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上海は習近平に殺された!?

2023-08-28 10:03:34 | 戦争
上海は習近平に殺された!?
“シーチン”修一

【雀庵の「大戦序章」214/通算645 2023(令和5)年8/28/月】大正生まれの近衛兵だった父(農家の次男坊)は職業軍人を目指していたが、敗戦で夢破れた。当時の人は、日本敗戦後に掌返しで乱暴狼藉を始めたチョン(朝鮮人)は大嫌いで、チャンコロ(中国人)、露助(ロシア人)、アメ公(米国人)も嫌いだった。毛沢東との内戦に負けて台湾に逃げ込んだ蒋介石が日本に賠償を求めないことになって以降はチャンコロという言葉は表向きは聞かれなくなったよう。

「チャン」「チョン」の語源は何か、と問い合わせがあったので調べてみた。
◆支那=China(チャイナ)=チャンか? 
<「大清」という国号はモンゴル語「daicin」からの転写で「戦士」を意味していた。「大清国」は「戦士の国」とする説がある。清末に締結された条約の欧文では「China」という国号が用いられていることが多い。

中国人(特に漢民族)を意味する「チャンコロ」という言葉は、日本帝国が中国に出兵する明治時代から頻繁に使われるようになった「兵隊シナ語」のひとつである。
日本帝国の政治家と日本軍が清国を訪ねた際、満州民族の支配下にあった漢族が満州民族の前に跪き、頭を下げて御辞儀をする漢族(奴才=頭のいい奴隷とも)を日本軍が見て、中国人(漢民族)を「清国奴(チャンコロ)」と呼んでいたのが語源である。
中国服を「チャン服」、中華料理を「チャン料」などと略して用いることもあった。戦中に日本軍が征服した中国領土にいる中国人(漢民族)や敵に対して用いる俗語として定着した>(WIKI)

Daicin→China→チャンになったよう。今は支那人とか中国人と言うようになった。時代や状況によって他国、他民族の呼び方は変わるものだ。大日本帝国、日本男児はどこへ行った?

日本の敗戦によってタガが外れた朝鮮半島(韓半島)は、北側は「(北)朝鮮」、南側は「韓国」に分裂した。明治維新以降も朝鮮は清朝(支那)の属国のままで独立不羈の精神が見られなかったからだろう、日本では「清朝の南下を抑えるため朝鮮を防波堤にすべし」という征韓論が盛んになった。朝鮮、朝鮮人を江戸時代から虎(清朝)の威を借る狐、「一人前の国ではない=“チョンの間”的な軽佻浮薄な国・民族」と蔑んでいたが、明治あたりからそれが高じて「バカでもチョン(朝鮮人)でもできる」「バカチョン」とかの侮蔑言葉になったよう。

清朝による北からの圧力、日本による南からの圧迫、2つの強国に挟まれた朝鮮半島・・・為政者は随分辛い思いをしたろうが、苦渋の選択で日韓合邦に賭けた。

それから幾星霜、今や朝鮮の苦悩は他人事ではなくなった。現在の日本は“戦狼三羽烏”の中露朝による北からの侵略圧力を受けている。これを阻止する同志国は危機を共有する「台湾、豪州、韓国」、助っ人は英米加あたり。

戦後日本の宗主国になった米国民主党(≒容共ピンク)は日本を「100年は戦争できない国にする」と軍事力を抑え込み、今やソ連・ロシアから独立したウクライナからは核兵器を排除して、結果的に中露朝の共産主義国を勢いづかせ、現在の危機を招いた。バイデン民主党のウクライナへの支援を見ても小出しで、「飛んでくる火の粉を避けたい」「プーチンさん、米国はロシアと戦争する気はありません」というへっぴり腰。日台豪韓の危機にあっても民主党の米国が中露朝とガチンコで戦うか? すこぶる怪しい。

民主党の米国は「利益」で動く。「義を見てせざるは勇無きなり」ではなく「儲かりそうならチャレンジする」銭ゲバである。「銭ずら、銭が全てずら」、それが彼らの夢、正義、パワーの源、モラルであり、政治の基本である。それは米国人のDNAであり、ご先祖さまは一攫千金をめざして新大陸に押し寄せ、先住民を殺しまくり、侵略を重ね、領土を広げ、世界大戦に勝って、世界最大の大国になったのだから“それでいいのだ!”、今更否定しようがない。勝てば官軍、我こそ正義!

