残照日記

晩節を孤芳に生きる。

他山の石

2011-03-08 13:32:37 | 日記
○人の悪しき事を見る時 我もまた
      かくやあらんと反り見よかし(源 成勝)

 ≪鶴鳴≫ (「詩経」小雅)海音寺潮五郎訳

鶴は九皐に鳴いて     奥深い沢でも鶴が鳴けば 
声 野に聞こゆ      その声は野に響き渡る
魚は潜んで淵に在り    魚は寒暑により  
或いは渚に在り      淵に潜み、渚に遊ぶ
彼の園を楽しめども    かの楽しい園には  
爰に樹檀有り       檀(まゆみ)が植わっているが
其の下にこれ落葉あり   その下には落葉が積む 
他山の石         他山の石はとって砥石として 
以て錯と為すべし     もって我が玉を磨くべきである

∇<「脇甘い」「泥船逃げた」外相辞任 与党からも厳しい声──前原誠司氏の外相辞任は、窮地に立っている菅政権にさらに追い討ちをかけた。与党には衝撃が広がる一方、野党は意気が上がっている。>(3/7朝日夕刊)<(前略)外国人の政治献金は法が禁じている。それをおばさんは知らず、外相は献金の事実を知らなかった。外相は脇が甘いと言われても仕方がない。職務が職務だから、とりわけ厳正に守るべきルールだ。そのうえクリーンを標榜し「政治とカネ」には、批判の目を人一倍持っていた経緯もある。ということで前原外相が辞任した。やむを得まい。職責上当然、潔いとも言えるが、先々の政治生命を思えばそれが身のためとか、泥船から逃げたの見方もある。>(3/7よみうり寸評) 遂にはこんな酷評も。<公私の区別もつけられないような政治家に首相を狙う資格はない>(3/6産経抄)etc etc

∇揣摩臆測まで入り混じって、前原誠司外相辞任問題が取沙汰されている。前原氏が「脇甘い」のか、態度は「潔い」のか、「泥船逃げた」のか、彼個人としての「事の真否」はさておき、今後さらに閣僚の「辞任ドミノ」が取沙汰される我が国の政治の先行きに、混沌とした巨大な暗黒雲が立ち込めている。“政権末期”を“対岸の火事”として眺めている状態ではない。与野党共に政府機能を停止させない方向へのベクトル合わせだけはキチントやって欲しいものである。──さて、当ブログは、情報・知識・知恵の問題を模索中である。論は入試携帯カンニング問題に端を発して、処世上、情報を援用して自己を高めるのは大いに結構だが、世間の情報を鵜呑みして、簡単に他人の尻馬に乗るべからず、殊に、自分を自分らしく生きるためには「情報リテラシー」に習熟すべきだろう、というところまで漕ぎつけた。そして、現実問題として直面する「二律背反」への対応の至難さを痛感しているところまで、である。今回の前原外相辞任沙汰も、まさに多極的見地から斟酌・勘案して論じられるべき一例である。

∇この手の問題の、手っ取り早い「情報リテラシー」の教材は何と言っても新聞社説であろう。早速6大新聞の社説をインターネットで検索して手許に集める。先ずは見出し比べ。<外相辞任で崖っぷちに立たされた菅政権>(日経)<前原外相辞任 菅政権最大の危機だ>(毎日)等は言うまでもない。確かに、<前原外相 看過できない外国人違法献金>だ(読売)。だが、そこには<前原外相辞任―外国人と政治献金 どうにも、もやもやが残る>(朝日)点もある。故に<前原外相辞任 外国人献金の徹底調査を>(産経)すべきであり、<前原外相辞任 政治の機能不全 脱せよ>(東京)に与野党がベクトルを合わせるべきだ。<政治資金規正法が外国人からの寄付を禁じているのは、日本の政治が外国から影響を受けるのを防ぐためであり、政治に携わる者がわきまえておくべきイロハだといっていい>(産経)は“自明の理”で、異口同音に全紙はそう述べている。又、前原氏が脱税事件で起訴された男性の関係会社に、自らの政治団体がパーティー券を購入してもらっていた等の政治資金を巡る疑惑も表面化しており、「脇が甘い」と日経はじめ多くの新聞社説が批判している。

