Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

東のエデン 第10話 「誰が滝沢朗を殺したか」

2009年06月18日 | 東のエデン
東のエデン、第10話。
最終回に向けた種明かしの回かと思わせて、急転直下の大転回へ・・・。

京都駅で咲たちを送り出した滝沢の前に現れたのは、セレソンNo.1の物部。


彼は滝沢の記憶を消したプログラムの提供元であり、さらには事件の核心である
播磨学園都市へと向かい、そこでゲームをあがるつもりだと言います。
そして滝沢に対しては「どうだい、一緒に来ないか。そのふざけた携帯の正体や、
君がなんで記憶を消したのかも、一緒に教えてやるよ。」という怪しげな誘い。

滝沢がそれを聞かされた時、車中の咲から携帯電話がかかってきました。


電話越しに黒羽社長との会話を聞いたこと、ノブレス携帯の力やセレソンの存在に
気づいていたことを明かした後、「教えて、滝沢君・・・あなたは誰?」と訊ねた咲に
滝沢はこんなふうに答えます。


「そっか、そうだよな。確かに、自分でも怪しいと思うもん。
 でもオレ、本当に自分が誰なのかわかんないんだ。
 それは信じてよ。

 でさ、今からオレのこと知ってるってやつと話すことになったんだ。
 なんで、 咲はこのままオレたちの話聞いててくんない?電話切らないでおくから。
 それでもしオレが犯罪者だったときは、オレのことは忘れて。
 オレもこのまま咲の前から消えるからさ。」


これを聞いた咲は、自分の言葉が招いた思いがけない事態に動揺を隠せません。

この一瞬ゆれる表情の作画が絶妙。
心の揺れが表情の動きへと、見事に転写されています。
特に目の泳ぎ方、このタイミングがすばらしいですね~。

しかし今の滝沢にとっては、咲だけが唯一の精神的な拠りどころ。
彼女が聞いているからこそ、物部のふところに飛び込む覚悟も決まったのでしょう。
会話の持つ重さや深さ、そしてすれ違いの難しさが凝縮された、静かだけれど
すごく濃密なやりとりだったと感じました。

ここでまた例の「noblesse oblige」のマークが、アタマに浮かんできました。



このデザインが意味するもののうち、ひとつはやっぱり「耳」ですよね。
そしてもうひとつは「脳」。さらに「日の丸」と「血」も連想されます。

聞くこと、考えること、この国のために血を流すこと、そして誰かに血を流させること。
『東のエデン』のテーマが、このマークひとつにどれだけ隠されていたのでしょうか。
いまごろになって、それが少しずつ見えてきた感じです。

播磨学園都市へと飛ぶヘリのテールには「ATO」の文字。
その機中で、物部は滝沢にMr.OUTSIDEの正体を語ります。

その名前の由来は、このゲームの首謀者である大物政商「アトウ サイゾウ」を
もじったものだということ、そのアトウ氏が自分の築き上げてきた戦後日本の姿に
行き詰まりを感じ、再びこの社会を激変させる演出家になろうと目論んだことなど。
さらにこの人物、すでに末期がんでこの世の人ではないはずだということも・・・。

そして物部はこのゲームをあがるために、自分がMr.OUTSIDEになりかわることで
アトウの力を継承し、さらには優秀なジュイスまでまるごといただいてしまうという
なんとも不敵な計画を進めていました。


官僚を辞めてATOに関わる商社へと接近し、そのコネクションを使ってATO財団の
執行役員に登りつめ、ついに播磨脳科学研究所長の座を手にした物部の真の目的。
それはアトウ氏の権力および財力、そして彼が研究してきた「大いなる遺産」の奪取と、
二人のセレソンたちとの共謀による「戦後日本のやりなおし」です。

