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[ だいだらぼっち ] / 2005年07月31日
だいだらぼっちであります。遂にこのBLOGも最終回になってしまいました。
何か洒落た事や感動的な事でも書かねば、と思ったのですが、小生、根っから不調法者でして、いつもの通り淡々と〆させていただきます。

昨日の、初日の盛り上がりは余りにも異常でした。
先日のジャパンプレミアでもそうだったのですが、お客様がとても作品のことをご理解いただけているということを感じました。
これは小生にとって驚愕の事実であり、本当のことを言うとちょっと涙腺が緩んでしまいました。
このBLOGを覗いていただいた皆様、書き込みをしていただいた皆様、本当に有難うございました。
キャスト、スタッフ、皆このBLOGの盛り上りがあったからこそ、勇気を持ち、成功に向けて自分たちを信じていられたのではないかと思います。

劇場で「だいだらぼっちさんですよね?」と声をかけて頂いた皆様、すみません、愛想が無くて。悪気は無いのです。
ジャパンプレミアでも皆さんに拍手まで頂いたのに、すみません、笑顔がうまくできないのです。本当に悪気は無いのです。

とにかく、初日に関しては皆様のおかげで、全国的に超大成功を収めることが出来ました。先ずは御礼。

成功すると何か通常と違ったものを口にしたくなりますね。
こういうとき、小生は必ずシャンパーニュを飲むことにしています。
シャンパーニュと言えば出雲氏の大の好物。
彼は泡が大好きで、シャンパーニュ、ビール等の発泡系のアルコールを、女性とともに嗜むのを最高の喜びとしています。

シャンパーニュはご存知の通り、発泡系のワインでの一種でありまして、フランスのシャンパーニュ地方で製造されるものしかシャンパンを名乗ってはいけません。
発泡系ワイン(スパークリングワイン)の中には、イタリアで生産される「スプマンテ」やスペインの「カヴァ」などが有名ですが、やはり「シャンパーニュ」が最も華やかで、特別な日に相応しいと思います。
シャンパーニュは一般的には「シャンパン」と呼ばれます。これはこれでいいのですが
「シャンペン」となるとこれは全く違ってまいります。
「シャンペン」は今は余り見ませんが、昔はクリスマスの前後によく街で見かけたものです。
正体はサイダーにちょこっとアルコールを入れたもので、いわるる清涼飲料水の仲間でありました。
これのおかげで日本では「シャンパン」と「シャンペン」の区別が曖昧になって、本格的
シャンパンブームがなかなか訪れなかったのです。
「シャンパン?あの甘ったるいヤツ?」と言う人が多かったのであります。

今や「ドンペリ」のおかげで日本でも「シャンパーニュ」のグラン・キュヴェが高く評価され、出雲さんのよく行くようなお店では法外な値段で飲むことが出来ます。

「シャンパーニュ」のメーカーは数限りなくありますが、有名なものでは
「クリュグ」、「ルイ・ロデレール」、「ボランジェ」、「テタンジェ」、「ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン」、「モエ・エ・シャンドン」、「ランソン」等が一般的であります。
有名な「ドン・ペリニオン」は「モエ・エ・シャンドン」社のグラン・キュヴェ(特級)でありますし、最近流行の「クリスタル」は「ルイ・ロデレール」社のグラン・キュヴェなのであります。

しかし小生の最も好きな「シャンパーニュ」は・・・・・
「SALON」(サロン)なのであります。
ご存知の方は沢山いらっしゃると思いますが、この「SALON」は素晴らしいのです。
どこが素晴らしいって、あまりにも頑固なのであります。
シャルドネ(白葡萄の種類)一種しか用いないこのブラン・ド・ブラン(白葡萄のみで造
ったシャンパーニュ)はその年の葡萄の出来が悪いとシャンパーニュの発売をやめてしまうのです。
したがって、20世紀100年間では40年弱しか発売をしておらず、グレートヴィンテージと言われる1995年物が20世紀では33番目のリリース(発売)となっているのです。
こんなんで会社は大丈夫なのでしょうか?本当に心配になります。しかし、出来上がって、市場に出すまで平均10年熟成させるその味わいは、切れが鋭く、それでいて芳醇で、本当に見事としか言いようがありません。

映画もまた然り。いいい原作、いい脚本、いいスタッフ、いいキャストがそろって初めて
着手することが出来るのかもしれません。
納得しなければ製作をしない、取りやめることも含めて覚悟を決める。
そんな頑固な映画が「亡国のイージス」だったと思います。
ずいぶん時間がかかりました。色々なことがありました。
やめようと思ったこともありました。しかし公開してこの日を迎えることが出来ました。

P氏の情熱、行動力にはいつも驚かされますが、今回は本当に頭が下がります。
頑固に頑張ったこの映画、「SALON]を味わうようにどうぞ味わってください。
邦画が活発になってきた昨今、「SALON」と「シャンペン」の違いを何としてもお見せしたかった。この思い届いたでしょうか?

ブロガーの皆様、皆さんのことは小生一生忘れることはありません。

小生の文章のような駄文に最後の最後までお付き合いいただきまして本当に有難うございました。
「なんだよこれ、グルメジャーナルじゃないんだぞ!」などと言う声もあがっていたでし
ょう。
「少しは映画の裏話とか聞きたいんですけど・・・」等と思った皆様も多かったでしょう。
「なんでもこじつけりゃいいってモンじゃあないんだよ!」とお怒りの方も多かったと思
います。
「お前とP氏との関係は何なんだ?おまえの仕事は何なんだ?」と疑問に思ったブロガーの皆様、すみません。大したもんじゃないのです。

でも小生にとって皆様の映画や執筆者に対する温かさは、予想を遥かに超えるものでした。

人は出会いがあって、別れがあって、それが普通ですが今回は別れがたいのは小生だけでしょうか?
執筆者も皆同じ思いだと思います。毎週ネタを考えるのは結構大変で、皆で「早く公開しないかねー」等と言っていたのが遥か遠い昔のようです。

だから勝手に宣言いたします。
このBLOG、今後一ヶ月はBBSとして残します。
執筆者の定期的な書き込みはもうありませんが、BBSとして感想なり、賞賛なり、ケチなり、好きなことを書き込んでください。
出来る限り執筆者もお答えするでしょう。
M越君、大変だけど、もう少し頑張って。
N藤君、縁の下の力持ち、あと一ヶ月お願いします。
P氏、ここまできたら、サクセスだぜ!(古いか?)

