Sleepless Sheep

眠れぬ夜を闊歩する・・とりとめ無き戯れの記憶・・・

1杯のナポリタン 終章

2005年01月24日 02時45分01秒 | スナドリネコの観察の森
結局ナポリタンが大盛りだったのは 物陰から見守る店主の恩情などではなく アルバイト店員のただの気まぐれに過ぎなかったのか・・・
鷲づかみにした紙ナプキンで子供達の口を拭くと 女の子を左手で抱いたまま 仁王立ちでコップの水を飲み干す姿はまさに 漢(おとこ) であり  袖口で口を拭う仕草は 酒宴の中心におさまる盗賊の頭目さながらであった  一見中肉中背の平凡な出で立ちなのに そこはかとなく漂うオーラからは 何処ぞの未来からやって来た旧式サイボーグのようにも見え 無造作に羽織った黒のステンカラーのコートの内側には ショットガンが隠されているのでは・・と思えてくるから不思議である  
ポケットから掴み出した小銭で会計を済ませ 後からついてくる男の子を確認すると 女の子を小脇に抱えて出口へと向かった
ポケットに片手を突っ込んだまま 右足で勢いよく開け放った扉から夜風が忍び込み   観察の森に夜の帳が下りた


1杯のナポリタン 第8幕

2005年01月23日 07時33分27秒 | スナドリネコの観察の森
全く会話がないのにもかかわらず 冷え切った空気が漂うわけでもなく ただそれぞれが独自の空間を形成しており 敢えてお互いに干渉しない 暗黙のルールがあるようにも見える
ごく自然な動きの流れの中で 彼は爪楊枝をくわえると おもむろに背中のあたりから雑誌を取り出して読み出した   (・・・紙のプロレス? ) 何か餃子のような耳をした男が ちらっと見えた表紙を飾っていたようだが 定かではない
子供の方も スパゲティーをチュルチュルと1本ずつ啜り上げる以外は 席を立つこともなければ 奇声を発するわけでもなく 実に行儀よく食べ続けている  手のかからぬ子供というものがどういうものなのか 振り返れば人事でもない私には 少々悲しくもあるのだが・・
さて 黒塗りのヘルメットをかぶせたような 全く同じ髪型なので気が付かなかったが 上の子は男の子で 下の子は女の子のようだ  何故なら一人は全身青で 一人は全身赤ずくめなのだ 何と親切な性別表示であろうか
口の周りを真っ赤に染めて 無邪気にスパゲティを啜る彼らの瞳には 母の温もりを知らない子の孤独を感じさせるものは 一切存在しなかった  勝手に男やもめに仕立て上げられた悲劇の一家は 陳腐な私の想像から出ることはなく たまたま母のいない日曜日の夕暮れの一幕に過ぎなかったのかもしれない 現に抱き上げた女の子の足は裸足であり 暖かい車から暖かい部屋へと帰っていくことが 容易に想像できる  そうなるとただのど厚かましい客となってしまいそうだが もうそんなことはどうでもいいのだ  父親の腕にしがみついた紅葉のような手に あかぎれなどないにこしたことはない・・・


1杯のナポリタン 第7幕

2005年01月21日 15時09分52秒 | スナドリネコの観察の森
店員の営業スマイルに翳りが見えるのは気のせいではないようだ  足どり重く近づく店員に向い
「タバスコありますか?」
(・・・タバスコ )  立ち去ろうとする店員が加藤茶ばりに2度見するのも無理はない  皿に残されたナポリタンは あってあと2口というところである  まさか今から幼子に激辛キングへの英才教育を施すわけでもあるまい   ・・そう彼はとても飽きやすい舌を持つグルメなのだ 味の変化だけが彼の舌を満足させ得るのだ   ・・・それにしてもちょっとかけ過ぎではないだろうか  リトル・キリマンジャロに再びマグマが噴き出している  その前を突然恐竜が通り過ぎたかと思ったら 先ほどの短パン半袖男だ  口に草食動物でもくわえているのかと思いきや ガリガリと氷を噛み砕きながらの行進である
・・・さすがにタバスコは空になる前に満足したようだ  水に一切手を付けないところは彼なりの美学なのだろうか  口の周りが赤く染まっているのは ナプキンでケチャップを拭き取った後も同様である
さて 彼が食べ終わっても子供達2人の皿には まだ随分残っているようだ  子供とはいえ一体今まで何をやっていたのだ?  よく見ると幸せそうな顔をして スパゲティーを1本ずつ啜っているではないか  まるで血にまみれた竜の尻尾の如く のたりくねって左右の頬を打ちつけながら吸い込まれていく  この父にしてこの子ありなのか  恐るべき親子である・・・ 
  

1杯のナポリタン 第6幕

2005年01月20日 17時25分03秒 | スナドリネコの観察の森
「すいませ~んっ!」
さては思い直して追加注文でもするのかと思いきや
「粉チーズありますか?」
(・・・粉チーズ) 追加注文かと思ったのは私だけではないようで 踵を返す店員の顔からは心なしか笑みが消えかけている  しかし今の彼にはそんなことはどうでもいいのだ 何か足りないことに気がついた彼は 一心不乱に粉チーズを振りかけている  マグマに覆われたMt.ナポリターナに キリマンジャロの万年雪が降り積もるまで 彼は粉チーズを振り続けた
・・・どうやら粉チーズは空になったようである  穴の中に目を突っ込みそうな勢いでしばらくのぞいていたが ようやく諦めてまた器用にスパゲティーをフォークに巻きつけ始めた  1口2口とスパゲティーを口に運んだその時である  真冬の冷気と共に半袖短パンのずんぐりむっくりした青年が入って来ようと よそ見などしてはいけない  何故なら彼の右手は スタート直前の精神統一を済ませた走り幅跳び選手の如く 高々と上げられているのだ・・・

