●骨董商として
縄文のものを扱うときがある。
たとえば、
勾玉…極端に高い。美しいから。ただし、ニセモノが多い。グラインダーで穴をあけているかチェックしてほしい。
矢じり…綺麗だ。コレクションに値する。矢じりも、刀状のものとかいろんな形がありますよ。
縄文土器のかけら…網目模様がカッコイイ。なのに、全く売れない。
カケラでも、皿立てにそっと立てかけると、存在感だけで雰囲気を変えてしまう力があるんだよ。
部屋のなかが一気に1万年前までタイムスリップする感じで、最高にシュールなのにね。
●さて縄文文化は現代のわれわれに影響を与え続けているのか?を考えてみます。
クジラの歯やわからない動物の頭蓋骨が市場に出ると
われ先に買ってしまうのって、
僕のDNAの中の、縄文人の血が騒ぐからなのか?
縄文人が、ヒスイ、サメの歯のペンダント、イノシシの牙のアクセサリーを創っていたことの名残りなのか?
冗談はさておき、
日本列島の文化は多様です。
北海道にはアイヌ文化がありますね。
本土には大陸からの渡来した文化がありますし、
沖縄には南国独特の琉球文化がありますね。
それぞれ地域色の強いこの3つの文化も、
もとをたどれば、いずれも「縄文文化」に行き着く。
つまり、現代日本列島の文化の基盤は
縄文文化にあると思われます。
●それは梅原猛の本を読むとわかります。
宗教、言語、風習など、多くの点で日本の文化は圧倒的な縄文文化の影響のもとにある。
縄文文化こそ、日本文化の基底にある文化であり、
この文化の理解なくして日本文化を、ひいては日本人の美意識を理解することはできないと。
●岡本太郎は吠える
岡本太郎が日本においてただ一つの優れた芸術と称賛したのが縄文土器、
なかでも中期縄文土器の『火焔土器』であったことは有名ですね。
奔放極まる抽象の土器であり、まさに爆発する芸術。
岡本太郎は縄文土器の背後に
隠れた「巨大な霊の世界」を直感したに違いない。
●真脇遺跡(まわきいせき、石川県鳳珠郡能登町字真脇)の「環状木柱列」を知っていますか?
遺跡最晩期の土層からは円状に並べられたクリ材の半円柱が発掘された。
10本の柱で囲んだと思われる直径7.4メートルの環状木柱列で、各々の柱を半分に割り、
丸い方を円の内側に向けている。その太さは直径80 - 96センチもある。小さな環状木柱列もあり、
これらは何度も立て替えられたと考えられています。
これは、イギリスで4000年以上前にケルト人によって造られた
ストーンヘンジ(ストーンサークル、環状列石)に似ているのではないか。
これらは「太陽信仰」と関係しているのか、日時計や暦なのか?
でも天皇制の無いころの、宗教行事だとしたら…?
奥能登に天皇のような時を告げる仕事をしていた支配者がいたのか?
真脇遺跡から掘り出された土器の量は、パンケースで約1,500箱だったらしい。
捕まえたイルカの肉屋油で交易をし、豊かだったらしい。
同遺跡からは舟のかいが出土しており、イルカの加工品をかめに詰め、丸木舟で一気に七尾辺りまでは持って行ったという学者の弁。
大量の土器
石器、
土製仮面や土偶などの土製品、
玉類(ヒスイの小玉など)、
石棒石刀類、
装身具(人形形ペンダント、耳栓形耳飾り、楕円形ペンダントなど)などが出土しています。
●いまも縄文文化が残っているのか?
