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青鬼と歩こうよ

ひろすけ童話「泣いた赤鬼」の青鬼です。青鬼と歩きませんか?
生きる元気を、さしあげたいのです。

桜木姫悲話

2009年06月23日 00時00分00秒 | 街道歩き(会津西街道)

            ●桜木姫が飲んだという薬水がある。
            持ち帰り沸かしてお茶にして飲む。
            美味なり 

 以仁王と桜木姫悲話
1180年、後白河天皇の第二王子、
高倉宮以仁王(たかくらのみやもちひとおう)は、
源頼政と共に平家追討のために挙兵するが、
史実では、宇治川の戦いで敗れ戦死したことになっている。
 だが、大内界隈には、
以仁王は戦禍を逃れて密かに脱出し、
大内宿にしばし滞在した後、再び越後国を目指して旅立って行った
という伝説が残る。
 大内宿西方に王子を祭った高倉神社がある。
神社の裏山には王子の仮住まいがあったという
王壇遺跡も残る。 
 以仁王を慕って妃の紅梅御前と側室の桜木姫が
数少ない家来を共に京から以仁王を迫って
この地に辿りついたものの既に以仁王は越後へと
向かってしまったあとだった。
旅の疲れから桜木姫はこの地で病に倒れ、
18才の若さで他界する。姫の遺骸を葬ったという墳墓がある。
墓石の両脇に桜の木が二本。