それではとりあえず皆様さようなら。お元気で。

            全員、操艦!     だいだらぼっち拝


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[ おたまじゃくし ] / 2005年07月30日
いよいよ「亡国のイージス」公開の日です。おめでとうございます。こんな作品を書いてくれた文豪福井にまず感謝します。様々な困難を乗り越えて映画化に尽力されたP氏、監督、その他すべてのスタッフの皆さん、演じてくれた俳優さんたちにも感謝!飛ぶことしか能のないヤクザなパイロットを花の都で勤務させてくれて(したくはなかったけどね。)、こんな凄いプロジェクトに絡めてくれた海幕補任課に感謝!でも、二度と花の都で勤務させないでね!私に好き勝手な仕事をさせてくれた上司にも感謝します!あんなスゴイ上司は、飛び職の中にもなかなかいませんね。とにかくキレるんですよ。私もキレることでは、人後に落ちませんが(違う意味で・・・)。ときどき暴れて迷惑をかけた職場の同僚にも感謝します。
そして、ブログにお付き合いいただいたすべての皆さんに感謝します。このブログの私以外の執筆者は、常時「亡国のイージス」に携わっている方々ですが、私は、南の島で自分のための訓練に明け暮れ、ときどきここにくだらないことを書いて茶化すだけでしたが、いつも望外の暖かいお言葉、励まし、お叱りをいただき、飛んでるだけではけっして得られないすばらしい経験をさせていただきました。でも、ほかの執筆者のように、皆さんのコメントに対し、きちんと回答・返信差し上げられなかったこと、申し訳ありません。最後までお付き合いいただき、本当に感謝申し上げます。
これから、映画館に行きます。今まさに移動中です。すでに試写会で見せてもらいましたが、もう一度、映画館で真っ白な気持ちで観てきます。鹿児島地方は、土砂降り、雷ドカドカ!やはり日ごろの行いの悪さでしょうか?大雨洪水警報まで発令されてしまいました。
来週か再来週には、原隊に復帰できる見込みですが、帰りましたら都内か横浜あたりで、2度3度と観に行くつもりです。どうぞみなさんも何度もご覧になって下さい。
この映画の製作に関わってこられたすべてのみなさん、応援していただいたすべてのみなさん、本当にありがとうございました。私の(残りの)人生で、こんな経験は、二度とできないと思います。この自衛官としては稀有な経験(ブロガーのみなさんからいただいたコメントを含めて)を忘れることなく、今後の勤務に励んでいく所存です。心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
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[ S?A?T?C? ] / 2005年07月29日
今から1年半前の冬。デスクの内線が鳴った。「S?A?T?C?さん、いまお時間ございますか? こちらまでお越しいただけませんか?」。私を呼び出したのは、弊社会長の秘書。「何か悪いことしたかなあ~? おっかしいなあ」とドキドキしながら秘書室へ上がっていくと、満面の笑みの会長と専務が。「まあ、お掛けなさいよ」で始まった話は、『亡国のイージス』という作品が今度映画化されること、会長の元部下であったP氏という信頼のできる男がプロデューサーとして映画化に奔走していること、そこに弊社も加わること、そして社の代表として製作委員会に出なさい…ということでした。青天の霹靂とはまさにこのこと。生まれて初めて目にするシナリオというものと、福井晴敏さんの分厚い原作を渡され、「まずは読んでおいてね」って言われたって!? あまりに唐突で、言葉も出ない。「はあ~」という情けない言葉を残し、秘書室を後にしたとき全てが始まった。補足しておくと、私は映画担当記者でもないし、いままで映画の世界に関わって仕事をしてきたこともない。しいて関わりを探すといえば、映画はわりと好きで、映画館にも時々足を運んでといった程度。「なんで私が?」ということを考える間もなく、後でわかる麻薬のようなその世界への第一歩を踏み出したのでした。

アソシエイツと呼ばれる製作委員会の役割もよくわかっていないまま出席した初めての製作委員会は、違う国の言語を聞いているような言葉の通じない世界。「あ~あ、場違いなところにきちゃったなぁ」と、思っていても始まらないので、旧知の某映画プロデューサーに会いに行ったり、映画が作られる過程の本を読んだり。それでも、正直、自分の立ち位置をどこにおいていいのかわからない時期が長く長く続いていた。

でもね、性格って変えられないのね。わからないことはほおっておけないし、思ったことはすぐ口にしたくなっちゃう。初めてのプロデューサー、初めての製作委員会、初めての日活撮影所、初めての撮影現場、初めての役者さんたち、初めての防衛庁・・・この年になって、連日こんなに初めて尽くしを経験できることの不安と喜びを胸に、自分はここでなにが出来るのだろう? と試行錯誤しながら今日に至ったのでした。

この間、出会った映画人はみんな熱かった! キャスト、監督はもちろんのこと、画面には出てこない何百人もの関係スタッフが、よりよい作品を作るために、そしてより多くの人々に見てもらうために、文字通り寝食を削り、全身全霊をかけて、それぞれの持ち場でプロとしての仕事を全うしていました。0号と呼ばれる、出来立てほやほやの作品の初めての試写を観終えたとき、そこにいた製作スタッフの方々、防衛庁の方々、アソシエイツの仲間たちはみな、いい顔をしていました。それぞれの胸によぎるものは何だったのでしょうか? 目に涙を浮かべながらお互いに握手をして、一本の作品を作り上げた満足感がそこに満ち溢れていました。だから映画はやめられないんだな、と映画の麻薬のような魅力・魔力を感じたのでした。その後、五反田の駅近くで、アソシエイツの仲間たちと飲んだビールの美味しかったこと!

