「SFセミナー2011」に行ってきました。
数々のSF系イベントの中でも、特にディープなSFファンの集う場として知られるのが、
東の「SFセミナー」と西の「京都SFフェスティバル」。
私のようなヌルいSFファンは、行った途端に怖いベテランに尻子玉を抜かれるのでは・・・と
これまで避けてきましたが、今回は行きたい企画が揃っていたので、ビビりながらの初参加。
結果はおかげさまで、無事に合宿まで参加できたうえ、大変楽しい思いをさせていただきました。
長くなるので数回に分けてレポートを掲載。今回は上田早夕里先生のインタビュー編です。
【上田早夕里インタビュー】
傑作『華竜の宮』で2010年度ベストSFの国内第一位に輝いた上田早夕里先生をお招きして、
評論家の小谷真理さんによるインタビュー形式で進行。
小谷さんがいきなり『魚舟・獣舟』を「さかなぶね」と読んだときにはちょっと心配になりましたが、
さすがにこれは単なる勘違いだったようです。
以下、上田先生の発言を中心に要約してみました。
(記憶違いや解釈が誤ってる可能性もありますので、誤記がありましたらお知らせください。)
・海洋小説へのこだわりと『華竜の宮』
デビュー直後から海洋SFが書きたかったものの、構想が大きくて原稿千枚越えは確実とわかっていたため、
持ち込み先をどうしようか考えていたところへ「異形コレクション」から原稿依頼が来たので、このアイデアを
まず短編として書いて世に出そうと考えたのが「魚舟・獣舟」。
その後にハヤカワから何か出さないかと話が来たので「こんなのありますが出せますか」と聞いたところ、
OKが出て『華竜の宮』の執筆に至った。
なお、元になるアイデアノートは既にあったものの、原稿になったのはハヤカワの依頼が来てから。
・生物科学が一番好き
変態する生物が昔から好き。不完全変態よりは完全変態する生物のほうが好きなので、昆虫に興味がある。
人間はなぜ変態しないのか?ということがいつも頭にあって、それが作品に反映している。
(人と魚の双子というアイデアは?)和歌山で発見された海洋微生物「ハテナ」は、分裂するとき植物と
動物に分かれるというニュースを読み、これが大きな生物で起こったらどうなるかと発想したもの。
(小谷:魚舟は胎児が早く生まれた感じに近いのでは?)ちょうどそんな感じ。
そしてそういうものを産んでいる時点で、産むほうも既に普通のヒトではない。
・バイオ志向と進化に対する視点
(小谷:進化の方向性については、バイオ系とメカ系に大別されると思うが?)自分はバイオ系で、
「人間はこのまま変われないのか、変わるならどうなるのか」に関心がある。
現実で身体改造や遺伝子改変をするのは問題だが、小説で書くぶんには抵抗がない。
というか、それ(変化の技術と変化したヒト)がつくる世界を見てみたい。
それが書けるのはSFしかない。SFは針が振り切れていて良いもの。
遺伝子テクノロジーについては個人への罰という視点ではなく、種全体への影響という視点から捉えたい。
・宇宙進出と身体性
ヒトがギリギリ出て行ける限度が「火星」と考えて『火星ダーク・バラード』を書いた。
地球人にとっての庭の一番はじっこが「火星」で、木星まで行くと意識の段階が変わる。
(『ゼウスの檻』の両性具有について)両性具有の生物であるカタツムリが大好き。
生物が好きだと、意識や理念よりもまず身体構造に興味が行ってしまう。
小説の中の心理の見せ方についても、独白などで書くとウソくさく感じてしまう。
身体を動かす行動がそのまま心理描写になるのが理想。
・生物の気持ち悪さ
(小谷:獣舟は気持ち悪いが)生物ってのは気持ち悪いもの。
異形コレクションで書いて、ホラーという枠組みを使うと自分の思っていることがポンと出せるのに
初めて気づいたので、今後も続けて書いていきたい。
(「小鳥の墓」の執筆理由について)端的に言うと、実際の少年犯罪についていろいろ調べているうちに
「人を殺さないと自己表現できない奴がいる」ということに気づいた。
勝原みたいな子供(暴力で他者を支配するタイプ)は、実際にいる。DV男性や花村萬月作品のキャラに
