鉄 時々TDR 27系統

27系統の日記帖  
ジャンルは問わない日々の出来事を勝手に書こうかと。
まあ趣味中心でしょうがね。

10-Oct-18 都幾川渓谷鉄道蛍駅にて

2018-10-10 22:12:01 | 廃線跡

雨の降りそうな天気の中、単車で…
都幾川渓谷鉄道に沿って走る。

蛍駅そばの蕎麦屋とき庵で昼ごはん。

野菜天は原木舞茸、安納芋、柿、ミニトマト、インゲン、ミョウガで秋の味。

列車はこのあとアプトで天文台まで行き、そこで台車を外し飛行船に吊られ空へ。

この辺は都幾川渓谷鉄道でググると出て来る。

食事後、三波渓谷で四季彩館の風呂へ入る。

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29-Jan-18 新宿駅の遺構

2018-01-29 17:27:08 | 廃線跡

カテゴリー廃線跡ってできてもいないけれど。

相変わらずの喉の症状。
一体予防注射は何だったのか…

何もやれる状態でないので、手持ちの写真でgdgd。

新宿東口のルミネ。
壁にとってつけたような四角な蓋??
西武新宿線の乗り入れ予定地でした。
でも、念願の乗り入れはできず、で止めちゃいました。

6両編成2線分の用地じゃ何もできない。
結局西武新宿を少しだけ延ばし、10両3線で捌いています。

ルミネ内の該当する場所には無駄な空間が。

このビルもそろそろ建て直しの頃。
今のうちに記録。

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26-Jan-18 丹荘駅

2018-01-26 08:38:54 | 廃線跡

丹荘駅自体は八高線で現役の駅です。
上武鉄道が旅客営業をやめ、その後貨物営業もやめてから初めての訪問。
列車の乗って通ったことは数度。


駅舎は当時のままでした。

ただ、無人駅になって久しいようです。

簡易スイカの端末が設置されているのみ。


高崎方へのホームは使用停止に。
壊しもせず、こ線橋も封鎖したのみ。



フェンスの向こう側は上武鉄道のヤードやホームがあったところになります。
奥側の高崎方面線路も先でポイントが外され、1線化されています。

上り列車が来ました。

キハ38の復活塗装のキハ112+111の2連でした。

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27-Oct-17 妻沼@熊谷市

2017-10-27 14:50:52 | 廃線跡

熊谷まで来てます。
フリック入力してますが時間かかりすぎ、慣れてないから嫌い。
あとで再編集。

ーーーーーーーーーー

寝落ちしました、温泉へ行ったもののぬるくて。
もうここは行きません。 妻沼じゃないですよ。

さて、キハ2000です。
保存されてます。
前にも上げているかも。
屋根の下ですが余り状態は良くないです。
定期的なメンテナンスが無いと、いくら立派な箱の下でも。

キハって入れたないのね。

中も頼めば入れていただけるようですが、本日は周りからだけ。

柵が写りこんじゃう。

本日の目的は台車。

ちょっと参考に。

NSKのベアリング使っているんだ。
立派な陽刻が。
工場も近いし…、グリースの色でクレームを受けた思い出が…

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05-Oct-17 間藤から足尾本山

2017-10-05 08:41:28 | 廃線跡

久しぶりに廃線跡を。

先日宇都宮に行くのに足尾線沿線経由で行きましたので途中寄り道。
国鉄時代の間藤駅はダブルクロスとスイッチバックがありましたが、撤去されています。
JR化に際して撤去されたのか、第3セクター化した際かは不勉強で知りません。
足尾本山への線路に行く線路のほうを本線化して棒線駅に、

駅から先の線路は草生してます。


ホームから見る風景。
車止めが設置されてます。

廃線跡を足尾本山方向に並行道路からたどってみる。
途中1カ所あった踏切は線路が外されている。

下は足尾本山方向への写真

小さい鉄橋が見えます。

こちらは間藤方面。

線路は一部残っているけれど草の中でよくわからない。

古河の施設が廃止された後も国鉄時代はDE10がトキ牽いて貨物列車が走っていました。

少し先で道路が線路をくぐっています。

この警笛を鳴らせの道路標識久しぶりに見ました。
道路の見通しは悪いし、すれ違うのも大変な場所なので設置されているのかな。
左は足尾方面。

少し先にトンネルがありますが、その手前に足尾本山の場内信号がいまだに残ってます。
進行現示なので進んでみたい衝動に駆られますが、線路際は危険、いつ崩れるかわかったもんじゃない。
廃線跡探訪のプロでもあるわけじゃないので自重。