∇さて、こゝまでなら、我が国の普通程度の常識人なら、どれか一紙を斜め読みするなり、テレビのワイドショーをチラリ覗くだけで同様の意見を持つに至るに違いない。そして野党議員は倒閣チャンスとみて、マスコミは絶好の刺激的話題として、又、一部の短絡的発想者は民主党政権見限るべしとして、「内閣総辞職」「衆院解散」「総選挙」を叫ぶに違いない。しかし待て、そう易々と他人の尻馬に乗ってはいけない。まあ落ち着いて、社説の「気になる指摘」をピックアップし、それを自分なりに熟慮してからでも遅くないのではないか。その幾つかをランダムに挙げれば次の如くである。先ずは政治家。<民主党は、前原氏に限らず、自党議員への外国人献金の実態などを徹底調査すべきである>(産経)<本人が本当に知らなかったとしても、事務所が安易に献金を受け取ること自体が問題であり、外相の監督責任は免れない。>(読売)──ごもっともだ。こういう事件が発生したら、与野党共に、政治家本人はもとより事務所が率先して“人のふり見て我が身を思え”で、己自身の献金リストを即刻精査し対応することだ。

∇次に、<在日外国人の献金は確かに法に触れる。だが、国会や街中の議論で「外国人献金問題」と抽象化した瞬間、焼き肉屋のおばちゃんのいきさつは消し飛び、まるで国家間の諜報を論じるようだ。…いくつかの例から見えてくるのは、日本の政治や選挙と外国人の間の線引きが実はあいまいで、政治家の都合で左右されている現実だ。>(朝日)<インターネットを通じた個人の政治献金も増えている。国籍の申告はあるが、厳密に確認することは難しい。今回の問題をきっかけに外国人や外資系企業の献金について議論を深めるべきだ。>(東京)──その通りだ。ルールをキチント決めておかないと、今後どの政党の誰が主権を握ろうが、全く同じ問題で政権を失墜することは目に見えている。昨毎日紙での有田芳生参院議員の言葉を反芻すべし。<今回のことが(閣僚を辞めなくてはいけないほど)悪質ということになれば、今後は献金者に戸籍の提示まで求めなくてはならなくなる。又、悪意を持って同じようなことをやれば、簡単に政治家をわなにはめられるだろう。>

∇そして東京新聞の次の指摘は焦眉の課題であろう。<一方で、参院で多数を占める野党が問責決議案提出をちらつかせ、閣僚に次々と辞任を迫る「ねじれ国会」のありようには、納得がいかない。政権にしがみつく与党と、政権攻撃に血道を上げる野党。政治的内戦が続けば、赤字国債を発行する特例公債法案など一一年度予算関連法案は成立せず、四十兆円の歳入欠陥となる。当面はしのげても、いずれは予算執行が行き詰まる。打撃を受けるのは国民だ。ならば、与野党がともに今の政治状況を冷静に見つめ、政策実現に向けて協力することが、選良として歩むべき道なのではないか>。 又、<前原氏は「ポスト菅」の有力候補だった。…民主党にとっては「ポスト菅」の有力カードを一枚失った形である>(日経)。確かにその通りで、外国の格付け会社からも、我が国の政治統治力を3流から5流にランクダウンさせられるかもしれない。しかし、前原氏に代わる程度の政治家なら幾らでもいる。又、<外相が短期間に交代する事態に、外務官僚は「ここ数年、頻繁な交代には慣れている。大臣が誰でもプロの仕事をやる」と冷ややかな視線を送って>いるのは事実だろう。(3/8毎日新聞) 大騒ぎするほどの問題にあらず、という面も判断材料にしておこう。

∇かくして、自分の顔の如く自分の意見を持つようにする一法に、多極的な考えの淵藪である新聞の社説利用があることを例示した。爾後さらに深めて行きたい。──それにしても、政治家の脇の甘さが政治混乱の一因であることは明白。よって脇を締めよ→情報・前例を活かせ。諺でいう“前車の轍を踏むな”、そのためには前例を“他山の石”とせよ、について若干述べておきたい。何故閣僚たちは実際何度も目にしている、我が身辺から発する不祥事が原因で、退陣を余儀なくされ続けているのだろう。“人のふり見て我が身を思”わないからである。眼前の好事例を“他山の石”としないからである。<他山の石 以て錯(さく=砥石)と為すべし>=他山の石は、採って砥石として 以て我が玉を磨くべきである。他山の石は、玉を磨くのによい、即ち、賢者を用いるには自国の者に限らない。他国の者であっても、賢才は挙げ用いるべきだ、の意もあるが、一般的には<よその山から出た粗悪な石でも、自分の玉をみがくのに役だてることができる。転じて、人の誤った言行も自分の修養の助けにできる。>( 「日本国語大辞典」)として用いられる。