映画の世界を何も知らなかった私が、この一年半で、出来たことと出来なかったことを秤にかければ圧倒的に出来なかったことの方が大きいけれど、それはまた次に活かせれば…なんて思っています(って次があるのか?)。こんなにいろんなことがあって、こんなに忙しくて、でもこう思えることが映画の魔力なのかもしれません。

実は内緒で、ジャパン・プレミアに息子を呼びました。上映後、「面白かった?」とたずねると、「うん、面白かったよ、最後に戦ってるところがすごかったね。もう一度観たいな」。ストーリーの深さはまだまだわかっていないようですが、もう一度観たいというのはいい反応。次は一緒に並んで観ようと思います。「どこが一番よかった?」に対しては「最後にママの名前がでてきたのが一番うれしかった」と(涙)。

半年間、私の駄文におつきあいいただきありがとうございました。多くのみなさんに支えていただき、背中を押していただき、私もなんとかここまでたどりつくことができました。本当に心から感謝です!

それでは劇場でお会いしましょう。私も明日、初日の劇場に足を運びます。まるで映画人のように、ドキドキしながら。
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[ 出雲あきら ] / 2005年07月28日
 出雲あきらです。昨晩のジャパンプレミア、すごかったですね。5000人収容のホールが一杯で、しかも登壇者の豪華さ。本当にスケールの大きな映画なんだということを実感しました。終演後、ブログを読んでいただいていた皆様にとうとう出雲あきらの正体がバレてしまいました。P氏により、ペンギン、だいだらぼっち、S?A?T?C?と私が皆様に紹介され、写真撮影会になるとは・・・。さえないオヤジですいません。でも皆様に囲まれての写真撮影、なかなか気持ちよかったです。自分も芸能人になったようでした。(大いなる勘違いですが)ところで、だいだらぼっち氏は大の写真嫌いです。まだ魂を吸い取られると思っているのでしょうが、昨晩の皆様に囲まれての写真撮影会はかなり苦痛だったようです。

 さて、このブログもとうとう最終回です。実は私は4月1日に会社から異動を申し渡され、もう映画製作には関係できないセクションに異動しました。しかし、この「亡国のイージス」だけは何とか最後までやりとげたいと思い、4月からの私への新しいミッションを無視し、周囲の冷たい視線も気にせず、イージスにかかわってきました。まるで仕事の不法占拠状態です。このブログの書き込みに度々登場するみつばちハッチ似のT村は確かに3月までは私の部員でしたが、今は違います。映画が完成してから最後に登場し、活躍してくれた魚介類が一切食べられない仁科は昔も今も私の部員になったことはありません。(彼は、映画が完成してから参加したので、エンドロールにも名前はありません)。加えて、とてもシャイでBLOGの書き込みも自分ではしない、でもこの公式サイトを運営し、グッズ作業や宣伝バックアップ作業に大活躍だったN藤くんにいたっては、確かに4月までは私の部員でしたが、今は何と別の会社の社員です。この3人は今はまったく私に命令される筋合いのない人達ですが、やれキャンペーンでどこへ飛べとか、あの企画書をすぐ作れとか、私の無理難題を聞いてくれ、本当に大活躍してくれました。感謝感謝です。

 そして私もいよいよ本業に戻る時が来たようです。映画の製作はもうできません。思えば、映画の製作をしたいと思い、希望してそのセクションに異動したとき、最初に会ったプロデュサーはこの作品のP氏でした。これは私の映画製作人生にとってはたして幸せだったのかどうか、まだわかりませんが、この時P氏は「ekiden」という映画の企画を持っていました。それからです、P氏とのおつきあいが始まったのは。そしてこの「亡国のイージス」でとうとう8年がたちました。もちろん、だいだらぼっち氏やS常務の方がはるかにP氏との付き合いは長いですが・・。映画はまったく素人であった私をP氏は、やれ日本で一番大きなダムを借りて来いとか、敵役が乗り、後でペシャンコにする車をタイアップで借りて来いとか、ハードルの高い仕事を次々と言われ、本当にいろいろなことを教えてくださいました。この時すでにP氏とだいだらぼっち氏はコンビを組んでおり、二人の間には誰も入れない不思議な雰囲気がありました。(今だにこの二人の間には誰も入れません。まるで、二人は男女の関係のようです)私にとって幸いだったのは、この二人のコンビの仕事ぶりを見ながら様々なフォローをさせていただき、映画の仕事を覚えていくことができたことです。
今回の「亡国のイージス」P氏はまるで修羅のごとく制作から宣伝まで陣頭指揮しました。彼に怒鳴られた人間は何人いるでしょうか。そして、彼は何人もの友人を失ったはずです(笑)。でもP氏なくしてこの作品はありません。こんなスケールの大きな作品を作れるプロデュサーは日本には彼しかいません。その彼ですら、体験したことのないプレッシャーの中での作業だったに違いありません。自分はこの作品を当てるために気違いになると宣言してここまできました。30日は最良の日になるに違いありません。

さて、私に心残りがあるとすれば、私が大変気に入っているある原作本の映画化を見届けられないということです。ただ、この作品はP氏とだいだらぼっち氏が実現してくれるはずです。二人は恐らく死ぬまで、いや死んであの世に行ってからもコンビを組んでこの「亡国のイージス」のようなすばらしい映画を作り続けることでしょう。陰ながら応援しています。

そして、30日、全国の「亡国のイージス」が上映されている劇場が満杯になっているのを見届けた翌日、海外に旅立ちます。(ちょっと格好良過ぎかな)

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[ 夜行性ペンギン ] / 2005年07月27日
講談社モーニング編集部の夜行性ペンギンです。P氏様、了解です! 今日も明日も明後日も、変わらずにがんばり続けますよ。そんでもって、いつか『イージス』に劣らぬ素晴らしい本を作るのです。「原作を預からせてください」、と言われるような。
 まだまだ新米に毛が生えたような若輩編集者、それがいつのことになるかは分かりませんが……どこぞの素敵な殿方に「お嬢さんを預からせてください」と言わせるよりは、きっと困難ではないはず! なにせ、あんな無様な寝顔を晒されちゃいましたからね。アノ人が見たらどーしてくれるんですか!! フラレたら、P氏のせいにしてやる(笑)!!

