まるちゃんの めざせ!快適シンプルLife

本当の幸せを見つけて・・・
  第2の人生を歩き出した
      まるちゃんの徒然日記
    
 

ようこそ

いらっしゃいませ! このブログは、まるちゃんのひとりごとを中心に テキトーに、マイペースで更新していきます。好きな読書記録や、菜園日記等もかねてます。一緒に元気になれるブログをめざしたいと思いますが、しょもないことも書いてます。ちなみに、いちおう人気ブログランキングと日本ブログ村に参加してます。遊びに来られたついでに、記事下か左サイドバーのボタンを2つポチ、ポチッとしてくださると嬉しいです。ゆっくり遊んでってくださいね。 あ、コメント・置き手紙・トラバ・ボケ・ツッコミご自由にどうぞ。

「あなた」「わたし」

2018年09月11日 | 自分を見つめる

あなたによくなってもらいたい

あなたも穏やかに明るく生きてほしい

あなたの悩みや苦しみがなくなるといい

 

・・・と思うのも、エゴが混じってたりする


「あなた」も「わたし」も無い

「ワタシ」の「思い」は必要ない

 

習慣を変えるのは難しい

 

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言わない

2018年09月07日 | 自分を見つめる

ひと(相手)に「言う」前に

自分がやる

「見てもらえる」自分になる

 

言わない 見てもらう

確信をもって 

覚悟をもって

 

これは大変エネルギーを使うことですね。
自分が健康で、元気でなければできません。

 

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自然の声

2018年09月06日 | 自分を見つめる

自然の声に耳を傾ける

植えっぱなしの球根から、いつの間にか芽が出ていました。

 

自然から学ぶ

なかなか花が咲かないなあ、、、と思ってましたが、やっと咲きました。
清楚なかわいい花です。

 


どんな声が聞こえてきましたか?

何を学びましたか?

 

すべて、自分のこと、、、

他人事じゃないんだよなあ

 

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心配しないと決める

2018年05月17日 | 自分を見つめる

心配しない。

心配なんかしても、意味がないんだよ。

「未来は未だ来ぬもの」

 

心配してないで、「今、ここ」で出来ることを精一杯することだよ。

「今、ここ」での心や行為の結果が未来にやってくるんだよ。

「今、ここ」に集中すること。心を清らかにすること。

心は明るく清らかでないと、いい智慧は浮かんでこないよ。

それは、自分のためでもあるし、自分と関わる人たちのためでもある。

 

自分がやるべきことは何か。それは心を磨くこと。

心配や不安や自分の思い通りにならないことへの怒りなどの、妄想を止めること。

現実をあるがままに受け入れる心の広さ、

優しさや温かさなどの心を育てること。

 

他人が幸せか不幸かなんて、自分には決められません。

勝手に、他人を不幸だなどと決めつけないこと。

思いやりとは、他人の心や感覚を感じられる力です。

 

 

心配とは、まだ来ない未来を考えて暗くなることです。暗い考えを頭の中でぐるぐる廻らすことです。暗い考えは、暗い結果を生んでしまいます。気をつけよう。

とはいえ、心配してしまうものですよね。だって人間だもの。
心配してしまってるな、どうしようもないこと考えてるな、と気づくだけでいい。そうすればそのうち、自然と冷静になります。

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「大好きだよ」を伝えよう

2018年05月13日 | 自分を見つめる

生老病死。すべての生命は生老病死を繰り返す。

身体というものは、本当にどうしようもなくめんどくさいものだ。

人間の寿命は短い。もっと短い生命もいる。

愛別離苦。愛する者との別れを繰り返す。

誰でも死んでいく。別れたくなくても別れなければならない日が、必ずやってくる。

生きるということは、そういうものだ。どうしようもない。

 

どうしようもないことは受け入れるしかない。

でも、

今、生きている。今、まだ元気だ。

生きているこの瞬間を苦しむことはない。誰一人として。

生きている一日一日、一瞬一瞬を大事にしよう。

今できるベストをつくそう。

先のことをくよくよ考えて、心配かけないようにしよう。

生きている限り、死のその瞬間まで、嬉しい、楽しい、気持ちいい、幸せと感じるられるようにしてあげよう。

穏やかに過ごせるようにしてあげよう。

「虹の橋」に旅立つその瞬間まで。明るく、穏やかに、苦しむことなく、、

この世で幸せなら次世も幸せになる。いつか、また天界で出会えるかもしれない。もし、虹の橋で待っててくれてるなら(待たなくていいよ)一緒に行けるように、私もしっかり生きよう。