トンネルを抜けると川を渡って足尾本山構内へ。

左が川、道路を渡って右の石垣の中が足尾本山構内。

鉄橋はしっかりしてますが、さすがにその上の枕木は朽ちています。

 

道路を山の方へ進んで見る事業所跡。

昭和43年2月2日に初めて訪れたときから時間が進んでいないような風景でした。
中学、高校の入試で毎年、2月初旬、中旬に3連休、4連休があったので初めての遠出をしたのが足尾線でした。
当時はC12の重連が足尾まで。
そのさき、こちらまでは単機で牽引してました。
どこかにしまい込んだ写真を探したいなあ。

 

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17-Sep-16 三笠のDD51

2016-09-17 04:25:13 | 廃線跡

キハ82から少し動いて駅のほうに来るとDD51が3両の貨車を引いて止まっています。

これも模型を置いたよう。


線路はこの手前5cmで切れてます。
こんな風景のセクションを作りたい衝動に駆られますが…

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16-Sep-16 三笠のキハ82

2016-09-16 21:23:51 | 廃線跡

まとめてあげるなんて言っておいて何にもしないの。
申し訳ないから1枚。
三笠に保存中のキハ82の6連、キロキシ入りです。
もうすでに製造から50年、よく見るとボロボロなんだけど編成で残っているのが嬉しい。

周りの景色が単調で一見するとカトーの模型に見えるんです。
線路際に何にもないですからねえ。

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09-Apr-15 根古屋貨物駅跡 桜が満開

2015-04-09 21:00:19 | 廃線跡

子供が就職で家を離れた際にとりあえずオートバイを置いていき...

エンジンかけてオイルを回してやろうとツーリング。

川越を越えて、越生、さらに小川町から根古屋貨物駅跡へ。

桜が満開でした。
貨物駅跡は右の桜と真ん中の桜の間。

一見鉄道橋に見えますが、人道橋です。
でもこんなところに列車が来そうな雰囲気です。

ちなみに下の写真の道路が線路跡。

ちょっと曇ってましたので色がでません。

その後、定峰峠へは行きませんでした。
疲れちゃって...
昔なら絶対攻めてた。
早い話...老いた。

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24-Oct-14 根古屋貨物駅跡

2014-10-24 20:34:09 | 廃線跡

21日に岩魚の串焼きを書いた時、根古屋線終点と鉄ちゃん表記をしましたが。

1967年4月1日に廃止されてますから良く判らないのは当然ですね。
東上線小川町駅から分岐して、4.3kmですが、直線距離なら2kmくらいです。
線路跡はほぼ、道路になっています。
下の写真は県道11号で線路跡ではありません。

さすがに40年以上たつと草生してます。
ここが駅へのアプローチ、右端で道路を横切って行ったようです。
小川町の町史によれば駅は4線程度だったようで、発送貨物のみ、到着貨物はなし。
1966年の取扱量7万トン弱。 1日200トンぐらい。

門柱跡が2つ、左のは電柱の脇で草木に覆われてしまってます。

ここが入口なら、後ろの土手は廃線後に土盛りされているのか?

石灰石の積み込みホッパー跡。

別角度で。

レールが残っていたとしても、もう判りませんね。

Google Map で見るといかにもヤードの跡です。
トラックのあたりがアプローチ、左にホッパーが見えます。

 

 

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03-Jun-08 30年代

2008-06-03 22:33:31 | 廃線跡


こんな家で、電化製品と言ったらこれに洗濯機ぐらい。
写真にはありませんが左にはテレビが。

こんな風景で3線式のOゲージで遊んでました。
それを考えると今はなんでもあって。

ここは展示品ですが。
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20-Oct-2007 さいわい緑道

2007-10-20 21:37:27 | 廃線跡
先週の平日は仕事場に籠りっぱなし。
はい、引籠りの27系統です。
外国人に痛めつけられてもいます。

さて今日は天気も良いし...、お散歩しましょう。


さて、はじめに ここ をクリックしましょう。
右上まで移動すると多摩川があります。2か所切り込みがあるのが船着場。
道路をはさんで左側が川崎河岸貨物駅。
終点間際から戻りながらほぼ90度回り込むのが市場があったところらしい。
こちらは、いまは河原町団地となっています。

