不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Originale di La Visione di Ezechiele

2011-05-18 18:35:14 | アート・文化

フィレンツェのピッティ宮殿内にある
パラティーナ美術館のネプチューンの間、
防弾ガラスの向こうに大切に展示されている
ラファエロの「エゼキエルの幻視」
(La Visione di Ezechiele)。

四大預言者の一人であるエゼキエルが
空を割って神が現れる姿を見た
というシーンを描いたもの。
4人の福音書記者と二人の天使に囲まれている
父なる神が描かれています。
福音書記者は
それぞれシンボルとなる姿で描かれていて
左からマッテオ(天使)、マルコ(ライオン)、
ルカ(牡牛)、ジョヴァンニ(鷲)。

この作品が贋作であるという研究結果が発表になり、
「ダ・ヴィンチ・コード」ならぬ
「ラファエロ・コード」であると俄に騒がれています。

作品では空に現れた神の下に樫の木が描かれています。
樫の木はラファエロの時代の教皇
Giulio II della Rovere(ユリウス2世)の象徴であり
天空の神と地上の神を対比していると解釈されていますが
まさにこのシンボルが
作品の製作年を不確定にしている要素。
ヴァザーリは「サンタ・チェチリアのあとに描かれた」と
書き残しており、
それ以来どの時代もその解釈に沿って
作品は1514年に描かれたと考えられてきました。
しかしユリウス2世は1513年2月に亡くなっていて、
1514年の作品に
彼のシンボルが描かれるのは不自然ということで
今になってヴァザーリの記録の読み直しも行われています。
つまり彼は製作年を意図したのではなく
大きさもしくは作品の重要性に重点を置いて
「サンタ・チェチリアのあとに描かれた」
と記しただけではないかと。
ヴァザーリの記録には
一部信用できないものも含まれているので
後世にこのようなことが起きるのも珍しくはありません。

写真という技術がなかった時代には
有名な作品が他の画家によって
複製されることは日常茶飯事で、
また技術習得のために
後世の画家が複写することもありました。
従ってラファエロのこの作品が
コピーされていた可能性はもちろん十分考えられ、
実はかなり昔からもう一枚あると言われてきました。

1706年には何かの手違いで
オリジナルはオルレアンのルイ14世の手に渡り、
その後イギリスに全コレクションが売り渡されましたが
それ以降の行方がよくわからなくなっており、
ここ十数年ほどは
研究者の中でも疑問を抱く人も多かったのに
証拠もないため熱く語られることもなかったようです。

1983 年にはラファエロ生誕500年を記念して
フィレンツェでも大きな展覧会が行われました。
その際に他のオリジナル作品と同じように
数々のテストが行われましたが、
そのなかのレントゲン写真に
いわゆる画家の描き直しの痕が見つからなかったため
フィレンツェ美術監督局は
そのレントゲン写真だけはカタログに掲載しませんでした。
おそらくそのときに
贋作の可能性は認識されていたのでしょう。
ただ、このときにも
オリジナルの存在が知られていなかったので
大きく取り上げられることもなかったのです。

パラティーナ美術館の作品が贋作であるとすれば
オリジナルはどこにあるのかということですが、
エミリア・ロマーニャの個人蒐集家の手元にあるそうです。

現在ラファエロ研究の第一人者と言われる
Nicholas Pennyのもとに
蒐集家本人から1995年に連絡が入り、
一部研究者の間で
オリジナルの存在が知られるところとなりました。

この作品にも、
1983年に行われたのと同じテストを実施したところ
ラファエロの署名が見つかっています。
またラファエロは
ポプラ木板しか使わなかったと言われていますが、
パラティーナ美術館の作品は
オーク木板に描かれていることも
贋作であると言われる要因の一つ。
絵画の詳細部における精密度の高さは
言うまでもないようです。
Ezechiele
左が新たに見つかったラファエロ作
右が現在もパラティーナに飾られている作品。
素人目には並べて見比べて初めて
あぁ、そういわれればという気がする程度なのですが、
専門家にしてみれば重大事。
オレンジ色の空の部分、
天使の顔が徐々に光に溶けていくような表現、
画面下部の雲の層、
ラファエロが一番気を遣ったといわれる
人物の足の描き込み、
柔らかな布地の表現など
どれをとっても
やはりその出来上がりの質は異なるようです。

2008年から3年をかけて
オリジナルである証拠を追い続けてきたのは
Roberto De Feoという47歳の研究者。
この研究の結果で
彼の人生は大きく変わるのかもしれません。