自給自足をする、またはそれを目指す人達のブログ等のサイトを検索してみたが、これほど多くあったとは驚きである。日々の生活や生き様をいちいちブログに書き、公開してるひとはそのうちのほんの一部だろうから、世の中には実に多くの自給自足者が存在していることになる。
自給自足、といっても様々、程度の差もいろいろであろう。むろん、社会的な存在や関わりを否定したり、社会からまったく隔絶して生きることなど ヒトで . . . 本文を読む
かば焼きのつくり方 美味しい食べ方レシピがあった。
以下メモとして、ためしてガッテン「家庭でプロ級!うなぎ極ウマ調理術」07年7月25日放送から要点抜粋
http://cgi2.nhk.or.jp/gatten/archive/program.cgi?p_id=P20070725
関東風の極上のかば焼きができ上がるまでには、「割き、串打ち、素焼き、蒸し、本焼き」と、全部で5つの工 . . . 本文を読む
ウナギは、梅雨が明けたらパッタリととれなくなった。暑いと移動しないのか、同じ場所にはもういないのか、原因はわからない。それまではポツポツと仕掛けに入ってきたので、気を良くして「かば焼きのつくり方」をネットで調べ、試行錯誤で何回か焼いてみた。結果は「上出来」、とは言えない。
まずさばき方として、関東は切腹を嫌い ゲンをかついで背開きが伝統らしい。
暴れると作業しにくいので、直前に焼酎 . . . 本文を読む
箱根の温泉開発の歴史は相当古い。湯本温泉は一説には奈良時代に発見開設されたという。以後、古い順に、平安時代に姥子温泉、室町時代に宮の下、江戸時代には塔の沢、仙石原(但し大桶谷からの引き湯)と続き、小桶谷、強羅は明治時代と以外に新しい。昭和になって大平台、早雲山、湖尻等開かれている。(一覧表)
箱根に限らず温泉療法の歴史はむかしから全国にある。現在の箱根は関東屈指の観光地だ、そのせいか東北や九州の . . . 本文を読む
写真 左は雑草との共生、右は雑草を刈った景色。
日本のむかしの夏は8月で終わり、9月に入ると、鮮やかな夏が遠のくことに 少し寂しい思いをしたものだ。かまびすしいセミの声が いつしかムシの鳴き声に代わり、日中の日射しに汗ばむほどの日があったとしても、太陽の傾きに 風のおとに 空気の感触に 秋の気配を感じた。
季節は律儀であった。
それがどうだい、昨今の四季は!遠慮もなければメリ . . . 本文を読む
(父島、南島周遊に乗船したタクシー!)
パイナップルは沖縄の主要産品だが、これは明治期に小笠原島から移入されたものである。
小笠原諸島には近代史があるだけで それ以前は無人島ゆえ歴史はない。
しかし、その足跡は短いとはいっても、波乱にとんでいてなかなか興味深い。
幕末期の文久二年(1860年)、幕府は外圧に押されて 遅まきながら小笠原の開拓を実行するため . . . 本文を読む
アユ釣りがあちこちの河川で解禁になったり、海ではサバ漁が始まったりで、もうすぐ夏 到来、にもかかわらず久しく釣りはしていない。
体力不足が気になったり、腰痛がしくしくと発信を告げたり、で、じっと我慢の数百日。
そんなある日の真昼間、近所の川でうなぎを捕ってるおじさんを発見。
昔はとれたようだけどこの頃はいないんじゃないの?と声をかけると、「もう、2kgほどとった、きょうは3k . . . 本文を読む
夜市散策
夜の楽しみは先ずは食べ歩きだ。市内には数か所盛り場があり、うち最大の士林夜市を覗いた。小雨だったがあまり気にならない。街のセンターは食べ物屋がつらなり、そこからヤング中心の店ポが軒を連ねる。水道の便がわるいから衛生状態は、?、と聞いていたのと、このころからお腹が、?、の予感がしていたので、一切食べなかった。夜が増すとともに 濃い目化粧をした小姐や若者たちが三々五々集まりだす。ハ . . . 本文を読む
千とちひろの神かくし、の舞台設定は宮崎駿監督の逞しい想像力が結実したものと思っていたが、仇分(地名)の山々に 積み重ねるように斜面にへばりついた小店群がモチーフと聞いた。かって金の掘り出しで賑わい、鉱脈が上へ上へと登るに任せ、やがて産出が止まると 街はいったん廃れた・・・。だが、今ここは、いつも縁日のようだ。延々と石段を刻んで雲の上に伸びる狭い階段の両サイドには 小店が軒を連ね、背後の山谷 . . . 本文を読む
台湾には寺院が多い。その場所に昔からあったのだろうが、周辺が開発されたあと次々とビルが建っていった。その結果、結構 派手な色彩装飾の寺院はコンクリートハコモノにかこまれてしまい相互の調和はあまりない。しかし、騒然とした都会にあって人々の信仰心は厚い。ご飯や果物、雑貨などのお供え物(付近の出店で調達)を携え、早朝からお寺詣りの列は途切れない。50cmほどの長い線香を両手で額 . . . 本文を読む