 実は、最後の書き込みで素性を明かすか否か迷っていました。このブログに関しては、私はあくまで“夜行性ペンギン”、『亡国のイージス』出版局のイチ編集者というスタンスで、他社の本も含めて全関連書籍を盛り上げたいという思いで書いてきたし……なーんて逡巡していたら、月曜日にP氏にとっとと暴露されてしまいましたね(笑)。
 思えば去年の夏、某男性誌から突然異動の辞令を受け『モーニング』にやってきて以来、右も左も分からない新部署で一気に3本の連載を担当してきたこの1年間は、毎日が戦争みたいなものでした。護衛艦の資料を読み漁りつつ30代シングルの生態を調べ病院に取材に行く、「イージス進化論によろしく」な日々。(小誌読者の方なら分かるかな?) そんな中でも『イージス』は一番新しい作品で、かつ漫画家さんも一番若い。そのぶん苦労も一番でしたが、単行本に重版がかかった時の喜びも、3作品の中で一番でした。
 このブログでたくさんの人と出会うことができたのも、漫画『イージス』を担当していたからこそ。徹夜続きで気力・体力ともに極限状況に陥った時、ブロガーの皆さんのコメントにどれだけ助けられたことか。きっと、それは他の執筆者、及び『イージス』に関わる全てのスタッフも同様だと思います。お礼を言うべきは、私達の方なのです。皆さん、本当にありがとうございます!!

 なーんて書くと、もう皆さんとお別れのような気がしてしまうのですが、映画公開はこれからだし、漫画版『イージス』もまだ続きます。このブログは無くなってしまいますが、もし「『イージス』への熱い思いを叫びたい!」――と思った時は、小誌のアンケートハガキのコメント欄に、その思いをぶつけて送ってください。編集部には毎週、読者の皆様から何千通というアンケートハガキが送られてくるのですが、そのコメント欄に書かれた各作品へのご意見、担当編集者は皆、一通残らず目を通しています。もちろん、作家さんにもお伝えします。声援を糧に、批判を教師にして、雑誌及び各作品は生き物のように日々成長していくのです。
 アンケートハガキは、データを集計するためだけのものではありません。むしろデータ以上に、あのコメント欄に書かれた読者の皆さんのご意見、あれが私達にとって何より得難い、大切な宝物です。「今週イマイチだった!」という厳しいご意見も大歓迎! なぜなら、作画の横山仁氏は若干25歳。小誌連載陣において唯一の20代、ひとり飛び抜けて若い新人作家です。担当編集としては、若い時こそ厳しい意見のシャワーに打たれて、「なにくそ」の精神で強く大きく成長してほしいと願ってやみません。
 なんてことない1枚の紙っ切れですが、その向こうに、福井晴敏氏、横山仁氏、そして不肖ペンギン、K頭がおります。皆さんの熱いご意見、心よりお待ちしております。
 ……ちなみにシークレット試写やプレゼントの応募ハガキに「M越さん、頑張ってください!」と書かれていたブロガーの方々、残念ながらウチの編集部にはM越さんはおりません(笑)。でも、ちゃんと伝えておきますね。

 最後に、身内の話で申し訳ありませんが言わせてください。漫画『亡国のイージス』を実現化した二人の先輩――講談社の伊東様・安永様。お二人からお預かりした若者は、毎日のように鬼担当からボツ・ダメ出し・描き直しをくらいながらも、必死にくらいついて頑張っております。隔週連載や月イチ連載が多い小誌の中できちんと週刊連載を維持し、取材で2回お休みを頂いた以外は、一度たりとも原稿を落としたことはありません。これもひとえに、お2人の指導の賜物と思っております。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

 さあ、皆さん。熱い夏の始まりです。ブログが終了だからといって、『蛍の光』なんて歌ってる場合じゃありません。映画『亡国のイージス』は、これからが本番。出版部隊にできることは、全てやりつくしました。後は、この作品の未来を皆さんのお手に委ねます。
 
宮津の言葉を借りて、締めの言葉にかえさせて頂きたく思います。
「ブロガーの皆さん……操艦!」

夜行性ペンギン拝

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[ しょうりょうかん ] / 2005年07月26日
翔太・涼太・寛太の父、しょうりょうかんです。

長かったような、短かったような5ヶ月余り。ひと癖もふた癖もある執筆人に囲まれ、守備範囲も狭く、「そんなに書くことないよぉ」と全然関係のないことばかり書いてきてしまいました。ごめんなさい。今は寂しい反面、どんどん盛り上がっていくブログのプレッシャーから解放されること、少しほっとしています。

特に、始めの頃は、執筆者も読者の皆様もブログになれていなかったせいで、よくぶつかっていましたね(笑)。gooのフォーマットにイラついたこともありました。(それにしても携帯で見ると相変わらず・・・(笑)。Mixiとかをよく研究してくださいね。)ついこの前の出来事なのに、なぜか懐かしい。それだけ、この期間が濃かったということですね。いろいろと失礼なことを申し上げた方、ごめんなさい。