民主党の政敵である共和党でも基本的なDNAは一緒で、「米国の興廃この一戦にあり、イザッ!」という有事になれば第2次大戦のように挙国一致で団結するのが初期設定。それが米国の他国の追随を許さない強烈な強さで、中露朝が団結しても歯が立たないだろう。

その米国が「日台豪韓の危機=米国の危機」と判断して挙国一致で間違いなく参戦するか?・・・参戦(損耗)と国益(利益)を考えて決断するから、その時にならないと分からない。日台豪韓が「有事になれば米国は助けてくれる」と思っていたら「小出しの武器供与だけ」という“ウクライナ方式”になるかも知れない。

自国の安全保障は基本的に自国が万全を期すべきで、巻き添えを避けたい他国に武器供与を大きく委ねるたりすると、チャンスなのに武器がなく戦争が思うようにできずにだらだら長続きしたりという最悪の展開を招きかねない。国家、国民は「独立自尊、自立自尊、自立自存」に努めよと福翁も説いている。

<「独立自尊」は独力で事を行ない、自己の人格と尊厳を保つこと。福沢諭吉「修身要領」(1900)に曰く「心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱しめざるもの、之を独立自尊の人と云ふ」(日本国語大辞典)>。日本は“戦狼”妄想の習近平・中共による侵略を独立自尊の軍事力と団結で撃退しなければならない。
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その習近平・中共だが、1か月前あたりから「どうも経済回復が怪しくなってきた」と見る識者が増えてきた。経済が低迷、縮小しても習近平にとって台日侵略、インド太平洋制圧は毛沢東と並ぶために絶対に必要な“実績”だから、侵略意欲が衰えることはあり得ない。経済低迷だろうが断固として開戦するだろうし、経済低迷への批判をそらすためにも開戦を急ぐかもしれない。

それにしても以下の記事を読むと中国経済の低迷はかなり深刻のようで、日本のマスコミの中国記事は「真面目に取材しているのか?」と首をかしげてしまうほどリアルである。朝元照雄・九州産業大学名誉教授の「上海はこの様になり、私たちは非常に悲しい:中国経済“バブル崩壊”のシグナルか?」世界経済評論2023/8/21から以下引用する。

<7月22日、ペンネーム「将将一言堂」(将将は金偏)のネット寄稿文「上海はこの様になり、私たちは非常に悲しい」が中国の多くのフォロワーの共鳴を得て大きな話題となっている。その後、この寄稿は中国のネット上では削除されたが、海外のネットではまだ読むことができる。

中国では少子高齢化、不動産価格の暴落、20%を超える若者の失業率、物価の高騰と消費の低迷により、経済は衰退化に向かっている。特にゼロコロナ政策と2か月に及ぶ上海のロックダウンによる民生への影響が極めて大きい。寄稿によれば上海の大企業、中堅企業、個人経営は倒産や一時休業に追い込まれ、店舗はシャッターを閉じ、不況の嵐に見舞われている。

寄稿ではこの状態を魔都上海の“没落”と呼び、同時に中国の指導者を間接的に批判、「本来この災難は避けることができた」「上海にカネが無くなると困るのは単に上海人だけでない」と述べている。本稿でその概要を訳し以下、紹介する。
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耳の痛い話であるが、私(将将一言堂)はやはり言いたい。上海の現在の様子を見て心は不可解に悲しい。両側の店舗は閉店し、修繕という名で店は休業し、ライトの光は(コロナ禍以前より)暗くなった。ホールに多くの人々が動き回り、熱気ムンムンの昔の賑やかな雰囲気は既に失せて気持ち悪さを体感する。上海は空調機のスイッチを切って節約する程度の街になった。

上海遊覧に南京路は外せない。(南京路の最も賑やかな)歩行街に入ると大きな置地広場(ショッピングセンター)の入り口は人影が少ない。転々と回り、6階のレストラン“薩莉亜(サイゼリヤ)”に食事に行こうとしたが、2階に行くエスカレーターが止まっている。さらに上の階に行くと4階から上のエスカレーターは使用中止で、(動かない)エスカレーターを踏んで上の階に登る。エスカレーターを動かすカネすらないのか?

最もガッカリしたのは(南京路の名店)“美特斯邦威(服飾店)”だ。シャッターは閉まり店舗名の文字は汚く剥がされ、鉄製フレームが露出し、ライトの電線が醜く空中にぶら下がっている。ここは上海で最も高価な“黄金地帯”で、多くの企業が競って入りたがった場所ではなかったか? (上海で最も高価な地区の)南京路がこの有様であるなら、他の場所は一体どんな状態なのか?

