ロシア留学中・脱力進行中

モスクワ留学滞在記、スポーツ(特にテニス)のこと。他に趣味(漫画や音楽)等いろいろ・・・

初陣

2007-02-22 06:54:37 | モスクワ留学記
前日の長時間のCM撮影の疲れも癒えぬまま、
17日(土)~18日(日)と、スーズダリに行ってきた。
アーニャとオーリャと3人で!

13日(火)の夜、アーニャに18日(日)のマースレニッツァに行こうと誘ったところ、
(マースレニッツァについては去年の日記「春の嵐」参照)
次の日になってその日はスーズダリに行こうと逆に誘ってきた。
しかも泊まりで!16日(金)の夜から出ましょう、ということだったが、
あいにくその日は例のCM撮影の予定があったため、土曜の朝出発にしてもらった。
まぁ泊まりと言ってもそんな深い意味は無いのだが。。。
アーニャのクラスメイトにオリガという子が居て、その子の別荘がスーズダリにあるから、
2人はそこに泊まり、俺は安ホテルを1人で探して一夜を過ごすという予定。
オリガとは面識無いし、アーニャとも一回会っただけ。女の子2人が過ごす場所に、
あまり深くは知らない外国人を泊めろって無理はさすがに言えませんな。

17日(土)朝9時半、地下鉄環状線クールスカヤ駅に集合。
ロシア人と日にちをまたいで長時間連続で過ごすのは初めてだから、ちょっと緊張。
駅の地上出口目の前から出ているバスに乗ってウラジーミルへ。(180ルーブル)
途中のトイレ休憩を含めて約3時間半、疲れてたのでほとんど寝て過ごした。
ウラジーミルのターミナルでスーズダリ行きのバスに乗り換え。(33ルーブル)
座席番号25番のチケットを買ったのだが、席は24番までしかなく25番が無い!
アーニャとオーリャは23・24番。途方にくれて立ってる俺を、2人はゲラゲラ笑ってた。
ウラジーミルからスーズダリまでは、このおんぼろバスで約50分。
その後スーズダリのバスターミナルからマルシュルートカで街の中心へ。
心なしか寒さもまして雪もたくさん積もっている気が。。。
もっと厚着して来れば良かったかな。。。

中心部に着くと見たことのある懐かしい風景が。
実はスーズダリには去年の6月に一度エクスカーションで行った事があるのだ!
(去年の日記「スーズダリ・エクスカーション、そして…」参照)
このことはアーニャとオーリャには内緒。誰と行った、とか説明が面倒くさいので・・・
で、中心部に立つ安いホテルに行ったのだが満室。
翌日がマースレニッツァのお祭りなので、たくさんの旅行者が来てるらしい。
なので中心部から遠く離れた「ГТК」というホテルへ。
街の中心には歩いていくのはしんどいが、すごく大きくて近代的なホテルだった。
たぶんスーズダリでは一番のホテルだな。空き室もまだあった。
ただ値段も近代的で、ツインに1人で泊まると1泊2,160ルーブル(約1万円)。
高い!アーニャが「ちょっと高すぎかな?」と申し訳無さそうに聞いてきたが、
ここで「問題あり」と言ったらどうなっただろうか・・・
さすがに家に泊めてって言うのもあつかましい気がしたし、
「昨日バイト代をたくさん貰ったから問題なし」と答えておいたんだが・・・
ということでこのホテルの33番部屋に宿泊することになった。

ホテルに荷物を置いてから、街を散歩しようと3人で外へ出ると、
ホテルの前の小高い丘で、早くもお祭りのように酒盛りやダンスが始まっていた。
なんて気が早い。混じって少し踊ってきた。
目の前には滑り台のようなものがあり、子供も大人もソリのようなもので滑っている。
アーニャがどこから拾ってきたのか、壊れたソリとダンボールを持ってきて、
一緒に滑ろう、と言うのでやってみることにした。
「私のソリのが早いから、私が前ね。さぁ捕まって」
え!一緒に滑るの!?ラッキー。
ということで後ろからアーニャに捕まって坂を滑り降りたんだが、
結構なスピードが出たために、ドサクサ紛れで胸の辺りをわしづかみしてしまった・・・
嫌われたかなー、と心配したが、「もう1回!」と言ってくれたので一安心。
でも次は俺が前だったけど・・・