それを実現するための手段こそ、「日本のダウンサイジングと既得権益の再分配」を狙った
トマホークミサイル60発による日本全土の空爆でした。


社会に搾取され蔑まれ続けた返礼として、この国を空爆しようと画策した結城。
そしてこの空爆で老害と怠け者を排除するため、結城を仲間として引き込んだ物部。
自己責任の足りない人物と、自己責任に絶対的な自信を持つ人物が結託したときに
ここまで他人を省みない決断ができるというのが、なんとも怖い。
弱者の恨みの声すらも新たな権力者の養分として吸い上げられているのに、
結城自身がそれに気づいていないところが情けなく、また哀れでもあります。

弱い者が他人を見下すことで救われるとすれば、権力者にとってはこれほど
コントロールが容易なものはありません。
仮想敵を作って大衆の目をそらし、互いに妬ませて足を引っぱり合わせれば
手を汚さなくたって楽勝ですからね~。
そういう工作に長けてるあたりは、さすが元エリート官僚というところ。

そして一度は空爆をチャラにした滝沢も、救ったはずの人々と仲間によって裏切られ
その記憶を消す羽目になったという、あまりにも厳しい真実を知らされます。

これってイエスが人間の罪を全て背負って、ゴルゴダの丘に登った時みたいですね。

ここで自分の軽率な言葉を悔やんで泣き崩れる咲の姿をインサートするという演出も
嘆きの聖母を連想させて、実に心憎いものでした。

手にしたバッテリー切れの携帯に落ちる涙と、しぼり出すような咲の声。

「そんなのって、ないよ。
 それじゃ、滝沢君にあんまりだ。
 でも私もおんなじだ。滝沢君を裏切ったみんなとおんなじだ。
 
 でも、私も言っちゃったもん。
 ミサイルが落ちたとき、“もっとすごいことが起きればいいのに”って。」

目の前の平和に慣れて、それを守ることや維持し続けることに無関心な人々。
そしてむしろ、世界がぶっ壊れてしまうことを進んで期待するような人々。
迂闊だったのはテロリストではなく、咲も含めた全ての日本人のほうだったのでしょうか。
そしてその迂闊さが、かつての滝沢朗を“殺した”といえるのでは。

しかし神(山監督)は、まだ滝沢(と日本国民)を見捨ててはいないようです。
最後にMr.OUTSIDEが仕掛けた、エレガントなイリュージョンとは。

中身がカラッポなのは、物部の頼んだボランジェだけなのかな?

苦さのあとにやってくる思わぬ爽快感、そして物語は
いよいよ最後の1コマへと進みます。


心優しき救世主を待つのは再びの磔刑か、それとも歓喜の歌なのか。
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2 コメント

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英雄って楽じゃない (shamon)
2009-06-21 16:14:25
まいどです。

重い話でした。
泣き崩れる咲の姿も切ないけど
吹雪に耐える滝沢がクゼに見えて切なかった。
いつの世も英雄は損で辛い立場です。
そして無責任なのはいつも民衆。

ATOですが元ネタはたぶん
http://www.atr.co.jp/
です。
播磨ではなく京都にあります。
一般的には知られていませんが、
優秀な研究者が集まる産学官連携の法人です。
いつの時代も救世主は大変です (青の零号)
2009-06-22 00:04:49
shamonさん、まいどありがとうございます。

>重い話でした。
ボルドーの格付け上級クラスのヘビーさでしたね~。
アフターもえらく長く引っぱりますし。
かといって濃くて重たいばっかりじゃないところが
造りのうまさを感じさせるところです。

>泣き崩れる咲の姿も切ないけど
>吹雪に耐える滝沢がクゼに見えて切なかった。
あの場面で、国民の運命を一人で背負った滝沢に対して、
国民が背負うべき罪の重さを咲が一人で背負うという
対称関係が成り立ったように思いました。
そういう意味では、双方で釣り合いが取れたのかも?

>ATOですが元ネタはたぶん
http://www.atr.co.jp/
なるほど、施設の性格的には脳科学研と似てますね。
ノブレス携帯みたいなデバイスもつくれそうだし。

でも私設研究機関じゃなさそうなので、セレソンゲームは
実現しそうもないところが、残念なようなほっとしたような(笑)。

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