僕らはみんな生きているのか。

2018-06-08 | Weblog


すさまじい


すさまじき


この前さ、シンタロックの弾き語り行った帰りにさ、彼が言うんだよ「ライブの日はいつも雨だなぁ〜」って。





衝撃でしたね。





だって僕はもうここ数年ずーっと"自分のライブの日は雨降らない"でやってきてますから。


あ、私とシンタロックは同じバンドです。


たしかに、たしかに5/13は地球で唯一私だけが雨の影響を受けなかったと思いますが


「いつも」ですから



久しぶりにやった前回の弾き語りのとき雨だったならそのイメージも分かりますが

しかしなんとその日も私は行ってますからね。

降ってなかったか、私は降られなかったか。



分かりますか?


世界は一つではないということ


人の数だけ世界があるということ。




あれです"強い思い"とかって下手すりゃ弱いんです。


弱いというか危ない。


"強く思ってるからいい" "強く思ってるのにおかしい"になりかねないですから弱い人は。


"当たり前"のほうが強い。

というか、当たり前と思っといたほうが強い可能性が高い場合がある と言いますか。
(世の中のことはだいたいこの言い回しになりますが、断言したほうがスカッとするし、そう言わないとごちゃごちゃうるさいからしかたなく断言しちゃうときってあるよね答弁する人)


強い思いの一番やっかいなところは発信しちゃうとこ

当たり前だと思ってたら発信しないすもんね。

粛々と こうしたほうがいい をやってくだけですもん。



強い思いを発信していい人もいますもちろん。

そしてもちろんダメな人もいて、強いけど不器用、強い思いぶってる、大して勉強してない、綺麗事を言ってモテたい人はうまく発信できないから(もちろん本人はできてるつもり)、それはその人の不幸に繋がりがち。

期待するバックがなく、それを周りのせいにしてたら不幸になりますもんね。
(何度か言ってるつもりですが、不幸な人が出ると私にとって何が不都合かというと、不幸な人は大抵納税額が少なくなりますから、ちゃんとしてくださいということです。すべては国力のために。国際的発言力のために。)




で、なんだというと、私がライブの日に雨が降らないのは強い思いでそうなっているんではなく当たり前だと思っているからです。



当たり前にはそれくらいの威力がありまして
(だって天気だぜ?)


そしてさらに効能があって、というか一番のキモはこれだが、いつぞやのライブの日に雨が降ってたとしてもそれを忘れている、無かったことにできるということ。



すさまじいのです。



当たり前と思い始めてから数年間
全ライブ 傘いらずってことはないだろう?


どうかな


どっちでもいいんです。


降ってないんだから。


はい。



逆に周りからするとヤベーことを強い思いでやる人と当たり前にやる人がいたら後者の方が遠いんですよね。


逃げる 隠す 犯罪者は それを悪いって分かってますが、逃げも隠れもしつない(犯罪だって気付いてない)のが遠いってこと。




あー


言いたい


あのパターンと同じって言いたい


でもダメ、絶対



おっぱい




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