 

ピコちゃんも、次世で幸せに暮らしてるといいな。待ってなくていいからね、先に幸せになっててね。(もし、人間のつもりで幸せに生きてたら、次は人間に生まれるかな?人間に生まれて、心を清らかにする修行を続ければ、いつかは一切の苦しみのない涅槃に至ることも可能だよね。)


病気で苦しんでいる人たちが、安穏で、幸福でありますように。
痛み、苦しみ、落ち込み、失望、不安、恐怖がなくなりますように。
慈しみで包まれますように。
心と身体が慈しみで満たされますように。

次世が苦しみのないところでありますように・・・。

 

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宝の持ち腐れにならないように

2018年01月31日 | 自分を見つめる

>運転がまるっきりできない人が、高級車のポルシェを買ったとしましょう。買って、店の人が家まで車を運転してあげてガレージに入れてくれる。・・・・これで意味がある?それで誰かが、「あなた運転を習いなさい」と運転免許を取らせてあげて、やっとポルシェの価値が出てくるのです。

>私たちもポルシェどころではない、何千倍も価値のある大脳を持っているのです。皆、大変な価値のある大脳を持っているのに使えないのです。免許証をもっていないようなものです。それでは、宝の持ち腐れになります。

>大脳を自由に使える能力さえあれば、人間は幸福になれます。むやみに欲張ったり、他人と戦ったりすることなく居られます。

原始脳に支配されたまま、原始脳の奴隷のように大脳を使っていては大脳の価値がありませんね。運転が下手くそ(原始脳に操られている)だと、事故を起こしてしまう。

瞑想(こころのトレーニング)で大脳の可能性が大きく広がる(原始脳から自由になる)ということですね。分かると自由になる。穏やかな心でいられる。苦が苦でなく、楽になる。

>原始脳は細胞の維持管理をするという、自分の本来の仕事だけをするのです。大脳は事実に基づいて、なんのバイアスもなく、正しい判断を下します。

>まじめに瞑想すれば、だいたい2,3週間で達することができます。コツコツやったとしても、一ヶ月、二ヶ月続けると、人格はそれなりに変わっています。ブッダの瞑想では、100%の確実性で結果が出るのです。

 

試してみる価値があると思います。少なくとも全く損はしないと思います。仏教の本を読んで、普通に歩くだけでも瞑想になると思います。(もう、みんなやってるかな?)

よくないことも「わかっちゃいるけど、やめられない」が、「わかったからやめられる」になると思います。やめると楽~

>こころは放っておくと堕落する

信仰も迷信もない、科学的で論理的な、現実的な実践方法です。誰でもできる、こころを育てるトレーニング。たまには”筋トレ”も必要だけど、歩く瞑想(ウォーキング)で”心トレ”も大事。歩く瞑想は体と心、一石二鳥だね。
またやろう。座る瞑想もね・・・。

(「なんのために瞑想するのか?」アルボムッレ・スマナサーラ著を読んで)

よい本(kindle)でした。こういう本を読む度に気づきがあり反省でき、こころが晴れて元気が出ます。

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原始脳と大脳 

2018年01月30日 | 自分を見つめる

人間(すべての生命)は「こころ」と「体」でできています。体はただの物質。机やパソコンと同じ。「こころのエネルギー」がなければ生命にはなりません。

体はただの物質で、臓器が物質であると同じように、脳も臓器で物質。ただ変化する(動く、反応)だけ。「こころのエネルギー」があって、こころがはたらいて生命なのです。(電気信号は「こころ」ではない)
(こころとは知覚機能。思考や感情だけではない。こころはすべての生きた臓器、細胞にあるといえます。脳=こころ、なわけでもない。自我は錯覚?思い込み?なので別問題。)

>脳細胞がなくても、しっかりと生きている生命はいます。しかし、身体の細胞の数が増えていくと、細胞が組織化されるのです。それを管理する細胞組織が必要になります。ですから、身体が大量の細胞でできている生命の場合は、脳が現れてくるのです。それは原始脳と言われるものです。

>原始脳の仕事は、様々な細胞組織を管理して命をつなぐことです。思考能力がなくても、この作業はできます。

>ゾウさんたちと違って、(大脳が発達しているということは)われわれは激しく思考しないと生き続けることができないのです。

>大脳は原始脳の指令で働いています。大脳が発達していると言ったところで、人間も他の生命と同じく、「いかに生き延びられるか?」ということしか考えていません。大脳の能力をすべて、生き延びる目的で使っているのです。(悟りに達した人以外?)