 以後、この辺り一帯は御側原と呼び、
現在も字名として残っている。
 大内宿の大内も宮中、すなわち”大内裏”から名付けられた。

脇本陣石原屋

2007年09月04日 00時00分00秒 | 街道歩き(会津西街道)
大内ダム畔にカングーを置いて、先ずは大内峠に登る。
峠の古戦場迄、半時間。
手前にある一里塚は両脇に二つの塚が現存する珍しい遺跡だ。
峠から高清水と氷玉峠を指す金属製の案内板が、逆向きになっていた。
高清水への道は伸び放題の笹薮で通れそうもない。
ダム迄戻って、県道を大内宿へ下る。
もちろん、カングーは残してだ。
宿場迄約2キロ。
今日の会津は快晴。
炎天下は32度ある。
木陰伝いにもくもくと歩く。
ダム湖の下に旧街道は消えたのだ。
おかげで倍のコースを歩かされる。
蕎麦道場の角を右に入ると突き当たりに六地蔵。
六地蔵と言っても一体の地蔵の頭の部分が六面体の地蔵様が彫ってあるのだ。
左に折れると大内宿。
右に折れて直ぐにまた右に進めば田圃の左に桜木姫の塚がある。
その先は巨大な擁壁。
立入禁止のダムの壁。
大内宿は、今日も賑やかだった。
目指す石原屋も二時半だというのに食事客が四組。
玄関に入ると、右手の下駄箱に短い靴箆。
乳白色のシンプルな靴篦は、ボクの家に置いて来た無印良品のと同じ箆だ。
よかった。
ボクが、今日、持参したのは同種同色の長いタイプの靴箆だ。
玄関で二度声を掛ける。
どうぞと!
正面奥の板場から、この屋の主の声がした。
近くに誰もいない。
靴を脱いで上がり框に上がると、
暖簾を揚げて板場を一人でこなす親父さんが顔を見せた。
あちらへどうぞ!
右手に広い大内宿には珍しい改築してまだ木の香も匂いそうな座敷がある。
丸顔の純朴そうなおばちゃんが、一人で座敷の客を捌いていた。
縁側の座卓に席を取る。
梅おろし蕎麦を頼む。
梅は紀州と品書きにあった。
冷水を三杯も呑んだ所に、女将さんがおろし蕎麦を運んで来た。
早速、持参した靴箆を差し出す。
「随分探しましたが、なかなか良いのが探せなくて。
これで我慢してくださいますか?」
女将さんはオドロイていた。
不思議そうな女将さんに、去年のイヴの顛末を話す。
「実は、去年のクリスマス・イブに、ここに来て、
おそばを食べて、
帰りに玄関で靴を履こうとして、靴篦を折ってしまったのです。
お嬢さんに話したら、『問題ない』と言われて、あっさり許して貰いました。
その場は、そのまま帰ったのですが?どうも、気になって。あれからデパートやアウトレットに出かけるたびに探したのですが、見つからなくて。やっと、先週、無印で見つけました。ただ、あまりにシンプルでお宅に合うかどうか心配だったのです。でも、玄関で同じ無印の短い方の靴篦を見て、ホッとしたところです」
「・・・・・・・?」
お嬢さんが内緒にしていたんだ。
玄関にある靴篦は、彼女が無印で買ったに違いない。
恐縮する女将さんに靴篦を渡すと、ボクは、長い間、提出そびれていた宿題を担当教授に受け取って貰ったようなホッとした気分になった。
さあ、梅おろし蕎麦を食べるぞ!
大根おろしは地の物だ。
刻み海苔もたっぷり載っている。
片側に貝割れ。
梅おろしと手打が実に相性がいい。
蕎麦の後に、蕎麦がき汁粉を食べた。
軒先の風鈴が、涼風に時折鳴って、
遠い少年の頃に戻ったような気分にしてくれる。
縁側のすぐ前は宿場の本通に続く路地で、
何処へも入らないで、
ぼんやりと座り込んでいる所在ない若い男女の姿が見える。
「君たち、こちらへ来て、ご一緒しませんか?」
と、声を掛けたくなる。
そんなことを言うと、客引きと間違えられるだろうか?
「余計なお節介だ」と言われるのが落ちか?
路地の向こう側に居る男女を見ながら汁粉を食べる。
汁粉の中の蕎麦がきは、
実にとろりとして歯触りが心地良い。
白玉や、餅とは違う上品な柔らかさだ。
食通の教授に、ぜひ勧めたい?
「石臼で碾いた蕎麦粉じゃないと、こんなに滑らかな歯触りにはならないのですよ」
座敷係の小母様が、説明してくれた。
女将さんが、ビニール袋に入った茹でた玉蜀黍を靴篦のお返しにくださった。
この玉蜀黍も、
帰りの車中で囓ったのだが、実に美味だった。
というより少年の頃によく食べた玉蜀黍と同じ味がした。
囓ると水が溢れるくらいジューシーだった。
午後3時半、石原屋を後にした。
イブの失敗を二度としないように、玄関の上がり框に座って、
靴ひもを解いてから靴を履いた。
そして、靴ひもを結べば靴篦を使う必要がない。
短い乳白色の靴篦に、ボクは触れないで去った。
帰り道に六面体の六地蔵にきちんと合掌して、
石原屋さんの田圃を先にある桜木姫の墳墓にもお参りして、
蕎麦道場の脇から県道を、汗を拭き拭き登った。
宿場からダム迄の坂は、すべて上り坂である。
石原屋でのんびりとした分、半時間の上り坂はつらかった。
ダムサイトの脇の県道で、
往きには休憩中だった擁壁工事が再開されていた。
玉蜀黍と地図を片手に、
ふうふう言いながら県道を登っている男に、
関心を示す通過車も、工事関係者も皆無だ。
氷玉峠の石畳をしばらく歩き。
石原屋の小母さんに勧められた宿に
電話を掛けようとしたが、
山の中は圏外だった。
そのまま直進して本郷町を抜けて会津若松駅に出た。
駅の先のホームセンターに駐車する。
午後5時丁度。
ナビで調べると午後9時過ぎには相模原に戻れると出た。

会津若松鶴が城

2007年07月07日 19時56分52秒 | 街道歩き(会津西街道)
会津西街道の旅、終着点を会津若松鶴が城に決めた。
芦ノ牧温泉渓山を九時半に出て、西若松に午後一時半。
此処まで休み無しでかんかん照りの土手道を四時間歩く。
さすがに脚が痛みだす。
西若松駅でせめてかき氷が食べたかった。
何故か駅前広場に店はない。店舗のスペースもない。
諦めて右折、炎天下の大通りを鶴が城に向かう。
残るは五百米の筈だった。
歩けども歩けども城への入口がなかった。
夏の太陽は益々激しい。
汗もすでに枯れたのか、滲むこともなかった。
やっとのことで鶴が城南門に入る。
広大な城の外郭を文字通り迂回したのだ。
鶴が城天守閣正面口に待望の喫茶室があった。
すでに午後二時二十分。
会津西街道踏破の感激より
冷たい飲み物にようやくありつける嬉しさの方が勝っていた。
けれども着いた。
会津西街道歩き旅は終わった。
二百円也のソフトクリームを舐め、
無料の冷水を三杯も飲んだが、
喉の乾きは癒えなかった。
終着点にたどり着いた感激も無かった。
何故だろう?
ここはまだ、ゴールでは無いということか?
歩き足りないというのだろうか?

