読書の森

恐怖の逃避行 その6


あらかじめ連絡はあったものの、司法書士、田貝の突然の訪問に稀衣は大いにまごついた。
男性が稀衣の部屋に入る事は滅多にないからだ。

田貝は中年のいかにも温厚そうな紳士だった。
病弱だった智宏が終活の相談を始めた時からの長い付き合いだと言う。
「実はあなたのお父様もお亡くなりになるまでご一緒にお暮らしだったのですよ」

稀衣は意外だった。兄弟仲は悪いと勝手に思い込んでいたからだ。
事の次第を田貝は説明してくれた。

戦後、佐野家の祖父母は先祖代々の家に戻って、そこで父と叔父は育った。父は祖父と考え方が合わず、上京後二度と帰郷しなかった。残った弟が地元で働いて祖父母の死後も家守ったのである。弟は宿痾の糖尿病で結婚が出来なかった、兄は借金を抱えて都会に戻れない、傷ついた二人は支え合って暮らしていたのである。
その地で働いて父は負債を返す事が出来た。
田貝はゆっくりゆっくりと二人の穏やかな日常生活を語ってくれた。

しかし、稀衣は懐かしい気持ちが込み上げるより以上に、イライラしてきた。
(早く本題に入ってくれないか)
それを見透かしたように、田貝が取り出したのはその土地の地図のcopyと財産目録だった。


没落したとはいえ、佐野家の所有地はかなり広い。山林や田畠を含めると1000坪近くあった。
「山林や田畠は荒れて今は売り物にはなりません。戦後改築した大きな家屋も50年以上過ぎて傷んでます。ただし」
「、、」なんて気をもたせるんだろう。この人。
自分でも浅ましいと思いながら、稀衣は財産目録を覗き込んだ。



「お祖父様の代から残る郵便貯金と株券が約2000万、お父様が残した銀行預金が300万」
「そこからおふたりの葬儀費用などを引いて、約1500万円残っております」
「何なんです?800万くらい葬儀費用とか諸費用がかかったのでしょうか?」
「当方は法的な報酬費用の他は一切手にしておりません。ただ田舎の事で、しかも土地1番の旧家でして」

田貝は無表情に頷いた。
(つまりそれを全部あなたが取り仕切ったのね)と言う言葉を稀衣は飲み込む。
「それで残る遺産は全部私の手に入るの?」
「その通りでございます」

注:写真の地図は全く無関係のものでございます。それらしく見せる為使用したものです。



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