>脳がない生命も、脳がある生命も、結局は自分の寿命として許される範囲で生きて死ぬだけです。大脳を活発に使っているからと言って、人間に他の生命より優れていると自慢することはできません。人間の大脳は原始脳の指令に縛られているので、開発不可能な状態に陥っているのです。(学び修行している人以外?)

大脳の働きは、完全無知な感情だけで働く原始脳の指令で行われている。だから、大脳が原始脳からの支配から少しでも解放されるように、トレーニング(修行)する必要があるのです。その方法もある。

原始脳の「存在欲と怯えと無知の感情」の”奴隷”になることで生まれる「人間の苦しみ」をなくすためのこころのトレーニングが瞑想(ありのまま見る実践訓練)だというわけですね。

(「なんのために瞑想するのか?」アルボムッレ・スマナサーラ著を読んで)

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手放す暮らし

2017年05月28日 | 自分を見つめる

不自由=縛られる (手放さない)

自由=縛られない (手放している)

人(生きとし生けるものみんな)は「自分というもの」に強力に縛られ、執着しているのです。生きることで起こるあらゆる問題(苦)は、この「執着する心」から起こります。

執着する物が多ければ多いほど苦しみは大きくなります。逆に、「手放す」ことで、気楽に安穏に生きることができます。手放す=解放。

・・・ということで、

ただいま、あれこれ「手放す」暮らし実践中

 

大事なのは「心」。「物」は助けになる道具。補助するもの。それは少ない方がいい。「自由」は自立から。

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無駄話?

2017年05月11日 | 自分を見つめる

出家者ではなく、ふつうの在家の仏教徒が守る「五戒」があります。

1.殺生しない、2.与えられてないものを取らない、3.邪な行為をしない、4.偽りを語らない、5.酒や麻薬などの理性をなくすものを飲まない

これをしっかり守るだけで、かなり平和に、安心安全に暮らすことができます。当たり前のように思えますが、実際、例外なく、完璧守るのはなかなか難しいと思います。

1.いかなる生命もいかなる場合も殺生しないって難しいでしょう?
2.与えられてないものは糸1本でも勝手に自分の物にしたらあかん。怠けの給料泥棒もあかん。
3.邪な行為というのは例えば浮気行為。大変です、家庭崩壊ですよ。
4.分からないことは分からないと正直に言いましょう。お世辞ではなく本心から褒めよう(差別的な見方をなくして心を磨こう)。言えと言われても言えないことなら言えないと正直に言いましょう。または、口を閉じておくこと。さらに、言いにくいことでも言わなくちゃいけないなら、上手に言えるように賢くなろう。口は災いの元。
5.は簡単。でも飲酒が習慣になってる人は大変かな。

でも、しなけりゃいいんだから、案外やりやすい?

言葉については、五戒の中には「偽り」だけ入ってますが、他にも気をつけないといけないことがあります。


「諸仏の教え」(前の記事)の中に「悪行為・悪(パーパ)」という言葉が出て来ますが、具体的に「十悪」と言われるものがあります。

殺生、盗み、邪な行為、偽り、無駄話、悪口(粗悪語)、二枚舌(仲違いさせるような言葉)貪欲(異常な欲)、瞋恚(異常な怒り)、邪見 

です。

で、時々、このブログ、「無駄話」になってはいないだろうかと思ったりするわけです。

無駄話が、なぜよくないかというと、人の貴重な時間を奪ってしまうことになるからです。役に立つ話ならいいんです。無駄になるのがよくない。自分の心の成長にも役に立ち、人の貴重な時間を無駄にしない役に立つ内容になってるか?

う~ん、このブログ、役に立ってるんだろうか?

無駄話にならないように、気をつけようと思います。
・・・これ、役に立った?^^; 


「沙門果経」という、”出家者(沙門)にはどんな果報(よいこと・利益)があるのか、(経済活動をしない)出家になんの意味があるのかという問いにお釈迦様が答えられた話(教え)”があるのですが、出家者でない俗世間の私たちにもとても参考になり、役に立つと思います。出家者ってすごい。

 

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理性的に生きる

2017年04月25日 | 自分を見つめる

同じ地球の家族なのに、仲よく助け合って生きればいいのになあ~

なんで、敵を作りたがるかなあ~

お前が悪いんだからお前がなんとかしろ、ワシの言うことを聞け、しか言わない。他に智恵はないのね?

