毎年思う。
祖父の命日が18日。
18日が近付くとどんなに暖かかった年でも初雪が降る。
昭和54年11月18日、第一報を受けて隣組の方がしたことが
神棚に半紙を張って目隠しというか神仏分離?をしたこと。
なんなんだべ?とバスケの試合をテレビで見ながら思ったなあ。
今考えると狭い家だったけど、茶の間で飯を食うというのは良かった
ことだと思う。
台所は5畳くらいで、茶の間が6畳、続く床の間も6畳。
祖父の死後、これをDK8.5畳、茶の間8.5畳くらいにリフォームした。
昨日は、鍋だったので第三350缶を4本。
鰹と卵焼きで。
鰹は10切れありましたが一切れずつ分け与えたので7切れ、
卵は5切れありましたが、あーひーに2切れずつ分けて1切れのみでした。
鍋はほとんど食べられなかったので、残った汁で雑炊を作りました。うどんは止めました。
土鍋に移しかえて小葱と卵と野沢菜味噌をプラス。仕上げに一味をパラパラと。
しかしこれも二口ほど食ったらいつの間にか全部なくなっていました。
太らないからいいんだけども。
20:15には寝床に行き、20:45強制的にライトダウン。
三人とも傍で寝たようです。
起きがけの一杯は、ウオッカです。
レモンロックにしてみました。
ウィスキーでもワインでもないのは、ないからです。
ウオッカは、1750mlあるので、そうそうなくなりません。
普段は奥さんがオレンジジュースで割って飲んでいます。
さて、朝食の準備に取り掛かります。
今朝はじゃがいもをたくさんいただいたので、じゃがいものチーズ焼きと
余っている顆粒オニオンコンソメスープ、バケットにマーマレードにします。
スープに浸して食べてもいいし、ジャムつけてもいいことにします。
チーズ焼き用のトマトソースを作ります。
1缶78円のこのトマト缶はさかい家にはなくてはならないものです。
2缶使ったので、夜は何かのパスタに使えます。
それとは別に、最近はまっている江戸風卵焼きを作るため、出汁取り用の
昆布を鍋に浸しています。
今日はちゃんと調味液(出汁、酒、砂糖がっつり、醤油ちょい)を煮て冷ましてから
常温に戻した卵と混ぜて、ゆっくり焼きたいと思います。
調味液の濃さは、飲んでみて耳の下の唾液腺がビリビリっという濃さとのことです。
今舐めたらビリビリきたのでちょうどいいでしょう。
あとはゆっくり焼かないと卵が白っぽくなっちゃうんだそうです。
写真の卵焼きは朝時間がなくて急いで焼いたので白っぽいです。
今日はなぜ飲んでいるかというと、緊張しているからなのです。
今年も鳥インフルエンザの訓練があるのです。
口蹄疫もそうですが、防護服を着なければなりません。
去年もやったからもういいのではないかと個人的には思いますが、
またあの苦しみを味わなければならないのか・・・・
福島で作業している方に想いをはせつつ、
「オレだったら絶対発狂しているな」と、たった数分防護服をまとうだけで
前日ストレスがこんなにあるのですから。
本当は一杯で止めて一旦寝ようと思いましたが、もうすこし飲んで、
奥さんから送ってもらって行くことに今決めました。
しらふではやってられません。
午後からだからしらふだけどさ。
祖父が亡くなったのは3年生のとき。
最後の2年間は入退院を繰り返していたため、元気な姿は幼稚園時代に
さかのぼります。
忘れなれない技は、毎朝宅配される森永の牛乳瓶の蓋を、箸一本で
開けること。
なんか端っこのほうに鑿を打つようにして開けていたなあ。
小屋には30年経った今も道具が残ってます。
いつかは処分しなければならないのだろうけど、誰もしようとしない。
父と叔母達が亡くならない限りオレもする気にはなれないな。
18日は長井に向かって手を合わせよう。
光明眞言
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま
じんばら はらばりたや うん
祖母の形見なのです。
祖父が亡くなってからはこのお経を毎朝欠かさず唱えていたため、
覚えてしまいました。
世の中いろんな人がいますが、生臭坊主という言葉があるとおり、
坊主のくせになんなんだ!と思う人も確かにいます。
前大石田町長も住職でしたし、○○山の麓の有名な○○寺の坊主なんか
いったいなんなんだ?○○ザか??とも思ったりします。
創価学会と日蓮正宗のいざこざなんてもあったしね。
お前だって公務員のくせになんなんだ?風貌は○○ザじゃねえか!
と言われれば「うーん」ですけどね。
ああ、第九でも聴いて、神の世界でも感じましょうかね。
Alle Menschen
陛下のご容態が心配されるこのごろです。
陛下には東北・日本の復興を見守っていただかなくてはなりません。
どうか御公務を控えられ、静養なさっていただきたいと思います。