分かれ道

2009年12月02日 18時44分10秒 | 日記
昨日、前に話したことのある、同病の友達の所にお見舞いに行ってきました。
入院中は同じ病院ですから9階と7階を暇があれば行き来してました。
看護師さんが「○○さんどこにいますか?」と携帯電話をかけてくるのにはまいりましたが・・・。
彼女のほうが先に入院していたのに私の方が先に退院して来ました。
退院の日、エレベーターの前で、泣きそうな顔の彼女が目にうかびます。

これからは週に2度、火曜日と金曜日は彼女のお見舞いにあてます。
そしてお昼を病院内のレストランで食べることにしました。
昨日はキノコのスパゲティーを食べたら、すごい食欲で、気分が変わると食欲もでるみたいで、いい感じです。



いつ再発するかも知れないと言う恐怖は正直とても話しつくせるものではありません。
でも、私に、『彼女とは違う別の人格だ』と 教えてくれた人がいます。
その言葉がいつも根底にあり、私は、彼女と、心は通わせることはあっても、冷静に対処しています。
そうでないと、私も免疫落ちてへこんでしまいますから・・・。

彼女は、今、抗がん剤と放射線治療を、両方受けています。
正直それを目の当たりにするのは、立場上きついものがあります。
そして抗がん剤をやったことのある立場としては、古傷が痛みだすような恐怖感があります。


彼女は、100%医師を信じ 言われるまま、医師に自分の運命を託そうとしています。
私は少し違うスタンスをとります。 
医師と言う職業を信じては います。
しかし100パーセントではない。
 何故なら西洋医学が医療のすべてと言う考えの医師には??だからです。
『ガンは自分の中に自分が作り上げたものだから、自分で責任を持つ。』
抗がん剤を、やめると決めた時、自分で自分に課したルールです。    
医師任せではない。  医師に100%依存はしない。
自分の人生、自分の命、医師さえも自分で選び抜こうと決めました。

今回の入院中も、研修医が胃カメラなどをやろうとしていて同意書にサインをと、持って来たけど、「私で練習しないで」と断りました。
消化器内科の K医師を指名しました。
なまいきな患者だと思われてもかまいません。
その結果ポリープも、見つかったのだと、思います。分かりにくい所に隠れてましたから・・・。

前回の退院後のブログに書いた、同じ言葉
自分自身が、自分の中に作り上げたガンと言う病・・・。
友達が再発して、 戸惑う事も多いけど
どんな過酷な運命の中にあっても、 一個の自立した誇り高き人間として
自らの心と体を、 自らの人生と命を、 自らの希望と努力で、 明るく健やかに
乗り切って行こうと、 しっかり胸に刻み 退院してまいりました。

今回も同じ思いです。

けれど、大多数のガン患者にとって、ガンとの戦いは、ひたすら医師への、最新治療法への、依存の歴史であるような気がします。
そして患者の胸にぬぐいがたい恐怖と 悲嘆と 絶望とを、植えつける。
私とは、治療に臨む姿勢が違うのだとおもうのです。

だから彼女がガンと戦う手段として抗がん剤と放射線治療をを選択したのを、私はじっと見ているしかない。


今夜は、月がとてもきれいです。
寒月と言う感じです。そんな言葉あったかしら??