どっちも。やってることは同じ。

自己中心にしか考えられないと、人にも、地球にも迷惑な存在になってしまう。

どっちも。

困ったことがあれば、助け合えばいいだけじゃん。

賢くないし、いい智恵がうかばない。それは分かってる。
(だって人間だもの…) 

智恵というのは、絶対的な慈しみ(=理性)。例外(←自己中)のない慈しみ。
(いかなるときも暴力など害することを正当化しない)

難しいことは、一緒に(互いの平和のために)知恵を出し合えばいいし、自分にできる(得意なこと)ことを分担し合えばいい。どっちもが自己中(自分を守るというエゴ)になるから、ケンカになる。

相手が困ること(圧力?挑発?どっちも同じ。脅し)をして、(理性的でない人が)反撃したくなる口実を与えて、、、なにやってんだろ。

どっちも。

これぞ、人間の本能。理性がなくなって本能で生きるとこうなってくる。

しゃあないな~^^;

 

人間やめて(乗り越えて)、平安に暮らしたいものです。

まあ、理性的に、自分の人生をしっかり生きるだけですな・・・

 

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自業自得が当たり前

2017年03月19日 | 自分を見つめる

自分の(身口意による)行為には必ず結果が自分に返ってきます。自業は自得です。すべては因果法則で成り立っている。

自分がやったことは自分が責任をとるしかない。

豊洲の問題にしても何にしても、自分が行った行為一つ一つに責任がある。土を採取した、調べた、話した、認めた、はんこを押した、押してもいいと許可したetc…、それぞれに責任がある。役人は役人としての、知事は知事としての責任もある。もちろん都民は都民としての責任はある(知事を選び、たとえ意に反しようが行為として彼に知事をまかせたという事実に対する責任はある)。

それぞれの責任の大きさは、それぞれの行為の大きさ・重さによって違うけどね。

だから、この問題の責任はそれぞれ関わった人みんながそれぞれの責任分を受け取ればいい。どの程度関わったかによって。(民主主義の国というなら特にね)

みんながそれぞれの責任をきちんと引き受けるしかない。(自分の責任をなかったことにしようとしたり、人になすくろうとしちゃいかんねえ。そうすることがまた、自業自得として返ってくる)

でも、もっと大事なことは、今現在の状況をありのままに調べて今できる精一杯の能力で、よりよく前に進むこと。過去の経験も一つのデータ。これからどうするか(今どうするか)、ですね。

どんな問題でもそうだよなあ・・・

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安らかな心で

2017年03月12日 | 自分を見つめる

寿命に逆らわないこと。

「生き延びる」ことだけにしがみつかないこと。

人は、安心して旅立つことが大切。

・・・よくやったなあ。これ以上できることはもうないなあ。

・・・これで安心だ。ああ、よかった。

・・・みんな、安心してね。

という慈しみ、安らかな心でこの世を終わること。

安らかな心でこの世を終われば、次も安らかな心で生まれるはず。

・・・さあ、次の世でもがんばろう。

安らかな心で終わるために、毎日をよりよく生きる。

しっかり生きる。

いつでも安らかな心であるように。

 

 

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どこかにいるあなたも幸せでありますように

2017年03月11日 | 自分を見つめる

いかなる生命であろうともことごとく、

動き回っているものでも、動き回らないものでも

長いものでも、大きなものでも、

中くらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも、

見たことがあるものもないものも

遠くに住むものでも、近くに住むものでも、

既に生まれているものも、(卵など、これから)生まれようとしているものも、

生きとし生けるものが幸せでありますように。
(慈経より)

 

死は日常の中にあります。いつでも、どこでも。

この世は有限です。

現実は、数字ではなく目の前にあります。

ありのままの現実(事実)を隠さず、目を背けず、曇りのない目でしっかり見つめることです。

人間は余計なこと(寿命を縮めるような危険なこと)をしないこと。

人間は万能ではありません。無知を自覚することです。助け合わなければ生きていけません。

寿命いっぱい無駄にせず、おだやかに充実して暮らせますように。

一人一人が自分の人生をしっかり生ききれますように。

 