この間オーリャは煙草を吸いながら俺たちを眺めていた。
父親の両親はドイツ人のようで、祭りのノリにあまりついてこないのは、
その典型的ドイツ人的性格によるものだとアーニャは言っていた。
まぁ当たってるかどうかは知らないけど。
ちなみに俺はロシア人に近いらしい。祭りで一緒に踊ってたから。
単純な性格診断だな!

再び歩いてオーリャの家へ向かう。やばい、道を全く覚えてないぞ。
ただ、オーリャの家はすごく中心に近く(歩いて15分くらい)、
しかも前回のエクスカーションで最初に行った「野外木造建築博物館」のすぐ近くだった。
なんていいロケーションなんだ!!

オーリャの家は一戸建てで、とても快適な広さの家だった。
(ちなみにスーズダリは建築の高さ制限があり、マンションのようなものは無い)
地下室には卓球台やちょっとしたトレーニング器具が合ったり、
テレビでは衛星放送でEuroSportなどの多チャンネルが受信可能!!
リューシャという猫をかっていて、これがまた可愛いの何の!
家族はモスクワにすんでいるので、一家がスーズダリの家にいない間は、
リューシャはお隣さんに世話をしてもらっているらしい。ロシア的だなぁ。
で3人で簡単な夕食を作って食べた後、団欒していたら、
エジプトに行ったという話になって、エジプトの水煙草の話に。
スーズダリにも安い店があるそうで、アーニャが水煙草を吸いに行こうと提案。
俺は酒とギャンブルはOKだが、麻薬と煙草は一生やらないと誓っているのだが。。。
誘いに負けて行ってしまった。
(長くなったので続きは次回へ。写真はオーリャの家の猫リューシャと戯れるアーニャ)

俳優の新しい仕事

2007-02-20 07:58:11 | モスクワ留学記
16日(金)、ロシアでのCMデビュー!
この1本を足がかりに、大手プロダクションの目に留まって
末は1本5,000万のギャラを受け取る売れっ子に・・・
と、妄想だけが膨らむ。。。あ、財布も少し膨らんだ。
CMのスポンサーは「Nestle」、商品はチョコレート「Nuts」。超大手!

事の起こりは2日(金)、元同じモスクワ大学の留学生仲間で、
今はプーシキン大学に留学しているGトウさんからの電話。
「4日(日)は暇ですか?暇だったらCM出演の依頼の話しがあるんだけど」
「行きます」
ということでその日に某プロダクションに行き、
カメラの前に立って簡単なプロフィールを言った後、
今後のスケジュールを聞いて終了。
出演OKだった場合には、13日(火)に衣装合わせ、15日(木)~16日(金)で撮影。
集合時間その他は追って連絡するとの事。
しかし待てど暮らせどその後のスケジュールの連絡が来ないので、
こっちから電話をかけてみたら、
「あなた達には出てもらうことは決まっているから、金曜日の朝に集合ね」
だと。13日も15日も必要ないなら早く連絡よこせよ!!
TV撮影にも拘らず、適当なのがいかにもロシアっぽい。

