Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

片渕須直監督の原点『アリーテ姫』の輝き

2010年06月01日 | マイマイ新子と千年の魔法
5/30の「ラピュタアニメーションフェスティバル2010」にて、片渕須直監督の
『アリーテ姫』を見てきました。


『マイマイ新子と千年の魔法』のルーツともいえるこの作品を、大スクリーンで見られる
絶好の機会というわけで、夜の阿佐ヶ谷へと足を伸ばした次第。
50人までしか入れない劇場の中は、見るからに熱心そうなお客さんで埋まってました。

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さて『アリーテ姫』の舞台は、中世を思わせるどこかの王国です。
主人公のアリーテ姫はまだ歳若い少女ですが、配偶者にして次代の国王となるべき
立派な男性を待つ身として高い塔に閉じ込められ、退屈な毎日を過ごしています。
そして彼女と国王の座を求める求婚者たちは、顔も知らない姫君の心を射止めようと、
冒険の末に手に入れたいにしえの魔法の品々を携えて、毎日のように城を訪れます。

しかし彼女は、そんな求婚者たちに興味を持てません。
幽閉中の心の慰めとして数々の本に接してきたアリーテ姫にとって、彼らの言葉から
嘘や矛盾を見抜くことは実にたやすいものであり、また虚飾ばかりの彼らの物語は、
「本物の世界の話」を聞きたいという彼女の願いに応えるものではなかったからです。

そんな彼女の想いは、むしろ窓から見える城下の人々の暮らしと、そして献上物の中から
彼女自身によって見いだされた、いにしえの魔法の数々を記録する「黄金の書物」へと
向けられるのでした。

塔の暖炉に隠された秘密の通路を使ってたびたび城外へと抜け出していたアリーテは、
町の人々の生活や働きぶりに接し、塔に閉じ込められて「何者にもなれない」ままの
自分の境遇との違いを痛感します。
やがて一大決心を固め、こっそり城下を抜け出そうとしたアリーテでしたが、その企みは
早々に発覚し、門まで来たところを捕らえられてしまいました。

そんな時、不思議な飛行機械に乗った老人が城へと飛来しました。

魔法使いのボックスと名乗った老人は、魔法の力と巧みな弁舌で国王や重臣を丸め込み、
自分とアリーテ姫の縁談を認めさせてしまいます。
抵抗するアリーテは魔法でしとやかな外見と自分の心を持たない人形のような姫へ
変えられてしまい、ボックスによって地の果ての荒れ城へと連れ去られます。

実はボックスの狙いは王位でも姫自身でもなく、魔法の水晶玉による予言によって
彼の命を縮める原因とされたアリーテを閉じ込め、予言を回避することでした。
予言を恐れるあまり、幽閉後もアリーテの顔さえ見ようとしないボックスですが、
そんな彼も実は半端な魔法しか使えない「なりそこない」の魔法使いだったのです。

人形のような姿と心のままで暮らすアリーテですが、やがてボックスたちの世話をする
アンプルという女性と出会うことで、失われたはずの心にある変化が起こります。
そして彼女の指には、かつて魔法を捨てた魔女からもらった、いにしえの魔法の遺物
「3つだけ願いのかなう指輪」がはめられているのでした…。

さて、アリーテはいかにして心を取り戻し、魔法の指輪でどんな願いを叶えるのでしょうか?

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働くことへの敬意、自分探しの苦悩、そして自分を見失ったときに立ち直るための処方。
この『アリーテ姫』には、『マイマイ新子と千年の魔法』で示された数々のテーマの原型が、
それこそ無数に埋め込まれています。
アリーテ姫という少女は、まさに新子たちのお姉さんといったところですね。

ただし友情というわかりやすいフレーバーが効いている分、『マイマイ新子』のほうが
作品としてとっつきやすいところがあるとは思います。
私としては、たった一人で困難に立ち向かうアリーテ姫のたくましさも好きですが
やはり新子と貴衣子の最強コンビには少しだけ分が悪いかと(笑)。
まあ二つを比べるよりも、それぞれの作品にそれぞれの色がきちんと出ている事を
肯定的にとらえるべきでしょうね。

語りのテンポとしては『マイマイ新子と千年の魔法』よりもゆっくりなので、人によっては
そこがやや冗長に感じられるかもしれません。
しかし、この作品に込められた多くのテーマとその重さ、そして一見わかりやすそうで
実は何重にも組み合わされた複雑な物語を考えると、この長さとテンポはむしろ必然。
せかせかした娯楽的な話運びでも作れたはずですが、それではこの作品が要求する
物語の深度まで、観客を導いていくことはできないでしょう。

作中のアリーテと同様、観客もこの作品に対してじっくりと考え、反芻するための時間が
与えられることによって、物語に含まれた様々な寓意や、それを生み出した作り手からの
強いメッセージといったものを読み解くことができると思うのです。
そしてこれらを読み解き、じっくり味わう楽しみは「大人のアニメファン」だけに許される、
至福の体験ではないかとも思います。

