まるちゃんの めざせ!快適シンプルLife

本当の幸せを見つけて・・・
  第2の人生を歩き出した
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自己責任

2018年10月28日 | ちょっと思ったこと

「自己責任」という言葉が(特にネット上で)飛び交っているようです。

みんな自業自得を生きているのだから、もちろん自分の行為の結果は受け入れるしかない。けれど、世間で言われる「自己責任だー」という言葉には「慈悲喜捨の心」が見られないように感じるのはワタシだけ?

身代金が支払われるのはもったいない??
それは”誰の”お金?預金や財布のお金が減った?

払ってくれた国に日本が払わないといけなくなる??ホントに?
国民のお金(税金?)が使われることになるのは嫌だという意味?ケチや物惜しみは怒りの煩悩です。

無いモノは払えないし、人を殺すためのお金はよくないと思うけど、助けるためのお金はいいんじゃないかなあ。ほんとに助けになるなら。(邪な考えがなければね。あと、だますよりだまされる方がまだマシ。無知だけど)

そのお金が犯罪に使われる?ホントですか??お金はただのお金で、”犯罪用”って書いたお金がある?助けるためのお金を相手が犯罪に使ったなら、犯罪に使った人の責任であって、助けるために払った人や払ってもらった人の責任にはならないと思いますが。

人はみんな自己責任で、自業自得で生きています。それでも、アナタもワタシも助け合わなければ誰一人生きていけないのです。超人でも全知全能の神でもない不完全な人間同士ですから、足りないところは補い助け合うしかない。みんな迷惑かけあって生きてるのです。お互い様です。
まあ、他人の失敗を許せない不完全な人間だから非難している(不快に思ってしまう)のかもしれませんが。ワタシにはよく分かりません。それに、他人にあれこれ言えるような立派な人間じゃないしね。色々ご迷惑をおかけしています。申し訳ございません。

ちなみに、批判は(自分ではなく)相手のことを思ってのことなら必要だと思います。批判と言うより助言、アドバイス。本人に直接言ってあげましょう。言葉には気をつけて。

とにかく、「人の苦しみを憐れみ、人の喜びを喜べる」慈悲喜捨の心を育てていきたい、精進していきたいと思っています。(今回は助かってほんとによかったです。)


 生きとし生けるものが幸せでありますように
 生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
(怒り、恐怖、軽視、物惜しみ、高慢など)
 生きとし生けるものの願い事が叶えられますように
 生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように

 生きとし生けるものが幸せでありますように

  

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自ら判断する

2018年10月12日 | ちょっと思ったこと

何事も「鵜呑みにしてはいけません」「ちゃんと自分で確かめなさい」「確かめもせず簡単に信じてはいけません」とお釈迦様は言われます。

何でも「自分で判断すること」

判断能力を高めることが大切です。そのためには、煩悩(貪瞋痴の感情)に操られないようにすること。理性(智慧)を育てること。

『言葉の偉大なる力 幸せになる言葉の使い方とは?』(アルボムッレ・スマナサーラ著)を再読しました。気になったところを少し記録しておきます。(感想かな)

 

「ひとは自然と役に立つ言葉に拒絶反応を起こしてしまう」ようになっている。
(そうだなあ。そういうもんだなあ、と感じます、、、)

善い言葉、役に立つ言葉、理性的な言葉を「ケモノの心(獣脳、原始脳)」が排除して追い出してしまうのです(「良薬は口に苦し」かな)獣の脳は貪瞋痴の「感情」を司る。そして理性の脳である大脳を支配コントロールしようとします。

ひとは「感情」を大事にします。つまり「貪瞋痴」が好きなんです。「貪瞋痴」を応援する言葉は心地よく聞こえ、「貪瞋痴」を否定する言葉に対しては自然に拒否反応が起きるようになっているんです。(甘い誘惑、詐欺、ナショナリズムなど排他的になってしまうのも貪瞋痴)

