プーチンはロシア帝国最後の皇帝?
“シーチン”修一
【雀庵の「大戦序章」297/通算728 2024(令和6)年6/4/火】夕べは凄まじい暴風雨だったが、今朝は何やら梅雨が終わって初夏のよう。暑くなると人間は野性を取り戻して興奮したり攻撃的になるのか? 「我にも正義、彼にも正義、この世は正義と正義のぶつかり合い」と小生は思っているが・・・
このところ「言論の自由とは何か?」を考えているが、WIKIには「言論の自由、英: Freedom of speech)は、検閲を受けることなく自身の思想・良心を表明する自由を指す。自由権の一種」とある。しかし「言論の自由」の中身は実に千差万別で、強権独裁国家の習近平・中共までが「言論の自由」を表向きは保障しているから、優良下どころか甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、もうメチャクチャだ。
WIKIによると、日本における言論の自由は《1889年の大日本帝国憲法において初めて保障された(29条)。この憲法は(現ドイツの)ビスマルク憲法を下敷きにしたとされているが、フランス、オランダ、ベルギー、イタリアの憲法も研究されていた。他方、現実には全ての出版物は出版条例により検閲され、また労働農民党など裁判所から解散命令を受けた党も数多かった。「29条 日本臣民は法律の範囲内に於て言論、著作、印行、集會及結社の自由を有す」
1947年の日本国憲法は人権を「侵すことのできない永久の権利」(第11条・97条)として規定したうえ、出版その他一切の表現の自由を人権として保障している(21条1~2)》
「1947年の日本国憲法」・・・敗戦国の日本は国家主権がなく、勝戦国の米国により押し付けられたのが、この日本国憲法である。米国の狙いは「日本を二度と戦争できない国」にすることで、小生は明治生まれの祖父母、大正生まれの両親に育ててもらったので、戦後生まれながら心は「大日本帝国」臣民である。しかし、加齢とともに臣民はあと20年もすれば消滅する。米国の狙い通り、米国製日本国憲法押し付けから100年目の2047年、日本は完全に「ヘタレ」のお花畑国家になるかもしれない。1980年以降に生まれた人々、小生の息子もそうだが、彼らは日米が戦争したことさえ知らない人が多いよう。米国に洗脳された無知蒙昧の彼らは戦争を「悪」として無条件に忌避する。祖国のために勇武の精神を発揮して戦うというような気概はない。結果的に日本は消滅する・・・
皮肉なことに日本の消滅を期待していた米国は、今や共産主義国の中露北による勢力拡大を恐れ、「勇武の日本」再生を期待するようになった。「バカみたいな日本国憲法を押し付けてごめんなさい」くらい言えばいいものを、と小生は思うが、余程圧力をかけないと反省しないだろう。米国が謝罪するまではのたりのたりで焦らしていた方が良いのではないか。
それはさて置き、自由民主圏にとって最大の敵は「共産主義独裁軍事国家」である。軍事力で日本を抑圧し、無理難題を強要する最大の敵はロシアが元祖で、早くも1804年には日本侵略を開始している。「学研キッズネット」によると――
<ニコライ・レザノフ(1764〜1807):江戸時代後期に来日したロシア使節。北太平洋で商業活動を行っていたロシア=アメリカ会社の総支配人。1804年、皇帝の遣日使節として日本人漂流民をともなって長崎に来航し、国交・通商を求めた。しかし、幕府が鎖国を理由に通商要求を拒んだため、帰途、その報復して樺太(サハリン)・千島の番所や漁船などを攻撃させた>(以上)
これだけでは「フーン」で終わってしまうが、徹底した史実調査で知られる吉村昭の「海の祭礼」(文藝春秋1986年10月、のち文春文庫)によると現実は以下のように凄まじい侵略だった。(カッコ内は修一の補足)
<文化4/1807年5月(利尻)島にとって戦慄すべき出来事が起こった。その事件は文化元年/1804年9月、(日本との国交を求める)ロシア遣日特派大使ニコライ・レザノフを乗せたナデシュダ号が長崎へ入港したことに端を発していた。
レザノフの(前任者は北海道周辺での漁業・通商許可の可能性は高いと報告していたので、その)要求は直ちに江戸に伝えられた。(しかし北海道は冬場の業務停止で連絡が取れないため)幕府からの回答はなく、翌年春になって「通商不許可、直ちに退去せよ」という通告を受けた。半年間も半ば拘禁状態に置かれ、さらに約束の実行を拒んだ幕府にレザノフは激怒し、強い報復の念を抱いた。
