Belle Epoque

美しい空間と、美しい時間

『オペラ座の怪人』

2005-02-16 | cinema... eiga
数年前、ロンドンに旅行に行った時、初めてこの舞台を観ました。
ものすごい感動で、涙と鳥肌の連続でした。
きっとあれ以上には、映画にも、二度目以降の舞台にも、もちろん「四季」にも、感動することはないだろうと思っていたので、今回、映画を気楽に面白く、鑑賞してきました。
映画ならではの良さ・美しさを堪能出来て、良かった。
ただし、テーマには、解決することのない問題が込められていて、ずっと心に残る演目であることは、変わらないと思います。

以前、友達から借りた本、林 望氏著の『リンボウ先生、イギリスへ帰る』中にある、"叡智それとも死?"とタイトルされた名エッセイ。
『オペラ座の怪人』舞台への、熱い想いが綴られています。
そこに暴かれたテーマに感銘を受けて、その内容が頭にありつつの、今回の鑑賞でした。
「老醜とセクシュアリティ」というキーワードを踏まえて書かれた、このエッセイ。
まだの方には、ぜひ一読をオススメしたい名文ですよ!
この印象があまりにも強烈で、映画を観ていても、ファントムの悲哀が、よりじんじん感じられてしまった。


老醜。
この、誰もが避けて通れない現象。
醜いファントムとは、決して異世界の住人ではなく、来るあなた自身の姿の暗喩。
あなたはその時、不意に自分に湧き上がった恋の情熱を、自身の老醜のためにためらうことがあるのではないだろうか?
その引け目を、社会的地位(仮面)で覆って、自分の魅力を形作ろうとするのではないだろうか?
しかし、恋は、自分の仮面をすべて取り去ったところに真髄があるもの。
「本当のあなたを見せて」と、仮面を剥ぎ取りにかかる恋人に、ありのままの自分の、すべてを晒す勇気がありますか?
若い恋人、若い恋敵(つまりは自分が失ったものを持つ相手の脅威)、そこに直面したあなた自身のセクシュアリティの問題は、深く、重く、教養ある大人であるあなたにのしかかる。

そして、もうひとつのセクシュアリティの問題は、少女クリスティーヌの葛藤。
若く美しい恋人ラウルと、ファントムの間で揺れ動く。
幼い頃に両親を亡くした彼女にとって、ファントムは父親の代償であり、同時に永遠の恋人でさえあります。
ただし、大人に向かうにつれて、親の庇護からは卒業していく。自分と同世代の恋人と、新しく関係を作り上げていき、与えられることから巣立っていく。
しかし、真の深い愛を与えられた記憶は、彼女の中に深く根付き、なかなかその甘い心地良さから抜け出すことが出来ない。
結局、彼女が本当に愛しているのは、どちらか。
表面的にはラウルであっても、彼女の本当の心は、ファントムへ向かっている。
永遠に満たされない、登場人物たちの想い。
・・・


・・・そんな重みのある内容の、林さんの評ですが、歳を経てなお深くなる、恋という感情の激しさ、重さを感じさせますよね。
まさに、魔物。
「ファントム」って、恋にとりつかれた人間そのもののようです。

ふと視点をかえますが、
個人的には、クリスティーヌも、かなりつらい立場だと思うんです。。
究極の選択じゃありませんか?
AにもBにも、すごく惹き合うものを感じ、情熱的な想いを寄せている。
欲張っているわけではなく、彼女は、惹かれるものに素直になりたいと思っている。
でもその道がひとつではない。
自分の心がわからない、定まらない、ことほど、悩ましいことはありません。
これはつらい・・・。

美しい登場人物たち(うーん、クリスティーヌの肌の美しさったらないですね!!)の豪華絢爛さに魅せられつつ、
その濃密な恋愛関係に圧倒された、2時間強でした。

公式ページは、こちら。

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはよ ( insomnia_1980)
2005-03-09 10:11:10
オペラ座の怪人か~なんだか哀れな感情だけがそこに生き続けていつの間にかそう呼ばれる様になってしまったのかな…と勝手な想いが過ぎる。
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映画は観ました?(*^-^) (mi)
2005-03-10 00:43:59
せつないお話で、永遠のヒット作ですよね、これ。。

でも、そのせつなさに心奪われながらも、

映画で、仮面舞踏会のシーンがあったとき、「マツケンサンバ」を連想してしまい、なんか違う楽しみをも味わってしまいましたよ・・・
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