黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

法文における「カタカナ語」の是非

2007-01-12 19:43:22 | 司法一般
 法律の条文では,社会的にはカタカナの外来語が定着しているような概念を表すときでも,あまりカタカナ語を用いることはなく,複雑難解なものになってもあえて「日本語で」表記しようとする傾向があります。
 例えば,不正競争防止法2条1項3号は,いわゆる商品のデッドコピーを規制する目的で新設された条文ですが,法律案の作成段階で「デッドコピー」という用語を使おうとしたところ,内閣法制局から「デッドコピーはだめだ!」というクレームが付いて,結局条文は「他人の商品の形態(中略)を模倣した商品を譲渡し,譲渡若しくは引渡しのために展示し,・・・」といったものになりました。そして,この条文に規定されている不正競争の類型は「商品形態模倣行為」などと通称されるようになりました。
 社会的にカタカナ語が定着している概念であっても,これを法律の条文に取り入れようとすると,立法目的や立法技術などの都合上その意味が社会通念とは異なるものになったり,よく調べてみるとそのカタカナ語の社会通念上の意味自体が曖昧だったりして,かえって混乱を生じやすいので,内閣法制局は基本的に「法律の条文にカタカナ語は認めない」という態度を採っているわけです(カタカナ語を使うことによる弊害の具体例としては,ちょうどいい例があるので後述します)。
 しかし,内閣法制局による審査がない議員立法の場合には,国会議員は必ずしも立法技術上の問題に詳しくないので,安易に「社会に定着しているカタカナ語を使った方が国民に分かりやすい」などと考え,カタカナ語を使った法律案を提出し,法律として成立させてしまうことがあります。

 その最たる例が,「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」(マンション管理適正化法)。マンションの管理業者に対する登録制度や,マンション関係のコンサルタント資格であるマンション管理士資格などについて定めた法律であり,弁護士資格を持つ某議員が中心になって提出し成立させたものです。
 この法律に基づく国家資格である「マンション管理士」と「管理業務主任者」については,黒猫は両方とも保有していますが,知り合いの弁護士などにマンション管理士の話をすると,よく「マンションって何だ」という質問が返ってきます。

 国土交通省が,統計調査などの際に用いているマンションの定義は「中高層(3階以上)で分譲・共同住宅、鉄筋コンクリート・鉄骨鉄筋コンクリートまたは鉄骨造りの住宅であること。」というものであり,日本人の多くが認識している「マンション」という言葉の意味も,おそらくこれに近いのではないかと思われます。
 しかし,Wikipediaの説明によると,「マンション」という言葉の語源であるMansion(英)は豪邸を示す言葉であり,日本語で言うような「共同住宅」を意味するものではないそうです。
 日本語でいう「マンション」にあたる用語は,アメリカの場合分譲物件ならばコンドミニアム(condominium),賃貸物件ならばアパートメント(Apartment)。イギリスでは,アパートメントの他に,フラット(Flat),タワーブロック(Tower block)などの語もあるそうです。
 このように,「マンション」という言葉自体,一体何を指すものであるかは議論の余地があるものなのですが,上記のマンション管理適正化法における「マンション」の定義は,混乱に拍車をかけるようなものになっています。

 マンション管理適正化法2条1号には,マンションの定義について,次に掲げるものをいうとされています。
イ 二以上の区分所有者(建物の区分所有等に関する法律 (昭和三十七年法律第六十九号。以下「区分所有法」という。)第二条第二項 に規定する区分所有者をいう。以下同じ。)が存する建物で人の居住の用に供する専有部分(区分所有法第二条第三項 に規定する専有部分をいう。以下同じ。)のあるもの並びにその敷地及び附属施設
ロ 一団地内の土地又は附属施設(これらに関する権利を含む。)が当該団地内にあるイに掲げる建物を含む数棟の建物の所有者(専有部分のある建物にあっては、区分所有者)の共有に属する場合における当該土地及び附属施設

 この定義のポイントについて若干解説します。
(1)「二以上の区分所有者が存する建物」であること
 1つの建物について,2人以上の区分所有者が「区分所有」していることが適用要件になっていますので,分譲マンションは「マンション」に入りますが,単独のオーナーによって所有されている集合住宅,いわゆる賃貸マンションは「マンション」には含まれません。ただし,いわゆる等価交換マンションのように,分譲部分と賃貸部分が混在しているマンションであれば,区分所有者が2人以上いますので「マンション」に含まれます。

(2)「人の居住の用に供する専有部分」があること
 一般にマンションと呼ばれるような集合住宅形式の建物であっても,特に大都市の中心地などに建てられているものについては,住宅以外に弁護士や税理士,公認会計士,建築士などの事務所に使われていたりすることが多く,最近は風俗店に使われて問題になっているところも多いようですが,法律の定義では「人の居住の用に供する専有部分」が一箇所でもあればよいので,1階が店舗として使われ2階以上が住宅になっているようないわゆる「下駄履きマンション」はもちろん「マンション」に含まれるほか,専有部分の大半が事務所や店舗などに使われている建物であっても,住居として使われている専有部分が一箇所でもあれば「マンション」に含まれます。
 ただし,住居として使われている部分が全く無い場合には,区分所有形態の建物であっても「マンション」には該当しないことになります。