カムチャッカに戻ったレザノフは、日本を威嚇することによって通商の道を強引に開くべきだと考え、海軍大尉フォストフ指揮のユノナ号を樺太に派遣した。同艦は樺太南部の大泊を襲い、翌日、久春古丹に赴き、倉庫に貯蔵されていた多量の物品を奪い、運上屋、倉庫、弁天社に火を放った。さらに越冬するためにとどまっていた番人の富五郎、源七、福松、酉蔵の四人を捕え連れ去った。文化三年(1806)九月のことであった・・・>
ロシア人は有史以来、今日に至るまで強権独裁、侵略戦争志向のままで、自由民主人権法治の時代がほぼ「ゼロ」という凄まじい国である。ツァーリ皇帝時代もレーニン&スターリンの共産主義時代、さらにプーチン統治の今も、強面(こわもて)どころかまるで弱肉強食の蛮族のままのような国である。
2024年5月30日の「ロシア・ビヨンド」によると「連邦国家統計局の公式データによると、2024年1月1日現在、ロシアには1億4615万780人が住んでいる。ほぼ70%は「ヨーロッパ・ロシア」(地理的に欧州圏のロシア)の地域に住む。
ロシアには200以上の民族が住んでおり、ロシア人は1億550万人、次いでタタール人(470万人)、チェチェン人(167万人)、バシキール人(157万人)、チュヴァシ人(106万人、アヴァール人(101万人)、アルメニア人(94万6千人)、ウクライナ人(88万4千人)、ダルギン人(62万6千人)、カザフ人(59万1900人)」とある。
21世紀になってもロシアは1億550万人の「ロシア人による、ロシア人のための強烈な独裁国家」であり、自由民主人権法治を主張しようものなら速攻で殺されるからロシア人はひたすら独裁者ににらまれないように大人しく家畜のごとく暮らすばかりである。選挙でも投票用紙を見られているから野党への投票はできるわけがない。運良く外国へ逃げ出したロシア人でも、ロシアを批判しようものなら速攻で諜報員に殺されかねないから皆、口をつぐんでいる。もっとも、権力に寄り添う事大主義者やコラボレーショニスト、井の中の蛙など「ロシア万歳! プーチン頑張れ!」の愛国者も非常に多い、と国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏は指摘している。
「強くて野蛮で狡猾なロシア」は20世紀に共産主義国家のソ連を創り、さらには勢力拡大のために中共を創り、北朝鮮などを創った。今は経済力・軍事力で「中露北」の序列だが、中国はまともな戦争で勝ったことがない、というか、近現代史においては英国など列強諸国に蚕食されっぱなしだったから、ロシアがやはり今なお「盟主」であり、習近平・中共は軍事力、経済力はあっても格下のナンバー2だろう。
そもそも中共はガップリ四つの実戦経験がほとんどないようだ。中国人が4000年の歴史で得た教訓は「上に政策あれば下に対策あり」、戦争になって徴兵されれば「逃げるが勝ち」が身についている。戦場からの兵士の逃亡が常態化しているために、逃亡兵を射殺する「督戦隊」まである。日清戦争で運良く前線から逃亡した中国兵士は数日後には「日本軍の陣営で炊事洗濯のアルバイトしていた」と従軍記者の岡本綺堂が書いている。中共軍は今でも私利私欲優先で、命懸けで戦う意思なんぞあるかどうか、すこぶる怪しいものである。
その一方でロシア軍は伝統的に「強くて野蛮で狡猾なロシア」の血筋を継承しており、ウクライナ侵略でのロシア兵は民間人を容赦なく殺しまくり奪いまくっていた。英国メディアのBBCはプーチンが刑務所の囚人を恩赦して前線へ送り込んだと報道していたが、その乱暴狼藉振りは蛮族そのもの。ロシア以外の国では考えられない“技”で、それがロシアの強さになっている。
軍事大国かつ資源大国のプーチン・ロシアだが、ウクライナ侵略にてこずっていた2023/8/15ロイターの報道「初のロシア国定歴史教科書、プーチン史観の裏に若者への懸念も」によるとちょっとガタが出始め弱気になっていたようである。要旨はこうだ。
<モスクワ 8月10日ロイター: ウクライナ侵攻後にロシア国内の引き締め強化を進めるプーチン大統領の下で、ついに初めての全国統一歴史教科書が導入された。9月の新学期から16~18歳の学生向けに使用される国定教科書で、そこにはソ連崩壊からプーチン氏統治時代、ウクライナ侵攻の原因に至るまで、完璧なまでにプーチン氏の歴史観と政権が用いている解釈が記載されている。
つまり超大国になったソ連に対する誇りや、その崩壊を巡る憤りと屈辱、1999年末から始まったプーチン氏治下でのロシアの「再生」といった考え方だ。
