プロジェクト○川

学生に本を読んでもらおうという,ただそれだけのはずでした

大杉正明『Hopes, Loves and Dreams in New York』とか

2006年07月31日 | 英語の勉強
やはり音読なわけです.

どうも最近,聴き取りのレベルが落ちてきたような気がする,
と思ったら,しばらく音読をサボっているじゃないですか.

不思議なくらいにそういうものなのです.
毎日英語を聴くようにしているにもかかわらず
(平均すれば1日1時間くらいにはなるはず),
音読してないと,聴き取れなくなってくる.
(もともとの能力のレベルも関係あるとは思う)

ということで,
國弘正雄編『英会話・ぜったい・音読』,鈴木陽一『DUO SELECT』
など,旧ゼミ生にはおなじみの教材の登場となるわけです.
一日15分は音読せねば.いかんいかん.

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上記の2冊以外に,個人的に長く使っているのが
大杉正明『Hopes, Loves and Dreams in New York』.

これはNHKの「ラジオ英会話」のテキストをまとめたもので,CD2枚付き.
もともと教材なので,いろいろな文型を登場させるなどの「配慮」も十分.
お話も面白いし,よい意味で口語表現がたくさん使われています.

NHKの語学講座には,1年のテキストが物語形式になっているものも多い.
この年(1997年?)の「英会話」は,お話が面白いということで,すごく人気があったんだよね.

僕はこれを2年くらいシャドーイング
(CDを聴きながら,後追いでそのまま復唱するという練習)
の教材に使っていたので,かなり刷り込まれてます.

こういう「やりこんだ教材」は宝物になります.
英語以外でもそうでしょう.

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同じNHK出版のものでは,
藤井・シーハン『英語で学ぶMBAベーシックス』
もお得感があります.

タイトルどおり,英語でMBAの経営学を学ぼうという本で,
日本語の部分だけを読めば,ただの「MBAの経営学」.
そういう使い方をしても,経営学の入門編として悪くないと思います.

英語はごく簡単ではないけれど・・・こちらもCD2枚付き.
でも,僕のような初学者がAmazonなどで教材として
Audiobooksを探すよりも安上がりだし(テキスト付きだから),
経営学と英語の両方を勉強したい人にはおススメです.

○川(どっちか)はまだ捨てていないだろうなあ・・・.
コメント (4)
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人生でいちばん聴いているアルバム/The Plateaux of Mirror

2006年07月30日 | 音楽
音楽好きの友人とのあいだで,
いままででいちばん聴いた回数が多いアルバムは何だろう,という話になることがある.

単に「いまいちばん好き」ではなくて,「いままでに」なので,
「昔から好きでいまも好き」なもの,ということになる.
遅くても学生時代には聴き始めていないと候補にならない.

何度か考えてみて,僕の候補は3枚.
そのうちでも,おそらく第1位になるのは,
Harold Budd & Brian Enoの「The Plateaux of Mirror」だと思う.
中学の頃から好きなアルバムなので,四半世紀近く聴き続けていることになる.

これはイーノのアンビエントシリーズの第2弾.日本語タイトルは「鏡面界」だった.
静かさを表現するための音楽,とでもいえばいいのか.
夏の夜に一人で読書するときなんかによくかける.

イーノでは"Another Green World"をはじめとするボーカルアルバムも大好きだけれど,
聴く回数という点では,このアルバムが別格.
いまイーノっていうと,U2のプロデューサーっていう仕事がいちばん有名なのかな.

僕が中学生だった1980年代前半,「環境音楽」って言い方が流行っていた(というか,イーノが流行らせた).
イーノのほかには,ジョージ・ウィンストンやウィリアム・アッカーマンの
「ウィンダムヒル」レーベルがちょっとしたブームになってたり.
サティの「再評価」が進んだのもこの頃(環境音楽の源流はサティの「家具の音楽」というコンセプト).
BGMっていう言葉も,この頃から一般的になったんじゃないだろうか.

この頃,「日本のウィンダムヒル」っていうコンセプトで
セイゲン・オノのリーダーアルバムなどといっしょに,
橋本一子の「ichiko」っていうピアノアルバムが出ている.
これが,CDになっていれば,僕の「人生の1枚」候補だったのだけれど,
現在に至るまでCD化されていない.出ないかなあ.