だから、獣の脳に支配されないように理性、大脳を開発しなければいけない。


「洗脳」は信じ込ませてしまう。判断能力が壊れて自分で判断ができなくなる。言いなりだけど自覚できない。

マインドコントロール」は心が外の何かによってコントロールされること。コマーシャルなどもそう。自分で判断するけど、悪人にうまく誘導されて間違った判断をしてしまうことが多い。

 洗脳もマインドコントロールも「貪瞋痴」に訴えます。人の「恐れ(怒り)」や「欲」「無知」を利用するのです。

洗脳は判断能力を壊すので大罪ですが、マインドコントロールは役に立つこともあります。しつけでごほうびを与える場合などがそうです。罰を与えたり、物で釣ることもあるでしょうが、それより「嘘をつくのは頭が悪い証拠です」などと言えば「善いマインドコントロール」になるでしょう。

学校は判断能力(理性)を育てるところです。データの取り方を学び、自分で判断できる。そのためには、わけの分からない(誰かの利益のための)”道徳”や”校則(ルール)”を押し付けるのではなく、知識を増やしデータを元に自由に話し合い、自分たちで判断する時間(ゆとり)や環境を大人は整えてあげなくてはいけないと思います。

相手の「貪瞋痴」を利用して、大人の都合を押し付け(←悪いマインドコントロール)はいけないと思います。子供たちの判断能力(理性)を育てなければいけない。色々な場面で判断する機会を与えなければ育ちません。学校が洗脳の機関にならないように、まずは教師や親、大人たち自身が洗脳されない判断能力(理性)を育てることが大事だろうと思います。 理性を育てる善いマインドコントロールは必要でしょう。


ちなみに、「慈悲喜捨の心」は(貪瞋痴の)感情ではなく、努力して理性的に育てる心です。

 

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痛み(苦痛)とは

2018年09月29日 | 健康

いろいろ本を読んだり経験して、納得したこと。

人間には、2種類の痛み(苦痛)があります。
(心の痛みと身体の痛みとふたつありますが、ここでは一応身体の痛みについて)

「一次的苦痛」と「二次的苦痛」です。(「からだの痛みを和らげるマインドフルネス」より)

「一次的苦痛(痛み)」は、身体や神経系の病気やけが、損傷があった場合、「けがしてるよ、ちゃんと対処してくださいよ」というシグナル、アラームとしての痛み。有り難いね。対処してあげよう。

「二次的苦痛」は、けがや病気や損傷が治っている(もう大丈夫)にも関わらず、脳の痛み感受調節機能が誤作動して起こる痛み。つまり、過剰防衛で、アラームが鳴りっぱなしになっている、間違って痛みのボリュームを大きくしてしまっている状態。過敏になりすぎてるわけです。

ちゃんとお医者さんに処方してもらうとか、治癒(壊れた細胞も6ヶ月あれば再生するらしい)してれば、「痛み」はもう必要ないのです。「わかった、わかった。もう大丈夫だからね」と「痛み」に言ってあげればいい。
(ウイルスが神経を攻撃するとか細胞が壊れ続けるような病気の場合は、一次的苦痛(痛み)が続く場合があると思いますが、それでも自分の病気を「納得」して落ち着けば、痛みが「大きな苦しみ」に変わることはあまりなくなるのではと思われます。疲れるかも知れないけど忍耐できる。)

脳が誤作動する原因には、脳が物理的に壊れるとか、生活習慣とか思考の癖とか、いろいろあると思われますが、脳には可塑性があるので、たとえ部分的に壊れても、生きてる限りよくなる可能性はあります。

「痛み」はただの感覚です。「痛み」があるからといって死ぬわけではありません。「痛み=死」ではないのです。だから落ち着くことです。(たとえ痛みが無くても、出血し続けたり、心臓が動かなくなったりしたら死にます。気をつけましょう。あと、誰でも寿命が尽きたら死にますよ。)

「必要のない痛みの感覚」は、ただ冷静に、いたわりの心、やさしい慈悲の心でもって「観察」して「ありがとう、もう大丈夫だよ。バイバイ」って言ってやればいいんです。身体も、心も、「痛み」も、いたわってあげればいいんです。