ロシア側が「特別軍事作戦」と呼ぶウクライナ侵攻について、国定教科書ではプーチン氏が掲げる開戦の大義に重点が置かれた。また、冷戦終結後にせっかく差し伸べた友好の手を振り払った西側に対するプーチン氏の幻滅もにじみ出ており「西側諸国はロシア国内を不安定化させようと手を組んだ。その目的がロシアを分割し、天然資源を支配しようとしているのは明らかだ」と記されている。
プーチン政権がこの教科書を通じて学生に理解させようとしているのは、ソ連崩壊の悲劇性と西側の背信行為、そして偉大な母国ロシアに捧げる自己犠牲の大切さだ。国定教科書は西側の「仕打ち」を列挙。北大西洋条約機構(NATO)がそうしないとの約束を破って東方拡大を続けていることや、ロシア人が迫害される事態を無視していること、ロシア恐怖症を拡散させていること、ジョージアとウクライナに「カラー革命」を起こして旧エリート層を一掃したことなどを指摘した。
西側の指導者やロシアの反体制派はもちろん、ロシアの一部歴史家さえ、このような見方を否定し、ウクライナ戦争はロシアの弱点を露呈し、国家としてのウクライナのナショナリズムを確立した戦略的な大失敗であると批判している。ウクライナ侵攻後にロシアを去ったロシア人の歴史教師ミハイル・コピツァ氏は、教科書について「これは教科書ではなくプロパガンダだ」とロイターに語った>(以上)
プーチンは「ウクライナ侵略はチョロイ、短期で決着がつく」と思っていたようだが、ウクライナの必死の反撃はまさかの想定外だったろう。戦争が長期になると国際社会からロシアは疎外されていくばかりだが、このままではプーチンは「強権独裁ロシア帝国最後の皇帝」になるのではないか。レーニンが創り、スターリンが発展させ、三代目のプーチンが潰す・・・世界中の善男善女の期待にプーチンはしっかり答えて欲しいものである。
・・・・・・・・・
*読者諸兄の皆さま、御意見を! ishiifam@minos.ocn.ne.jp
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渡部亮次郎 「頂門の一針」<ryochan@polka.plala.or.jp>
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【雀庵の「大戦序章」297/通算728 2024(令和6)年6/4/火】夕べは凄まじい暴風雨だったが、今朝は何やら梅雨が終わって初夏のよう。暑くなると人間は野性を取り戻して興奮したり攻撃的になるのか? 「我にも正義、彼にも正義、この世は正義と正義のぶつかり合い」と小生は思っているが・・・
このところ「言論の自由とは何か?」を考えているが、WIKIには「言論の自由、英: Freedom of speech)は、検閲を受けることなく自身の思想・良心を表明する自由を指す。自由権の一種」とある。しかし「言論の自由」の中身は実に千差万別で、強権独裁国家の習近平・中共までが「言論の自由」を表向きは保障しているから、優良下どころか甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、もうメチャクチャだ。
WIKIによると、日本における言論の自由は《1889年の大日本帝国憲法において初めて保障された(29条)。この憲法は(現ドイツの)ビスマルク憲法を下敷きにしたとされているが、フランス、オランダ、ベルギー、イタリアの憲法も研究されていた。他方、現実には全ての出版物は出版条例により検閲され、また労働農民党など裁判所から解散命令を受けた党も数多かった。「29条 日本臣民は法律の範囲内に於て言論、著作、印行、集會及結社の自由を有す」
1947年の日本国憲法は人権を「侵すことのできない永久の権利」(第11条・97条)として規定したうえ、出版その他一切の表現の自由を人権として保障している(21条1~2)》
「1947年の日本国憲法」・・・敗戦国の日本は国家主権がなく、勝戦国の米国により押し付けられたのが、この日本国憲法である。米国の狙いは「日本を二度と戦争できない国」にすることで、小生は明治生まれの祖父母、大正生まれの両親に育ててもらったので、戦後生まれながら心は「大日本帝国」臣民である。しかし、加齢とともに臣民はあと20年もすれば消滅する。米国の狙い通り、米国製日本国憲法押し付けから100年目の2047年、日本は完全に「ヘタレ」のお花畑国家になるかもしれない。1980年以降に生まれた人々、小生の息子もそうだが、彼らは日米が戦争したことさえ知らない人が多いよう。米国に洗脳された無知蒙昧の彼らは戦争を「悪」として無条件に忌避する。祖国のために勇武の精神を発揮して戦うというような気概はない。結果的に日本は消滅する・・・
