先週末は学会出張で長崎に行ってました.
残念ながら観光する余裕はなくて,学会会場周辺と,泊まっていた「活水あたり」を少し歩いた程度です.
でも,海沿いの公園でお年寄りが凧をあげるのをぼんやり眺めたり(ハタあげと言うのか),住宅街にたくさんいた猫たちを見ていると,とても幸せな場所だなあと思いました.
路面電車の若者たちは,お年寄りが乗ってくるとみんなちょっと腰が浮いていて,それも微笑ましかった.
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出張最終日に,東京で集まって飲んでいるOBからメール.(なんで長崎なんだ)東京に来いって言われても(笑).
夏休みにも何人かOBが遊びに来てくれたのだけれど,最近そういう話も書いてないね.
うちのOBたちも人生と格闘する年代に入り,楽しい話ばかりが伝わってくるわけでもないので,いろいろ考えるところもある.
・・・と書いたあとでなんですが,K池くんはパパになったそうです.おめでとう!
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ついでにちょっと本の話を(たまには書かないと).
最近岩波文庫から出た,モーム『お菓子とビール』を読みました.優れた物語作家が書いた,ストレートに面白い小説.誰にでも薦められそうです.
テーマを一言でいうと,若い頃に憧れた年上の女性の思い出,かな.
モームって,なんだか辛気くさいイメージがあったうえに,最初に読んでみた短編が趣味に合わず,若い頃は手に取ることもあまりなかった.
なんで「辛気くさいイメージ」なのかというと,たぶん単に長生きした作家だったから.長生きした作家(ヘミングウェイや川端康成)は晩年の写真で紹介され,若くして亡くなった作家(カミュや芥川)は,若い頃の写真で紹介される.で,イメージは写真で左右されてしまうのですね.長生きはしたいけど晩年の写真を使われるのはなあ・・・って,村上春樹さんもどこかで言ってます.
もう一つ理由があるとすると,日本では戦後にモームの大ブームがあったそうで,僕が子供の頃まではその反動が残っていたのかもしれない.「モームがこう言ってる」とか言うのは,年配の人のイメージだった(気がする).ずっとあとに『月と六ペンス』を読んでからは,古臭いイメージはなくなったのですが(激しいよ).
『お菓子とビール』には初期村上春樹の「僕」の原型かも,っていうところがあったりもします.そういえば,『走るときについて語るときに僕の語ること』の冒頭にも「サマセット・モームは『どんな髭剃りにも哲学がある』と書いている」ってフレーズが出てくる.興味がある人は「どこのことを言ってるのだろう」って,探してみてくださいな.