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自由はただ欲すれば得られる(「自発的隷従論」エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ 山上浩嗣訳)

2020年07月18日 | 読書

【圧政は、支配される側の自発的な隷従によって永続する――
支配・被支配構造の本質を喝破した古典的名著。20世紀の代表的な関連論考を併録。
「もう隷従はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。敵を突き飛ばせとか、振り落とせと言いたいのではない。ただこれ以上支えずにおけばよい。そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、みずからの重みによって崩落し、破滅するのが見られるだろう。」(本文より)

>これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただひとりの圧政者を耐え忍ぶなどということがありうるのはどのようなわけか

>その者の力は人々がみずから与えている力にほかならないのであり、その者が人々を害することができるのは、みながそれを好んで耐え忍んでいるからにほかならない。

>彼らはみな、巨大な力によって強制されてというのではなく、たんに一者の名の魔力にいくぶんか惑わされ、魅了されて、軛(くびき)の下に首を垂れているように私には思われる。

 

>このただひとりの圧政者には、立ち向かう必要はなく、打ち負かす必要もない。国民が隷従に合意しないかぎり、その者はみずから破滅するのだ。なにかを奪う必要などない、ただなにも与えなければよい。国民が自分たちのためになにかをなすという手間も不要だ。

>ただ自分のためにならないことをしないだけでよいのだ。

>民衆自身が、抑圧されるままになっているどころか、あえてみずからを抑圧させているのである。彼らは隷従をやめるだけで解放されるはずだ。

自由を得るためにはただそれを欲しさえすればよいのに、その意志があるだけでよいのに、、、

>それ以上薪をくべないでおけば、火はもはや燃やすものもなくなり自然に小さくなって勢いも失われ、ついには消えてしまう。

民衆は隷従を甘受している

 

マゾですか?進んで抑圧されたがっている?奴隷になりたい?

私たちは生まれたときから抑圧に慣らされ
抑圧の中で生きることに不感症になっているのではないか。

自由を感じたことがない人は、自由とは何かがわからず、
抑圧が心地よいとさえ感じるようになってしまうのでは?
習慣というのは怖ろしいね。

学校教育、学習指導要領、受験戦争、学歴差別、、。
ブラック企業、非正規雇用、低賃金に高い税金、勤務評定、、、
単身赴任、満員電車、モラルハラスメント、、、
男尊女卑、家長、権威、肩書、封建的な人たち、、、
アメリカに隷従する日本、、、
政府に隷従する国民、、、

>もう隷従しないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。

はい、隷従しません。
義務ではなく思いやりや慈しみの心、自分の意志で行動します。
自分がやりたくないことは、しません。
命令も指示も恫喝も、聞きません。
右向け右? 自分で判断します。

家事も、お世話も、すべてやりたくてやります。

ワタシは自由です。みんな平等です。
友愛。慈悲喜捨です。

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