良く出てくるタイプ。人工的な環境で育った人間の残酷さ。
(小谷:けっこう暴力とか平気?)書いてて楽しいわけではないが、結構好き。
それが世の中にあるのに、書くのを避けることはできない。
・ネゴシエーターと心のアウトソーシング
(小谷:日本には調整役が出てくるSFの伝統があると思うが)海外の作家なら組織の価値観が
もっと強く出るはず。日本ではネゴシエーター役の存在が大きい(司政官シリーズ、TV版日本沈没など)。
書くとき主人公はあまり意識しない。意識するとき、視点を固定するときは死の場合。
『華竜の宮』のアシスタント知性体は“心のアウトソーシング”で、青澄は誠実だが立派な人ではない。
(アシスタント知性体の)マキがいなければ、人としてとっくに潰れているはず。
・ヒロイン像と社会システム
(『華竜の宮』ヒロインのツキソメについて)ウワサはすごいが、会うと普通の人。
これは“男性的イメージのリーダーをやめてみたら、ゆるいつながりの社会でもいいのでは”という発想から
出てきたキャラクター。よくできた母親のイメージだが、本当の母親とは違う。
本当の母親の場合は“支配するもの”で、けっこう男性原理の存在。
作中に出したクダクラゲという巨大クラゲの場合、個体が繋がって群体化すると個体別に分業制をとる。
海で生きるにはこういう組織のほうが便利。
今までのピラミッド構造社会は陸上の発想で、コチコチに固まっている。
・『華竜の宮』で書きたかったこと、そして今後の予定
一般小説では哲学や心理を書くのがメイン。自分はもっと種としての人間を書きたい。
ペンギンの話を聞いたところ、群れの中にペアを作らない個体があって、それは外敵から群れを守るために機能する。
自分の兄弟姉妹の子供が生き残れば、自分の遺伝子と大差ない存在が受け継がれていくから、それでよいということ。
集団の遺伝子が残れば、個としての遺伝子は残らなくてもいいという点、そして独身者であっても生物学的な意味で
ちゃんと有用であるという点が面白い。
青澄を“ヌル”という設定にしたのも、これが理由になっている。
(『華竜の宮』の最後のセリフについて)「彼ら」とは誰を指すか、あえてわからないようにするために
この代名詞を選んだ。
これがヒトを指すか、地球上の全ての生命を指すかの捉え方によって、印象が大きく違うと思う。
(これから出る作品について)光文社で600枚の長編が出る予定。(SFではないが)自分の書くものなので、
生物がらみのSF色のあるものになります。
上田先生のお話は歯切れよく、インタビューへの応答も的確で実に聴き応えがありました。
そしてなんといっても、書くことへの真摯さと異形への愛情がびんびん伝わってくるのがすばらしい。
小谷さんの進行はテンポが良くて聴き易かったのですが、途中でお得意のダナ・ハラウェイを持ち出して
しきりにテーマ的な結び付きを強調した点については、やや空回り気味だったかな?
あと、私は上田作品のうち『ゼウスの檻』以外は読破してましたが、まさかそこを重点的に取り上げるとは
思わなかったので、こっちの思惑とのちょっとしたズレを感じるところもありました。
個人的にはもっともっと『華竜の宮』に触れて欲しかったところではありますが、改めて『ゼウスの檻』を
読みたくなったので、これはこれで良かったのかもしれませんが・・・。
なお、インタビューの完全版は近々「SFマガジン」に掲載されるらしいので、より深く知りたい方は
そちらの発売をお待ちください。
そして企画の終了後は、上田先生のサイン会が行われました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/f2/cff654229739d0d3a29ce680a150b188.jpg)
念願の上田先生のサインを、手にいれたぞ!
今回はSFイベントということで、『ラ・パティスリー』などのスイーツ物についての話が
出ませんでしたが、次は舞台を変えて、ぜひSF以外のお話も聴きたいものです。
出版社および書店関係者の皆さん、ぜひ上田先生がらみのイベントを企画してください!