イーノのアンビエントシリーズは全部で4枚.
イーノ名義でなかった「3」は,以前に調べたときは手に入らなかったのだけれど,
このあいだふと検索してみたら売ってる!
さっそく注文して,今日届いた Laraajiの"Day of Radiance",とても美しい音楽です.

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「時効警察」に「いーのいーの,ブライアンイーノ」って台詞が出てきたんだけれど(やりすぎだよ三木聡),
もし(イーノもシティボーイズも知らずに)憶えている人がいたらすごいと思う.
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J:COMに加入

2006年07月30日 | つぶやき
うちのマンションにJ:COMが入ることになり,本日はその工事.
1989年製のモノクロTVに,デジタル放送を入れてどうすんだ,って気もするが,
壊れない機械は買い換えない主義なので,これはまあ仕方がない.

引越し前は加入していたこともあり,久々のスペースシャワーTVとか,すごくうれしい.
米米のPVでジェームズ小野田の勇姿に涙したりして(ファンじゃないんだけれど).

90年台前半のスペースシャワーは,硬派というかなんというか,
チャート番組(?)もHMVとかタワレコの売上がベースだったのかな,民放とはまったく違った.

当時の司会はケイ・グラントさん(心から懐かしい).
へんなものが間違ってチャートインすると,くそみそだったものです.
いまは輸入盤屋でジャニーズなんかも売れるんだもんね.

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番組表を眺めていると,スポーツ系のチャンネルでは,おおコンサの試合が生中継ではないか.

・・・それ以上は語るまい.
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カップルで女性の方だけが煙草

2006年07月29日 | つぶやき
僕の住む札幌は喫煙率の高い街らしい.

僕ら夫婦は幸いに揃って嫌煙派なのだが(「幸い」は「揃って」にかかっている),
喫煙に関して,以前から不思議に思っていたことがある.

食事の席で若いカップルの片方だけが煙草を吸っているときには,
ほぼ必ず女性の方だということ.
年配のご夫婦だと,だいたい逆だよね.

北海道は女性の喫煙率が高いことで名高い土地ではあるが,
それでも男性を上回るわけではない.

で,よく考えてみると簡単な話で,女性の方が強いんだな.
「煙草を吸わない女性」は「煙草を吸う彼」を押さえる権力があるけれど,
逆はないんですね,多分.

女性の方が強く嫌がるってこともあるんだろうけれど,なんかしみじみ.
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内田樹『態度が悪くてすみません』

2006年07月28日 | 本の話
毎回書いているけれど,内田樹先生の本は出たらすぐ読むし,どれも面白くてためになる.
ものすごくレベルが高いことが書かれているにもかかわらず,ものすごく読みやすいところがものすごい.
これも出たときに読んだのだけれど(ブログでも読んでいる気がする),夏休みだからあらためて(なんのことか).

この本に関しては,全部を読まないのなら,
せめてp.46から4ページほどの「コミュニケーション失調症候群」だけでも読んでほしい.
具体的にはセクハラやアカハラに関してなのだけれど,もっと深いレベルで重要な指摘.


言葉には無限の解釈の可能性がある.
会話の中で発せられた言葉を切り取って,別の文脈に貼り付ければ,
同じ言葉がいくらでも別の「意味」を持ちうる.

僕らは普段,言葉の意味の「無限の可能性」の中から,
文脈や相手の表情や身振りで,「適切な解釈」を選び取っている.

それがコミュニケーションというものだし,
「適切に解釈する能力」が大切だ,っていう点に異論はないだろう.

ところが(以下,長い引用.pp.48-49))
------------------------------
「誤解される可能性のあることを口にして,現に誤解された」以上,
「そんなつもりで言ったんじゃない」という言い訳は通らない.
これが今日のセクハラ,アカハラ問題の判定基準である.

それは言い換えれば,メッセージの受信者には
「複数の解釈可能性のうちから,最も不快な解釈を選択する権利」
が賦与されているということである.

