この、おかしな国、日本!どうやって生きていくのが楽しいか?

あ~あ~こんな国に生まれちゃったよ・・・・

今の巨大中国は日本が作った・・・

2018-04-29 19:56:54 | 日記

 中国の現在の発展の礎を築いたのは鄧小平です。鄧小平は、1970年代に改革開放路線を推進することを決断しました。そして、ヘンリー・キッシンジャーの助言に従って、多くの優秀な若者をアメリカに留学させました。日本も幕末から明治初期にかけて優秀な若者たちを欧米に留学させました。これとよく似ています。


ニューヨーク訪問中の鄧小平(右)と会談中のヘンリー・キッシンジャー(真ん中)

 いくら優秀とは言え、生活様式が全く違い、英語もほぼ話せない、聞き取れない中国からの留学生たちは大変苦労したと思います。人種差別も経験したことでしょう。中国で習った政治学や経済学の知識など全く役に立たなかったことでしょう。そもそもその数年前まで文化大革命が約10年間猛威を振るい、勉強どころではなかったのですから、中国人留学生は知識も経験もほぼ何もないままアメリカに放り出されてしまいました。

幕末から明治初期にかけて日本から欧米に留学した若者たちの中にも自信を喪失して発狂した者、勉強を頑張りすぎて過労で亡くなる者が多く出ました。こうした無名の人々の犠牲は日本が近代化をするためにはやむを得ないものでした。中国人留学生たちも似たような状況だったと思います。

 そうした中国人留学生たちの「バイブル」となったのが森嶋通夫(もりしまみちお、1923-2004年)LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)教授が英語で書いた『マルクスの経済学(Marx’s Economies)』(1973年)でした。先生となる人の役目というのは難しいことを初めて学ぶ人に分かりやすく教えるということです。『マルクスの経済学』を通じて、中国人留学生たちは経済学の基礎を学ぶことが出来ました。


青木昌彦と森嶋通夫

 そして、青木昌彦(1938-2015年)スタンフォード大学教授もまた、中国人留学生たちの「恩人」「恩師」となりました。アメリカのサンフランシスコ郊外にある名門大学スタンフォード大学で、青木昌彦教授は中国人留学生に熱心に近代経済学を教えたということです。

 この両者の「弟子」の代表が、現在の中国の習近平体制を支える、王岐山(おうきざん、1948年―)国家副主席、王滬寧(おうこねい、1955年―)中央政治局常務委員・中央書記処書記・中央精神文明建設指導委員会主任、周小川(しゅうしょうせん、1948年―)中国人民銀行(中央銀行)総裁です。


王岐山、王滬寧、周小川

 森嶋、青木両教授は「日本人でノーベル経済学賞をもらうならこの人」というほどの経済学者でしたが、残念ながらノーベル経済学賞を受賞することはできませんでした。しかし、両教授の業績は21世紀の中国の勃興という形で姿を現しました。


中国・上海の様子


世界GDPに占める割合

 遅れた国が進んだ国の進んだ技術や知識を得ることで、進んだ国がかけた時間や労力、資金をかけずにすぐに追いつき、追い越すことを「後発性の優位(Advantage of Backwardnss)」と言います。ハーヴァード大学教授だったアレクサンダー・ガーシェンクロン(Alexander Gerschenkron、1904-1978年)という経済学者が、戦前の日本とドイツ、ロシアの工業化を説明するためにつくった概念です。


アレクサンダー・ガーシェンクロン

 日本も後発性の優位を使って経済成長を遂げました。これが出来ない国がほとんどですから、その点で日本はやはり大したものだということになります。そして、中国はこれから経済発展もそうですが、「民主化」をしていくと大胆に予測します。

 


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