主人公は少女ですが、実はその周囲を取り巻く大人たちの寓話でもあるというところも、
『アリーテ姫』のユニークなところ。
アリーテを恐れつつ、実は彼女と同じコンプレックスを持っているボックスをはじめ、
アリーテを押さえつける存在や、アリーテより自由な存在として描かれる大人たちも、
実はみな何かに囚われた者であり、それに気づきながら目をそむけているのです。
だから終盤で自らそれに気づき、ボックスの呪縛から抜け出そうとしたアンプルの存在は
物語の中で非常に大きな意味を持っており、彼女の考え方がやがてアリーテを解放する
重要な鍵となる点についても、大いに頷けるところです。

そんなアンプルの話がいい例となるのですが、片渕監督の作品には非常に強烈な
「説得力」とでもいうべきものが感じられます。
『アリーテ姫』でも『マイマイ新子』でも、見ていて矛盾や歯切れの悪さを感じることなく、
キャラクターの行動とその結果にはいつも納得させられるものがあります。
いわば「筋の通った話」を見ているという安心感と満足感でしょうか。
その説得力が、作品の目指すところを考えに考え抜いた末に生まれているということは、
何度か片渕監督の劇場トークを聴いた上でよく伝わってきたところでもあります。
作り手の姿勢って、やっぱり作品にはっきり出るものなんですねー。

さらに、個人的に強い共感を覚えたのが、フィクション(物語)を通じて現実を取り戻し、
そして現実をより良く変えていけるという可能性を示唆したストーリーです。

その中に逃げ込むのではなく、それを通じて世界のあるべき姿を想像し、その姿に向けて
現実を変えていこうと奮闘する生き方、そして心の持ち方を示す「物語」。
そんな「物語」こそ、同時多発テロ以降の世界で「現実」の苛酷さに立ち向かうために
我々が必要とするものだと思います。
だからこの作品が2001年に完成したという事実についても、何らかの巡り会わせを
感じてしまうのですが…。

でもなんだかんだと褒めちぎったところで、アリーテ姫のどこがすばらしいかを
一言で要約すると、結局はこのコピーにたどり着いちゃうんですけどね。

「こころのちから。」

『アリーテ姫』では、この「こころのちから。」が「魔法」「物語」「思い出」「希望」など、
いくつものかたちと意味を持って現われます。
それを踏まえてこのコピーを読むと、シンプルながら作品の奥深さ、幅広さなどを
うまくすくい取っていると言えるでしょう。
ただし、実際に映画を見た後でないとその意味が伝わらないかも…という点だけは、
宣伝文句としてやや引っかかるところかもしれません(^^;。

おっと、『アリーテ姫』を語る上で忘れちゃいけないのが、作品を支える豊かな想像力と
作画における職人的な仕事ぶり。
ダ・ヴィンチ型の飛行機械による山越え、山肌に描かれた巨大な壁画、光になって
地上へ降り注ぐ人工衛星の破片など、幻想的なシーンの数々が丹念な作画によって
リアリティを与えられ、さらに手書きとCGの組み合わせが筆のタッチと色彩表現に
様々な変化を持たせています。

そしてラスト付近で出てくるあるシーン、これは本当に胸躍る空想の羽ばたきです。
それまでの幽閉場面が重かった分、これを見たときの開放感はひとしおでした。

スピード感やまったり感で見せるアニメも楽しいですが、そればかりを見ていては
心の栄養が不足しがちになるというもの。
やはり内容の豊かな作品でなければ、見る人の心を豊かにはできないと思います。
たとえ流行りのスタイルでないにしろ、見ていて深く考え、心に深く食い込んでくる
『アリーテ姫』のような作品こそ「日本アニメの誇り」であり、そのレベルの高さを示す
最良のケースであると、今回の上映を見て確信しました。

この『アリーテ姫』、ラピュタ阿佐ヶ谷では6/5まで上映しています。
また6/19には、渋谷のシアターTSUTAYAにて開催されるオールナイト上映イベント
大人が童心に還る夜 マイマイオールナイト」の中でも上映予定。
一人でも多くのアニメファンが、この機会に『アリーテ姫』と接してくれることを願ってます。

おまけ写真:ラピュタ阿佐ヶ谷で展示されていた、アリーテ姫関連の展示物たち。


こちらは初公開当時のプレスシート。


手作りのアリーテ人形と、マイマイ新子のサンドブラスト手作りグラス。
グラスは片渕監督のご友人が作られた逸品です。
人形のパッケージには、アリーテと諾子の姫君コラボシールが貼ってあります。


そして、この日最大の目玉展示。
片渕監督が発掘したアリーテ姫のアフレコ台本に加えて、マイマイ新子の台本と
なんと絵コンテも登場!しかも手にとって閲覧することができました!

DVDコメンタリーで使用するため、新子の絵コンテはこの日限りの展示とか。
(なお、アリーテの絵コンテは残念ながら見つからなかったそうです。)
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