(中略)

私たちの社会はこの先,自分宛のメッセージが含む複数の解釈可能性の中から,
自分にとってもっとも不快な解釈を選択することを政治的に正しく,
知的なふるまいとみなす人間たちを量産してゆくことになるだろう.
------------------------------

これが「セクハラやアカハラを放置しろ」ということとはまったく違う,
という点については,本書を参照して下さい.

傷つけられることを最大限に回避して育ってきた子供たちが
いまどういう状況にあるか,ってことと,この話はシンクロしていると思う.

気が重くなる話.それは,教育関係者っていう立場もあるけれど,
自分の中にもこの「コミュニケーション失調」の影を見出せるからだ.
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ひまわりは太陽に向かって咲く

2006年07月27日 | つぶやき
大学構内でひまわりが咲いています(写真).
朝と帰りでは,花の向きが逆になっているのがおもしろい.

ケータイの写真だから見にくいだろうけれど,どこかわかる?
(もちろん,OB向けの質問です)

こういう「ひまわり」の映像といえば,
"基礎教養"としては「ソフィア・ローレンとマストロヤンニ,監督はデシーカ」,
なんだけれど(そうなんだよ!),僕が思い出すのは,四半世紀ほど前のある日付.
同世代の人にはわかるでしょう(同世代は誰も読んでいないだろうけれど).

で.僕は最近ときどき耳にするあのカバーがものすごく気に入らないわけです.
あれはないよ,いくらなんでも.やっていいことと悪いことがある.
(つぶやきだからね,聞き逃してね)

よくわからないことばかり書いているけれど,
このタイトルにもよくわからない引用元があったりします.
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目上に「ご苦労さま」は誤用?

2006年07月27日 | つぶやき
文化庁の「国語に関する世論調査」がニュースになってる.

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仕事後、目上の人に「ご苦労さまでした」と言葉を掛ける人の割合が15%に達し、
主流を占める「お疲れさまでした」を侵食していることが26日、
文化庁の「国語に関する世論調査」で分かった。

同庁は「慰労の言葉は、本来は目上の人から掛けるもの」と説明する一方、
厳密な使い方は必ずしも定まっていないとしている。(時事通信より引用)
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このあいだ敬語のことを書いたときに紹介した
萩野貞樹『みなさん,これが敬語ですよ。』によると,
「目上に『ご苦労さま』は誤用」というのは間違い.

江戸時代に目上に使ってい記録があるし,
外国から戻った天皇陛下をお迎えした中曽根首相(当時)が
「ご苦労さまでございました」と挨拶した例もある,とのこと.

ただ,難しいのは「100%正しい言葉」はないってこと.
通常の根拠は「歴史的に見て正当である」ことなんだけれど,それも怪しい.

例えば,漱石のような古典を読んでいてすら,
いまでは「誤用」とされている言葉の使い方が出てくることがある.
「ぜんぜん」の後が否定形でなかったり.
明治の小説は,漢字の読みが定まっていなかったから,当て字も多いし.

ただし,言葉は相手の受け取り方を優先するべきだから(特に敬語はねえ),
ダメという人が多いのなら,それに従わざるをえない.

上の記事にも「厳密な使い方は必ずしも定まっていない」と書いてはあるけれど,
そこにどの程度注意が向けられるのかな.
「誤用だ!」って話になっちゃうんだろうね.
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内田樹『私家版・ユダヤ文化論』

2006年07月26日 | 本の話
内田先生の本だから,面白くないわけがない.
もう少し時間のあるときに読もうと思っていたのだが,つい読み始めてしまって,すぐ読了.

なんでユダヤ人ってあんなに優秀なんだろう?というのは,僕にとっても積年の疑問.
僕の同業者,というのはおこがましいが,有名な経済学者にもユダヤ人は多い.

その「なんで?」に対する内田先生の結論はというと,
それはユダヤ人の「民族的な仕方で継承されてきたある種の思考の型」によるのだという.

で,どういう思考かというと,
「自分が判断する依拠している判断枠組みそのものを懐疑すること,
自分が常に自己同一的に自分であるという自動律に不快を感知すること」
という知的習慣によるのだろう,というもの.

「自分は正しい考え方で考えているか」を常に考える.
物事を考えるときの水準が,基本レベルで違うっていうことだ.なるほど.