そうワタシは理解してます。だから、痛みがあっても大丈夫!。

必要のない痛みは自然の流れに任せて、手放しましょう。落ち着きましょう。
深呼吸して、(観察)瞑想してみましょう。

ギュっと握ってる手の力をゆるめてやればいいんです。 

 

お釈迦様も、「怒りが苦しみです。無知、感覚感受、執着によって苦が生まれます。」と言われてます。

 

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「エイトマイインドフル・ステップス ブッダが教えた幸せの実践」バンテ・H・グナラタナ著 出村佳子訳

2018年09月28日 | 読書

気がつけば、いつのまにか9月が終わろうとしています。久しぶりにup。

スマナサーラ長老の本はほぼほぼ読んでますが、他にもすばらしい長老はいらっしゃいます。お釈迦様の教え(法)をわかりやすくかみ砕いて説明してくださっている(法話というのかな)グナラタナ長老のこの本も、ほんとによい本だと思います。

【ブッダの説かれた生きる道、八正道を現代社会で実践するためのガイドブック。幸せを願う、すべての人へ。「マインドフルネス」「マインドフルネスを越えて」に続くグナラタナ長老の邦訳シリーズ第三弾】

これは、読んでくださいとしか言いようがない。読み直しては、そうだよなあと納得し、実践しようと元気を出す。ほんと、学ぶべきは「八正道」です。

宝のような言葉がいっぱいで、どこを読んでも勉強になります。とにかくわかりやすいんです。二段組みで分厚い本だけど、中身は易しい言葉と表現でものすごくわかりやすく読みやすい。真理はシンプルで深い。

(ステップ1 正しい見方(正見)
  「四つの聖なる真理」〔四聖諦〕を理解する
     第一の真理 苦 より)

”苦しみ、不満、ストレス、恐怖、緊張、不安、悩み、落ち込み、失望、怒り、嫉妬、絶望、神経質、痛みなど・・・・

人間はだれでも、いつの時代にも、どこにいても「苦」に支配されているのです。

問題が起こると、苦しみが生まれます。これは避けられません。このことを理解し、他のものを非難することなく、苦しみをあるがままに受け入れることが、一番目の「苦の真理」なのです。

ブッダは
「幸せに向かって道を歩み始めるには、苦しみにたいして怒ったり、落ち込んだり、悲観的にならずに、感情を安定させ、心を落ち着け、まっすぐに苦しみを観察するようにとおっしゃいました。

苦しみを真正面から観察することが大切です。覚りを開いていない人はだれでも、人生で経験することはすべて、いくらか苦しみをもたらすのです。”

ほんの一部でさわりだけですが、たったこれだけのことですが、納得しかない。深い深い納得です!!。
生きることは「苦」、この世は「苦」である。つまり「苦」は”当たり前”のことである。だから「苦」に対して怒ったり、落ち込んだり、悲観的にならないこと。そんなの馬鹿馬鹿しいことだもんね。冷静に「観察」すること。これは、(心身の)痛みの感覚についても当てはまります。痛みが必要以上に強いとか、長引くとかの場合は、「冷静に観察する」ことです。観察すれば「気づき」ます。「ああ、そうか」「なんだそうなのか」「大丈夫なんだ」という智慧があらわれる。心も身体(の痛み)それで落ち着くと思います。

心身の病気以外にも、生きていれば色々な問題は起こります。どんな問題も、あるがままを冷静に観察すること、他を非難したり、とにかく、怒ったり、落ち込んだりしないことです。そうすれば、気楽に問題に対処できると思います。

非常にシンプルで深い。すごい真理です。

 

グナラタナ長老の本、おすすめします。(お釈迦様の教えは個人的な問題をすべて解決する。自分の学び、観察の精進、気づき次第だけど。ちなみにマインドフルネスとは気づきという意味)

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「あなた」「わたし」

2018年09月11日 | 自分を見つめる

あなたによくなってもらいたい

あなたも穏やかに明るく生きてほしい

あなたの悩みや苦しみがなくなるといい

 

・・・と思うのも、エゴが混じってたりする


「あなた」も「わたし」も無い

「ワタシ」の「思い」は必要ない

 

習慣を変えるのは難しい

 

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