(3)敷地及びその付属施設も含まれていること
 これは,建物だけでなくその敷地や,周辺に建てられている付属施設も「マンション」に含まれることを意味しています。マンションの管理は,建物そのものだけでなくその敷地や付属施設も含めて行われることから,便宜上これらも「マンション」の定義に加えられたのでしょう。

(4)建物の規模,構造などは問題にされていないこと
 法律の定義では,建物の規模や構造などは特に規定されていないため,例えば木造二階建ての集合住宅で,社会通念上はむしろ「アパート」と呼ぶべきような建物であっても,分譲形態で2人以上の区分所有者がいれば「マンション」に該当することになります。

 このうち,最も大きな問題を含んでいるのは(1)であり,このような定義の結果,例えば賃貸マンションの管理を行う業務はこの法律にいう「マンション管理業」に該当しませんから,この法律に基づく登録を受ける必要はなく,この法律による規制を受けることもありません。
 また,この法律によるコンサルタント資格であるマンション管理士も,分譲マンションの管理に関する相談を受け,助言・指導その他の援助を行うことはその業務に含まれますが,賃貸マンションの管理に関する相談等を行うことはその業務に含まれません。
 特に,紛争となっている問題について相談を受けたりすることは,法定の業務である分譲マンションに関するものであれば,正当業務行為として違法性が阻却されると解する余地もありますが,法定業務に含まれない賃貸マンションに関するものであれば,もはや違法性が阻却される余地もなく,弁護士法72条違反で刑事罰の対象になってしまいます。

 このような結論は,常識に照らすとおかしいのではないかと思うのですが,このような問題が実際に注目されないのは,単にマンション管理士そのものがほとんど業として成立しておらず,制度として機能していないからに過ぎません(ただし,極めて稀少な例ながら,専業のマンション管理士として事業を行いそれなりの収益を上げている人もいないわけではありません)。

(以下,タイトルとは直接関係のない余談です)
 実際にマンション管理士として活動している人の多くは,弁護士や建築士などのサブ資格になっている例を除けば,宅建などの資格を持つ不動産業者やその従業員が,顧客からの信用を高めるためにマンション管理士の資格を取ってその肩書きを使用しているような例が多く,独立的・中立的な立場でマンションの管理組合や区分所有者等へのコンサルティング業務を行うという,マンション管理士制度が本来想定していたものとは異なる実態が生じているような気がします。
 なお,マンション管理士には,弁護士会に相当するような有資格者全員加入の法定団体は存在しておらず,マンション管理士の有志による任意団体としての「マンション管理士会」が各地で組織されていますが,ろくに業として成立してもいないくせに,なぜか内部対立だけは弁護士会にも劣らないほど活発に起こっています。
 マンション管理士会をめぐる実情は地域によっても異なるのですが,東京都内の例を挙げると,次のようなマンション管理士の団体が乱立しています。

(1)東京都マンション管理士会連合会(都連)
 「マンション管理士会」は,他の地域では府県単位で結成されているところが比較的多いのですが,東京都内のマンション管理士会はなぜか区・市単位で構成され,その連合体として「東京都マンション管理士会連合会」が結成されました。
 黒猫の場合,事務所のある港区のマンション管理士会に加入しており,港区マンション管理士会が都連に加入しているという形態を採っていたのですが,昨年頃に都連の活動状況がおかしいということで都連から脱退することになり,港区マンション管理士会自体も,現在はほとんど休会状態になっています。

(2)東京マンション管理士事務所事業協同組合(管事協)
 管事協は東京都知事の認可を受けた事業協同組合の形態を採っており,マンション管理士事務所として独立して事業を行い,事業税を納入するマンション管理士しか加入することができません。講習会などの事業を行っており,黒猫も講習会に行ったことはありますが,加入はしていません。