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終章の「7 結語」にレヴィナスのこんな言葉が引用されている.

「神は善行をしたものには報償を与え,過ちを犯したものを罰し,あるいは許し,
その善性ゆえに人間たちを永遠の幼児として扱うものであると思いなしているすべての人々にとって,
無神論は当然の選択である」

神がホロコーストから救ってくれなかったことで,信仰を捨てた人たちを念頭においての言葉.
その重さはただごとではない.
というよりも.この言葉を発することができる知性(と覚悟)のレベルは
僕の想像力のキャパシティを越えている.

そしてレヴィナスは,
「ユダヤ人の神は『救いのために顕現する』ものではなく,
『すべての責任を一身に引き受けるような人間の全き成熟を求める』ものである」,
といっているのだという.

こういう自覚のもとに生きている人たちに,「われわれ」が太刀打ちできるとは考えにくい.
(抜粋だけでわかりにくかったら,本書を読んでください)

「あんなに高い知性を有する人が,どうして宗教を信じられるのだろう?」
というのも積年の疑問だったのだが,少なくともその一部は解答を与えられた.

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これが新書で出るっていうところが,さすが内田樹先生というかなんというか.
いろんな意味ですごい.

で,僕のWMPではキャロル・キングの"Tapestry"がかかっているのですが,
その理由は読めばわかります.
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中村政雄『原子力と環境』/ノードハウス『原子力と環境の経済学』

2006年07月25日 | 本の話
ノードハウス『原子力と環境の経済学』(電力新報社)
中村政雄『原子力と環境』(中公新書ラクレ)

どちらも中心になるのは基本的に同じロジック.
「原子力抜きでいまの電力消費を支えようとすると
莫大な費用がかかり現実的ではない」
さらにCO2削減問題がくっつく.

僕は経済学徒の端くれだし,ノードハウスの本には一定の説得力を感じる.
ただ,この問題の素人である僕には,
「本当にこのコスト計算が正しいのか」確かめるすべがない.

信頼性については,書いた人や版元,文章から伝わってくるもの,などで判断するしかない.
特に,エネルギー関係の本は,どうしても著者の経歴や出版元に目がいく.
(エネルギーの話は,エネルギー業界と「環境派」であまりに書き方が違うんだよねー)

中村政雄氏は電力中央研究所の名誉顧問という肩書き.むー.
最後の方に「日本特有の多神教が世界協調に貢献する」とか出てきて,また,むー.

ノードハウスは「○」だが,出版社は・・・むー.
(とはいっても,翻訳しただけで,書く段階で影響しているわけはない)

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『原子力と環境』でいちばん面白かったところ(p.136~).

「ワシントンのメディア」に「日本は将来核武装をすると思うか」と尋ねると,ほとんどが「そう思う」.
韓国のマスコミに「日本は近い将来に核武装すると思うか」と尋ねるとみんな「イエス」.
同じことを日本のマスコミに聞けば「とんでもない」.

「困った誤解だ」と言えればいいのだけれど,
最近の雲行きを見ていると,あながち誤解と言い切れない傾向も出てきているようで怖い.
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連続殺人と警察の責任

2006年07月24日 | つぶやき
例の彩香ちゃんと豪憲君が殺害された事件について.

1件目(彩香ちゃんの事件)での警察の捜査が甘かったと批判が出ている.
もちろん,批判が出て当然ではある.

ただ,「警察が悪い」ことに責任を押し付け過ぎると,本質を見誤ると思う.
というのも,この問題は僕らの社会のもう少し深い部分と関わっていると思うからだ.
(いつも同じようなパターンで書いているような気がするなあ)

現在から過去を振り返って批判するのは簡単だが(ちょうどいま僕がしているように!),
問題は,次に同じような状況が起きたときに,今回と違う対応ができるかどうかのはず.
では,同じようなことがまた起きたとして,次はどうするというのだろう?

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何を言いたいかというと,
物証なしで「被害者」の母親を尋問することを,僕らの社会は許しているのか,ってこと.
この場合に警察の捜査を批判することには,ある種の「覚悟」がともなわなければならないはず.

