山里ひぐらしの小径

木曽路の入り口、岐阜県中津川市に移り住んで約20年。
人と自然とのかかわりをテーマに、山里、植物、離島など。

月の光の明るい夜

2016-05-24 | めぐる季節と自然
今日は久しぶりにうっすら雲が出ていますが、晴れてさわやかな風が吹く日です。

ここ3日ほど、明るい月の夜が続きました。
7時か8時頃、皓皓とオレンジ色がかった月が昇ってきて
それから夜中じゅう、窓から家の中に青い月の光が差し込んできます。
横になりながら見ているのは気持ちのいいものです。
それにしても月はオレンジ色なのに、光が青いのは不思議です。

月の光は窓の外の林の樹々の枝や葉の一枚一枚も照らして、
それらがくっきりと見えます。
眠れなくてずっと見ていると、残念なことに、月が沈む前に空が明るくなってきてしまいます。
夏の夜は短くて、月が見られる時間も短くなってしまうことに気づきます。

平安時代の日本人は、立待月とか寝待月とか名前をつけて
月の形を見て時間を知ったり、日にちを知ったりしていた。
月が暮らしの中で大切な役割を果たしていたということです。


せっせと書いていますが、今日も頭痛です。
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ホトトギス到来とチガヤ出穂

2016-05-23 | 植物

昨日、ホトトギスが到来しました。
この頃、山は鮮やかな黄緑色から深い緑色へと移行しつつあり、
木の葉の生い茂るむせかえるような生気にあふれています。
ホトトギスの声を聞くと、それが暗い時間であっても、山の鮮やかさが脳裏に迫ってきます。
それは脳裏に見える視覚というより、嗅覚に近く感じられます。

4日ほど前、チガヤの穂が茎の先に見え始めたと思ったら、翌日には立派な紫色がかった穂を伸ばしており、次の日には白い綿毛になっていました。そのスピードに驚きます。
綿毛というと種子を飛ばすためにあるという先入観があるわけですが、まさかそんなにも早く種子が成熟するとは思われません。
見てみると、綿毛の中には黄色いおしべの先の花粉の部分があるだけで、もちろん種子になどなっていないのです。
何のためにそんなに早々と綿毛を出すのでしょうか。
綿毛と一緒に花粉が飛んでいく?
ススキやメリケンカルカヤはどういうしくみになっているのでしょう。
分かっているようで分かっていないことばかりです。
チガヤを今後も観察してみようと思います。


4月の下旬からずっと頭痛が続いています。
仕事が遅々として進まないためブログを書くのを自粛していましたが、もしかして書かないせいで頭痛になるのかもしれないと思い(!)
また書いてみることにしました。
とりあえず、昨日書きましたが、今日も頭痛です。
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満月の夜に、帰ってきたクワタ君(仮名)

2016-05-22 | なんとなく報告
近所のスーパーのレジからクワタ君(仮名)が消えたのは去年の夏のことだった。
アルバイトだからきっと近くの大学の学生だろうと思った。
私が彼に注目し、彼のところにばかり並んでいたのは、彼がイケメンだったからではない。
レジが超絶的に速かったのだ。

それはもう、目にも止まらぬ速さで商品を右から左に動かし次々とカゴに入れていく。
とにかくレジに全力をかけている様子が分かった。
てきとうに手を抜いてバイトして給料をもらおうなんていう気は一切ない。
僕はどんなことであろうと一生懸命やって向上を目指しますという精神が見てとれた。
両隣のプロパー社員らしきおばさんたちと比べると2倍ぐらいの速さはある。

そこに並ぶと早くレジを売ってもらえるからということよりも
その仕事ぶりのすがすがしさに魅かれていたのだと思う。
ずっとその調子でがんばれ、とこっそり彼を応援していた。
もちろんじっと見つめたり話しかけたりはしない。あくまでも、こっそりとである。
そんなふうに一生懸命仕事する心を持ち続けたらきっと将来大物になれるだろうと思った。