会津へ

2007年07月07日 08時59分24秒 | 街道歩き(会津西街道)
料理はイマイチだが、風呂はよかった。
露天風呂が二つ。岩風呂と桧風呂。
どちらも温めで眼下に阿賀川渓谷。
対岸は山が迫って景観は言うことなしだ。
貸し切りシステムなので、のんびりと一人で温泉三昧!
湯量は少ないが確かに掛け流しだ。
透明なマグネシウム泉?
二十四時間自由に入れますと。
湯野上温泉駅発午後三時。宿に午後六時十分着。
直ぐに写真の桧風呂で汗を流した。
今朝は岩風呂に。
泊まり客は他に那須から来たと言う中年の夫婦のみ。
朝九時に会津に向かう。
車で十六キロ。
歩くと十八キロか?
今日も快晴。

芦ノ牧温泉へ

2007年07月07日 01時13分59秒 | 街道歩き(会津西街道)

湯野上温泉駅で阿賀川対岸に渡る駅下の吊橋の有無を尋ねる。
今は無いと!
国土地理院の二万五千分の一の地図にあるんですよ?
吊橋はありません!
女駅員の答はガツンと聞こえた。
湯野上温泉民宿案内図には記載されていなかった。
だから、尋ねたのだ。
残念だが諦める。
吊橋を渡れば国道を回避出来る筈だった。
阿賀川右岸沿いの国道には大内宿への分かれ道の先にトンネルがある。
歩行者にとってトンネルは最悪だ。
トンネルは雪・落石?除け隧道だった。
川側に柱が続く開放的な道だった。
距離三百!難無く通過した。
国道を歩く、約四キロ一時間余。
トンネルを出ると歩道は無い。
乗用車が猛スピードで過ぎる。
トラックは意外に徐行してくれる。
会津方面の標識の先に再びトンネルの暗い入口が見えた。
トンネル入り口に案内板。右折方面は芦ノ牧温泉へ。
旧道への分かれ道である。
もちろん右折する。
急にのどかな里山風景になる。 小出集落だ。
旧道の右側に畑仕事の老婆。
落花生畑だ。
集落の外れがなだらかな坂。
雷神社の幟が二本。
お宮の急な石段を登る。
古い石柱に大きな字で”神威赫々”とある。
お社は朽ちかけて賽銭箱も無かった。
雷神は不在か?
若郷湖に架かる橋を渡る。
間もなく芦ノ牧温泉南駅。
標識のない急階段が右にある。
多分この上が駅だろう。
駅の山側に桑原集落。
湖底に沈んだが、
ここに移住したという記念碑があった。




田島駅発車

2007年07月06日 14時55分12秒 | 街道歩き(会津西街道)
半年ぶりに会津田島に着いた。
野岩鉄道が田島で会津鉄道にチェンジする。
乗り継ぎ待ち30分。
売店で燻製卵をおやつ用に買う。一個百円。
田島町役場を訪ねたら、南会津町役場に変わってた。
飛騨の兄貴と長津田駅に七時四十五分待ち合わせ。
浅草経由で東武特急スペーシア十時発で五時間。
乗り継ぎ待ち時間ロスタイムが、なんと二時間!
今日の街道歩きスタート地点湯野上温泉駅に午後三時着だ。
これじゃあ、ちょっと酷くない?
写真は、田島陣屋跡の石碑。現在は南会津役場がある。
田島は、南会津地方の中心。江戸幕府の直轄領だった。

大内宿脇本陣!