僕らの社会は「疑われること」と「刑が確定すること」の境目を曖昧にしている.
少なくとも建前で言えば,「刑が確定する」までは,誰も犯罪者呼ばわりされる筋合いはないはず.

でも,現実には「疑われた」というだけで,犯罪者に限りなく近い扱いを受けてしまう.
その中で「疑う」という行為には,大きな意味がともなってしまう.

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「事実」を明確にするためには,どんなに薄い可能性であっても疑ってかかる.
警察の捜査の大原則はそうなのだろうけれど,
それを徹底することを僕らの社会が許しているとは思えない.

そして,もしこれを許すとなれば,
被害者の家族が尋問されるなどの「二次的な被害」は必要悪だから仕方がない,
という判断をしていることになるはずだ.

「そのとおり,仕方がない」と考える人もいるだろうけれど,
「それは許されない」と考える人もいるだろう(僕は後者).

ここまで来て「ではどこまでなら許されるべきか」とか,
「二次被害のない範囲で,精一杯の捜査をするにはいかなる体制が必要か」とか,
それを考えるのが建設的な議論ってもんじゃない?

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事件を誰かの努力や能力のせいにすればわかりやすいし,
ワイドショーなんかだと,それで格好がつくのだろう.

でも,本気で今回と同じような事件の再発を防止しようというのなら,
このあたりから考え直す必要があると思う.

警察批判にその「覚悟」はともなっているだろうか.
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不出馬

2006年07月23日 | つぶやき
福田元官房長官の不出馬にはがっかりしたけれど,
「靖国を争点にしたくなかった」という点については理解できる.

「靖国参拝賛成派の安倍」が「反対派の福田」に勝ってしまうのは,確かに問題が大きい.
この場合,負け戦を戦ってはいけないというのが,国益を優先した判断だったのか.
状況は腹立たしいが,判断は正しいと言わざるを得ないか.

どうして安倍なんか支持するやつが多いのかなあ.

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それにしても欽ちゃんはすごい.
芸能界もマスコミも知り尽くしてるよなあ.お見事.
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牛乳バッシング/カルシウムをとる国ほど骨折が多い?

2006年07月22日 | つぶやき
最近流行りの「牛乳バッシング」がとうとう日経ビジネスアソシエにも進出.
今週号のp.28-29,「牛乳の是非めぐり論争」っていう記事がそれ.

その中に「カルシウムをとる国ほど骨折が多い不思議」というグラフが載っている.
「1日のカルシウム摂取量」を横軸,
「大腿骨頚部骨折(人口10万人当たり,年間)」を縦軸にとったグラフ.

確かに左下から右上に点が並ぶ.ここにグラフは書けないので,雑な位置を示すと,
左下・・・アフリカ南部,パプアニューギニア,シンガポール,香港,ユーゴスラビア,スペイン
右上・・・ノルウェー,スウェーデン,デンマーク
その間・・・米国,ニュージーランド,フィンランド,英国,イスラエル,オランダ,アイルランド
ってところ.

オリジナルの論文を読んだわけではないから,どんな説明がついているのかわからないけれど,
これはどうも「見せかけの相関」くさいと思う.

大腿部頚部骨折は骨粗鬆症と関連が深いそうだけれど,
この図ってある程度までは,人口に占める高齢者の割合を反映しているんじゃないのかな.
右上の3国は平均寿命が長い国で,右下のアフリカ南部は正反対だし.

日本人の死因でがんが増えているってのと同じだね.
(もちろん,がんの多発も寿命が延びたことが理由)

もうひとつ,右上には寒い国が多い.

ぼくのような北国の人間が,たまに冬の関西なんかに行って驚くのは,お年寄りが元気なこと.
北国(雪国)では,冬になると足腰の弱ったお年寄りが外出するのは難しくなってしまう.
この傾向は都市部で顕著.で,外出できないまま一冬越えると,めっきり弱ってしまうこともしばしば.
平均寿命が高そうなシンガポールが下にあることは,これで説明できそう.

講義のネタにでも使おうっと.

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ついでに,牛乳バッシングの件について一言.
「牛乳は日本人に合わない」も「カルシウムは取り過ぎないほうがいい」も,特に目新しい意見ではない.