P氏様(変な日本語!)、大してお役に立てずに、ごめんなさい。コーエーさんにもローソンさんにも私なりに十分に考えてアプローチしましたが、忙しさにかまけて、フォローが不足していたかもしれません。足りない部分は、2社の底力でカバーしていただきました。
コーエー襟川会長、杉山さん、松本さん、ありがとうございました。ローソン新浪社長、山崎本部長、キャンペーンよろしくお願いいたします。新浪社長のおじい様が旧海軍の方だったのは奇遇でした。
私の方はというと、参加させていただいたという大変な名誉とともに、今後の映像製作に対してますます意欲が湧いてきました。

最後に、読者の皆様。いえ、中には私以上に“執筆者”として参加していただいた皆様。
本当にありがとうございました。もう少し守備範囲の広い作品を引っさげて帰ってきます。その時はまたお目にかかりましょう。みなさん、ハンドルネームはそのままで(笑)。

さあ、ローソンまでイージスの大成功を祈念してキャンペーン商品を買いに行ってこようっと。


台風7号。来るなら来い。亡国のイージス、ばんざーい。明日、会ったら気軽に声かけてね!
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[ イザヤ・パンダサン/映画ライター ] / 2005年07月25日
 Pです。パンダサンが新しい仕事で昨日の夕方に成田を発ちました。よって私が代打です。何だか9回裏2アウトランナーなし、13対0で負けてる中での代打、って感じで「なんだかなぁ」です。
さぁて、初めての最終回だし、公開5日前だし、だいたいのことはパンダサンが書いちゃってるし・・・。だったら7人の執筆者やこのブログによく登場してたスタッフのことなどを書いてみようか、と。
その前に、このブログに長い間お付き合い頂いた皆様に心より御礼申し上げます。我々が皆様にお伝えするだけでなく、逆に皆様よりお教え頂いたことが多々ありました。
本当にありがとうございました。

で、トップバッターは、

パンダサン 殿  
2月28日から延々と製作報告を分かり易く、時にはすんごく分かりにくく説明してくれて感謝(笑)。ジェーンの回からじゃなかったかな、みなさんの書き込みがちょいと「熱」を帯び始め“ここの場所”がこっち側のモンじゃなく、みなさんのモノになってったのは。正直、ライターの割にはあんまし文章上手くないよね(笑)。しかし、あんた、一切の虚飾をせずに「イージス」と向き合ってくれた。そいつには本当に感謝。
それと、まぁこれはバラしていいだろう。M越のコメント、それの90%はパンダサン、あんたが書いてたよな。よく脚本の長谷川さんに相談してたっけ、コメントの内容。こちらの深夜の電話にもちゃんと出てくれて、嫌な顔(声)ひとつ見せずに(聴かせずに)コメント書いてくれたよな。
帰国したら焼酎おごるわ。
感謝!

しょうりょうかん 殿
夢がかなったのは貴殿のおかげです。
今まで何度、映画公開時に発売出来るゲームの企画を試みたことか・・・。日本一のゲームソフトを創り上げたことのある貴殿だから出来た離れ業でした。もちろん松本さん始めコーエーの皆さんの大奮闘がなければ今回の快挙は実現出来なかったでしょう。しかし、それも貴殿の人脈、企画力があって初めて不可能が可能になったわけです。感謝です。本当に感謝です。
そして、ローソンキャンペーン。これもD通とタッグを組んだ貴殿の空軍力がなければこれほど大きな展開にはならなかったかも知れません。26日からは毎日ローソンで6缶パック買いまくりますので(笑)。
しっかし、去年の暑い夏、コーエーさんに行ったあと日吉の居酒屋で飲んだ生ビールはホントに美味かった。また飲りましょう。
本音で感謝!

ペンギン 殿
最初は嫌なヤツかと思ってた(笑)。お互い様か(笑)。このブログの盛り上がりを辛抱強く底辺から支えたのは貴女だね。貴女なくしてこのブログはここまで「大切なモノ」にはならなかったと断言出来るわ。
そしてモーニング。他誌から急遽移籍の貴女と私を前に編集長だったっけ?「以前からペンギンを高く評価していて本誌に迎えたかったんです。と、いっても恋愛関係にはありません」あの人マジだった(笑)。
売れてきたねぇ~横山ジンジン。これからが楽しみだぁねぇ~
で、ペンギンっ!万が一おまえさんがアノ人と上手く行かなくなってだな、ある朝忽然と家財道具が消えていたならすぐに連絡するよーに!速攻で先任伍長とおたまサンとトリオで捜索隊を組んでやる!我が海上自衛隊の誇る対潜哨戒ヘリSH60Jにかかれば家財道具がどこに身を潜めようと即座に見つけ出し、先任伍長にたった一人で取り返しに行ってもらうわ!えっ?あんたは何をしてくれるって?遠くからワイワイと口で攻撃したる(笑)。強いぞ、この3人が組んだら。心配せんと家財道具揃えたりや!
最後に言うたる、ペンギンっ!貴女はK談社でいっちゃんキュートでナイスな編集者だぞっ!ガンバレっ!ペンギンっ!!
いっぱい感謝!

出雲あきら 殿
お願いだからキャバクラは止めませんか?貴殿にはD通での重要な立場と映画界での崇高な使命があるでしょう?チェ・ミンソを独り占めするとか彼女の劇用の靴を盗もうとしたりとか(未遂)、そんなのは問題じゃぁない。もうちっと夜の時間帯を映画に使いましょう!「イージス」のためにキャバを控えたここ3ヶ月、貴殿には禁断症状が出るどころか顔つきも精悍になり、みつばちハッチ似のT村も魚介類が一切食べられない仁科(アルファベットが上手く使えない!)も抜群の働きで俳優陣の全国キャンペーンを支えたではないか!つまり、貴殿は、本当はキャバクラが苦手なのだ!ホントはキャバが嫌いなんだ!無理やり好きだと思ってたんだよ、出雲さん!
映画界にとって大切な人物を更生させた・・・その意味に於いても凄い作品だわ「亡国のイージス」。六本木「M」のSちゃんゴメンネ。
D通チームに心から感謝!

