さよなら三角 また来て四角...日本編☆第二章☆

オーストラリアから10年ぶりに帰国。特別支援教育に携わりながら
市民農園・家庭菜園に励んでいます。

ひと山、越えた。

2016年04月25日 21時25分14秒 | Web log
最近、少しづつだけれど なんとなく生徒たちが心を開いてきてくれていると
感じます。

2ヶ月でようやく。


表情が少しづつ変わってきたなぁと思います。

あと「先生!先生!」と気軽に話しかけてくれる回数が増えました。

距離感がぐっと近づいた感じがします。

そしてわたしも、個々のレベルが把握できつつあるので、この子はひとりでも
できるとか、この子にはこれだけのヘルプが必要とか、色々わかってきて、
力の分散加減もようやくわかってきました。

やっと、ひと山超えた感じがします。

はぁ。

課題はたくさんあって、まだまだ、これからですけどね。


どうなることやらと思っていた母の日のプレゼントも、どうにか
ゴールデンウィーク前までには完成しそうです。

ホッとしました。

「おかあさん、ありがとう」を伝えるプロジェクト

2016年04月23日 09時42分17秒 | Web log
ゴールデンウィークに入る前に、母の日に関連付けて何かしたいと
思っていたので、お母さんにありがとうの気持ちを伝えるクラスを始めました。

予定は3回。

幼稚園のクラスは 50音の導入にあわせて「 おかあさん、ありがとう 」
が書ける様になること。そして可愛いイラストに色を塗って母の日にプレゼント
するカードをつくる。

1、2年生のクラスは、おかあさんを表現する形容詞をどれだけ考えられるか?
書き出して、それを元に詩をつくってプレゼントする。

3、4年生と5、6年生のクラスは、おかあさんへの手紙を書いてみるという
ことでスタートしました。


まず、幼稚園のクラス。

いつも通り、絵本の読み聞かせと手遊びをやってから 本題へ進んでいきますが
幼稚園のクラスは、みんなおうちで練習していることと、文字を書くことに
興味もあるステージにいるようで、なぞり書きからスタートして、みんなパッパっと
書き終わる。

全く問題なし。

1、2年生のクラスは、プリントを渡してどれくらいお母さんに関する形容詞を
書き出せるか?をやってみた。

「やさしい」からはじまって「きれい」とか「おもしろい」とか「こわい」とか
やわらかい」などの形容詞があがってくる。

ちょっとした変化球で「くさい」とか。
お化粧くさいとか香水くさいとかそういうことなんだと思いますけど。

それから「うるさい」「面倒くさい」とか、「しつこい」とか...
わたしも子どもたちにしつこいとか、うるさいとか言われるので
そういったものも想定内ですね。

子供は正直ですから、いいことも悪いことも何でも思ったことを
素直に表現してくれるので非常に興味深いです。

そして、言ったことが全てでもない。

心の襞は深くて、やはり他人には分かり得ない領域も多いだろうし
言葉で言い尽くせない部分も多いとも思う。

個人的にいいなぁ....と思ったのは「パパのことが大好き」と
いう表現。

プリントに書いてもらった形容詞をホワイトボードに書き出して、ひとりひとりに
発表してもらっていたら、ひとりの生徒が「これからおかあさんについて
発表しまーす」と言い出して、独壇場と化す。

わたしが最初からさせなければよかったのでしょうけれど。

そして、おかあさんのことを言い出すにつれてだんだん興奮しだして....

意外な側面を発見。いやぁ、想定外の子供の反応が面白いですね。


そしてみんなが書いてくれたものをわたしなりにまとめて

ちょっと装飾して、おかあさんという詩をつくってみました。

なかなかいいものができたかなぁと思います。


3年生以上になると、これまたなかなか一筋縄ではいきません。

「おかあさんに感謝していることを書いてみましょう」といって、
具体的に表現できる子は数人。

「おかあさん、ありがとう.....」で、終わってそれ以上なかなかかけない子が多く、
まぁ、手紙というのは本来プライベートなものですから、私が見ることになる
「手紙」なんて、「手紙」ではないわけだろうし....

色んな意味で難しい課題だったかな?と思って、1/2年生で使ったプリントをつかって
形容詞を書き出させ、いっしょに詩をつくるチームをつくって作業する
グループを設けました。どんな形容詞がでてくるのでしょう?

