残照日記

晩節を孤芳に生きる。

「絆」考

2011-12-13 18:01:57 | 日記
○何ごとも 縁あらばこそ 冬日和 楽翁

≪「今年の漢字」はやっぱり「絆」──清水寺では、森清範貫主が特大の和紙に筆で「絆」と書き上げた 2011年の世相を表す「今年の漢字」に「絆」が選ばれ、清水寺で12日、森清範(せいはん)貫主が特大の和紙に揮毫した。今年は過去最多だった昨年より21万票以上多い49万6997票が集まり、「絆」が6万1453票を得た。東日本大震災や台風12号など相次いだ災害で再認識された家族や仲間、地域とのつながりの大切さや、サッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」のチームワークの良さなどを理由に挙げた人が多かった。…≫(12/12 読売新聞)

∇漢和辞典を引いてみると、「絆」(紲)は、もと/\、≪糸と、音符半(ひく意)とから成り、牛馬などをつなぐ「きずな」の意を表す。≫(「新字源」)、≪すべて紐状のもので束縛すること──馬の足をつなぐひも。≫(「字通」)とある。古代中国中国の「知の百科」である「淮南子」(俶真訓篇)に曰く、≪濁りきった世の中に身を処しながら、道が行なわれないのを責めるのは、駿馬を両絆して(駿馬の両足を縛って)、千里を走ることを求めるようなものだ≫と。それが現代の国語辞典になると、その意に加えて、≪ 家族・友人などの結びつきを、離れがたくつなぎとめているもの。ほだし。≫(「大辞林」)≪人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。≫(「大辞泉」)≪断つにしのびない恩愛。離れがたい情実。ほだし。≫(「広辞苑」)となる。即ち、「離れ難く」「断つことのできない」「断つにしのびない」結びつき・恩愛を指す。

∇しかも、「絆」は、≪東日本大震災や台風12号など相次いだ災害で再認識された家族や仲間、地域とのつながりの大切さや、サッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」のチームワークの良さなどを理由に挙げた人≫の気持に反して、本来暗いイメージをもっている。夏目漱石と同年で、漱石が講師だった時に教授をしていた国文学者・芳賀矢一の名著「類語の辞典」には、「絆」→「ほだし」を見よ、とあり、「ほだし」には、≪ひかされて自由を束縛さる物事。浮世の─、心の─(わづらい)、自由の─(桎梏)、妻子などのために起こる、足手まといの─≫等と出る。しがらみ、足手まとい、不自由なのが「絆」の本来の意であった。「平家物語」(巻10─維盛入水)に、≪妻や子というものは、限りもない遠い昔から人間を迷わせて、生死がある世界に流転させて極楽にいかせない絆(束縛)となるのであるから、仏は、妻子への愛情を厳しく禁じるのである。云々≫とある。「絆」の深まりは、解脱・悟りには寧ろ禁物なのである。

∇現代国語辞典で最も詳しくかつ用例の多いのが「新明解国語辞典」だ。曰く、≪①家族相互の間にごく自然に生じる愛着の念や、親しく交わっている人同士の間に生じる断ち難い一体感。「△親子(夫婦・兄弟の絆/友好の絆/師弟の間に固い絆がそだっていた」②何らかのきっかけで生じた、今まで比較的疎遠であった者同士の必然的な結びつき。「学校と家庭を結ぶ絆/現代のペルー人とその祖先との絆を深める。/日欧間の絆〔=修好〕を深める/平和への絆〔=連帯〕を強める」③元来平等なるべき人間を、理由なく束縛し、分け隔てするもの。階級意識や差別意識など。「心の絆〔=先入観。謬見〕を解いてくれ」〔③は、もと誤用に基づく〕。≪ごく自然に生じる愛着の念≫や、≪比較的疎遠であった者同士の必然的な結びつき≫、≪修好≫≪連帯(感)≫などの意味で「絆」が生まれたら素晴らしいことだなと思う。「頑張れ」という励ましの言葉同様、「絆」という言葉も、「自然体」が一番いい。「頑張り」過ぎたり、無理に「絆」を深めようとすると、却って堅苦しい、束縛じみたものになって、結局煩わしくなってしまう。ダジャレではないが、「絆」の文字を分解して、「糸で半分縛るくらいの結びつき」でいいのだろう。