Belle Epoque

美しい空間と、美しい時間

ロダーリ『猫と共に去りぬ』

2020-11-09 | rayonnage...hondana
この秋に実は、イタリア語を学び始めました。
この春、家族の1人を亡くし、沈んでいた折、
「人生で一番楽しかったことは、なんだろう」
後悔がないようにしようと自分の人生を振り返ってみたら、20代後半に仲良しと女2人で気楽に旅したイタリアが、一番楽しく美味しく輝いていたと思いました。
ヴェネツィアで泊まった古城のようなホテルの部屋、川辺のお店で飲んだ貴腐ワイン、フィレンツェの街角で食べた肉入りのパイ、ローマの明るく秘密めいた街並み、そこで出会った素晴らしい絵。
フランス語で旅をしても全然困らなかったので、そこがまた安心できました。
しかし、わかるようで一番肝心なところがわからないストレスも確かに残っていました。動詞は大体一緒なので雰囲気でわかりますが、美術館で、教会で、町の遺跡で、説明書が、見慣れない前置詞のオンパレードで全然読み取れない。
残りの人生から、イタリア語を学び始めてもいいんじゃないか、、と思い、近所に学校を探しました。

出会ったイタリア語スクールで、個人レッスン(他に入門コースの志願者がいなかったので、必然的に個人になり…)を受け始めました。
先生は、ドイツ語とラテン語が達者なんだそうですが、フランス語はわからない、、日本語も怪し目、、とのことで、なかなか、難航している対話とレッスン。
しかも、語学は最初がキツい。そうだったー、主語と述語の活用を叩き込むアレがあったんだったー!フランス語で泣きに泣いたあの記憶が蘇ってきました。
似ているようで似ていない、イタリア語とフランス語。
non、その言い方はフランス語です!と注意されてばかり。
口をついて出てくるようになるまでは、とにかく、反復練習しなければ。
大学時代にイタリア語も既習している夫は、「フランス語から見てイタリア語は方言のようなもんだよ。新しい言語をやってるとはいえないよ、すぐできるよ」と軽くいなしますが、いやいや、なかなか、、、


教室の入り口にある図書コーナーには、イタリア文学がずらっと並んでいます。
須賀敦子さんの本も…、
そうだ彼女も、パリの冷たい合理性に疲れてイタリアを選んだ人だった。
孤独の原っぱに立ち尽くすような彼女のエッセイに、共感することは多いです。
塩野七生さんの強さとは少し違う、等身大の人間の迷いが描かれていたりして、惹かれていました。

須賀敦子さんをしばらく読んだのち、ロダーリを勧められました。
ジャンニ・ロダーリ『猫と共に去りぬ
児童文学の第一人者とのことで、初めて知る名前でしたが、家出して猫に変身して暮らすおじいさんの話には、いきなり心を鷲掴みにされました。
とぼけたようで、真面目に真実を突いてくる、見事な世界。
イタリア文学というジャンルは目新しく、しばらく探求したいと思っています。

『猫と共に去りぬ』解説はこちらです。

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