2006年12月24日 23時38分00秒 | 街道歩き(会津西街道)
さすが連休。大内宿に観光客がぱらぱらといた。観光バスが一台、マイカーが三十ほど。駐車料金集めのおじさんが二人。歩きは一人だ。
冬囲いのせいか宿場はパンフレットとのような美しさはない。支度中の看板が目立つ。奥の方に一軒だけ新築の茶屋があった。硝子梢子で部屋の中が見える。外の食事処は何処も覗けなかった。客はいない。入る。

小雪に震えて中山峠

2006年12月24日 23時20分30秒 | 街道歩き(会津西街道)

呑気に長寿水を飲んでたら雪が降ってきた。
傘をさすほどの降りでもない。雪雲は西に流れていた。
それでも峠を越えねば宿場街には行けない。辺りでに家もない。
山道は落ち葉に薄く雪が積もって、歩くと淡い音がする。
こんな雪を小雪というのかな?
そんなことを思いながら下野旧街道を歩く。


長寿水が

2006年12月24日 19時46分09秒 | 街道歩き(会津西街道)
会津下郷駅を出て左の路地に入る。右手に豪華な新庁舎に負けない下郷保育園がある。園庭に金網の囲いが目立つ。落雪事故の後遺症か?踏切を越え暫く山沿いに進む。橋のたもとに下郷小学校があった。校庭の山沿いに固定遊具。案の定一列に並んだ遊具にも使用禁止の綱が張られていた。校舎の前にもだ。落雪事故以来だろうか?それでも保育園だけが無防備だったのか?阿賀川の支流戸石川沿いに暫く西行する。萩原で涸れ田の中の道をとる。板倉の村落を左上に見ながら歩く。上の県道を焼き芋屋のミニバンが騒々しい呼び声をたてて行く。小池で県道に戻る。橋を渡り水抜のはずれで右側に下野街道の標識があった。少し急坂を登り山に入って行く。坂を登り切った辺りで小雪がぱらついてきた。寒くなる。三百米ぐらい杉林の脇を歩くと舗装道にでた。大内宿への道は整備されていたのだ。
 中山峠の手前に長寿水がある。もちろん、飲んだ。車が一台、水を汲みに来た人がいた。長寿水の脇に下野街道近道の標識があった。落ち葉の上に少しだが雪。旧街道だ。思い切って旧道に入る。

日光から会津田島へ

2006年12月23日 15時28分55秒 | 街道歩き(会津西街道)
今は宇都宮からJR日光線で日光へ。東武日光から下今市に戻って鬼怒川温泉へ。新藤原から野岩鉄道で会津田島迄。今夜は田島駅前グリーンホテルミナトに宿を取った。宇都宮を1505発日光行きで田島には1750だ。日光の午後は快晴。さすがに日陰は冷える。
 写真は、落雪事故で幼い命が失われたという下郷保育園?

大内宿へ行けるかな?

2006年12月13日 01時39分20秒 | 街道歩き(会津西街道)

寒い一日でしたね?
会津西街道一人歩きは、ようやく下郷まで到達!
次の目標は、大内宿です。
西街道で唯一の江戸時代の宿場町が復元された山間の集落です。
行楽シーズンには、すごい人出で、もちろん、車も溢れて渋滞するほど。
月曜日にみえた小山市在住の宮田さんも、
今年の秋に出かけて、宿場中が観光客で溢れて大変だった。
と話していました。
多分、今頃は雪で埋もれて車では行かれないかも知れません?
その大内宿?峠道を越えて、独りとことこ行けるでしょうか?
今度の土、日は、会津地方は降雪と週間天気予報に出ていました。
それなら、次の土、日は晴れるかなと、目下考え中!
誰か、ご一緒しませんか?

 

 


会津下郷迄!

2006年12月07日 17時05分05秒 | 街道歩き(会津西街道)

辿り着けた。右足の腿と臑が痛い?
坂道は辛いが余りなかった。
田島の先から国道を通らないので車も少ない。
田島駅の売店で燻製卵を買った。
一個、百円。その卵一個が朝食だ。
加藤谷川を見下ろす開拓記念碑の丘で殻を割った。
殻の中で燻製卵が踊ってた。乙な味だ。
下郷町役場の前広場を抜ける。
欧風の豪華な庁舎だ。


養鱒公園駅前で

2006年12月07日 12時21分28秒 | 街道歩き(会津西街道)
踏切を渡る前に正午を知らせる音楽が鳴った。
畑の露地でお婆さんと孫が派手な模様のシートを拡げてお握りを食べてた。
踏切を渡ると養鱒公園前駅。
駅前にさかやの看板。
食堂だった。ラーメンが売りらしいが、御飯ものもある。
宇都宮からこっち、ソースかつ丼の旗が目につく?
普通のかつ丼は煮かつ丼という。
煮かつ丼を食べる。