1/2年生はわたしが詩をつくって、プリントアウトしたものを貼らせるだけ
にしましたが、3/4年生の詩をつくるチームは、わたしが作ったものを「自分で写して書く」
くらいまで発展させたいと思っていますが、どうなることやら。

5/6年生は....難しいお年頃。

問題なくかける子、書けるけど書きたくない子、書きたいけど日本語が
得意でない子などなど、いろんなパターンがあります。

プライベートな問題もあるでしょうから、無理強いせず、それぞれに対応していく。

そしてとりあえず出来た子が暇をもて遊ばさないようにと習字のステーションを
設けたり。

Youtube でみせたい母の日にまつわる感動の動画クリップもあったんですけど..

右往左往しているうちに時間が過ぎてしまいました。

まだまだ修行が足りませんね。

これで、いいのだ

2016年04月20日 20時06分06秒 | Web log
前も書いたと思います。ふと思い出しました。

「 これで、いいのだ。 」

わしは バカボンのパパなのだ

この世は むずかしいのだ

わしの思うようにはならないのだ

でも わしは大丈夫なのだ

わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ

これでいいのだと言っているから 大丈夫なのだ

あなたも あなたで それでいいのだ

それでいいのだ

それでいいのだ

わしはリタイヤしたのだ

全ての心配から リタイヤしたのだ

だからわしは 疲れないのだ

どうだ これでいいのだ

これでいいのだ

やっぱりこれでいいのだ



これじゃだめだ、なんとかしなくっちゃって焦って、

空回りして、気がついた。

否定から始まってはいけない。

否定からはじまったら、終わりがない。

自分も相手も否定してしまったら、お互いに苦しくなるだけなんだ。

そして、どこまでいっても「これじゃ、だめだ!」しかなくなってしまう。

上をみたらきりがない。

今、目の前にあるものを肯定しないと。

だから「これで、いいのだ」

わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ。


これでいいのだ。

相手によく思われようとか、不安とか恐怖を原動力にして、
何かをしたって楽しくないのだ。

そういうのはどうでもいいことなんだ。

自分がじぶんらしく生きれば、自分らしく仕事をすれば

それでいいんだ。

そう思ったら、気持ちが前向きになりました。

忙しいのはよくないね

2016年04月19日 11時04分24秒 | Web log
働き始めてもうすぐで二ヶ月になろうとしています。

新しい仕事に慣れることと、ジョナサンのラグビーの送迎と、
授業の準備と、母親として主婦としてやることと
色々ありすぎて、脳みそフル回転。

ま、それはそれで刺激的ではあるのですが

色々対応することがありすぎて、脳が興奮状態にあるのかと
思います。

そしてよくしゃべる、しゃべる。

何で?っていうくらい、あちこち人をつかまえて
しゃべってしまう。

そして、寝ても早く目覚めてしまったりとか...

よくなーい。

これは本当によくない。

脳のリミッターが外れて、暴走しているような感じ。

落ち着け、落ち着けと自分にいいきかせつつ。

脳みそが空回り。

こりゃいけませんね。

悪循環に陥っております。


いろんなタイプの人がいるかと思いますが

色んな問題とか課題を次から次へと拾って、

あれもしなくちゃ、これもしなくちゃって

自分を追い込んでしまうタイプは、私です。


そうやって問題を解決して進んでいくことに

達成感を感じるからかと思います。


でも、そうやっていると

足元が見えなくなるし

自分の限界とかにも疎くなるし、

いい側面(できている部分とか、時間が緩やかに解決してくれる部分とか
秘めた可能性とか...)を見失いがちになってしまいますね。

このままじゃ、だめ...って目標を高く掲げるのはいいけれど

それで、今 目の前にある肯定すべき部分とか、いいところとか

見えなくなったら....危険ですね。


自分にとっての黄色信号ですね!