そんなクワタ君でもときどき少し遅いこともあった。きっと長時間一生懸命やりすぎて疲れたんだろうと思う。
少し遅くても、ほかの人よりは早い。

それが7月になって、クワタ君がお店に見られなくなった。
きっと夏休みだから帰省でもしてるんだろうと思った。
しかし。秋になってもクワタ君は戻ってこなかった。
ずっと待っていたけれど、全然戻ってこなかった。

プロパー社員のトミタ君(仮名)によほど「クワタ君やめたの?」と聞こうかと思った。
トミタ君はクワタ君の次にレジが速い人である。
でもトミタ君とも知り合いなわけでもないので聞けずにいた。
とにかく、もう何カ月もいないのだから、やめて卒業してどっか行っちゃったのだと思って、今ではすっかりあきらめていた。


それがきのうの夜、お店に行くと、クワタ君がいたのである。
一瞬まばたきして、まちがいでないか見てしまった。
なんとまあ、うれしいではないか!
いつも188円の豆乳が155円だったことよりもずっと、うれしいことではないか!
本当に驚いた。

わたしはクワタ君のレジに行って、どうしてもうれしさを抑えられずに言ってしまった。
「久しぶりですね」
するとクワタ君は特に驚きもせず
「そうですね。お久しぶりです」
とほのかに微笑みながら言う。
彼が私のことなど覚えているわけない。なのにそのようなことを言うとはなかなか手練れなヤツである。

どうしてたの、とかもっといろいろ聞きたい気がしたが、聞きませんよ。
静かにお金を払って帰りました。

なんと何カ月ぶりかで帰って来たんだ、と思ったけれど
よく考えてみると、夜の部で、ずっとお店にいたのかもしれないのだ。
私はそんな夜遅くスーパーには行かない。
いやいやたまには行くわよ。でもいなかった。
などとイロイロ考える。

クワタ君の名札には「アルバイト」と書いてなかった。
もしかしてプロパー社員になったのだろうか。
もしそうならこの同じ店に配属されるのも変な気がするけど。
そしてもしそうならそれは私が去年の今頃入口の「ご意見箱」に「クワタ君はこの店の宝です」と書いて投げ込んだことと関係あるのだろうか。
ないよね。



山里とはあまり関係のない話題で失礼しました。
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モクレン科の当たり年か

2016-04-15 | めぐる季節と自然
春が静かに終わっていきます。

けれど、朝からずっと寒いです。外に出るとひんやりします。昼間は車の中にいると暑かったのですが。
今年はシデコブシの花付きがものすごくよく、見事でした。もう最盛期は過ぎましたが、日陰のものはまだ花が見られます。

それよりも、山肌のタムシバのすごさ。すばらしいというより、気持ち悪い……。
私には山を這うカイコみたいに見えてしまいます。
とにかくぎっしり並んで咲いている。
恐らく尾根っぽいところにずらっと生えているのでしょう。

前にも書きましたが、シデコブシとタムシバを標高による棲み分けのように言う人がありますが(650m以下はシデコブシとか)、私はそうは思いません。
シデコブシは水の浸み出るところ、タムシバは山の比較的急な傾斜のところにあります。すなわちタムシバは水のはけるところにあると思います。ただ、乾いたところか適するかというとそうでもなく、どちらかというと北側斜面に多く見られますから、やはりある程度の水分を要するものと思います。水分だけでなく土の質や菌類との関係もあるでしょう。


ところで、福岡出身の知人が、福岡に住んでいた頃(おそらく20代なかばまで)、地震にあったことがなかったと言っていて驚いたことがあります。私たちは学校で避難訓練があり、揺れたらすばやく机の下に入る練習などしたので、今でも地震が来ると反射的に机の下に入りたくなりますが、福岡ではそういう訓練は全然なかったと。
でもやっぱり九州でもあるんですよね。昨日の熊本地震では福岡も揺れています。

それにしても、南海トラフ地震や東海沖地震についてはもうすっかり予期している状態だと思いますが、九州でこんな大きな地震が来るとは予期していなかった。九州に住んでいる人も同じでしょうか。かつて神戸の人は「神戸は地震がなくてええとこやで」と言っていました。
家が倒壊して犠牲になった人のことを思うと心が痛みます。無残で、そんな話を聞きたくありません。

