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50歳の新米パパ

老父 『思い出の味』を求めて・・・

週イチで、父と昼食を食べに出かける
父の買い出しのお供のついで

待ちながら、食べながら、
父は昔食べたゴハンの話をよくします

若い時、外出先で入った食堂のカツ丼、なべ焼きうどん
私が小さい時の夕飯のカレー
父が子供のころ、母(私の祖母)の実家で振舞われた食事
などなど


父の住む街には、昔、デパートが2つもあるような
とても賑やかな商店街があって、『街の食堂』も
たくさんあったと記憶しています

いまはクルマ社会、駅前の食堂なんかは壊滅状態
駐車場のある幹線道路沿いの食堂はあっても、昔ながらの
蓋付き丼の武骨なカツ丼なんかは出てきません
だいたいが○○御膳。サラダとか、あれこれ付いて、
盛り付けもこじゃれたものばかり


父が久しぶりに食べてみたいというものを出している店を
探して行ってみるのですが・・・・・
十分美味しいとは思うのですが、
父の『思い出』の味とは、まったくの別物
のようで、いつもガッカリして帰ってきます


父の『思い出』の味は、文字通り、記憶や体験と一体となったもの・・いや、『思い出』そのものなんだろうな

だいぶ前に、家でカレーが食べたいというので、すぐに食べられるように、私が自宅で作って持って行っていって、私の家族と一緒に食べたのですが、
『どうして、この家の台所で作らないんだ!』
と小言を言われてしまいました

父は、カレーそのものを食べたかったのではなく、
『包丁で野菜を切る音』
『湯気を外に出す換気扇の音』
『台所に立つ母』
『日曜日の夕飯に家族みんなで食べた』
という家族の『記憶』を求めていたんだろうな・・・・


私が学生の頃、貧乏旅行で、帰りの夜行列車の切符を買った後
わずかに残った1000円で食べた、新大阪駅のカレー
この上なく美味かった・・・・
大人になって、出張で新大阪駅に行くたびに、
私の『思い出』のカレーショップ(らしき)店を探して
食べるのですが、あの感動は再現できませんでした
そもそも、どんな味だったか思出せない
『ただ、ただ、美味かった』という『記憶』を追い求めて
いただけなんでしょうね


これからも、父の求める『思い出』の味に出会うことは
無いのでしょう。だって、父は味じゃなく、
『記憶』そのものを探しているのだから

それでも父は、会うたびに『思い出』の味をする
まるで、自分が生きてきた証を残そうとするように









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