で、16日(金)、朝8時半に地下鉄マルクシスツカヤ駅に集合。
そのままマルシュルートカに乗って撮影スタジオへ。(工場のような場所だった)
倉庫の中には大きなセットが組まれており、ホテルのロビーのような感じ。
1時間ほど何もすることがなく、Gトウさんと中をウロウロ。
その後、用意された衣装に着替え、役柄は日本人ビジネスマンの役だと判明。
でも心なしかスーツの柄がホストっぽいぞ。こんなサラリーマン日本には居ねぇ!
衣装への着替えは3人の女の子が担当し、何もやらなくても着せ替えしてくれる。
着替えが済んだら次はメイク。本物のメイキャッパーの女の子が、化粧をしてくれた。
といってもメイクは顔色を少し明るくしただけなんで、死ぬほど早く済んでしまったが。
初めて顔に化粧なるものをした。結構気持ちよかった。

で、撮影。女性ディレクターが会場を仕切り、監督はインド人。
この監督は全くロシア語が出来ないため、女ディレクターが英・露語を自在に操り、
会場のすべて取り仕切っていた。かなり格好良かった。印象的な言葉↓
「Приготовились к съёмке!Тишина пожалуйста!Видео!Камера!Мотор!И--и Начали!!」
メインの役柄は3人。
ナッツガール(女優)、その元彼氏(俳優)、彼氏の新しい彼女(モデル)。
俳優は全く普通の人間だったが、女優とモデルはやばいくらいスタイル良かった。
その他は俺たちを含めて素人のエキストラだが、そのエキストラの中でも
日本人ビジネスマンの役はかなり扱いがでかかった!
ピン(というか2人)で映るシーンも3秒くらいあるかも。
カットされなければだけど。う~ん、全ロシアデビュー、悪くない。

大勢が素人なのでかなり撮影時間が押し、予定では夜9時頃終了だったのが、
結局12時過ぎまでかかった。これはしんどい。
しかも最終盤のシーンでも出演予定だったのが、時間の関係でカットされ、
結局最後の4~5時間くらいは居ても意味無かったし。
この時間はほとんど女優とモデルのデジカメ撮影に終始してた。
あと、共演の素人ロシア人の若者との会話と電話番号交換(悲しいながら全員男)。

ちなみに撮影セットの横ではちょっとした食事が提供され、
コーヒー・紅茶・ココア・コーラ等が飲み放題、
ブッテルブロードやハムエッグ、サラダやカツレツなどが振舞われていた。
暇な時間はほとんど食べていたので、お腹が空くことは全く無かった。
ロシアにロケ弁はないよなぁ、と思っていたけど、これはかなり良かった。

それにしてもちょっとくらい商品を貰えるのかと思いきや全く貰えず、
さらに画面に映っていた形跡もほとんど無い。こんなんでCMになるのかな?
あ、死ぬほど長い拘束時間(16時間ほど)で、給料は100ドルでした。
安いかな?まぁこんなもんか。第2弾の依頼があることに期待。

写真は華麗に撮影されるわし(ウソ)。ナッツガールとモデルの写真が見たければこちら

肖像

2007-02-11 23:55:00 | モスクワ留学記
先週の日曜日のこと。
最近知り合ったアーニャという可愛い女の子から、
携帯にメールが。『良かったら電話ちょうだい』
おっと、これは!!早速電話を掛けてみる俺。
ヒロキアイス「こんにちは。元気?」
アーニャ「こんにちは。プーシキン美術館って知ってる?」
H「クロポトキンスカヤの?知ってるよ、行ったことないけど」
A「そこで仮面などの面白い展示会が開かれてるから行ってみる事を薦めるわ」
H「(心の声;お~っと、これはデートのお誘いか!!?やったぜ!)面白そうだね。行きたいな」
A「もうすぐ展示が終了だから、行くなら早めの方がいいわよ」
H「勿論すぐ行くよ(心の声;あれ?誘ってるにしちゃ動詞が2人称だ、変だな)君も行くの?」
A「私はたった今行ってきたのよ」
もう行ったんか~い!!

