四季の喜び

心穏やかに

国技館

2008年01月31日 20時55分48秒 | Weblog
国技館・5月場所、5月11日~5月25日のお知らせパンフレット(前売り・案内)



日本相撲協会主催で、熱戦が繰り広げられる国技館正面



本場所は終わったが、力士の幟りと櫓太鼓だけが暖かく迎えてくれた



偶然、尾車親方と出会いお願いしたら心良くポーズをとってくれ、とても感じの良い優しい人でした



相撲博物館・錦絵や番付け化粧廻しなど相撲に関する資料を収集、保存し年6回の展示公開をしている



過去・数々の名勝負の写真や豪華絢爛たる化粧廻しが目を見張るほど沢山ある



両国国技館
風格と地の利・誰もが記憶している名勝負の数々、それらの舞台となった神聖なる場所である
未だ記憶にも新しい、一月場所は白鵬と朝青龍の歴史に残る大熱戦で14勝1敗で
白鵬(ムンフバト・ヴァジャルガル)が見事3場所連続・通算6度目の優勝で相撲
人気を一気に盛り上げて締め括りました

名勝 江戸最古の大名庭園 

2008年01月30日 22時26分54秒 | Weblog
旧芝離宮恩賜庭園



雪見灯篭から見た庭園



見事な、園景の要となる中島(中国で仙人が住み不老不死の地といわれる霊山を模した石組となっている)とを結ぶ・八ッ橋



偶然出会った、挙式をおえたばかりの新郎・新婦(帰って暦を見たら仏滅だった)
心良く撮影に応じて戴いた親族の方、有難うございました。末長くお幸せに



西湖の堤・中国の杭州にある西湖の堤を模した石造りの堤。堤の先にある中島の石組は、楽寿園の頃からのものです。



ベンチで一休みしていたら、白鳥が餌のお礼にと飛び上がって舞って見せてくれた



綺麗に手入れしてある、玉砂利なので歩くのが勿体ないようだ



ユキヤナギが寒い冬にも負けず、可憐に咲き和やかな気分にさせてくれ、サンキュウーです



芝離宮恩賜庭園は典型的な「回遊式泉水庭園」で、池を中心にした地割りと石割りは秀逸です。この地はかって海面でしたが明暦の頃に埋め立てられ、延宝6年に老中・大久保忠朝の邸地となり上屋敷を建てる際に、小田原から庭師を呼び寄せて作庭し「楽庭園」と命名し、その後幕末には紀州徳川家の芝御屋敷と、明治4年に有栖川宮家のものになりましたが、同8年に宮内省が買い上げ、翌年に芝離宮となりました。関東大震災で、建物と樹木のほとんどが焼失しましたが、昭和天皇のご成婚記念として東京市(都)に下賜され、庭園の復旧と整備をして、昭和54年6月に国の名勝に指定されています。

丸の内周辺

2008年01月29日 22時37分17秒 | Weblog
東京駅
開業 1914年12月20日、建設当時は野原だった丸の内側に作られた駅本屋は、辰野金吾と葛西万司が設計した鉄筋レンガ造り3階建て豪壮、華麗な様式建築である。開業の1914年は第一次世界大戦の開戦の年で、中国・青島周辺のドイツ租借地を占領した陸軍の司令官・神尾光臣中将が凱旋して皇居に参内するイベントにあわせて開業式を行った



新丸ビル・2007年4月27日グランドオープン、東京駅正面に立つオフィスと商業施設の複合ビル。153店舗のレストランやショップが揃い、ゆったりとした空間で買物ができる



丸の内にある都会のオアシス、東京海上日動ビルの玄関の横に立つ恵比寿さん



          まもなく完成する 新技術を駆使して出来上がる道路



和田倉噴水公園は昭和36年、天皇陛下の成婚を記念して造られ、その後皇太子殿下の成婚記念で再整備され噴水の水は、お濠の水を濾過して循環使用している。園内のレストランは結婚式も挙げられます・中央の大噴水は高さ8,5mに三基の大噴水が噴き上げる光景は壮観です・噴水は午前8時~午後8時迄、夜間のライトアップは9時迄です



東京駅将来の計画
2011年度に東北新幹線の当駅延伸の際に撤去された東北本線の秋葉原~東京駅間を再建して、宇都宮線、高崎線、常磐線の列車が東京駅へ乗り入れ、一部列車が東海道本線と直通運転する計画があると発表されている、実現すれば1973年以来の南北直通列車の復活となる

皇居外苑

2008年01月28日 23時47分40秒 | Weblog
二重橋
皇居に架かる代表的な橋。かって橋が二段構造になっていたので、この名がついたが普段は立ち入れない



お濠では飼鳥である、コブハクチョウやカルガモ、カイツブリ等・冬には数多くのカモ類が飛来する



皇居前広場は広大な芝生と黒松の木を中心とし、都心とは思えない開放的な雰囲気です



                       結梗門です



         薄氷が張っている皇居のお濠から見た、丸の内のオフィス街



坂下門で、丁度外来客が来ましたが、検問に10分位かかり鉄の扉はオートでした,右奥は宮内庁庁舎




               井伊直弼で有名な、桜田門(高麗門)



特別史跡・江戸城跡 皇居外苑
元々は皇室苑地であったところを国民公園として開放され1949年に開園・黒松の実在する大芝生広場と江戸城のたたずまいを残す濠、城門などの歴史的建造物とが調和した日本を代表する公園として親しまれ、都内の観光ツアーで海外からの観光客も近年多いとか

元気な主婦のパラダイス!