今回の"ブーム"の立役者になっている人たちの意見が,
過去のものよりも説得力があるわけでもない.

じゃあなんでこんな"ブーム"になったのかというと,
「生乳廃棄事件」と重なったことで,たまたまニュースバリューを持ってしまい,
マスコミに続けざまに取り上げられたせいではないかと思う.

うちの先生方の中には,「このタイミングで・・・陰謀だ」
なんておっしゃる方もいるのだけれど(雑談としてね),
あれは「このタイミング」だからこそ,話題になったんでしょう.

その程度のことだから,騒ぎ自体は遠からずおさまるんじゃないかな.
みんな飽きっぽいからね.
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フィリポーシス!

2006年07月20日 | テニスに目が眩んで
マーク・フィリポーシスが(最近はフィリプーシスって表記するらしい)
3年ぶりにツアー制覇,というニュースに喜ぶ.

2003年のウィンブルドン準優勝者であるフィリポーシスは,
全盛期のサンプラスにとって,最も危険だった選手.
(マッケンローにとってのルコントのように)

スカッドと形容されるフラットサーブとキレのあるボレー.
当たってしまったら手のつけようがない,あのフィリポーシスが帰ってきたのか!

正直なところ,もう復帰はないのだろうと思っていた.
ウィンブルドンに間に合わなかったのは残念だけれど,全米に期待しよう.

全米はアガシのための大会になるはずなのだけれど,
こういうときに活躍しちゃうタイプだよなあ,フィリポーシスは.
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伊東乾『東大式絶対情報学』

2006年07月20日 | 本の話
今日登録が済んで手元に届いたばかりの本.
何気なくまえがき部分を読み始めてしまい,面白くて,ついつい読みきってしまった.
かけた時間は1時間少々ってところ.締め切りが近い原稿だとか,いろいろあるのだけれど・・・.

キーボードを打つ前の「指のストレッチ」の効果には驚愕した.
いちばん動きにくい薬指だけでも,ほんの数分ストレッチするだけで,
可動域が広がり,動きが滑らかになる.
指回し運動をやってみるとわかるのだけれど,すごく簡単になる.

著者はピアニストでもあって,「指使いのプロ」としては常識なのだそう.
そういえば,グールドは演奏の前は必ず,お湯に手を浸していたっていうよなあ.

「レッスン4」の「まともなメールの書き方」は,ぜひ学生に読んでほしい.
僕もこれまでの学生たちとのやり取りメールについて,もっと積極的に「教育」するべきだったかなとやや反省.
自分は教育が足りなかったと感じているOB諸君は,ぜひ読んで下さい.
(このコメントをもって,過去の教育に代えさせていただきたいと思います)

速読の特訓に「知恵蔵」を読むっていう自主ゼミが紹介されてて,これは僕もやってみたい.
1-2時間で知恵蔵に目を通す,っていう「速読」の練習.面白そうじゃない?

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さて,ここまで読んで,いったい何が「情報」なんだ?と思ったら,手にとって見て下さいな.
この本では,情報を集めるだけっていう通常のIT教育ではなく,
「情報を使えるようになる」ことに主眼が置かれている.

ゼミ室になかったら,僕の手元にあります.
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Kazuo Ishiguro "The Unconsoled"

2006年07月20日 | 本の話
やっと読み通したカズオ・イシグロの問題作.
トレード版っていうのかな,大判のペーパーバックで530ページほど.

とても奇妙な小説なのだけれど,
シチュエーションがそれほど奇妙なわけではない.

では何が奇妙なのかというと,書き方.
間延びして進む時間や,語り手の視点がふと本体(?)を離れていくような描写,
あちこちで唐突に現われる古い知己など,
通常の意味では"破綻すること"を目指して書かれた小説.

その効果は,妙な切迫感のなかで迷宮をさまようような読書体験として結実している.
で,僕はそういう読書が大好きなわけです.

さっき調べてみたら,邦訳『充たされざる者』は品切で入手困難.
カズオ・イシグロなのに・・・やはり不条理モノは人気ないのかなあ.
最新作を除けば,これだけが文庫になってないし.
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