ちなみに上記はマッキーの日記に書いたコメントを拝借してきました。
ということで、11日(日)にプーシキン美術館に行ってきた。
展示会は「マスク;神話から仮面舞踏会まで」11月28日~2月18日まで。
アーニャには行ったこと無いと言ったが、実は2000年の旅行の際に、
一度だけ来た事がある、が、ほとんど記憶にはないので行ったことないも同然だ。
特別展示会の常で、終わりに近づくと人がたくさん押し寄せる。
小さい子達も多く来ていて、チケット売り場は結構な列が出来ていた。
学生証を提示したらチケットを渡されたので、幾らか聞いてみると、
「無料よ」マジか!!
学生料金は普通の外国人料金と比べて破格に安くなるのはロシアの常だが、
まさか無料とは!!これはビックリだ。今まで行かなくて損した。

1階には絵画や彫刻が並んでいるが(ミケランジェロのダビデ像まで!模造品だけど)
入ってすぐに特別展示は2階と聞いたので、一目散に2階へ行った。
アーニャが気に入ったといっていた「キツネの仮面」をとりあえず探し、
日本の能で出てくるキツネだと分かって一安心。
教えてもらったこれの名前を忘れる可能性があったので、
他には目もくれずに探したのだ。見つかって良かった良かった。
あとはゆっくり鑑賞。日本の能、中国の獅子舞、エジプトのミイラの面のほかに、
北アメリカ&メキシコやアフリカ、オセアニア、インド・スリランカまで、
世界中の仮面があった。中でもブリャート地方の仮面が気に入った。
基本的に館内での写真撮影はダメなので、面白い仮面があっても載せられないのが残念。

全体の数はそれほど多くはないので、1時間ほどで見終わって、
あとは他の美術品を鑑賞。といっても順路を適当に見て回っただけで、
ほとんど観ちゃいないが。少しだけ、エル・グレコの作品とギリシャ彫刻の模造
(ラオコーン、アテネ像、瀕死のガリア人、サモトラケのニケとかがある)はしっかり観といた。

帰りにクロポトキンスカヤ駅目の前の「救世主キリスト聖堂」に寄る。
ここは活動している教会なのでもちろん入場無料。いやいや、安い観光だ。
ここの地下には今まで行った事がなかったのだが、初めて入った。
イコンなどのほかに、ソビエト政権によって一度破壊されて97年に再び再建された、
波乱の生涯を持つこの教会の写真や設計図などの展示があった。
あと、現総主教のアレクシー2世の若い頃の写真がたくさんあったが、
恐ろしく美男子でビックリした。あの顔で総主教になるなんて勿体無い。。。何が?

夜、早速アーニャに、今日展示会に行ったことをメールした。
実はこれが目的だったりして。しかしアーニャは誰と行ったんだ~?う~む。

突然の新しい仕事? Kap.Ⅴ

2007-02-09 23:59:57 | モスクワ留学記
9日(金)、寝坊して会話の授業グッバイ。。。
今週2回目の寝坊、今年に入って3回目、いかんいかん。

夜6時半、久しぶりの日本語家庭教師。
前回と大分期間が開いてしまったので、参考までに過去の日記リンクでも。
(突然の新しい仕事?Kap.ⅡKap.ⅢKap.Ⅳ)
前回のすっぽかしからようやくの再開。
しかも、その再開第1回目も、先週からお互いの事情で延び延びになって、
ようやく今日、それが実現した。
エレベータを上がりユリアのアパートの玄関前に着くと、ユリアが待っていて
「ひさしぶり!」と言っていきなりきつく抱きしめられた。
ロシア人に抱きつかれたのは初めてなのでちょっと緊張。
でも家に入ると彼氏と思しきサーシャ(アレクサンドル)という男が居たので、
これもロシア流の挨拶なんだろう、親しい間柄での、かな?
このサーシャは、家庭教師休職中に何度となく俺に電話をかけてきた男で、
一応話したことはあった。電話で聞いた声から思ってたよりかなり若く格好良く、
しかも英語で書いた日本を題材にした小説を読んでいるインテリ。
その本の題名は「SHOGUN」。何が書いてあるか聞いてみたら、
キリスト教伝来以降、16世紀の九州地区とポルトガル等との貿易を書いているようだ。
九州あたりの聞いたことないような大名が登場人物らしいが、
何で題名が将軍なのかは意味不明。将軍はロシア語でもショーグンと訳されてるので、
売れるためにキャッチーな言葉を題名に据えたのだろうか、はてさて。