上海駅に行く道を選び(人気だった)地下街を見に行った。数日前のネット動画である人が「この近くの店舗は殆どが閉店した」と言っていたが、これはデマなのではないかと思ったからだ。南広場から下に向かって歩くとネット動画の言うことは嘘ではなかった。文房具の店舗、アパレルの店舗、テレホンカードの店舗、スマートフォン部品の店舗はことごとく閉店していた。シャッターを閉じた店の裏では小店舗のオーナーたちの多くの悲しい物語があったことだろう。

上海駅の付近は小さな個人経営企業、虹橋駅の付近の大きな店舗は財力が中型の企業、南京路のショッピングモールなどは大企業のグループが立地し、この3つのエリアが上海を代表する商業地区と言える。個人経営のオーナーにしろ、大企業にしろ、倒産、閉店、(借金による)夜逃げが相次いでいる。これは上海の“没落”の縮影なのか? 上海は中国の商業の中心都市ではないのか。

上海はまるで“苦労を背負う長男”のようだ。儲けたカネは家計に補填してきた。ポケットにカネがあれば“弟と妹”が口を開けてカネを欲しがる(=貧しい省への財政補填)。今年、上海が援助する雲南省の“弟”がカネが欲しいと言った。しかし、上海の悲惨な現状を見ると、君(雲南省)は“地主の家には余剰の食糧”(コメディー映画のセリフ)があるとまだ信じているのか?と嘆息せずにはおれない。

上海にカネが無くなり、それで困るのは単に上海人だけではない。時計の針を1年前に戻すと(ロックダウン期間に)多くの人々が司馬南、明徳先生(いずれも中国の強硬な民族主義志向の論客)に追従し、ロックダウンに不満の人々に対し口誅筆伐(言葉と文章を使って激しく批判)を行った。その後の日々でカネが必要になるとは考えなかったのか? これらの人々は司馬南などのために自分の同胞の“お碗(メシ)”を壊すことができるのか?

真理は時に少数の人の掌中に握られ操作される。当時、批判が最も多く、不当な仕打ちを受けた呉凡女史(復旦大学上海医学院副院長で上海のロックダウンに反対)の言葉を聞いていたら良かった筈だ! しかし時は既に遅い。上海はこの様な姿になり、私たちは非常に悲しい。何と言おうが彼女(上海)はこの災難を避け得た筈だ。

だが私は希望を捨てていない。彼女(上海)は単に“転んだ”だけで、骨折までには至らず、少し休みさえすれば元気を取り戻す。再び繁栄した上海を取り戻そう! 一回の失敗から教訓を得て智慧が芽生えた。馬鹿者、悪者の“駒”になってはいけない。上海はもう怪我はできない、そして国家も怪我をすることはできない>(以上)
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朝元氏の解説によると《上記の寄稿は「将将一言堂」の上海のフォロワーから共鳴を受け、ある人は「農民工の住居区を見ると良い。そこはもっと悲惨だ」というコメントも寄せられた。上海以外のフォロワーからは「深セン、成都、武漢、南昌などの状況は上海より悲惨だ。中国で最も豊かな上海がこの有様なら他の都市はもっとひどい」との書き込みがあった。そして「現在の中国の不況は上海における数カ月連続のゼロコロナ政策による影響だ」と当局を痛烈に批判している》

上海は習近平の最大の政敵である江沢民派「上海閥」の拠点だった。習近平はロックダウンで中国最大の国際経済都市・上海をボロボロにして上海閥の息を止めたのだろう。そもそも銭ゲバ的な資本主義自由経済が大嫌いで、毛沢東式清貧の共産主義国有計画経済への回帰を目指す習近平にとって、上海経済が2022年に「1978年以降で初めてマイナス成長」(NHK)に落ち込んでもまったく痛痒を感じない。

人民が不平不満で習近平降ろしを願うようになれば日台侵略を機に反・習近平派が「戦争を内乱へ転化」するかも知れない。それは一種の民主主義革命になるだろうが、軍の協力(あるいは中立)が必要なため容易なことではない。

一番可能性が高いシナリオは、上述したように「習近平一派は経済低迷への批判をそらすためにも開戦を急ぐ」である。残念ながらそれが毛沢東流であり習近平流なのだ。日本、台湾、豪州、韓国は核武装を始め軍事力を早急に強化しなければならない。古人曰く「天は自ら助くる者を助く」。
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