∇首相や大臣クラスは、常にその言動が見張られている。気を抜いてはいけない。そんな当たり前のことを、何故自覚し意識できないのか不思議なくらいだ。ましてや前例のほとぼり冷めぬ間に“前車の轍を踏”んでしまうとは。「西郷南洲遺訓」に曰く、<予(よ)先年出陣の日、兵士に向ひ、我が備への整・不整を、唯味方の目を以て見ず、敵の心に成りて一つ衝いて見よ、それは第一の備ぞと申せしとぞ。>と。敵方の目を以て自分を厳しく見据えることだ。──「詩経」に曰く、<戦戦競競として、深淵に臨むが如く、薄氷を履(ふ)むが如し>と。深い淵に臨めば落ちないか、薄い氷を踏む時には割れないかと恐れるように、首長・大臣たる者は常に身を慎まねばならない。易にも曰く、<いつ滅びるかも知れない、いつ滅びるかも知れないと弱い小枝につかまるように細心を以て事に当れ(否卦)><懼れて以て終始すれば、その要は咎めなし(繋辞下伝)>と。自らの言動を慎め、慎重にも慎重にも言葉を選べ。そしてしっかり脇固めを図ることを忘れるな!
 
∇権勢を握った者の「脇固め」は身内からである。かつて必読の書として為政者や企業のリーダーに頒布された「日暮硯」という名著がある。信州松代真田藩での財政再建物語である。又、新井白石の編んだ「藩翰譜」に佳話が幾つもある。先には鳩山由紀夫夫人の鳩山幸さん、そして最近は菅直人首相の菅伸子夫人のでしゃばりが取沙汰されている。新しい火種にならぬうちに歴史に残る「逸話」という情報を「他山の石」として、板倉勝重の話はどうか。──徳川家康がまだ駿河の国府にいた頃、勝重は数ある重臣の中から町奉行に抜擢された。固く辞退したのだが、家康がどうしてもと懇命するので、勝重が「妻に相談してからに致したい」というので許可した。帰宅するや勝重は妻に町奉行を仰せつかったが、お前はどう思うかと聞いた。妻は驚き私ごときに相談なされずとも貴方がお決めになること。大殿のご命令とあらばましてのこと、と答えた。「いや/\よく聞きなさい。昔から異国にあれ本朝にあれ、奉行とか頭人といわれる者が、その身を失い家を滅ぼしたりするのは珍しくない。

∇その理由は、身内ゆえに或は賄賂が原因で裁判が公平を欠いたりしたためで、これらの災いは婦人がもととなって起こることが多いのだ。そこでもしワシが奉行をお引き受けした後は、親しい人が言い寄ってきても訴訟のことに口を出さぬか。又些少でも賄賂を受け取らぬか。その他いかようなことがあってもワシに側から世話を焼いて口出しすまいか。それを約束してくれるなら、この奉行職をお受けしよう」と言うので、妻は納得して「どのような誓いもたてましょう」、と答えた。勝重は喜んで、神仏に誓いを立てさせ、それでは参ろうと衣服を着て出かけようとした。すると妻が「袴の後の着方が悪うございます」と側に寄って直そうとした。勝重ハッタと睨み付けて曰く、「それだからこそワシが妻に相談しようと申したは間違いではなかった。ワシの身にどのようなことがあっても口出ししないと誓ったばかりではないか。もうそれを忘れたか。こんなことでは重役をお引き受けするわけには参らぬ」と袴を脱ぎ捨てようとした。妻は大いに驚き、後悔して詫び状を入れた。「さらばその言葉、いつまでも忘れぬように」と言って、勝重は参内した……。(「藩翰譜」)