S?A?T?C? 殿
貴女の八面六臂の活躍にはローソンのLoppiも敵わなかった!
初めての映画、初めてのアソシエイツで貴女は何事にも真正面から取り組んだ。分からないこと、ハッキリしないことには猛然と立ち向かいダラシナイ男どもにペシペシとビンタを喰らわし、海幕広報室の猛者たちをも震え上がらせ、軟弱な宣伝部のスタッフをひれ伏させたその鋭利な舌鋒で「イージス」宣伝戦略の道筋を一から切り開いた蛮行、否、勇猛果敢な立ち振る舞いに心底拍手、そして感謝の意を表します。本当にありがとうございました。頭、ガツンと下がります。最後のダメ押しとなるTVnavi別冊のパーフェクトガイド。あれは貴女のチカラワザだねぇ~、かなりすんごいわ!100万人が見ちゃうんだかんね。宣伝部、感謝しなさい!でね、S?A?T?C?さん、貴女にお願いがあります。確かお子さん一人ですよね。あと5人、いや可能姉妹ならば、あと10人ドッカーンと産んでくれちゃったりしませんか?貴女のような母親を持ったこどもたちは絶対に大丈夫!間違いなく大丈夫!やれフリーターだやれニートだなんて逃げることばっか考えてるヤワな人間にはなんないから絶対、貴女のこどもたちは絶対!だから、S?A?T?C?さんバンバン産んじゃいましょう!そしていい新聞作って下さいな。
S田社長!子育て休暇宜しくお願い致します!!
本当に感謝!

おたまじゃくし 殿
貴殿のこと、多くは語りません。ただこれだけはブログに参加してくれたみなさんに伝えておきたいと思います。
プロデューサーが誰であろうと、監督が交代しようと映画「亡国のイージス」は完成したでしょう。しかし、3佐。あなたの代わりはいなかった。貴殿なくして本作はあり得なかったと製作スタッフの総責任者である私は断言出来ます。
本当にありがとうございました。「イージス」の全スタッフ・キャストを代表して心より御礼申し上げます。
こちらに戻られたら、元住吉の居酒屋で一杯やりましょう。待ってます。
最大に感謝!!

だいだらぼっち 殿
「君を忘れない」、「ホワイトアウト」、「はつ恋」、「ソウル」、「ココニイルコト」、「卒業」、「川の流れのように」、「ekiden」、「カルテット」、「深呼吸の必要」・・・いったい何本一緒にやったら気が済むんだよ、お互い?どう見ても相性のいいタイプではないし、一緒に仕事して楽なコンビでもない。ましてや尊敬出来るような間柄では決してない。しかしだなぁ、今回も一緒のクレジットなんだなぁ。次回は別々のトコにしてやる。絶対そうする。でも、まぁ、また一緒に映画作るんだろうな。残念!!
でも、感謝!

P氏 「そんなわけで先に帰るぞ」
K林 「あれっ、いつもの『L』には寄ってかないんですか?」
P氏 「今夜は真っすぐ帰るわ、地下鉄に乗って・・・」
K林 「・・・珍しいですね」
P氏 「たまには幸福な食卓にでもつかないとな・・・」
K林 「・・・・・・」
P氏 「あっ、それから台風・・・」
K林 「えっ?」
P氏 「きっと来るぞ台風、ジャパンプレミアに・・・」
K林 「・・・」
P氏 「面白くなるねぇ・・・じゃ、おつかれさん」
K林 「おつかれさまでした・・・」

「亡国のイージス」公開まであと5日!がんばろうなっ!ペンギンっ!

                 イザヤ・パンダサン代筆P氏 一部会話K林




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[ だいだらぼっち ] / 2005年07月24日
だいだらぼっちであります。遂に遂に公開まで1週間を切ってしまいました。
夏真っ盛り。夏の風物詩、京都の祇園祭も、宵山こそ15,16日に終わりましたが、ま
だまだ31日まで盛り上がったまま続いております。
本日は還幸祭。四条~三条までの沿道は今夜は大変なことになってしまうでしょう。

祇園祭と言えば別名「鱧祭り」。
関西人、特に京都人にとっての夏の旬と言えば、間違い無く「鱧」ですね。
最近でこそ関東でも食べるようになりましたが、やはり「鱧」は夏の京都で食べるのが最も趣があります。
関東はやはり「鰻」「穴子」「どぜう」の3大ぬるぬる長物類が、夏の食材としては一般的ですが(鰻は決して夏が旬ではないのですが・・・)関西では誰が何と言っても「鱧」 なのであります。

その姿は「鰻」や「穴子」に似ておりますが、「鱧」はもっと過激な魚です。
特徴を述べますと、
①歯が鋭い。
②獰猛である。
③骨が多くて、しかも硬い。
④味は淡白で、上品。
⑤顔が怖い。
⑥生命力が半端じゃないい。
等があります。

①②等の特徴から調理の際は慎重に〆なければなりません。
ちょっと油断するとあの鋭い歯で指に噛み付かれ、大変に痛い思いをすることになります。
もし噛まれたら慌ててはいけません。自分で無理やりはずそうとしないでください。
「ちょっとちょっと、鱧にかまれちゃったよ。」と言って他の人に「鱧」の口をこじ開けてもらうのが宜しいかと存じます。
京都の人は慣れてますので「仕方おまへんな。」と言って上手にはずしてくれるのです。
(ほんまかいな?)
また④の特徴から皆「鱧」を食べたがるのですが、③の特徴のおかげで素人にはなかなか調理が出来ません。

この骨の多さ、硬さゆえ、そのまま焼いても、煮ても食べられないのです。
あんなに美味なのに本当に往生する魚なのです。
それゆえ、「鱧」を美味しく、上手に食べる調理技術が京都で発達したのです。