父が地震で家具の下敷きになったらどうしようというのが、ずっと私の気がかりでした。人はいつか死にますが、父には絶対そういう死に方はしてほしくなかった。そんなことになったらやりきれません。
それで家具の固定を行政を通じて頼んだら、父は私をバカにしたように笑って言いました。「地震なんて来るわけないがや」
一体何を根拠にそんなことを言うのか! 
「俺が生きとる間は絶対東海地震なんて来んわ」
来るってテレビで言ってるじゃないか!
私は半泣きになって怒ったものですが、父の予言は当たりました。父は亡くなってしまいました。さすが我が父
災害で大変な目に遭っている人をテレビなどで見るたび、父がそのような目に遭わないで済んだことを、まずはよかったと思うものです。

写真は、キュウリグサ。1週間ほど前、愛知県尾張地方で。
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シデコブシ、桜の開花と、たんぽぽ惨殺事件

2016-03-29 | めぐる季節と自然
本日、近くの学校の桜が七分咲きぐらいになっていました。
恵那の恵那大橋のたもとの武並神社の桜は満開です。ただそれがソメイヨシノなのかちょっと疑わしいと初めて思った。色が黄ばんでるから。
名古屋では桜が結構足踏みしているようだから、今年はわりと差がないのかなと思います。

シデコブシも自生のものが5分咲き近くなっています。
恵那山は今日久しぶりに雪渓に濃い白い線が出ていたけど、もう雪をかぶってはいません。

景色は春なのに寒いことといったら!
誰かに会えばあいさつは決まって「寒いねぇー」です。

昨日は一天にわかにかき曇り稲妻が走ったので、隣の部屋の窓を閉めに行くと、身を切るような冷たい風がすうーっと入ってきた。雹が降るかな、と思ったけれど冷たい雨が降った。東京で雹が降ったと聞き、さにあらんと思う。


今日、畑を眺めに行こうと思ったら、誰か知らない人がうずくまっていた。私の畑の真ん中で。
畑とはいっても畝もつくっていない「空き地」的なところがあり、そこで何かを採取しているようだった。
一体誰なんだ? 一体何を採っているのだ? と不審に思う。
その場所には普通の人が採りたくなるようなものは何も生えていない。たとえばツクシとかヨモギとか。
その人がちっともいなくならないので、とりあえずすぐ行くのはやめて、1時間ぐらい後に確認しに行った。
するとそこには、バラバラになったタンポポの葉と綿毛になりかかった花などが散らばっていたのだった。
惨殺死体っぽい生々しい無残さ(見たことないけど)。
タンポポの根を掘ったのだろうかと思ったけれど、それほど土はめちゃくちゃになっていなかった。ただ1カ所に窪みがあった。

実は先日私は結構たくさんのタンポポの根をそこで採取している。2年間タンポポを生やしっぱなしにしていたら、根がすごく太くなっていたのだ。単に雑草として抜き捨てるつもりだったが、あまりに太いので、採ってきてしまってある。美容研究家には垂涎の物質である。
採取してすぐJAグリーンセンターに出荷したら結構高く売れるんじゃないかと思ったけど、そんな手間もかけられないし、人の美容の手助けするよりまず自分だろうと思う。

で、タンポポの根があまりに太いので、残りのタンポポは雑草として抜き捨てるのはやめ、そこそこ育てる(放置しておく)ことにしたのだ。

タンポポどろぼうさんの採った(らしき)タンポポはなぜか1株だけだった。まだまだたくさん生えている。
うずくまって採っていたから、うまく採れなかっただろう。大きなスコップに足を掛けてぐいっと掘らなければタンポポの根は採れないのですよ。

それにしても人の畑で堂々と採るなんて、なんて度胸だろう。
一応、使わないところにはシートをかけ、あとはネギを植えたり花を植えたり豆を植えたりしてあるから、領主の気配は感じられたはずである。
タンポポは畑の作物じゃなくて雑草だから採っていいと思ったんだろうな。
私にとってはタンポポも作物なんだよ、だんな。
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