2008年01月26日 23時57分31秒 | Weblog
       アーチ型の看板をくぐれば、お年寄りの天国・巣鴨地蔵道り商店街



          僧侶に心ずけを・体の悪い所にお経を、直ればいいな・・



霊感あらたな、とげぬき地蔵尊の「洗い観音」に白布で病気や痛いところをこすると、効き目があると言われているので、縁日には順番待ちの長蛇の列が続く



巣鴨名物、他では見掛けない独特の赤い下着・家内の土産にと思ったが、ブットバサレルのでもう少し待つことにしました



    これも巣鴨名物、塩大福に大勢の客が・一回食べてみたいが買うのが大変!



        地下鉄・三田線巣鴨駅の粋な計らい、お年寄りの為の特別席



江戸時代、旧中山道沿いに並んでいた数軒の茶店から発展。明治24年巣鴨に移転・曹胴宗萬頂山高岩寺「とげぬき地蔵」として霊験あらたな延命地蔵尊である。心のトゲ、心の罪(トガ)までぬいてくれると言われている御影(おみかげ)はタテ4センチ、ヨコ1,5センチの中央に高さ2,3センチの尊像が描かれている。毎月4日、14日、24日がとげぬき地蔵尊の縁日で商店街は特別サービスをするほか参詣路には200もの露店が並び昔ながらの門前町の風情が楽しめる。
1月24日、5月24日、9月24日は大祭で10万人以上の参詣客でにぎわう。我こそは年寄りだと自認なさる方は是非一度(お年寄りの銀座へ)ご参詣下さい・

星野富弘(相田みつを美術館・内)

2008年01月24日 23時21分55秒 | Weblog
星野富弘

1946年 群馬県に生まれる。
1970年 群馬大学教育学部保健体育科卒業。
中学校の教諭になるがクラブ活動の指導中頸髄を損傷、
手足の自由を失う。
1972年 入院中、口に筆をくわえて文や絵を書き始める。
1979年 前橋で最初の作品展を開く。
1982年 高崎で「花の詩画展」。
以後、全国各地で開かれ、現在も続いている。
1991年 群馬県東村に村立富弘美術館開館。
1994年 ニューヨークで「花の詩画展」。
2005年 新・富弘美術館開館(みどり市)。
2006年 群馬県名誉県民顕彰を受ける。



            ムービーでは、の字を書くのに5分もかかったとか



                  星野富弘の活躍ぶり・・



                   彼の感動の詩





星野さんと相田さん、世代も作風も異なる二人は、同じ風土の中で育ち、お互いの故郷は渡良瀬川でつながっています。30キロしか離れていなく北関東独特の夏の暑さや冬の風の強さなど共通した自然環境の中で育まれ、二つのいのちが生み出した作品の数々。今はじめて一堂に会します。誰もが待ち望んだ夢の企画がついに実現した、二人の代表作や貴重な資料を新しい視点から、この機会に多くの方に二人の世界に触れていただきたいと思います。


相田みつを美術館

2008年01月23日 23時54分02秒 | Weblog
  雪の降る寒い中、東京国際フォーラムの相田みつを美術館へ行って来ました



             相田みつを美術館のパンフレットとチケット



             相田みつをさんの魅了させられる書道





和室の障子の向こうから、人の真剣な話を聞き上手になれと・自分は話さなくてもよいと





相田みつを
1924年 栃木県足利市生まれ
1942年旧制栃木県立足利中学校卒業
旧制中学の頃から、書や短歌に親しむ。
その後「自分の言葉・自分の書」をテーマに、
独自のスタイルを確立し、数多くの作品を生み出す。
1984年「にんげんだもの」が出版され作品が広く知られるようになる
1991年67歳で永眠。
1994年「相田みつを展」東京など全国8都市で開催。
1996年東京銀座に相田みつを美術館が開設される。
2003年東京国際フォーラムに移転。
2006年相田みつを美術館開館10周年を迎える。

始めて見学に、書家と聞きましたが書は独自の書体で私には良く分かりませんが内容が一言一句・感動でした。時間がアッと云う間に経ってしまい筆やら・ムービーも全部じっくりと見て来ました、館内も清潔で広く職員も親切で、心が清く洗われた気持ちになり帰りの電車内では、私は皆さんと違う心が真っ白な人間なんだと叫びたくなりました。

寒さを感じさせない・上野

2008年01月22日 18時55分09秒 | Weblog
             久し振りに訪れた、アメヤ横丁の賑わい



            上野駅の玄関は何十年も見ていなかった・・



           駅構内もすっかり、さま変わりして綺麗になった



      公園入り口に飾られた、動物たちのカーニバルが出迎えてくれた



           何十年たっても威厳がある、西郷隆盛の銅像



            千手観音・東叡山 清水観音は見事です



           公園の隅にひっそりと立つ、時忘れじの塔  



寒い中、東京都の後援で演奏していた・中南米のラテン素敵な音楽・ヘブンアーテイスト


のらくろマンガ賞

2008年01月20日 22時37分15秒 | Weblog
       江東区森下文化センターにて・第3回 のらくろマンガ賞 授賞式



           田河水泡に影響を受けた方々や・関する記事



       国内外の4~84歳の方々から寄せられた応募作品223点の展示会         



本名、高見沢仲太郎 1899年2月10日生まれ 1989年12月12日死没・紫綬褒章・勲四等旭日小授賞・代表作「のらくろ」リアルに目の前にある戦争を風刺として扱った意義ある作品



         地元、深川高橋商店街から のらくろ殿えの感謝状



            コマ漫画(一般)大賞・想い出三角ベース・の方



        イラスト部門(ジュニア)大賞 花と舞う天使で受賞した女の子



「審査員』永田竹丸(漫画家・のらくろトリオ)、山根青鬼(漫画家・のらくろトリオ)、江波じょうじ(漫画家・代々木アニメーション学院講師)の審査で行われました