1.まず、「鱧」を噛み付かれない様に慎重に〆る。
2.ぬめりをとる。
3.背びれをはずす。
4.腹から裂く。
5.頭をとる。
6.太い背骨をとる。
7.小骨の処理をする。
これが大変な技術を要するのであります。
「鱧」専用の骨切り包丁でミリ単位で小骨を切っていくわけですが、その際皮一枚残すのが技なのです。本当に細かく丁寧に「骨切り」をしないとあの味は成立しないのです。
専用の包丁は大きく、重く、その包丁の重みを利用して切っていくのですよ、と聞いたことがあります。

このように丁寧に、慎重に下処理をした「鱧」の料理とは・・・
「おとし」
「鱧ざく」
「焼き霜造り」
「源平焼き」
「しゃぶしゃぶ」
「鱧茶」
「煮物」
「鱧皮酒盗」
等数限りなくあるのです。これが夏の京料理の目玉なのです。
京料理は「鱧」と「ぐじ」と「京野菜」をどのように料理するかで発展し、世界に驚きを与えたのです。

⑤の特徴はまあいいとして、特筆すべきは⑥「生命力が半端じゃない」です。
昔は京都では新鮮な魚が手に入りませんでした。
そのため若狭から「鱧」や「ぐじ」を運んでくる際、「ぐじ」は一夜干しにして、保存が出来るようにしたのですが、「鱧」は元気で、生きたまま京都に運ぶことができたのです。
ある日、若狭から「鱧」を運んでいる時、山道で「鱧」が逃げ出しました。
そのまま山で「鱧」は生き続け、発見した人は「蛇だ!」と思ったそうです。またよく見て「鱧」だとわかった瞬間、「鱧は山で採れるんだ」と理解したそうです。

生命力、獰猛さ、怖い顔、これらの特徴を兼ね備えた凄いヤツが「亡国のイージス」に登場します。
小生の一番好きなキャラクター、そうです。中井貴一さん演じるホ・ヨンファです。

凄いですよー。怖いですよー。迫力ありますよー。なかなかやられませんよー。
獰猛ですよー。でも「鱧」と同じで美味しいですよー。

日本映画最高のヒールをあの中井さんが魅力たっぷりに演じています。

今年の夏の風物詩「鱧と祇園とホ・ヨンファ」

乞御期待! 期待したところでまた来週。来週しかありませんけど・・・ 
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[ おたまじゃくし ] / 2005年07月23日
遅くなりまして、申し訳ありません。やっと書き込めます。
いよいよ来週の土曜日ですねぇ!本当に楽しみです!私たちも当日は休み、の予定ですので、前日から天文館に進出して大いに呑み、気分を盛り上げて鹿児島中央駅付近の劇場に乗り込むつもりです。くれぐれも飲み過ぎないように注意します。

私は、4月から南の島で機種転換訓練を受けていますが、やっと終わりが見えてきました。順調に進んだ場合、あと2週間で終了、原隊に復帰できそうです。(しかし、台風が・・・)
この訓練は、海上自衛隊の正式な命令に基づいて実施されているものであり、「ジャパプレに行きたいよー!」などと言って、勝手にサボって東京に行くなんてことはできません。タカシちゃんあたりから「おいでよ!」と呼ばれれば行くんですけど、そんなことはありえませんからねぇ。おとなしく訓練してます。ジャパプレに参加されるブログ常連の皆様、どうぞ楽しんできて下さい。

なんか、関東地方で地震があったようですが、大丈夫ですか?「亡国のイージス」公開を前に不吉な前兆、否、皆さんの期待の大きさが天変地異を呼んだのでしょうか?いずれにせよ、大きな被害がないことをお祈りします。

テレ朝の特番、すごかったですねぇ。観ましたよ!あの館山基地での撮影が大々的に取り上げられていました。10機ものSH-60Jを同時に飛ばすことは、1個航空隊では不可能、そこで、第21航空群隷下の101、121、123の各航空隊から航空機・搭乗員を派出して混成の編隊を編成することになりました。
10機編隊の撮影を行うためには、各航空隊間の細部調整、飛行ルート・高度などをはじめ、民間の撮影ヘリとのコーディネートなど、館山基地で調整を担当した若いパイロットは、さぞたいへんだったと思います。
彼は、私の教え子です。いつもこのブログにふざけたコメントを書き込む教え子と名乗るヤツとは別人です。
彼のお父さんも海上自衛隊の哨戒ヘリパイロットでした。真田広之氏の最後の撮影に協力してくれた第121航空隊に所属されていた昭和61年の春、伊豆半島石廊崎沖で訓練中に殉職されました。
彼は、小学生だったそうです。そして今、お父さんが勤務した館山基地で、同じ哨戒ヘリパイロットとして勤務しているのです。大学卒業時には、おそらく多くの就職の選択肢があったのでしょうが、あえてお父さんと同じ道を選んだということです。
彼のお父さんのみでなく、多くの隊員が海上自衛隊創設以来、不幸な事故で命を落としています。ミスが死に直結することになりかねないわれわれパイロットは、「命の重さ」ということを常に意識の片隅に置いて勤務しています。自分のミスで死んではいけない、クルーを殺してはいけない、自分や仲間の家族を泣かしてはいけない、ということを考えない日はありません。だからこそ、自らに厳しい訓練を課し、後輩や部下を厳しく鍛えるのです。
パイロットばかりでなく、艦艇乗員、陸上勤務員などすべての海上自衛官が自分の、仲間や家族の、守るべき国民の命の重さを胸に勤務しているのです。
特番の中で、「きりしま」の清井先任伍長がそんな話をしていましたよね?
異論のある方もいるでしょうが、おそらく現在のわが国で命の重さということを、いちばん考えているのは、自衛隊員ではないかと思います。
そんなわれわれ海上自衛官の想いを、真田氏はじめ出演者の方々が見事に表現してくれています。映画の中に海上自衛官の想いも併せてご覧いただければ幸いです。

さて、海上自衛隊の全面協力、知られざる協力をご紹介しましょう。
撮影協力が決定される以前から、「亡国のイージス」を担当した海幕広報室員、彼は、平成14年夏から海幕広報室に勤務していました。2年間の刑期じゃなくて任期の予定でした。
本格的な撮影が始まった昨年夏、彼は飛行配置に復帰する予定でした。しかし、撮影は、まだまだ続きます。
海上自衛隊の決断は素早かった!撮影終了まで、彼の転勤は、凍結されたのです!撮影の終了は、12月13日、「うらかぜ」の映像の素になる「いかづち」での撮影でした。彼が、飛行配置に復帰したのは、今年3月末でした。すごいですよねぇ!海上自衛隊、人事まで含めて全面協力していたんですねぇ!(谷原君のマネ?)