ただしスイーツ物のファンの前で「カタツムリが・・・」とうれしそうに話すのだけは、
さすがにやめておいたほうが無難かも(笑)。
数々のSF系イベントの中でも、特にディープなSFファンの集う場として知られるのが、
東の「SFセミナー」と西の「京都SFフェスティバル」。
私のようなヌルいSFファンは、行った途端に怖いベテランに尻子玉を抜かれるのでは・・・と
これまで避けてきましたが、今回は行きたい企画が揃っていたので、ビビりながらの初参加。
結果はおかげさまで、無事に合宿まで参加できたうえ、大変楽しい思いをさせていただきました。
長くなるので数回に分けてレポートを掲載。今回は上田早夕里先生のインタビュー編です。
【上田早夕里インタビュー】
傑作『華竜の宮』で2010年度ベストSFの国内第一位に輝いた上田早夕里先生をお招きして、
評論家の小谷真理さんによるインタビュー形式で進行。
小谷さんがいきなり『魚舟・獣舟』を「さかなぶね」と読んだときにはちょっと心配になりましたが、
さすがにこれは単なる勘違いだったようです。
以下、上田先生の発言を中心に要約してみました。
(記憶違いや解釈が誤ってる可能性もありますので、誤記がありましたらお知らせください。)
・海洋小説へのこだわりと『華竜の宮』
デビュー直後から海洋SFが書きたかったものの、構想が大きくて原稿千枚越えは確実とわかっていたため、
持ち込み先をどうしようか考えていたところへ「異形コレクション」から原稿依頼が来たので、このアイデアを
まず短編として書いて世に出そうと考えたのが「魚舟・獣舟」。
その後にハヤカワから何か出さないかと話が来たので「こんなのありますが出せますか」と聞いたところ、
OKが出て『華竜の宮』の執筆に至った。
なお、元になるアイデアノートは既にあったものの、原稿になったのはハヤカワの依頼が来てから。
・生物科学が一番好き
変態する生物が昔から好き。不完全変態よりは完全変態する生物のほうが好きなので、昆虫に興味がある。
人間はなぜ変態しないのか?ということがいつも頭にあって、それが作品に反映している。
(人と魚の双子というアイデアは?)和歌山で発見された海洋微生物「ハテナ」は、分裂するとき植物と
動物に分かれるというニュースを読み、これが大きな生物で起こったらどうなるかと発想したもの。
(小谷:魚舟は胎児が早く生まれた感じに近いのでは?)ちょうどそんな感じ。
そしてそういうものを産んでいる時点で、産むほうも既に普通のヒトではない。
・バイオ志向と進化に対する視点
(小谷:進化の方向性については、バイオ系とメカ系に大別されると思うが?)自分はバイオ系で、
「人間はこのまま変われないのか、変わるならどうなるのか」に関心がある。
現実で身体改造や遺伝子改変をするのは問題だが、小説で書くぶんには抵抗がない。
というか、それ(変化の技術と変化したヒト)がつくる世界を見てみたい。
それが書けるのはSFしかない。SFは針が振り切れていて良いもの。
遺伝子テクノロジーについては個人への罰という視点ではなく、種全体への影響という視点から捉えたい。
・宇宙進出と身体性
ヒトがギリギリ出て行ける限度が「火星」と考えて『火星ダーク・バラード』を書いた。
地球人にとっての庭の一番はじっこが「火星」で、木星まで行くと意識の段階が変わる。
(『ゼウスの檻』の両性具有について)両性具有の生物であるカタツムリが大好き。
生物が好きだと、意識や理念よりもまず身体構造に興味が行ってしまう。
小説の中の心理の見せ方についても、独白などで書くとウソくさく感じてしまう。
身体を動かす行動がそのまま心理描写になるのが理想。
・生物の気持ち悪さ
(小谷:獣舟は気持ち悪いが)生物ってのは気持ち悪いもの。
異形コレクションで書いて、ホラーという枠組みを使うと自分の思っていることがポンと出せるのに
初めて気づいたので、今後も続けて書いていきたい。
(「小鳥の墓」の執筆理由について)端的に言うと、実際の少年犯罪についていろいろ調べているうちに
「人を殺さないと自己表現できない奴がいる」ということに気づいた。
勝原みたいな子供(暴力で他者を支配するタイプ)は、実際にいる。DV男性や花村萬月作品のキャラに
良く出てくるタイプ。人工的な環境で育った人間の残酷さ。