赤信号になるまえに、立ち止まってゆっくりと辺りを見渡せる余裕を

自分でつくっていかないといけないのかと思います。

ニンニノ ニン

2016年04月17日 19時15分23秒 | Web log
母の日が5月にあるので、学校の幼稚課の生徒に「おかあさん」のおうたを
教えてあげようと思って、家で大声出しながら歌の練習をしておりました。

ベンジャミンはとても優しくて繊細な子で
赤ちゃん大好き、子供向けのうたが大好きです。

保育園の先生とかになったらいいのかもしれませんね。

で、わたしが一生懸命歌っているのを聞きつけて、
一緒に歌いだしました。

おかあさん なぁに 
おかあさんって いいにおい

洗濯していた においでしょ
シャボンの泡の においでしょ

の歌です。

ベンジャミンは、オーストラリアで生まれ育ったので、いくつかの
日本語は分かるものの、第一言語は英語です。

で、日本語も「音」としてしか聞こえていないのだと思います。

わたしが「おかあさんって いいにおい」と歌ったら
急に笑い出して、口にしたのは

おかあさんって ニンニノ ニン..

ニンニノ ニンって.......

でも、ベンジャミンにはそう聞こえるのでしょうね。

ニンニノ ニンじゃなくて「 い い に お い 」だよ!と
言っても、どうも ニンニノ ニン で笑いのツボにはまってしまったようで。

以降、「ニンニノ ニン」で歌い続けております。

本当に面白いですね。







ブログ 新タイトル 決定!

2016年04月08日 23時00分45秒 | Web log
南十字星の下で☆看護師編☆のタイトルをずっと掲げてきましたが、もう、南十字星は見えないところに舞い戻ってきましたし、看護師の資格も宙ぶらりんだし....タイトルもそろそろ変えないとということで。

「さよなら三角 またきて四角」 に変えることにしました。

日本にさよならしたはずだったのが、オーストラリアにさよならして、また帰ってきましたということで(笑)

むかし こんな 言葉の連想遊びがありましたよね。

さよなら三角 またきて四角

とうふは白い、白いはうさぎ、
うさぎははねる、はねるは蛙、
蛙は青い、青いは柳、
柳はゆれる、ゆれるは幽霊、
幽霊は消える、消えるは電気、
電気はひかる、ひかるは親父のはげあたま!!!

ということで。

特にだから何??なんですけれど、昔は喜んで口にしていたような気がします。

「さよなら三角 またきて四角」で始まって、光るは親父のはげ頭に辿りつく
この言葉遊びのように、わたしの人生、先がまったく読めない....

「人生は小説よりも奇なり」ってよく言ったものですね。

ま、最後に笑って終われるようであればね、それでいいかな?と思います。

ということで、ただいま新人教師の洗礼をばっちりと浴びているところでございます。

試行錯誤で右往左往しながら、じたばたして、混沌のなかであっぷあっぷしながら
自分なりの何かを見出そうとしているところです。

たぶんこの過程が、一番しんどいんだけれど、一番楽しいのかもしれませんね。

それにしても自分が先生になるなんて、夢にも思っていませんでした。

テストをします

2016年04月05日 17時26分15秒 | Web log
「春のうた」をみんなで音読したあとに、ひとりひとりに読んで
もらいたかったので、「立ってみんなの前で読んでもらいます」と
言ったら、恥ずかしがって読んでくれない。

「ぜんぜん、無理無理!」といって譲らない。

「そんなもんかぁ」と思っていたら、ひとり読んでくれた。

ケルルン クックのところをユニークに読んでくれる人いないかなぁと
言っても、ぜんぜん食いついてくれません。

わたしが高いピッチで、巻き舌つかって「ケルルン クック」と言って
「自分の思い通りに かえるになった気持ちで 読んでみて!」と言っても
ダメでした。

演技の授業でもないし、無理でしょうかね?

恥ずかしくなるお年頃かな?

でも、読みの評価をつけたかったので 

「 成績をつけなくちゃいけないので、読んでもらわないといけません。 」

と言ったら

態度がガラッと変わりました。

テストとか、成績とか、とても気にしているんだなぁと思って
興味深かったです。

でも、テストとか成績に関係なく「好奇心に突き動かされて」
学んでいければ、学ぶ喜びも、また知識の吸収力も
変わってくるのになぁとふと思いました。


好奇心ってどうすれば育っていくのでしょうね??? 