僕にはわからない。
だが、奥能登の手つかずの自然に、
波の穏やかなエメラルドグリーンの能登町小木の入江に
車を止めて
佇むだけで
圧倒的に癒される。
これって
縄文の何かがコールして、僕の血が騒ぐのかな
みなさん、一度
奥能登に来てくみてださいね
そこには縄文の何かがきっとあるのをかんじまっせ。
縄文のものを扱うときがある。
たとえば、
勾玉…極端に高い。美しいから。ただし、ニセモノが多い。グラインダーで穴をあけているかチェックしてほしい。
矢じり…綺麗だ。コレクションに値する。矢じりも、刀状のものとかいろんな形がありますよ。
縄文土器のかけら…網目模様がカッコイイ。なのに、全く売れない。
カケラでも、皿立てにそっと立てかけると、存在感だけで雰囲気を変えてしまう力があるんだよ。
部屋のなかが一気に1万年前までタイムスリップする感じで、最高にシュールなのにね。
●さて縄文文化は現代のわれわれに影響を与え続けているのか?を考えてみます。
クジラの歯やわからない動物の頭蓋骨が市場に出ると
われ先に買ってしまうのって、
僕のDNAの中の、縄文人の血が騒ぐからなのか?
縄文人が、ヒスイ、サメの歯のペンダント、イノシシの牙のアクセサリーを創っていたことの名残りなのか?
冗談はさておき、
日本列島の文化は多様です。
北海道にはアイヌ文化がありますね。
本土には大陸からの渡来した文化がありますし、
沖縄には南国独特の琉球文化がありますね。
それぞれ地域色の強いこの3つの文化も、
もとをたどれば、いずれも「縄文文化」に行き着く。
つまり、現代日本列島の文化の基盤は
縄文文化にあると思われます。
●それは梅原猛の本を読むとわかります。
宗教、言語、風習など、多くの点で日本の文化は圧倒的な縄文文化の影響のもとにある。
縄文文化こそ、日本文化の基底にある文化であり、
この文化の理解なくして日本文化を、ひいては日本人の美意識を理解することはできないと。
●岡本太郎は吠える
岡本太郎が日本においてただ一つの優れた芸術と称賛したのが縄文土器、
なかでも中期縄文土器の『火焔土器』であったことは有名ですね。
奔放極まる抽象の土器であり、まさに爆発する芸術。
岡本太郎は縄文土器の背後に
隠れた「巨大な霊の世界」を直感したに違いない。
●真脇遺跡(まわきいせき、石川県鳳珠郡能登町字真脇)の「環状木柱列」を知っていますか?
遺跡最晩期の土層からは円状に並べられたクリ材の半円柱が発掘された。
10本の柱で囲んだと思われる直径7.4メートルの環状木柱列で、各々の柱を半分に割り、
丸い方を円の内側に向けている。その太さは直径80 - 96センチもある。小さな環状木柱列もあり、
これらは何度も立て替えられたと考えられています。
これは、イギリスで4000年以上前にケルト人によって造られた
ストーンヘンジ(ストーンサークル、環状列石)に似ているのではないか。
これらは「太陽信仰」と関係しているのか、日時計や暦なのか?
でも天皇制の無いころの、宗教行事だとしたら…?
奥能登に天皇のような時を告げる仕事をしていた支配者がいたのか?
真脇遺跡から掘り出された土器の量は、パンケースで約1,500箱だったらしい。
捕まえたイルカの肉屋油で交易をし、豊かだったらしい。
同遺跡からは舟のかいが出土しており、イルカの加工品をかめに詰め、丸木舟で一気に七尾辺りまでは持って行ったという学者の弁。
大量の土器
石器、
土製仮面や土偶などの土製品、
玉類(ヒスイの小玉など)、
石棒石刀類、
装身具(人形形ペンダント、耳栓形耳飾り、楕円形ペンダントなど)などが出土しています。
●いまも縄文文化が残っているのか?
僕にはわからない。
だが、奥能登の手つかずの自然に、
波の穏やかなエメラルドグリーンの能登町小木の入江に
車を止めて
佇むだけで
圧倒的に癒される。
これって
縄文の何かがコールして、僕の血が騒ぐのかな
みなさん、一度
奥能登に来てくみてださいね
そこには縄文の何かがきっとあるのをかんじまっせ。