肝臓を虚血や低酸素などの劣悪な条件下においても、肝機能の恒常性を保とうとする働きがあります。医療用医薬品として認められているタウリンの効能効果は、うっ血性心不全と高ビリルビン血症における肝機能の改善です。さらに、タウリンは脳や神経の発達にも大きな影響をもっていて、特に視覚や視神経の発達に重要な役割を果たしています。日本でも、第二次大戦中、海軍のパイロット達は疲労回復のためにヒロポンとともにタウリンを服用し、視力を鍛え、夜の戦闘に役立てたそうです。このほか、タウリンには降圧作用や血液中および肝臓中のコレステロール値を下げる作用、動脈硬化を抑える作用のあることなども分かってきました。一方、自律神経系の働きにも関与していて、視床下部のタウリン量が増えると体温が下がったり、食物の摂取量が少なくなったりします。中枢神経に対しては、抑制的に働き、てんかんの痙攣を鎮めるといわれています。さらに、脳の動脈硬化によって低下した脳の酸素圧を改善したり、飲酒による注意力の低下を防ぐ働きもあると言われています。また、動物の発情期にその合成能が高まることから、性能力とも深い関係のあることが分かります。 このように複雑広範な作用を持つタウリンですが、医療用医薬品としてあまり用いられないのは、なぜでしょうか。体の内に500gも存在し不足することのないアミノ酸だからです。無効無害主義の亡霊は、確実に今も生きているといえます。


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