*前の記事の続き
どちらのバスも大差ないので選ぶのに困ってしまった。
結局、どちらも15万ルピアだが、兄さんのバスは17時出発で4時着、姉さんのバスはこの後すぐ16時出発で5時着。同じ路線の高速バスなのに、その違いは何を意味しているのだろう。
つまり、短時間で着くほうが、バスの性能が良くより快適であると推察することができる。
・・・と、そんな推察しちゃだめよ、インドネシアでは。ははははは……。
私は自分のスルドイ推察に従い、しかも1時間でも早く着けるという兄さんのバスを選んだ。スラバヤで知人と落ち会う約束だったからだ。できるだけ待たせたくない。少しでも早く着いていたい。
姉さんのバスは明るいうちに出発していった。
ターミナルに並ぶプラスティックの椅子に座って、排気ガスにまみれながら、私の選んだバスが出発するのを待った。そのバスはZENAという大きな会社ので、珍しくバス会社の制服を来たインド系の顔立ちの女子が切符を売りに来た。ほかにも数人切符売りの若い人がいる。
しかし、5時を過ぎてもバスは出発する気配はなかった。
「何時に出るの?」と女子に聞くと6時だと言う。
「切符売りの兄さん5時って言ったのに」。女子は困った顔をした。
6時になっても、まだ出発の気配はなかった。
私は怒っていた。そして後悔していた。自分に対しても怒っていた。
モスリム姉さんのバスに乗れば、明るいうちだったから景色が見られたのに、もう暗くなっている。せっかくバスに乗るのに景色を見ることができない。私の選択ミスだ。でも、このバスは朝4時に着くと言われたから選んだのだ。それは間違っていない。でもこんなに遅れたら着かないだろう。
「5時に出るって言ったのに」とバス会社の別の兄さんに抗議すると、
「出発時間は遅れるけど、到着時間は遅れないので大丈夫です」だと。
そうなんですか?
そして、7時頃には私の顔にははっきりと「わたし怒っています」と書いてあった。「インドネシアは大嫌いだ」とも。客を獲得するためにだったら、平気で不確かなことや嘘を言う。客の都合なんて考えない。
しかし、そもそもインドネシアのバスで、何時に出発し何時に到着するということを想定すること自体ナンセンスなんだとは、そのときまだ知らなかった。
結局バスが出発したのは夜7時45分、スラバヤに到着したのは朝7時だった。
知人は2時間待っていた。そんなにも待たせてしまったことがくやしかった。
また、やられた。
誰もが確かなことを言い、誰の言うことも基本的には信用していい日本が、悲しいくらい懐かしかった。
日本に帰国後、私はインドネシア語の教科書の中に、「どうして日本人はすぐ怒るのですか」という例文を見つけた。
写真/バリ島デンパサールのバスターミナルで、バスを待ちながらヒンドゥーの飾りを作る家族
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