皮肉なことに日本の消滅を期待していた米国は、今や共産主義国の中露北による勢力拡大を恐れ、「勇武の日本」再生を期待するようになった。「バカみたいな日本国憲法を押し付けてごめんなさい」くらい言えばいいものを、と小生は思うが、余程圧力をかけないと反省しないだろう。米国が謝罪するまではのたりのたりで焦らしていた方が良いのではないか。
それはさて置き、自由民主圏にとって最大の敵は「共産主義独裁軍事国家」である。軍事力で日本を抑圧し、無理難題を強要する最大の敵はロシアが元祖で、早くも1804年には日本侵略を開始している。「学研キッズネット」によると――
<ニコライ・レザノフ(1764〜1807):江戸時代後期に来日したロシア使節。北太平洋で商業活動を行っていたロシア=アメリカ会社の総支配人。1804年、皇帝の遣日使節として日本人漂流民をともなって長崎に来航し、国交・通商を求めた。しかし、幕府が鎖国を理由に通商要求を拒んだため、帰途、その報復して樺太(サハリン)・千島の番所や漁船などを攻撃させた>(以上)
これだけでは「フーン」で終わってしまうが、徹底した史実調査で知られる吉村昭の「海の祭礼」(文藝春秋1986年10月、のち文春文庫)によると現実は以下のように凄まじい侵略だった。(カッコ内は修一の補足)
<文化4/1807年5月(利尻)島にとって戦慄すべき出来事が起こった。その事件は文化元年/1804年9月、(日本との国交を求める)ロシア遣日特派大使ニコライ・レザノフを乗せたナデシュダ号が長崎へ入港したことに端を発していた。
レザノフの(前任者は北海道周辺での漁業・通商許可の可能性は高いと報告していたので、その)要求は直ちに江戸に伝えられた。(しかし北海道は冬場の業務停止で連絡が取れないため)幕府からの回答はなく、翌年春になって「通商不許可、直ちに退去せよ」という通告を受けた。半年間も半ば拘禁状態に置かれ、さらに約束の実行を拒んだ幕府にレザノフは激怒し、強い報復の念を抱いた。
カムチャッカに戻ったレザノフは、日本を威嚇することによって通商の道を強引に開くべきだと考え、海軍大尉フォストフ指揮のユノナ号を樺太に派遣した。同艦は樺太南部の大泊を襲い、翌日、久春古丹に赴き、倉庫に貯蔵されていた多量の物品を奪い、運上屋、倉庫、弁天社に火を放った。さらに越冬するためにとどまっていた番人の富五郎、源七、福松、酉蔵の四人を捕え連れ去った。文化三年(1806)九月のことであった・・・>
ロシア人は有史以来、今日に至るまで強権独裁、侵略戦争志向のままで、自由民主人権法治の時代がほぼ「ゼロ」という凄まじい国である。ツァーリ皇帝時代もレーニン&スターリンの共産主義時代、さらにプーチン統治の今も、強面(こわもて)どころかまるで弱肉強食の蛮族のままのような国である。
2024年5月30日の「ロシア・ビヨンド」によると「連邦国家統計局の公式データによると、2024年1月1日現在、ロシアには1億4615万780人が住んでいる。ほぼ70%は「ヨーロッパ・ロシア」(地理的に欧州圏のロシア)の地域に住む。
ロシアには200以上の民族が住んでおり、ロシア人は1億550万人、次いでタタール人(470万人)、チェチェン人(167万人)、バシキール人(157万人)、チュヴァシ人(106万人、アヴァール人(101万人)、アルメニア人(94万6千人)、ウクライナ人(88万4千人)、ダルギン人(62万6千人)、カザフ人(59万1900人)」とある。
21世紀になってもロシアは1億550万人の「ロシア人による、ロシア人のための強烈な独裁国家」であり、自由民主人権法治を主張しようものなら速攻で殺されるからロシア人はひたすら独裁者ににらまれないように大人しく家畜のごとく暮らすばかりである。選挙でも投票用紙を見られているから野党への投票はできるわけがない。運良く外国へ逃げ出したロシア人でも、ロシアを批判しようものなら速攻で諜報員に殺されかねないから皆、口をつぐんでいる。もっとも、権力に寄り添う事大主義者やコラボレーショニスト、井の中の蛙など「ロシア万歳! プーチン頑張れ!」の愛国者も非常に多い、と国際政治学者のグレンコ・アンドリー氏は指摘している。
