竹林の愚人  WAREHOUSE

Doblogで綴っていたものを納めています。

役者六十年

2005-11-09 20:24:18 | BOOKS
小林桂樹 「役者60年」 中日新聞社 2005.08.27. 

昭和36年は、松山善三さんの初監督作品「名もなく貧しく美しく」に出演しました。 
監督自身の脚本で、当時としてはとてもめずらしい題材でした。聾唖者の男女二人が出会い、結ばれて、男の子をもうける話で、一切せりふがありません。 
僕はそれまで、手話の存在を知らなかったので、高峰さんと一緒に専門家の所へ通って、朝から晩まで手話の練習をしました。 
手話は、手で説明するというより、気持ちでやらなきゃいけない。せりふのある演技の方が、そのせりふ回しによって悲しんでいるとか、喜んでいるとかを表現できますから、ずっと楽なんです。 
もう一つ難しかったのは、話しかけてくる人の声に反応してはいけないということです。とにかく苦労しました。苦労のかいあって、映画はヒットし、社会的にも大きな反響がありました。 
当時は、手話をやることで、周囲に聾唖者だと分かるから、読唇術だけでやろうという傾向になっていたらしいんです。でも、映画が公開されて、手話は美しいし、決して恥ずかしいことじゃないと見直してもらえた。この映画を見て、手話を習い始めたというボランティアの人もたくさんいらっしゃいます。 
「名もなく貧しく美しく」では、妻役の高峰秀子さんが交通事故であっけなく死んでしまいます。こういうところに、松山善三監督の人生観が表れていると思います。 
人生の厳しさは容赦なく襲ってくる。松山監督の作品には、常にこうした厳しさが貫かれていると思います。