(小谷:けっこう暴力とか平気?)書いてて楽しいわけではないが、結構好き。
それが世の中にあるのに、書くのを避けることはできない。
・ネゴシエーターと心のアウトソーシング
(小谷:日本には調整役が出てくるSFの伝統があると思うが)海外の作家なら組織の価値観が
もっと強く出るはず。日本ではネゴシエーター役の存在が大きい(司政官シリーズ、TV版日本沈没など)。
書くとき主人公はあまり意識しない。意識するとき、視点を固定するときは死の場合。
『華竜の宮』のアシスタント知性体は“心のアウトソーシング”で、青澄は誠実だが立派な人ではない。
(アシスタント知性体の)マキがいなければ、人としてとっくに潰れているはず。
・ヒロイン像と社会システム
(『華竜の宮』ヒロインのツキソメについて)ウワサはすごいが、会うと普通の人。
これは“男性的イメージのリーダーをやめてみたら、ゆるいつながりの社会でもいいのでは”という発想から
出てきたキャラクター。よくできた母親のイメージだが、本当の母親とは違う。
本当の母親の場合は“支配するもの”で、けっこう男性原理の存在。
作中に出したクダクラゲという巨大クラゲの場合、個体が繋がって群体化すると個体別に分業制をとる。
海で生きるにはこういう組織のほうが便利。
今までのピラミッド構造社会は陸上の発想で、コチコチに固まっている。
・『華竜の宮』で書きたかったこと、そして今後の予定
一般小説では哲学や心理を書くのがメイン。自分はもっと種としての人間を書きたい。
ペンギンの話を聞いたところ、群れの中にペアを作らない個体があって、それは外敵から群れを守るために機能する。
自分の兄弟姉妹の子供が生き残れば、自分の遺伝子と大差ない存在が受け継がれていくから、それでよいということ。
集団の遺伝子が残れば、個としての遺伝子は残らなくてもいいという点、そして独身者であっても生物学的な意味で
ちゃんと有用であるという点が面白い。
青澄を“ヌル”という設定にしたのも、これが理由になっている。
(『華竜の宮』の最後のセリフについて)「彼ら」とは誰を指すか、あえてわからないようにするために
この代名詞を選んだ。
これがヒトを指すか、地球上の全ての生命を指すかの捉え方によって、印象が大きく違うと思う。
(これから出る作品について)光文社で600枚の長編が出る予定。(SFではないが)自分の書くものなので、
生物がらみのSF色のあるものになります。
上田先生のお話は歯切れよく、インタビューへの応答も的確で実に聴き応えがありました。
そしてなんといっても、書くことへの真摯さと異形への愛情がびんびん伝わってくるのがすばらしい。
小谷さんの進行はテンポが良くて聴き易かったのですが、途中でお得意のダナ・ハラウェイを持ち出して
しきりにテーマ的な結び付きを強調した点については、やや空回り気味だったかな?
あと、私は上田作品のうち『ゼウスの檻』以外は読破してましたが、まさかそこを重点的に取り上げるとは
思わなかったので、こっちの思惑とのちょっとしたズレを感じるところもありました。
個人的にはもっともっと『華竜の宮』に触れて欲しかったところではありますが、改めて『ゼウスの檻』を
読みたくなったので、これはこれで良かったのかもしれませんが・・・。
なお、インタビューの完全版は近々「SFマガジン」に掲載されるらしいので、より深く知りたい方は
そちらの発売をお待ちください。
そして企画の終了後は、上田先生のサイン会が行われました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/f2/cff654229739d0d3a29ce680a150b188.jpg)
念願の上田先生のサインを、手にいれたぞ!
今回はSFイベントということで、『ラ・パティスリー』などのスイーツ物についての話が
出ませんでしたが、次は舞台を変えて、ぜひSF以外のお話も聴きたいものです。
出版社および書店関係者の皆さん、ぜひ上田先生がらみのイベントを企画してください!
ただしスイーツ物のファンの前で「カタツムリが・・・」とうれしそうに話すのだけは、
さすがにやめておいたほうが無難かも(笑)。
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