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アーティゾン美術館で「硲伊之助展」を鑑賞

2025年03月17日 | 美術館・博物館

アーティゾン美術館で開催中の「硲伊之助展」を鑑賞した、オンライン事前申し込み1,800円、このチケットで同時開催の他の展覧会も鑑賞できる、但し、いったん外に出ると再入場は不可、疲れたら地下のレストランで食事して再度の別の展覧会を見るのはOK


(美術館webページより引用)

硲(はざま)伊之助(1895–1977)は、フュウザン会や二科会で若い頃より注目された画家、一時は東京藝術大学等で後進の絵画指導にあたり、晩年は色絵磁器の創作に取り組んだ、また、クールベやゴッホなどの画集の編集や『ゴッホの手紙』の翻訳に携わるなど西洋美術の紹介にも尽力、師マティスの日本で初めての展覧会(1951年)実現にむけて作家との交渉に携わる実務家としての一面も持っていた、研究のために収集した作品の一部は現在石橋財団に収蔵されている

硲伊之助は、大正・昭和の洋画成熟期に画壇で一目置かれていたが、これまでその画業が広く紹介された機会は限られていた、本展は、東京で開催される初めての回顧展であり、初期から晩年までの絵画を一望できる

展覧会は次のように彼の取り組んだことに従って構成されていた

  • 画家、硲伊之助― 油彩画、版画、挿絵の仕事
  • コレクター、硲 伊之助― 西洋美術の紹介者として
  • 巨匠たちとの交渉役― 国内初のマティス展、ピカソ展、ブラック展
  • 陶芸家、硲 伊之助― 九谷吸坂窯での作陶

鑑賞した後の印象であるが、

  • 硲の絵画の特徴は、「色彩の豊かさ」であると感じた、自分としては素晴らしいと感じる絵が多かったのもそのせいだと思った


(色彩豊か、明らかにマティスの影響がある)

  • 会場内の説明に「硲はパリで、近代絵画がヴァルール(色価)とハーモニー(色彩調和)の2本の柱で成り立っており、前者を透視図法的遠近法に代わる、対象を明確な色の階調あるいは強弱対比で捉える近代絵画成立の核になるものと考えていた」と書いてあったが、それがまさに彼の絵に出ていると思った


(井伏鱒二の本の表紙と鱒二への手紙)

  • 彼はマティスなどの画家から多くを学び、多くの画家の絵画を収拾した、それらの画家や作品の影響が彼の絵に出ていると思った、マティス、セザンヌ、岸田劉生などの影響が出てるなと感じた絵が少なくなかった、逆に言えば彼独自の画風というものが確立されなかったのかな、とも思った
  • 昨年読んだ土方定一氏の「日本の近代美術」(こちら)をもう一度見て硲伊之助について言及しているか確認したところ、「6. 近代と造形」にフュウザン会や二科会の創設に関連した記述で名前が出ていただけで、彼の絵の説明はなかった、同時期の画家として梅原龍三郎、坂本繁二郎、安井曾太郎などの絵が紹介されていた


(クールベの影響ありと説明があったが、セザンヌを思わせる色彩と感じた)

  • 画家であるが油彩画のみならず小説の挿絵、パリで学んだ版画なども手がけ、また、陶芸家であり、翻訳家であり、西洋絵画の啓蒙家でありビジネスマンでもある実に多才で器用な人だった


(九谷呉須上絵 夏樹立大皿、真ん中の木の幹が茶色のアクセント)

  • 硲は「ゴッホの手紙」(岩波文庫)の翻訳をした、自分もその本(上・中・下)を読んだことがあり私のライブラリーの重要な蔵書の一つになっている、帰宅して改めてその本を出してみると確かに硲伊之助訳と出ていた

  • その本の「あとがき」を改めて読み直してみると、硲がいかに戦前から戦後の困難な時期に画家として修業を積み、かつ、マティスやピカソ、ゴッホ本人または関係者と折衝して彼らの作品を日本で展示することに苦労したかが書かれていた、そして「ゴッホの手紙」こそ我々画家が座右に置いて精読すべきものと書いてあるが全くその通りだと思った、ゴッホのみならずモーツアルト、ベートーヴェンの手紙も第一級の一次資料であり、彼らのファンであるならば精読すべき書物であろう

良い絵がいっぱいあった、こんな素晴らしい絵を描いた硲伊之助が好きになった

さて、今回の展覧会を鑑賞して、展示していある絵画が透明なアクリル板で覆われている作品が大部分であったがそれが無い作品も若干あった、アクリル板がはめてある絵は鑑賞者の姿が照明に反射して絵に写ってしうので観にくい、同じ出展者であってもアクリル板のある作品と無い作品があった、どういう区別なのであろうか?そしてアクリル板のない作品には「これ以上近づかないように」という意味の仕切りが絵画の前に設定してあった(上の写真参照)

楽しめました