先月出版されたばかりの村上龍の新作「オールド・テロリスト」(文芸春秋)は後期高齢者たちがテロも辞さず、日本を変えようと立ち上がるというストーリー。テレビ局に放火する場面も出てくるが、小説を彷彿させる事件が現実に起きてしまった。
「年寄りは早く死ねというのか」――新幹線放火事件で焼身自殺した東京都杉並区の林崎春生容疑者(71)は犯行前、親族にそんな愚痴を漏らしていたという。
「林崎容疑者の遺品から、借金返済の明細が200枚ほど出てきたそうです。月12万円の年金暮らしの上に借金。生活苦から自暴自棄になったとみて、間違いないでしょう」(捜査事情通)
厚労省が先ごろ実施した国民生活基礎調査では62.4%の世帯が「生活が苦しい」と回答、過去最多を記録した。1世帯当たりの平均所得は前年比1.5%減の528万9000円と、過去10年で最低だ。
「本来、弱者に手を差し伸べるのが政治の仕事ですが、安倍政権はまるで逆です。勝ち組、大企業ばかり優遇し、残業代ゼロ法案しかり正社員ゼロ法案しかり、弱者を切り捨てている。沖縄県の翁長雄志知事ではありませんが、弱者を“ないがしろ”にしていると、社会全体に不満が充満し、モラルが荒廃していく。結果、自暴自棄になって凶悪犯罪に走る人間が増える。日本という国が壊れていきます」(政治評論家・山口朝雄氏)
新幹線放火事件が起きた翌日には、岐阜県内を走行中の特急電車内でナイフを持ち出した無職男(63)が取り押さえられている。この先、単なる模倣犯や愉快犯では済まされない、怒れる老人の“自爆テロ”が続発してもおかしくない。 (日刊ゲンダイ)
一番大切な政府の仕事は富の再分配だ。野放図に放置しておけば、資本主義は富が一部の人に集中して格差社会を招く。中国のような国家が市場を管理する国家資本主義でさえ富の再分配はうまくいかない。
「グローバル化」により、先進国の非熟練同労働者層は、途上国の非熟練低賃金労働者と競争することになり、先進国の低所得者層の賃金が抑えられる。技術進歩が進み、非熟練労働に対する需要が低下し、非熟練労働者の賃金が上がらず、不平等化が進む。IT革命によりホワイトカラーの仕事も代替されるようになり、中間層が消滅する。
米国だけでなくほかの多くの国でも、戦前はトップ1%が所得の20%を占める不平等国家だった。大恐慌、2度の世界大戦を通じて、手厚い社会保障政策で資本の再分配が行われ、不平等が是正された。資本主義は高福祉国家に移行するかに見えたが、1980年代後半くらいから米英で不平等化が再び進み、戦前と同レベルまで戻った。大量のデータを集め、トップ1%に富の集中が進んでいることを示したのがピケティの功績だ。トップ層への富の集中は、経済的だけでなく政治的にも大きなインパクトを持つ。
このまま進むと不平等がさらに拡大し、民主主義も危うくなってくる。それを防ぐためには資本の論理に対抗する政策が必要だというのがピケティの主張だが、提唱したのは平凡な累進資産税である。権力者が篤志家にならない限り、こんな手ぬるい政策で富の再分配が進展するはずもない。
日本も米国も、社会保障が貧困なのだが、「自分の国は大きな政府であり、社会保障に金をかけすぎている」と信じる国民が多い。
オバマに敗れた共和党ロムニー候補が「47%の国民が自助努力をせず、社会保障に寄生して生きている」と支持者の集まりでした演説が物議を醸したことがあった。「47%の国民は怠け者」と信じるほど、米保守派の「大きな政府・社会保障嫌い」は根深い。
日本は先進国の中で突出して貧困率が高く、富の再分配が機能していない国である。しかし、「一部に富の集中や貧困が発生しても、トリクルダウン効果で全員の生活水準が向上する」という市場メカニズムを信じる人も少ない。
米国のピューリサーチセンターによると、主要先進国のうち、市場メカニズムを支持している人の割合がもっとも高かったのはドイツで73%、2位は米国で70%、3位は英国で65%だった。三国とも徹底した競争主義の国であり、これらの国々が上位に入るのはごく自然な結果である。一方、日本で市場メカニズムを支持する人は47%となっており、否定する人の方が上回っている。
貧困率に関する比較調査によれば、日本の相対的貧困率は15%と、OECD加盟国では最低水準となっている。市場メカニズムに肯定的な英国の貧困率は8.3%、ドイツは11%である。国家による富の強制分配が激しいフランスにおける貧困率はわずか7%である。日本の貧困率は弱肉強食の米国とほぼ同水準なのだ。
日本と同レベルで市場メカニズムを信じない国の多くが、ギリシャ、スペイン、アルゼンチンといった経済的に破たんした国であるというのも面白い。今のギリシャの悲劇は、成長力の高いユーロ圏にいるにもかかわらず、富の分配が無償で受けられないことである。政治的に統一されていない国々が同一通貨を持つという弊害が誰の目にも明らかになってきた。同一通貨により大儲けしたドイツの富は国内にしか再分配されないし、トリクルダウン効果はギリシャにまで波及しないのである。
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