この日は勉強の前にユリアがネットからプリントアウトした日本の自社仏閣の資料を見て、
「~県にある」「行った事がある」「仏教にも宗派がある」などをお喋り。
でも18のうち3分の1近く知らない寺社があって、ちとショック。
で、本題の勉強はというと、前回の続きで「動詞」。
ほとんど日本語の単語を覚えていない人間が手をつけていい分野じゃない!
でも生徒が早く進みたがるのだから仕方ないと、しゃぁなしで説明に力を尽くす。
Kap.Ⅲで書いたような、動詞の規則変化・不規則変化をもう一度説明し、
思い出したところで練習問題。会話形式の文章の動詞の直後の空欄に
「~ます」「~ません」「~ました」「~ませんでした」のどれかを当てはめる。
能動形と否定形、現在・未来形と過去形という分かれ方だが、
日本語は現在形と未来形が同じなのか!と、ユリアはサーシャと2人で大笑いしていた。
まぁこの練習問題は文章の意味が分かれば非常に簡単な作業だが、
ユリアは単語をほとんど覚えていないので、一文一文説明するのが一苦労。
さらに何故ここには「~ました」があてはまるか、などを何度も何度も説明して、
10個ほどある練習問題の最後にようやく理解をしてくれた。良かった良かった。

バイト代の300ルーブルを受け取り終了。今日も頑張って教えた。
サヨウナラの時にも1回強めのハグがあった。サーシャが怒るぞ。
なんだかんだ2時間以上も長居してしまい、家を出たのは9時丁度。
今夜はクラスメイトのヒロリンクルの誕生日。早く帰らねばならぬのに。
帰り、風が強くて死ぬほど寒く、この冬一番の冷え込みだと思ったが、
帰ったら隣室のヒラシェンコに「気温は大したことないっすよ」って言われた。
あんなに寒かったのに!分かってくれないもどかしさよ。
誕生日会は総勢6人、盛大に行われました。おめでとう、ヒロリンクル!

終わりなき協奏曲 Kap.Ⅳ

2007-02-04 04:16:34 | 音楽・コンサート・バレエ・オペラ
3日(土)、ロシア人の友人スヴェータ、ウリアナと
チャイコフスキー・ホールへコンサートに行く。

5時、少し早めにマヤコフスカヤ駅で落ち合い、
以前にも行ったことのあるクレープ屋へ。(参考→聖地)
そこで1時間少しお喋りをしてから、目の前にあるホールに向かった。

チケットは最も安い200ルーブルの1階バルコーン、
しかし観客が少なかったせいもあって自由な場所に座ってOKという事になった。
それですごく良い席に座れた。ラッキー。

演目は「若き天才達」
パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番 ソリスト=セルゲイ・ドガディン
リストのピアノ協奏曲第2番 ソリスト=アーシャ・コレパノワ
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番 ソリスト=ドミトリー・カプリン
アレクサンドル・スルツキー指揮、ロシア国立アカデミー交響楽団の演奏

最初のパガニーニは、少しソリストがイマイチだった気がするが、
(高音部分でかなり音がかすれていて、あまり良い気はしなかった)
パガニーニのヴァイオリン協奏曲はやっぱり超絶技巧だなぁ、ということが分かった。
2曲目のリストは、ソリストの熱演が良く、あまり聴きなれない曲ではあったが、
かなり満足。他の2人もやっぱりこっちが気に入ったらしい。
でも俺たちだけでなく観客も含めて全員、お目当てはラフマニノフなんだよな。
で、結果はとても良かった。変に情感にうったえない演奏のが心を揺さぶられる。
演出過多はどこの世界でも気をつけなければいけないものだとつくづく思う。
一昨年11月にもここで「若き天才達」のプログラムを聴いたが(参考→終わりなき協奏曲)
その時もソリストは違えどこのラフマニノフの3番は素晴らしかった。
このプログラムはかなり気に入ったので、機会があれば次にも行こう。