「強くて野蛮で狡猾なロシア」は20世紀に共産主義国家のソ連を創り、さらには勢力拡大のために中共を創り、北朝鮮などを創った。今は経済力・軍事力で「中露北」の序列だが、中国はまともな戦争で勝ったことがない、というか、近現代史においては英国など列強諸国に蚕食されっぱなしだったから、ロシアがやはり今なお「盟主」であり、習近平・中共は軍事力、経済力はあっても格下のナンバー2だろう。
そもそも中共はガップリ四つの実戦経験がほとんどないようだ。中国人が4000年の歴史で得た教訓は「上に政策あれば下に対策あり」、戦争になって徴兵されれば「逃げるが勝ち」が身についている。戦場からの兵士の逃亡が常態化しているために、逃亡兵を射殺する「督戦隊」まである。日清戦争で運良く前線から逃亡した中国兵士は数日後には「日本軍の陣営で炊事洗濯のアルバイトしていた」と従軍記者の岡本綺堂が書いている。中共軍は今でも私利私欲優先で、命懸けで戦う意思なんぞあるかどうか、すこぶる怪しいものである。
その一方でロシア軍は伝統的に「強くて野蛮で狡猾なロシア」の血筋を継承しており、ウクライナ侵略でのロシア兵は民間人を容赦なく殺しまくり奪いまくっていた。英国メディアのBBCはプーチンが刑務所の囚人を恩赦して前線へ送り込んだと報道していたが、その乱暴狼藉振りは蛮族そのもの。ロシア以外の国では考えられない“技”で、それがロシアの強さになっている。
軍事大国かつ資源大国のプーチン・ロシアだが、ウクライナ侵略にてこずっていた2023/8/15ロイターの報道「初のロシア国定歴史教科書、プーチン史観の裏に若者への懸念も」によるとちょっとガタが出始め弱気になっていたようである。要旨はこうだ。
<モスクワ 8月10日ロイター: ウクライナ侵攻後にロシア国内の引き締め強化を進めるプーチン大統領の下で、ついに初めての全国統一歴史教科書が導入された。9月の新学期から16~18歳の学生向けに使用される国定教科書で、そこにはソ連崩壊からプーチン氏統治時代、ウクライナ侵攻の原因に至るまで、完璧なまでにプーチン氏の歴史観と政権が用いている解釈が記載されている。
つまり超大国になったソ連に対する誇りや、その崩壊を巡る憤りと屈辱、1999年末から始まったプーチン氏治下でのロシアの「再生」といった考え方だ。
ロシア側が「特別軍事作戦」と呼ぶウクライナ侵攻について、国定教科書ではプーチン氏が掲げる開戦の大義に重点が置かれた。また、冷戦終結後にせっかく差し伸べた友好の手を振り払った西側に対するプーチン氏の幻滅もにじみ出ており「西側諸国はロシア国内を不安定化させようと手を組んだ。その目的がロシアを分割し、天然資源を支配しようとしているのは明らかだ」と記されている。
プーチン政権がこの教科書を通じて学生に理解させようとしているのは、ソ連崩壊の悲劇性と西側の背信行為、そして偉大な母国ロシアに捧げる自己犠牲の大切さだ。国定教科書は西側の「仕打ち」を列挙。北大西洋条約機構(NATO)がそうしないとの約束を破って東方拡大を続けていることや、ロシア人が迫害される事態を無視していること、ロシア恐怖症を拡散させていること、ジョージアとウクライナに「カラー革命」を起こして旧エリート層を一掃したことなどを指摘した。
西側の指導者やロシアの反体制派はもちろん、ロシアの一部歴史家さえ、このような見方を否定し、ウクライナ戦争はロシアの弱点を露呈し、国家としてのウクライナのナショナリズムを確立した戦略的な大失敗であると批判している。ウクライナ侵攻後にロシアを去ったロシア人の歴史教師ミハイル・コピツァ氏は、教科書について「これは教科書ではなくプロパガンダだ」とロイターに語った>(以上)
プーチンは「ウクライナ侵略はチョロイ、短期で決着がつく」と思っていたようだが、ウクライナの必死の反撃はまさかの想定外だったろう。戦争が長期になると国際社会からロシアは疎外されていくばかりだが、このままではプーチンは「強権独裁ロシア帝国最後の皇帝」になるのではないか。レーニンが創り、スターリンが発展させ、三代目のプーチンが潰す・・・世界中の善男善女の期待にプーチンはしっかり答えて欲しいものである。
・・・・・・・・・
*読者諸兄の皆さま、御意見を! ishiifam@minos.ocn.ne.jp
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
渡部亮次郎 「頂門の一針」<ryochan@polka.plala.or.jp>
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