この横の道で通勤しています。
前から、この場所が気になっていたので運動がてら歩きます。



スタートは矢向駅、駅を降りて踏切を渡りながら右を見るとポイントだけ残っています。
この場所から少しの間は用地を払い下げたのか、公共施設がで~んと居座ってます。





道路の反対側は民家ですが敷地がいかにも廃線跡。



その裏側へ回り込むとさいわい緑道が始まります。
緑道をどんどん歩いて行くと第二京浜国道。夜霧はありません。知らないか。
この国道沿いで2年前に高校鉄研顧問のお葬式をしています。
すみません、内輪ネタで。
でも大体の場所が分かった人がいるでしょう。



廃止になる1972年まで踏み切りがあったらしいです。
そして道路を渡りさらに歩くといつもの通勤道。



河原町団地を左に見て更に進むと敷地が広がってヤードがあった場所と思われます。
多摩川の土手の道路で終点でした。
かつてはC11が入れ換えしていたそうです。
なにやら放置された 車体 が。



ぬこさまがお休み中

ここまで1.7KM、ここから川崎駅まで歩いてお散歩はおしまい。
せっかく、川崎へ行ったので川崎大師へ行ってきました。
小島新田行の電車で移動。
かつてこの線は下り線に1067mmとの3線区間がありましたが、あとかげもなし。
夜中に車飛ばして見に行った味タムも懐かしい話です。
そういえば、中身を積んでいるのはせいぜい1両で、あとの数両は信号回路を確実に働かせるためだったとか...。







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08-Oct-2007 鉄路の轍

2007-10-08 19:34:33 | 廃線跡
本屋へ寄ったら鉄路の轍というDVDを売っていました。
どうも3、4年前のもののようです。
バンプレスというところが発売元。 バンダイの子会社かなと思います。
書いてあった住所と会社名から勝手に判断しています。
映像資料提供はNHKだそうで。
定価は998円、よほど売れなかったのか、古いからなのか500円のシールが貼ってあり、それでも売れなくて値下げしたのか今回は4枚1000円でした。
購入したのは全8枚
これが懐かしい映像と言うより、存在は知っていたけれど、動いているうちには見に行けなかったなんてところまであります。
1巻10分程度です。

1.草軽電鉄
2.南部縦貫鉄道
3.加悦鉄道
4.蒲原鉄道
5.定山渓鉄道
6.東野鉄道
7.同和鉱業片上鉄道
8.下津井電鉄

一つ見た限りではBGMに乗って淡々と映像が流れているもので、かえってマニア心を誘っています。
安かったなあ。 でもこれ売っていたの知りませんでした。
これが全部か、まだあって売り切れているかとかの情報は何も知りません。
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31-Aug-2007 鉾田駅跡

2007-08-31 10:04:31 | 廃線跡
常陸小川の後は成田に向かいますが、途中大まわりになりましたが鉾田駅跡へ。
28日は鉾田の街は夏祭りの最中でした。
大幅な交通規制があり、街の中へ入れません。
駅への行き方が判らず、結局外周を回ったように駅着。

常陸小川同様駅舎は跡形もなくなっていました。
でもホームはあります。
かろうじて残る線路上に3両の気動車。

窓には立ち入り禁止の紙と監視中の紙が。
今のところ、塗装もまともに残っていますがいつまで保てるものか。

板台枠の台車なんか貴重品と思いますが、残せるのでしょうか。

土曜日にイベントがあるようです。








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30-Aug-2007 常陸小川の今

2007-08-30 00:30:51 | 廃線跡
28日にドライブした先は常陸小川。



鉾田方の踏切から駅方向を見たら、なにもない。
線路も、スパイクも、ホキも、カバさんも。
おまけに駅舎まできれいさっぱりなくなっていました。



かつてカバさんが鎮座していたあたりを向いてみました。 こちらもこの通り。



良く見ると金属だけでなく、バラストも撤去。
跡地を何かするつもりなのでしょうか。

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15-Jul-2007 セメント工場

2007-07-15 17:19:00 | 廃線跡
かつて、正面の煙突のあるセメント工場への引き込み線が生きていました。
ここから出てくるD51を待っていたこともあります。
現在、踏み切り部分は線路を外しているものの、残りはまだ残っています。
久しぶりなので工場の入り口まで歩いてみました。
 
いまでもDLに牽かれたタキが現れそうな雰囲気が残っていました。
で、歩いたのは、ほぼ20年ぶりです。
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