イヌノフグリを探してみた

2016年04月03日 19時25分01秒 | Web log
どうしても本物のイヌノフグリを生徒に見せてあげたくて、
生態をググッてみました。

で、どうやら外来種であるオオイヌノフグリが幅を利かせていて
イヌノフグリはだんだん見つけにくくなっているらしいということが
わかりました。

そういえば、草野心平さんは福島のいわき出身だったそうで。

作品から素朴な田舎の春の風景が思い出されるのは、わたしの春の
原風景が草野さんのそれと似ているからでしょうか?

作品を読んだだけで、春の匂い、冬を終えて、硬くなった田んぼや畑が
耕されはじめたときの土のようす、暖かくて柔らかな春の日差しが
頭の中にイメージとして喚起されます。

田舎に育ったわたしだからこそでしょうか?
都会に育った人はどんなイメージを持つのでしょうか?

ある情報によると「川の土手とかにいくと簡単に見られる」という話だったので、
もしかしたら家のまわりにも実はあるんじゃないか?と思って、外に出てみたら

家の前に似たような花が.... もしかしたら外来種のオオイヌノフグリ
かもしれませんけど。

イヌノフグリとオオイヌノフグリの見分け方があるようなので、
拡大鏡片手に調べてみようかと思います。

今日はベンジャミンの誕生日のお祝いも兼ねて、水族館に行ったりして、
時間がなかったので、明日にでも。

もしイヌノフグリだったら、学校に持っていって子供たちに
見せてあげたいなと思います。

ケルルン、クック..... 草野心平 春のうた

2016年04月02日 23時49分41秒 | Web log
小学生の3/4年生のクラスで草野心平の「春のうた」
を授業でとりあげました。

この詩はわたしが小学生のときに教科書に掲載されていて、
わたしも習いましたね。

春のうた        草野 心平
  かえるは冬のあいだは土の中にいて春になると地上に出てきます。
  そのはじめての日のうた。

ほっ まぶしいな。
ほっ うれしいな。

みずは つるつる。
かぜは そよそよ。
ケルルン クック。
ああいいにおいだ。
ケルルン クック。

ほっ いぬのふぐりがさいている。
ほっ おおきなくもがうごいてくる。

ケルルン クック。
ケルルン クック。

小さい頃は生き物が苦手だったわたし。かえるなんてもってのほか。

よって春のうたも特別感動しなかったのだけれど、ケルルン クックと
イヌノフグリだけはしっかりと覚えておりました。

今改めて読むと、春の喜びが素朴に歌われていて、なんか、田舎の春の
風景がおもいだされる詩だなぁと思います。

冬眠から目覚めたかえるがうたった歌。

ほっ まぶしいな
ほっ うれしいな 

で、何故 ほっ じゃなきゃならないのか?

どうしてかえるは「ほっ」としたのか?

冬眠して冬を越すのは命がけなのだと知る。
一つ間違えると餓死して死んでまう。

春のうた の6ヶ月前に「秋の夜の会話」という作品を書いたそうで
その作品を読むと、なぜ「ほっ」だったのか、がわかる。

秋の夜の会話

さむいね。

ああさむいね。

虫がないてるね。

ああ虫がないてるね。

もうすぐ土の中だね。

土の中はいやだね。

痩せたね。

君もずゐぶん痩せたね。

どこがこんなに切ないんだらうね。

腹だらうかね。

腹とったら死ぬだらうね。

死にたかあないね。

さむいね。

ああ虫がないてるね。

この詩を読むと「かえる」は死の恐怖に怯えながら冬眠を迎えたんだろうと
作者が想像していたということがわかる。

詩人の想像力にただ脱帽。

みんなはこの想像力のすごさをどれだけ感じ取ることができたかな?
わたしはどれだけそのすごさを伝えることができたかな?

女の子たちはとくに「イヌノフグリ」でかなり盛り上っておりました。
もう笑いすぎよ..

そして「どうしてイヌノフグリという名前がついたのか」ということを
説明して、写真もみせたら納得しておりました。

イヌノフグリはオオイヌノフグリという外来種に押されて、なかなか
みつけることができにくくなっているらしいです。

そして、実際のイヌの「フグリ」も去勢手術が常識になっている今、
果たしてどうなっているのでしょう。もちろん小さくなっているんでしょうね?

時代の移り変わりを感じた私なのでした。

署名

<script src="http://www.shomei.tv/project/blog_parts.php?pid=1655&amp;encoding=euc"></script>