それぞれにそれなりの理由

2023-08-01 | Weblog
とあるいやらしい受付兼待合室でね

私は待っていたんですよ、呼ばれるのを。


そしたらコトが済んだおじさんが出てきまして、支払いをするときにAという方法で支払いたいと言ったんです

「すみません、できかねます」的な回答をされたみたいで

世間知らずな私からすると初聞きの時点で「やってあげてもいいような…」というAではありました。


おじさんもそう思ったのか粘ったんですね

なんとかならないかと。

でもやっぱり答えは「NO」で。


何往復かやりとりがあったあと、結局おじさんはキレて声を荒げ、大袈裟に言うと"恫喝おじさん"になりました。



そしたらなんと

Aという方法で支払うことが可能になったんです。



あらあら



これはよくないですね〜


両者の気持ちは痛いほど分かりますが、これは社会的によくありません。


キレたもん勝ち社会にしてはダメということ。


しかしお客様であるおじさんも「いや、できるでしょう」ということを合理的な理由も代替案も示されず「無理っすね」と言われ続けたら限界突破するでしょうし

Aは無理と自分で決めたわけではなく「Aは無理と言え」と言われてる矢面に立ってる人が怒鳴られたら「なんとかします」となるのも仕方がないことであります。


どちらかというと「可能ですけど、キレてるのでやりません」という社会を目指した方がいいわけで、本件においては初手の段階でAを認めてれば簡単だったわけで。
もちろんどんなにキレられても「NO」を貫くのも全然アリです。


しかしそうもいかないのが現在社会。それぞれに様々なイヤな力がのしかかっていて、きっとこーゆーののかなり良くないパターンが昨今の中古車会社&保険会社の問題な気もします。

あれってなかなか示唆に富んだ問題になりそうで、当事者様たちは滅亡系でしょうからかなら大変でしょうが、周りからすると良い教材です。

会社ぐるみでないというなら悪さをした人を訴えるのが普通というジレンマもなかなかで。

まぁ、会社ぐるみだとして

悪さレベルが 中古車会社<保険会社 になっていく過程も興味深いところであり、同業種はもちろん例えば医療界にも同じようなことあるでしょうし、というかあるある構造な感じなので、恐れ慄いてる界隈も各所あるんじゃないかと。

誰がどのように落とし所を定めるのかが見ものでありまして

「今回はここにしといたから君たち、今うちに何とかしといてね」というのが理性的な気もします。
人の欲はなかなか理性には負けないのですが…


問題になる前に対処できるかが質の高い集団、社会、国かどうかの一指標だと思いますが、それには「問題になる前に対処したんだな」と理解できる者の存在がいた方がいいっていうのが、対処に踏み切ることをより困難にするんですよね。


これからもますます(私にとって)良き世になりますように。

おっぱい


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