葵から菊へ&東京の戦争遺跡を歩く会The Tokyo War Memorial Walkers

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専門家組織の国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを一元化は、戦前の陸軍軍医学校と陸軍東一病院に「先祖帰り」かも

2022年06月17日 | 新型コロナウイルス問題

政府は、次の感染症危機に備えるため、▽司令塔となる内閣感染症危機管理庁を新設することや、▽専門家組織の国立感染症研究所国立国際医療研究センターを一元化し、日本版CDC=疾病対策センターを創設することなどからなる対応強化策を決定しました。>新型コロナ対策本部 感染症対応の司令塔機能強化を正式決定

国立国際医療研究センターのアクセス図をご覧ください。両施設は新宿区道を挟んで、隣り合わせになっています。

map toyama

国立感染症研究所は、陸軍軍医学校であり、国立国際医療研究センターは、陸軍東京第一病院でしたので、地下道で繋がり、軍陣医学の研究と将兵の治療を担ってきました。

「坂の上の雲」の秋山好古は、陸軍軍医学校の病室で死去しました。関東軍第731部隊長だった石井四郎中将は、軍医学校内の「防疫研究室」で細菌戦の研究をしてきました。「人骨は告発する」サイトをご参照ください。

下記のイベントに参加されれば、「陸軍軍医学校」と「陸軍東京第一病院」について詳しい解説があります。

陸軍軍医学校に収蔵していた医療器具や文献史料は、全て自衛隊三宿基地内にある「彰古館」に移管してあります。「彰古館」に関するブログ記事は下記をご参照ください。

*「戦傷者の選別ートリアージ」 防衛ホームズ新聞社刊「彰古館ー知られざる軍陣医学の軌跡ー」から

*書籍「彰古館」から、「広島原爆調査資料」と「その内容について」

*「陸軍軍医学校原子爆弾調査報告資料」を世田谷原水協に報告

*「陸軍軍医学校原子爆弾調査報告資料」防衛省への情報公開請求文書名

*都内で初めて、世田谷区立平和資料館オープン。流石に保阪革新区政だ

*「攻められたらどうする?」という問いに

管理人が作図した「住宅地図と陸軍軍医学校の重ね図」

「陸軍軍医学校五十年史」より。左側が陸軍東京第一病院。(現在も、石垣擁壁は現存している)

国立感染症研究所正門。

国立国際医療研究センター病院。

医療センターの擁壁にある「地下通路跡」。

新宿区道を挟んで右側が感染症研究所、左側が国際医療研究センター研究所。

北側から撮影。

(了)

 

 

 

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