常にいつでも、(人間界のこの世だけでなく)すべての生きとし生けるものに対して慈しみの心を育て、善行為(愛語、布施、供養等)の功徳を廻向していきたいと思います。

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お釈迦様の教え

2017年03月06日 | 自分を見つめる

1 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。ー車をひく(牛)の足跡に車輪がついていくように。

2 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。ー影がそのからだから離れないように。

3 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息(や)むことがない。 

4 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息(や)む。

5 実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

総理大臣はじめあらゆる国の政治家、学校の理事長校長、右翼左翼と言われる主義主張をもつ人たち、権力者でなくても金持ちも貧乏も関係なく、政治・宗教のあるなし関係なくワタシもあなたも個人個人、生きとし生けるものすべてにあてはまる真理です。

6 「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。ーこのことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。

争う人は、自分は永遠に死なない、死んでも永遠の魂があって、永遠に名を残し他に影響を与え続け・・・などと思っているのでしょう。しかし、永遠に変わらないものなど、何一つありません。裸で生まれ、死ぬときは何一つ持って行ける物もない。体も、心も、変化・生滅し続けているものなのです。怨んで争っても何の徳もない。心が汚れるだけ。人間に生まれかわってまた苦しみ続けるか、もっと次元の低いところに生まれてさらに苦しむか。

9 けがれた汚物を除いていないのに、黄褐色の法衣をまとおうと欲する人は、自制が無く真実もないのであるから、黄褐色の法衣にふさわしくない。

10 けがれた汚物を除いていて、戒律をまもることに専念している人は、自制と真実とをそなえているから、黄褐色の法衣をまとうのにふさわしい。

すべての指導者(為政者、教育者、親、大人)は黄褐色の法衣をまとうにふさわしいか謙虚に自分を振り返ってみよう。戒律をまもり自制と真実をそなえているだろうか。

11 まことでないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。

12 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人々は、正しい思いにしたがって、ついに真実(まこと)に達する。

13 屋根を粗雑に葺(ふ)いてある家には雨が洩れ入るように、心を修養してないならば、情欲が心に侵入する。

14 屋根をよく葺いてある家には雨の洩れ入ることが無いように、心をよく修養してあるならば、情欲の侵入することが無い。

人間は真理ではなく、(一時的な)主観、情欲、煩悩によって、バイアスのかかった曇った目で物事を見てしまいがちです。偏見のない広い視野と清らかな目をもちたいものです。常に戒をまもり自制し謙虚に学んでいきたいと思います。

15 悪いことをした人は、この世で憂え、来世でも憂え、ふたつのところで共に憂える。かれは、自分の行為が汚れているのを見て、憂え、悩む。

16 善いことをした人は、この世で喜び、来世でも喜び、ふたつのところで共に喜ぶ。かれは、自分の行為が浄(きよ)らかなのを見て、喜び、楽しむ。(「ブッダの真理のことば感興のことば」中村元訳 岩波書店より)

ちょっとでも悪いことをすれば、必ずそれに見合った結果があらわれる。悪行為とは、欲や怒りや無知無明などの煩悩によって自他を不幸にする行為。ひとつひとつの行為には必ず結果がついてくるので、細心の注意が必要です。

お釈迦様の言葉はじつに深いです。じっくりと、何度も読み返したいと思います。

 

・・・などと、最近のワイドショーの大騒ぎをみて自戒する今日この頃です。他者じゃなくて、自分がどうするか、自分をどうするかなんですよね。

生きとし生けるものが幸せでありますように・・・

 

よその国が心改めろなどという思いやりのない敵対的な考え方を、純粋な子どもに植えつけてしまったら(本能である煩悩を増幅させる教育?洗脳?をすれば)どうなるか、平和(理性)への道ではないことは確かじゃないかと思います^^;
「あなたたちは神の子、神の子はなんでもできる」・・・なら、善いことも悪いこともなんでもできてしまうのです。恐ろしいことです。 

ああ、人間って・・・。人間であることを自覚しなくちゃね^^; 

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お日様に感謝

2017年02月14日 | 自分を見つめる

天気のいい日には、ベランダに出て、

両手を広げて、

お日様の光を体いっぱいもらいます。(表も裏も…)

温か~い。気持ちい~い。

エネルギー~ チャージ

「お日様~、エネルギーいただきます、

  ありがと、ありがと~う

 

ついでに、

ゆるゆる、くねくね、体操して、

体をほぐします。

適当に好き勝手にストレッチもやって・・・。

アホの坂田や間寛平、ウサイン・ボルトにもなります。

 

そして、時々お花に水をやる。

 

お気に入りの場所です。

 

 

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