1杯のナポリタン 第5幕

2005年01月19日 22時48分58秒 | スナドリネコの観察の森
テーブルにナポリタンが置かれるや否や
「お父さん!大盛りだね!!」
(・・・大盛り? いや注文の時はそんなこと言ってなかったはずだ・・・いよいよ来ました!さては物陰から見守る店主が大盛りにしたな!!)と振り返ってはみたものの 人の良さそうな店主など何処にも見当たらない  ・・そう 此処は奥深きファミレスの森 厨房など遥か彼方 どんな客が何をしていようと知る由もないのだ
彼は早速2つの取り皿にナポリタンを取り分けている  遅蒔きながら(・・・母親はどうしたのだろう?)などと考えている内に 既に彼は大皿のナポリタンにがっついているのだ  そこには子供が食べるのを愛おしそうに見つめる父親など存在しない  今の彼には目の前のナポリタンしか見えていないのだ  すると突然彼のフォークが止まった  女子高生の短すぎるミニスカートの裾からブルマーがはみ出していようとよそ見などしてはいけない  なぜならまたしても彼の右手が 華麗な背泳で観客を魅了する寺川綾の腕のごとく 高々と上げられているのだ・・・


1杯のナポリタン 第4幕

2005年01月15日 09時46分07秒 | スナドリネコの観察の森
ここにきて私の頭を過ぎるのは ある意味昭和の文学史に金字塔を打ち立てた 突然変異的ベストセラー「1杯のかけそば」である  ただおぼろげなる記憶が正しいなら 主人公のキャラクターが全く異質である もう少し湿り気の強きお話しではなかったろうか・・・
しかし既に中断を余儀なくされた私の頭の中では 早くも (・・・これは平成の”1杯のかけそば”ならぬ”1杯のナポリタン”なのだ)と最終判決が下されていたのである
「これで宜しいでしょうか?」
店員が差し出した2枚の皿を至極当然の如く受け取る彼の態度には 一切卑屈さなどというものは存在しない  (・・・そう これが平成なのだ)などと訳の分からないアシストを自ら織り込みながら 彼らと一緒になって(いや彼ら以上に)ナポリタンが来るのを心待ちにしているのだ
ふと天井を見上げると ボッチチェリのビーナスが 貝殻の中からこちらに微笑みかけているが 今の私にとって 彼女の誘惑を撥ね付けることなど いとも簡単なことなのだ
「お待たせ致しました」
(・・・待ってました!)ナポリタン公爵の到着である・・・


1杯のナポリタン 第3幕

2005年01月13日 09時03分35秒 | スナドリネコの観察の森
このあたりまでは(・・・それだけ?)とは思いながらも(・・・父親は食事を済ませていて 子供2人に食べさせるということか・・・それにしてもお子様ランチの2つ位注文しても お天道様も微笑みを浮かべなさるにちげえねえ・・)などと右舷上方に桜吹雪の吹き出しを掲げていたのだが・・・
おもむろに立ち上がった彼は セルフサービスの水を取りに行っただけではなく 何か取り皿の置いてある棚をいぶかしげに見つめたまま 仁王立ちなのだ  締め切り間近とはいえ だんだん原稿どころではなくなってくる
「すいませーん!」
そう またもや彼の右手はラインズマンの如く高々とあげられているのだ  足早に近づく店員に取り皿を指差し 
「もう少し深くて大き目のものはありますか?」
・・・何と取り皿のオーダーである  それも大きさだけでなく深さ指定付きときている
もう私の右手は完全に止まってしまった・・・




1杯のナポリタン 第2幕

2005年01月12日 22時42分05秒 | スナドリネコの観察の森
右足爪先から右肩甲骨~右手指先に至るまで 一直線に伸ばされた右腕は
夕陽を浴びて一種神神しさまで醸し出している
「お待たせ致しました」
足早にやってきた店員がメニューを差し出そうとするや否や
「ナポリタン1つ!」
次の台詞を待っているのは店員だけではない 小さいながらもボックス席には3人座っているのだ
だが彼の眼差しには迷いなど存在しない  「まだ何か?」とでも言わんばかりに見つめ返したその視線に
「ご注文は以上でよろしいしょうか?」
店員のささやかな抵抗も 一瞥により却下されてしまった・・・

1杯のナポリタン 第1幕

2005年01月12日 11時33分39秒 | スナドリネコの観察の森
履きつぶした泥だらけのスニーカーを踏み鳴らしながら 彼はやって来た
「すいませーん!」
席に座るや否や 天井を突き刺さんばかりに 高々と右手があげられている
「すいませーんっ!!」
どんなに店員が忙しくホールを駆け回っていようが容赦などないのだ
「すいませーんっっ!!!」
幼い2人の子供は テーブルの向かい側の席に どんぐりまなこを4つ並べて
ただじっと彼の右手を見上げている
ここで横から彼に「呼び出し用のボタンがありますよ」などと余計なことを言ってはいけない
何故なら彼の右手は 小学生の授業参観さながら 高々とあげられているのだ・・・

1杯のナポリタン  序章

2005年01月11日 20時38分12秒 | スナドリネコの観察の森
 
 今宵迷い込んだのはミラノ系ファミレスの森・・・

夕闇迫る窓際の席には 一本の欅の大木から伸びた影が 通路の方まで長く差し込んでいる
締め切り間近の原稿を抱えて飛び込んだこの店で ようやくペンが走り始めた 2杯目のミルクティーがすっかり冷めてしまった頃のことだった
足早に通り過ぎる人影2つ いや小さな影に先導された大きな影は もうひとつの小さな影を抱えているようだ・・・