ちなみにこの日、スヴェータには、かねてからの約束であった、
ショスタコーヴィチの交響曲全集を貸した。
ロジェストヴェンスキー指揮とルドルフ・バルシャイ指揮の2つを持っており、
前者の方がよりお勧めだが、後者はボックスごと貸せるので、
曲名とか知らないスヴェータにはこっちの方がよい。
前者は箱から出してCDケースで持ってきているので、
貸すとなるとケースごとになるので他のCDも大量に貸さなきゃならないし。
まぁバルシャイの方はかなりオーソドックスに弾いてくれているので、
最初に聴くならこっちの方がいいかもしれない。
これで半月後には彼女もショスタコの虜だろう、フフフ。

ちなみに写真は上層階から撮ったホールのブッフェ。

さらば、遠き日

2007-02-01 23:37:51 | モスクワ留学記
全豪OPも全く盛り上がりなく相変わらずの王者の完全優勝で終わろうという中、
留学仲間の4月生の3人が日本へと帰っていった。

まずは1月25日(木)、Rョウ。
この男は、いやこの方は俺の師匠と呼ぶに相応しい。
Eロに関しては留学生仲間随一の資質を持ち、
そのジャニーズな風貌からは想像もつかない含蓄のある言葉を紡ぎだす。
最後の2ヶ月間で急激に仲良くなったのも、この方の知識によるところが大きい。
Kバラ嬢を目の前にしての2人の絶妙な掛け合いは、
モスクワ一を誇ったと自負している。
あの瞬間、俺たちはモスクワ一のアホだった。
いつか俺が成長したら、是非コンビを組んで欲しい。
その時の誘いの言葉ももう決まっている。
「史上最強の男が史上最強の男を誘いにきた
 Aチ君と組んだのも一度なら私と組むのも一度
 機会が二度君のドアをノックすると考えるな」

次は1月28日(日)、Aチ。
この男は、モスクワでも1、2を誇る、いやダントツで1番のダメ男だった。
決め台詞は「神様・・・!」ナンでもこれで救われると思っているのか。
注意力が足りない、配慮が足りない、経験が足りない、長さが足りない、
他にもたくさんの足りないものがある。
だからこそ今後の人生が面白いと思ってみないかね?
Aチよ、お前はとてもいい奴だ。これは俺の本心だ。
色々書いたがお前に本当に足りないものは、自信だけだ。
自信があれば他のものは自然に身についてくるよ。
これからの彼の人生に幸あらんことを。

そして最後。留学仲間の4月生全11人の大トリを務めるのはこの男しかいない。
1月29日(月)、Sゲル。
モスクワ一のロマンチストだったこの男は、最後まで己を貫き通していった。
妙な風貌に似合わず、純愛を語らせたら№1だ。こんな奴、初めて会った。
思えば4月生で一番コイツにお世話になったかもしれない。(金の面だけじゃなく)
ありがとうと言いたい。お前と酒を飲んで大騒ぎをした11月末の2日間は、
忘れたくても忘れられそうにない。だからいっそずっと忘れずにいられるように、
あのときの写真を送ってください。


日記に書くと少し寂しくなるので書かなかったが、
これを書かないと次の日記が書けないのでやっぱり書いた。
あれだけ賑やかだったのに、今は10人しかいないからなぁ。洗濯機も使い放題だ。

2月になった。9月生にしてみれば、10ヶ月間の留学の折り返し地点だ。
時間の経つ早さを、今年もまた肌身に感じながら、後半に賭ける。