残照日記

晩節を孤芳に生きる。

世は無事

2011-03-01 15:26:55 | 日記
  ≪春の朝≫ ロバート・ブラウニング

  時は春、
  日は朝、
  朝は七時、
  片岡に露みちて、
  揚雲雀なのりいで、
  蝸牛枝に這ひ、
  神、そらに知ろしめす。
  すべて世は事も無し。

 (上田敏訳詩集「海潮音」所収)

∇昔々、世界の国を司る天子たちが会議を開き、ペルシャ人たちの愚行と放縦を怒り、首都ペルセポリスを滅ぼすべきや否やを評議した。そこで詳細を調査すべく、バブークという男を遣わすことに決めた。結果如何で存続か滅ぼすかを決めよう、というわけである。バブークはラクダに乗り出発した。数日後、インド軍と戦うペルシャの軍隊に出会った。そこで彼は、この戦いの端緒がペルシャ大王の愛妾方宦官と、インド大王の役人との実に下らぬ諍いが原因で起こり、その為に両軍百万もの軍隊を戦場に送り込んで、殺戮・放火・破壊を繰り返していることを知った。やがて平和は宣言されたものゝ、暗澹たる面持ちでペルセポリスに入った。

∇廃寺の並ぶ貧民窟街はひどかった。厳粛である筈の寺院に死体が葬られ、喧騒と不義の悪臭で満ちていた。他方、上流階級の生活ぶりも見た。荘厳な宮殿、美しく装う貴婦人たち、その這裏に蠢く不倫、嫉妬、不和、復讐。ペルセポリスを牛耳っている40人の無冠の帝王たちの金権。これでは一挙に破滅させて然るべき要因ばかり。バブークは次に町で最も荘厳な寺院へ行き、王たちの宮殿で公開の祝祭を見た。そこで熱心な道士の説教を聴く会衆を目撃し、王や高官の説く「徳に対する愛」を謹聴する人民に感動した。商人も見た。つまらぬ贅沢品を4倍も高く売り付けながら、置き忘れた財布を届けにきてくれる彼らの摩訶不思議も目撃した。文士にも会った。衒学的で寄生虫のような者もいたし、有徳居士もいた。

∇町をまわりながらバブークは、悪習に見えてしばしば善い物が含まれていることも悟り、住民は多少軽薄で、虚栄心に満ちてはいるが、存外真摯で親切な者たちであることに気付いた。彼はこの町が好きになった。──結局彼はこんな形で報告した。即ち、町一番の鋳物師に命じて、鉱物の中で最も貴重なものと、最も粗悪なものを用いて、一つの立像を作らせた。そして天使たちに言った。「この立像は全部金やダイヤモンドで作られてはおりません。でもどうでしょう。この美しさは」と。天使の長老は頷いた。「分った、ペルセポリスは残そう。総ては善なりとは言えぬまでも、総ては可なりと言えるからだ」と。(ヴォルテール「浮世のすがた」岩波文庫版より) おゝ、神そらに知ろしめす。すべて世は事もなし。……

<或は一国に生まれ、或は一郡に住み、或は一県に処り、或は一村に処り、一樹の下に宿り……同牀一臥、軽重異るあるも、親疎別有るも、皆、是れ先世の結縁なり。>(人がどこの国、どこの郡・県・村等々に生れるかは、総て前世の定め。又、一宿一飯、親疎の別等々も総て同様である。>(「説法明眼論」)

∇3月1日付朝日新聞国際面の記事の「見出し」をざっと拾ってみる。<首都周辺の攻防激化─リビア政権側、奪還狙う。10万人、混乱逃れ国外へ><ムバラク氏出国禁止─エジプト検察 家族も対象><バーレーンデモ千人が国会囲む><イラン改革派指導者が不明><米韓、北朝鮮の挑発警戒─核ミサイル演習に反発の恐れ><(反政府デモ取材中の)村本さん死亡。軍の銃撃否定─タイ捜査当局><人権活動家を中国また逮捕─デモ扇動の疑い>etc 一方、我が国の話題。例えば昨日発刊の「週刊現代」「週間ポスト」等最新週刊誌の大見出しを拾ってみる。<菅ブチ切れ”解散総選挙 300小選挙区完全予測「民主195対自民198」><白鵬VS白馬富士“疑惑の優勝決定戦><やっぱり浮気は生物学的「本能」だった><夫のセックスについて語ろう><あなたが知らない90歳からの幸せ>etcetc ──日本は、少なくとも上記国際面の国々よりは可なりと言える。

∇日本の政治について、日本人曰く、「日本政治は世界一ダメだ。総理がコロコロ変わって、だらしない」。対する<外国知識層の反応=①中国人「投票できるだけましでしょう。われわれは政治家もトップも選べない。指導者層の批判なんて絶対できない」、②アメリカ人「われわれは選べるけど、間違ったリーダーを選んだら4年間替えられない、この時代にだよ」、③韓国人「4年か。うちは5年間替えられないんだ。つい最近そのためにひどいことになった」、④シンガポール人「うちはリークワンユーが建国以来31年間もやってたよ。結果はよかったけど、絶対批判できない」、⑤アメリカ人「エジプトはムバラクが30年。いいリーダーが見つかるまでダメなリーダーを替え続けられるのは、“激動の時代”に悪くないんじゃないの?」>(田村耕太郎HP<“自虐”日本に驚く世界のエリートたち>より)──確かに日本は<総ては善なりとは言えぬまでも、総ては可なりと言える>(「浮世のすがた」)。そして老生が日本に生れたのは<是れ先世の結縁なり>。天に感謝している。