(3)首都圏マンション管理士会
 これは中間法人の形態を採っており,名称の示すとおり東京都内だけではなく1都3県に跨る団体です。

 このうち(2)は,通常の「マンション管理士会」とは多少趣旨の異なる団体なので対立の問題は起きていないようですが,(1)と(3)は激しく対立しているようです。平成16年には,全国のマンション管理士会をまとめる組織として「全国都道府県マンション管理士会協議会」(全国協)が設立されており,東京都における正会員は(1)であるため,どちらかというと現状では(1)が優勢なのでしょうが,港区マンション管理士会が脱退したことからも分かるとおり,(1)も決して安泰とは言えない状況のようです。
 このような状況の中,平成18年12月に新たに「東京都マンション管理士会」が設立され,(1)と(2)の行ってきた事業のうちマンション管理士会としての事業に相応しいものを継承することになったそうで,黒猫のところにも入会のお誘いが来ているのですが,今までの経緯を考えると,本当に入会する意味があるのかはかなり疑問の余地があり,入会するかどうかは今でも悩んでいます。
 弁護士がマンション管理士の資格も取りマンション関係の仕事をしようとしても,大抵はほとんどお金にならない近隣紛争や管理組合内部の権力争いといった相談や,法的手段を採る場合でもせいぜい管理費の滞納関係で,あまり専門分野としての魅力には乏しいです。マンション関係の事件がお金になるとしたら,おそらくマンションの建替えくらいでしょうか。建替えなら大きなお金が動きますし,トラブルも頻繁に起こりますから弁護士の出番も多いですが,管事協の講習会で聞いたところによると,平成14年末に施行されたマンション建替え円滑化法に基づくマンション建替えの事案はまだ全国で十数件程度だということであり,どうやら建替え事案自体がかなり少ないようです。建替えを必要とするような老朽化したマンションはおそらくたくさんあるのでしょうが,実際に建替えをするのは大変なことですからね。
 もっとも,何やら3年以内に東京直下型地震が起こるという噂があり,もし東京に大地震が発生すれば,震災に伴うマンションの建替えやそれに関する法律問題も多発することが予想されるので,それに備えてマンション管理士の業界団体に加入し知識やネットワークを作っておくメリットもなくはないですが・・・。よりによって震災による需要増加に期待するなんて,つくづく弁護士という職業は他人の不幸で飯を食ってるんだなあと思ったりします。
 一体どこが「素晴らしい職業」なんだか。

4 コメント

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Unknown (弁護士業は人助け)
2007-01-12 21:58:11
黒猫さんの議論の立て方には疑問を覚えます。ロースクールの先生も,司法制度改革で重要な役割を担った弁護士の先生も,

「これからの弁護士は年収1000万を切っても,人助けができればそれだけで満足だという人しか向いてない」,と。

弁護士って言うのは儲ける仕事でも,カッコイイ仕事でもないんです。

日々罵倒され,誹謗中傷され,陰口を言われ,それでもなお社会に貢献できたならもうそれだけで幸せだという自己犠牲の精神に溢れた人間がなるものなんです。

弁護士法1条の精神が今まではないがしろにされていたように思います。
初投稿です (街弁のはしくれ)
2007-01-12 22:54:52
黒猫さんのいうとおり,弁護士は他人の不幸で飯を食っているのは事実です。その意味では,屍肉にたかるハイエナのような存在でもあり「素晴らしい」とは到底いえない仕事ですよね。
 ただ,不幸がない世の中がありえないように,弁護士の役割が,世の中に必要なのも確かだと思います。
そして,皆が一応納得するような解決の方法を考え,実際に苦労して解決する自体の面白さは実際にはあると思います。
 なので,私が思うに,弁護士に向いているのは,自己犠牲の精神に満ちている人ではなく,人生の汚物ともいうべきトラブルをきれいにすることに楽しみを見いだし,法的解決の技術に誇りを持てる人なのではないかと思います。
また,優れた技術があれば,それに相応する対価を得るのは当然なので,どんどん儲けることは何の問題もないと思います。
自己犠牲の精神は立派ですが,それだけでは,自分も他人も幸福にできないのでは。。
 初めて投稿しましたが,論理的でなかったかもしれません。読みにくかったらすいません。
Unknown (黒猫)
2007-01-14 01:38:52
> 「街弁のはしくれ」さんへ
 おっしゃることは、黒猫も概ね同感です。弁護士という職業は、決してかっこいいものでも素晴らしいものでもありませんが、世の中に必要ないものであるとは思っていません。弁護士に一番向いている人も、概ねおっしゃるようなタイプの人だと思います。

> 「弁護士業は人助け」さんへ
 弁護士業が儲ける仕事でもかっこいい仕事でもないというのはそのとおりだと思いますが、その余のご意見には賛同しかねます。
 実際に弁護士の仕事を行うには、事務所の経費も事務員さんの給料もかかり、そして自分自身も食べて行かなければなりません。勉強するため本を買うのもお金が必要です。
 大儲けするとまでは行かなくても、少なくとも採算性を考えなければ、実際の弁護士業はやっていけませんし、自己犠牲の精神だけ豊富に持ち合わせていても、実際には社会貢献すら大したことはできず、ただ自分が餓えて死んでいくだけです。
自己犠牲云々について (Unknown)
2007-01-18 01:58:29
黒猫さん、街弁さんに同意です。

私も現在、社会(というかマスコミ)から「自己犠牲」を頻繁に求められる職種に従事しております。
でも、理想だけでは生きていけませんし家族を養うことも出来ません。

日本の社会は各方面に「奉仕の精神」を求めすぎるような気がします。そういう心がけを全面否定するつもりはありませんが・・・