さあ、今夜は渡世人とまたまた呑んだくれます。皆さんも夏本番の週末、大いに呑みかつ食らい、夏バテなんか吹ッ飛ばして下さい。そして大いに「亡国のイージス」を語って下さい。では、来週、封切りの日、最後の書き込みでお会いしましょう。

(注:教え子君のお父さんに関する内容につきましては、本人の了解を得ております。)


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[ S?A?T?C? ] / 2005年07月23日
S?A?T?C?です。昨夕より「何だかおかしいな~」と思っていたところ、2年ぶりくらいに発熱しておりました。あぁ、ブログがまだ…と後ろ髪ひかれる思いではありましたが、年齢には勝てないと根性のないわが身を憂い、やっぱりダメだ!と薬を飲んで寝てしまったので書き込みが遅くなりました。誠に申し訳ございません。夜中に「たるんでるからそういうことになるんだよ。精神から鍛えなおし。0点」とP氏に言われている夢を見て飛び起きました。ぐっしょり汗をかいて、熱もすっかり下がっておりました。効いたのは薬ではなく、P氏の一喝だったなと思い、P氏に感謝しております。ありがとうございました。まあ、公開前の厄落としということで、お許しいただけましたら幸いです。

さて、いよいよ公開を来週に控え、いろいろなテレビや新聞、雑誌などで「亡国のイージス」の役者さんのインタビューを目にするようになりました。誰も彼もみんな本当にいい男ですよね。私も、映画が完成してから、様々な立場でこの映画に関わってこられた方々に取材し、お話を伺ってきました。今日は、そんな取材現場で出会ったスクリーンには映らないいい男をご紹介しましょう。

映画の主人公は真田広之さん演じる先任伍長でしたが、“阪本組の先任伍長”とも言うべきは製作現場プロデューサーの森谷さん。これだけの大きな作品になれば、製作現場には常に何百人もの人がいます。その人たちを一つの方向にまとめ、段取りどおりに撮影を進めていくことがその仕事。撮影の進行状況に加え、役者の体調や、天候などをとっさに判断し決断するそうですが、30年のキャリアのある森谷さんでも、イージスには経験値をはみ出している部分が多かったそう。そんな現場をスムーズに進めるコツを伺ったところ、「自分の中で優先順位をつけること。そして、頭で考えたことを五臓六腑にしみわたらせてから、口から吐くこと。そうすればきちんと伝わる」と。「人をコントロールしようなんて思っちゃいけないよ。自分をコントロールして、自分の変化から相手の変化を導き出さなくちゃ」という言葉には、数々の修羅場を潜り抜けてきたプロだからこその重みがありました。細身で長身、黒いスーツをビシッと着こなした迫力のあるヒゲの紳士を見かけたら、その方が森谷さんです。ジャパンプレミアで会えるかな? エンドロールで森谷さんの名前を確認してくださいね。

さて、もう一人。映画の製作に直接関与されているわけではありませんが、先任伍長つながりということでご紹介します。先任伍長はそれぞれの艦にだけいらっしゃるのだと思っていましたが、今回、海上自衛隊全体の先任伍長がいらっしゃることを知り、会ってきました。その名も防衛庁海上自衛隊先任伍長の佐賀さん。現職に就かれる前は、イージス艦きりしまの先任伍長も務められたという佐賀さんは、海の男歴(こんな言葉あるのか?)34年の大ベテランです。「艦に乗っているときは、すぐに何でもできることが求められるんです。ひとりが欠けても艦は動かないし、みんなが他の人のことも考えて仕事をしないといけない。一人ひとりが大切にされていると思わせることが、私の仕事ですね」。こんな気持ちで育てられているから、若い海曹さんたちの生き生きとした表情と出会えたんだな、と以前乗せていただいた護衛艦でのことを思い出しました。「僕たち船乗りは一度海に出たら半年帰れないこともあるでしょ。だから限られた時間を家族や恋人のために大切に使うんですよ。だから結婚するなら海の男だよ!」とのアピールも。いつもお世話になっている海上幕僚監部の広報室長の顔もダブり(私、個人的にかなり好きです!)、う~む、あと10年早くイージスが製作されていたら、私の人生も変わっていたかしら?などと、ありもしない妄想にとりつかれたりもしました。「いつでも艦に帰れるように、心も身体も準備しているよ」と笑う伍長は、「スマートで、目先が利いて几帳面。負けじ魂、これぞ船乗り」という旧海軍からの伝統の言葉をそのまま体現したような“潮気”たっぷりのいい男でした。

ここのブログに参加していただいているみなさんは、もうその男っぷりをよくご存知でしょうから、ここでは改めてコメントはしませんでしたが、ブログ上でいつも登場してくるP氏もM越さんもプロ中のプロのいい男です。

スクリーンの上にもいい男があふれていて、スクリーンの裏にもこんないい男たちがいる「亡国のイージス」。公開まであと1週間。どうぞご期待くださいね。
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映画ライター/英国の映画学校卒業後、ヘラルド・トリビューンの芸能担当、夕刊フジ等を経て現在フリー。本作の制作全過程を密着取材。好きな歌手はかぐや姫のパンダさん。かのイザヤ・ベンダサンは母方の叔父である、わけがない。
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